2 当たり前
ロミルダはどうしたらいいのかわからなかった。
なんせ、実家は男だらけの大所帯。
ロミルダと婚約者の些細なすれ違いなど、「ハハハッとにかく鍛えろ!!」と一蹴されてしまうに違いない。
加えて、そんなことを相談するのは少々恥ずかしい。
と言うこともあって、いつも通りに訓練して、指示を出し、人が足りなければ自分も参戦して忙しく過ごしたある日。
実家のブロムベルク辺境伯家、騎士団に所属するとある青年に呼び出された。
休日の訓練場、いつもの訓練はなく、騎士達はまばらに自主練をしている。
その中に、呼び出した当人のアレクシスを見つけてロミルダは軽快に走り出した。
「アレクシス!」
声をかけると彼はぱっとこちらに向いて、ニカッと笑って「お嬢!」とロミルダのことを呼んだ。
「よかった来てくれて。早く渡したかったんで」
そばに寄ると、アレクシスが自分で持つにしては小ぶりな剣を手にしていた。
試し打ちの相手にでも呼ばれたのかと一瞬考えたが、それだと渡したいという言葉の意味がわからない。
「渡すって、なにを? というか用件も言わずに呼び出すなんて珍しいわね」
一応、試合に付き合うことも出来るように動きやすい服装をしてきたが、こういうことは珍しい。
なにか特別な理由があるのかとつい考えてしまう。
しかし、アレクシスの笑みを見れば、悪い知らせではないだろう。
そこだけは安心できた。
「だって、サプライズしたかったんです……一日早いけど、誕生日おめでとう、お嬢!」
そう言ってアレクシスはロミルダにその剣を差し出した。
宝石の装飾がついている片手剣で、一目見て質がいいとわかる。
なにより、剣だ。
髪飾りでも宝石でも、魔法具でもなくて、剣。
「……」
「明日は、当日で忙しいと思ったんで、その前に渡したかったんです。お嬢、新しい剣が欲しいって言ってただろ」
「……言ったけど、ほんの少しぼやいた程度だったと思うわ」
「それでも喜ばせたかったら覚えてるのは当たり前だろ。なんせせっかくの誕生日なんですから」
喜ばせたい、その一心でアレクシスはロミルダの些細な発言を覚えて、当日は忙しいだろうと気を回して心のこもったプレゼントを渡してくれた。
その丁寧な扱いに、先日のラウレンツのことも相まって、涙が出てきそうな心地だった。
それほど傷ついているつもりなど無かったのに、改めて自分がどれほど悔しく思ったのかを知ってしまう。
「…………」
それでも、今目の前にいるのはアレクシスだ。ありがとうと心から言わなくては、そう思って彼を見る。
「……あ、ありがとうっ……」
少し声がうわずって、笑うのに失敗している気がする。アレクシスはきょとんとして、それから「なんかあったのか」ととても心配そうに言った。
せっかく嬉しいプレゼントをもらったのに気を使わせてしまうのが申し訳ない。
そう思いつつも、これ以上黙っていることは難しくて「話を、聞いてほしい」とロミルダは漏らしたのだった。
近くのベンチに移動して、ロミルダはとりあえず剣を受け取った。それが嬉しいので膝の上に置いて撫でながら、ラウレンツの話をした。
ラウレンツには以前から大切にしているかわいらしい幼馴染みがいること、いつものロミルダの扱い、この間のこと、誕生日のこと、この扱いが信頼であること。
それをロミルダは否定できないこと。
「でも、たしかに男女間で、粗雑に扱ったり、適当にするのは信頼しているからという話は聞いたような話な気もする」
「……」
「それが当たり前なら、私は嬉しく思わないといけなくて、でもなんだか納得がいかなくて。ずっとあれから考えてるの」
もし、ラウレンツが正しいと言われたらどうしよう。
そんな思いが話をしているうちに浮かんできた。
だからロミルダは曖昧に続けた。
「でも、正しいなら、正しいで受け入れないといけないよね。私、彼を婿にもらうんだし。自分の主張ばかりじゃ……ダメだって……ちゃんとそれはわかってるけど……」
最後の方は声が消えてしまいそうで、なんだか情けなくてぐっと剣を握った。
「なんだかもう、わからないかも」
「え、そうか? 俺、そいつただ屁理屈こねてるだけにしか聞こえないけど」
そして話を聞いたアレクシスは、ロミルダの鬱屈とした気持ちを吹っ飛ばすように、あっけらかんとした態度で、気軽に言った。
「……」
「なんで好きな女性を雑に扱うんだ? そもそも好きとか嫌い以前に、普通に人を雑に扱うのってダメじゃないですか」
それはあまりに、ロミルダが慣れ親しんだ常識で、疑う余地などどこにもない。
「もっというと、雑でも成立するのって、お互いそれでいいって思う信頼感が先にあるからそうなってるだけ。なんで信頼しあう前に雑にするんだよ、失礼だ」
「っ、」
「それを男女間はだからどうのって、何目線でそんな偉そうなことを言うんだって、思いますが」
アレクシスの言ってくれた言葉は、間違いなくロミルダの思っていたことのど真ん中をついていて、ストンと腑に落ちる。
ふっと呼吸が軽くなって、ハッと視界が晴れ渡ったような気がする。
そうだ、それが当たり前のことだ。
ロミルダも、アレクシスの言葉に賛成だし、それが正しいと思う。
不安が晴れれば視野も広がる。
どう考えても、あれはあの人が悪かった。
気が付けばとてもちっぽけな不安と悩みだったとすぐに気が付いた。
「っふ」
そうかロミルダは、そんな初歩の常識的な部分を欠いた人間に、まんまと翻弄されてしまっていたのか。
それはとても、くだらないことだろう。
「ふふっ、あはははっ……たしかに、なんだ。そうね。たしかにそうよね」
「そりゃな、お嬢が相手に寄り添って考えすぎなんだよ」
「うんっ、うん……そうね。そっか、私、二人だけのことに固執してきちんと状況が見えてなかったみたい」
膝に乗せたアレクシスからもらった剣に手を添えてそっと撫でる。
それに、今更だが常識的にどうであっても、あの扱いを悔しく思ったのは事実だ。
ロミルダは、ラウレンツの言うそれが常識だろうとそうでなかろうと、結局そう扱われることは看過ならない。
ならばいやだったことは認めて主張していいだろう。
それにロミルダは彼に特別尽くしている。それを受け取っておきながら自分はロミルダを雑に扱うなど不平等もいいところだ。
「かもな。でもお嬢にはいくらでも解決する方法があるんだし、雑に扱ってくる奴なんて返り討ちにしてやればいいんです」
「ええ、そうする」
そうしてロミルダは、少し思考を巡らせて、ラウレンツにとある意趣返しをすることに決めたのだった。




