3 配慮
しばらくして、ブロムベルク辺境伯家にラウレンツとその両親のミレッカー伯爵夫妻が訪ねてきた。
彼らはまるで、生徒を叱る教師のような態度で、厳しい表情をしてロミルダと父であるブロムベルク辺境伯と向き合っていた。
話があるとのことだったが、話し合いというよりも端っからこちらを糾弾するつもりでいるみたいな様子だ。
そしてミレッカー伯爵が口を開く。
「話というのは、ブロムベルク辺境伯……わが領地の魔獣討伐の件についてだ。わかってはいるだろうが、一か月ほど前から、わが領地が依頼している魔獣の討伐について明らかに対応が遅くなった」
もしかしたらという可能性を感じる程度ではなく、彼らはそのことにどうやら確信がある様子だった。
「魔獣の討伐はただの業務の委託なんかではない。我々の生命にかかわる非常に重要な事項だ」
「……ふむ」
「せっかく婚約を機に王国騎士団への依頼をやめてブロムベルク辺境伯への依頼に切り替えたというのに、これでは、王国騎士団よりも多少早く、安価な程度ではないか」
「……」
「今までは、もっと素早く丁寧に対応してくれていたはずだ。それを突然手のひらを返したかのように対応を変えて、どういうつもりなんだ」
たしかに魔獣の討伐というのはとても重要な事項だ。
魔獣は基本的に、平民よりも魔力を持っている貴族を狙ってやってくる魔力を持った獣。
それが魔獣。
その討伐は、領地運営の最重要事項とも言える重要なもの。
それが遅れるというのは一大事。
そして依頼を受けているのに討伐を後回しにすると言うのは、関係の破綻につながってもおかしくないほど非道な行為である。
ミレッカー伯爵が怒るのも理解出来る。
しかしながら、もちろんブロムベルク辺境伯家は意図的にそのようなことをしていない。
ただ、父には一つ心当たりがあるはずだ。一応、話をしてからロミルダは行動を変えた。チラリと父を見ると彼はロミルダの視線に気が付いて「お前から話すといいだろう」と口にした。
その言葉にミレッカー伯爵、伯爵夫人、ラウレンツの視線が集まる。
その中で、ロミルダはラウレンツだけを見つめて、口を開く。
「たしかに、魔獣の討伐依頼に対する対応の速度は遅くなっていると認めるわ。ラウレンツ」
「っ、……な、ならさっさと対応するようにしてくれ。私は気が気じゃなくて夜も眠れないんだ。まったくなんのつもりだか知らないが度が過ぎることだ」
「その通りだ、ブロムベルク辺境伯令嬢、君だってわざわざ婚家との関係を悪くするようなことをしたくないだろう」
ラウレンツとミレッカー伯爵はロミルダを叱るように言い聞かせた。
しかし、ロミルダは態度を変えることはない。むしろラウレンツを睨みつけて、顎を引いて言葉をぶつける。
「関係を悪くする? いえいえ、私としてはこれで関係がよりよくなると思ってのことです。ミレッカー伯爵」
「どういう意味だね」
「どういう意味かはご子息に問い掛けてみれば良いのでは?」
「……?」
ミレッカー伯爵はゆっくりとラウレンツの方を見やる。
ラウレンツはそうして、目線を向けられても「は?」と間の抜けた声を出すだけで、まったく心当たりがない様子だった。
「なっ、なんなんだ。意味がわからない、変なことを言っていないで、さっさと元に戻せばいいんだ! ロミルダ!」
「……戻す、と言うか。ラウレンツ、そもそもこれが正常なのよ」
声を荒らげて、言うことを聞かせようとするラウレンツに、ロミルダは本当にまったくわからないのかと若干あきれたような気持ちになって彼に言った。
「どういう、意味だよ」
「だから、王国騎士団よりも少し早い程度、それがそもそもブロムベルク辺境伯家の魔獣討伐の対応速度なの」
「……え?」
「私、きちんと話はしてあったわ。あなたはいつもなにかしらしていて話半分だったのだろうけれど、誤解が無いように伝えてあったはず」
「い、いや、聞いてない……が」
「聞いてなくても、そもそもこれは父に直談判してどうこうできる話じゃない、私が私の責任でミレッカー伯爵家の討伐を優先していただけ」
「は?」
ラウレンツは困惑した表情で、ロミルダのことを見つめるが正直これほどとは思っていなかった。
(こんなに適当な人だったとはね)
「婚約者の実家だもの、特別な配慮をして丁寧に対応するのは当然。これからもそうする予定で、あなたに話を通してあった。だから、ミレッカー伯爵家は最速で今まで魔獣を討伐されていた」
「……」
「でも、その私の配慮がなくなったからただ順当に他の依頼人と同じように順番待ちで討伐されているだけ。何らおかしなことは無いのよ」
「……でっ、でも、魔獣の出現から何日も……」
「それが普通よ。そもそも王国騎士団だって一週間待たせることもあるぐらいだから。三日や四日で討伐されるならまったくおかしくない、他の貴族に聞いてみたらいいわ」
「…………」
他にブロムベルク辺境伯家に魔獣討伐を依頼している貴族に聞けば誰もが、ロミルダの言葉が正しいと言うだろう。
ミレッカー伯爵家の主張は、ロミルダの優しさを権利とはき違えて、継続的な要求をする厚かましい行為だ。
それこそ両家の関係を悪くする火種になってもおかしくない。
引くべきはミレッカー伯爵家だ。
しかし、言い負かされて、ラウレンツはぐっと拳を握る。それから薄ら笑みを浮かべてロミルダに言った。
「だとしても! じゃあなんで突然、君は私たちのことを後回しにしたんだよ。今まで、気を緩ませておいて、急に酷い目に遭わせられて私たちは苦しんでいるんだ! それは君の責任だろ!」
「……」
「君がまいた種なんだから、君がどうにかすれば良いだろ! 君が毎回対応するなり、なんでも! 出来るだろ!」
「い、いや、ラウレンツ。それは……」
ミレッカー伯爵が止めようとするがラウレンツは止まらない。
「少なくとも私に勘違いをさせた君が悪い! 急に適当にした君が悪い!」
「はぁ、でもあなたそれが嬉しいんじゃないの?」
「はぁ?」
「だから、嬉しいはずだもの。だから、そうしたのよ」
「な、何言ってんだよ、君は!」
まったくもって意味がわからないとばかりに、ラウレンツはそう問い掛けてきた。
その言葉に、ロミルダは薄く微笑んで返した。
「ただ雑に扱っただけよ。だってそれが信頼だから。あなたがそう言ったんじゃない」
言いながら彼からもらった布袋を取り出して、中に入っている金貨を机に並べて彼に言った。
「雑にするのが信頼の証なんでしょう? だから、あなたへの配慮はぜんぶやめたの。だってそれが信頼だから」
「え……あっ」
「あなたは、幼馴染みのユリーナにとても真剣にプレゼントを選んでいた。一方私には、これをくれた」
「っ……」
「適当に買っておけと予算を私に寄こした。なるほどと思ったのよ。これがあなたの信頼の形」
静かに見据えるとラウレンツは言葉を失って「そ、それは……」とだけ言って視線をそらす。
「だから私も同じようにして示しただけ。ミレッカー伯爵家の魔獣の討伐は遅いのが信頼よ。嬉しいでしょう? ラウレンツ」
「…………」
「お前、そんなことをしていたのか?」
「申し訳ございません。ブロムベルク辺境伯令嬢、ブロムベルク辺境伯」
ミレッカー伯爵はラウレンツを責めるように問い掛ける。一方、伯爵夫人は、頭を下げて謝罪をした。
「っ…………」
しかし、ラウレンツはミレッカー伯爵の問い掛けに答えずに、うつむいて小刻みに震える。
(これでラウレンツも、それが信頼なんかじゃないことをわかったかしら)
ふと彼は顔を上げて何かを言おうとしていたが、その頭をミレッカー伯爵が抑える。
「申し訳ありませんでした、ブロムベルク辺境伯 辺境伯令嬢、息子の無礼は私たちの不始末です」
「なっ」
「どうかお許しください」
伯爵夫人もそう付け加えるが、父はまだ不服がありそうなラウレンツを見やる。それから静かに首を振り、「さすがに婿にもらう器ではないだろう」と裁可を下したのだった。




