1 信頼
ロミルダは、婚約者ラウレンツのもとへと向かっていた。
ラウレンツの実家であるミレッカー伯爵家への道のりは何度も通った慣れ親しんだ道だ。
屋敷に着いて、案内されるのはラウレンツの部屋。
彼の部屋には、幼馴染みのユリーナの肖像画が一番目立つ位置に飾られている。
「ああ、来たのか」
彼はたくさんの書類が積み上がった机から顔を上げ、ロミルダを見つめた。
「ええ、ごきげんよう。ラウレンツ」
「あ、そうだ」
そうして彼ははたと思い立って、侍女に目配せした。
「君、それ。やっといてくれないか? 私は今酷く忙しいんだ」
「……えっと……」
そうして侍女が持ってくるのはティーポットの形をした魔法具だ。
魔石の光を見ればどうやら魔力が切れそうなほど弱まっている。
「わかった」
婚約者とのお茶会、そういう名目でこうして足を運んでいるというのに、対応はいつもこんな調子だ。
約束を取り付けてもラウレンツは稽古の合間だったり、なにか手紙を書いていたり、今日も忙しくしているらしい。
しかしそれもいつものことだ。慣れはしないけれども驚きはもうない。
ソファーに座って魔石にそっと手を添えて魔力を込める。
一応、伯爵家なら魔力を持った使用人もいくらかいるはずだし、いくら婚約者でも、領地を支える資源である魔力の補充を気軽に頼むのはあまり喜ばれたことではない。
(でも、これが普通……なのよね?)
ロミルダは心の中で疑問に思いながらも、言いつけられた役目を終えて、侍女に魔力がいっぱいになったティーポットを返す。
すると「ロミルダ、終わったか?」そう問い掛けられて、彼の机のほうへとロミルダは向かった。
「ええ、終わったけれど……」
「そうか。じゃあ今度は私を手伝ってくれ。正直難儀しているんだ」
そうして、数枚の書類がこちらに向けられる。
それはなにやら女性への贈答品のようだった。
「君も知っているだろ、私の幼馴染みのユリーナが今年成人を迎えるんだ」
「そう、ね。もちろんラウレンツからいつも話は聞いているもの、おめでたいことね」
「だろう? そこでだ、彼女がとびきり気に入るものを送ってやりたい。ほら、あいつはなんて言うか繊細だろ? だから、ちょっとでも変なものを贈って気を病ませたくないんだ」
「……プレゼント……ね」
「ああ、君は女として、この中でどれを贈ったらいいと思う? 俺は二枚目の――」
そうしてラウレンツはユリーナのプレゼントについてとても熱心に語った。
彼女の髪の色がこうだから、こうかも。でも好きな色は何色で好きな花は春に咲くあれだからとか。
それは、とても細やかな配慮で、ロミルダはさすがにユリーナの扱いと自分の扱いを比べずにはいられなかった。
しかし、ハッと思い出す。
(そうだ、もうすぐ誕生日と言えば私も……もしかしてユリーナを言い訳に私の欲しいものを探ろうと……?)
そんな淡い希望が浮かんで、少し嬉しくなってユリーナに渡すという体でプレゼント選びを手伝った。
数十分後、きっちりとプレゼントは決まり、ラウレンツはとても満足げだった。
「ありがとう。ロミルダ。これで気兼ねなくユリーナの誕生日を迎えられる。あ、そうだ。今思い出したが、君ももうすぐ誕生日だろう?」
彼は、本当に今思い出したらしくハッとしてそう、口にする。
それから侍女に目配せした。
侍女は、いそいそと奥へ下がって小さな布袋を持ってきた。
ロミルダはぽかんとして侍女とラウレンツのことを交互に見ていた。
「これが予算だから、私が買ったことにして適当に用意してくれ。今日の用事はそれだけだ」
彼は、からっとした混じりけのない笑みでそう言って、ロミルダに金貨の入った布袋を差し出す。
ロミルダは受け取らないわけには行かないので、それを手にする。
淡い希望はガラガラと崩れ去って、でもなぜだか少しやっぱりそうだったのか、と思ってしまった。
それが悲しくてロミルダはあまり考えず思ったことをぽつりと言った。
「……私の扱いって、なんだかすごく雑じゃない?」
言うと、ラウレンツは少し意外そうな顔をして、それから少しだけ眉間にしわを寄せて短いため息をついた。
「あー……いや、それは別に悪いことじゃないって前から言ってるだろ? なんて言うか、わかるだろ? これは信頼の証みたいなものだから、私にとって」
「信頼……」
「ああ、そうだ。君は実家の権力も強いし、健康で魔力も多くて、ほらよっぽどのことがないと揺るがない、君はなんでも平気だし?」
「……」
「でも、ユリーナのような女性は違う。可憐で気を使って守ってやらなくてはいけなくて、かわいらしくて、繊細で、ガラス細工みたいな乙女なんだわかるだろ?」
そう言われても、ロミルダはうんとは、言えない。
信頼という言葉を使っていながら、ロミルダを褒めているとは到底思えない言葉選びだ。
「少しばかり雑な扱いに思えるのは、君を見込んでのことなんだ。それがより深い関係を持っている婚約者同士の愛だって、君はわかってくれよ」
「……」
「男所帯で大切にされてきたからそう言う雑に扱われる女の喜びがわからないんだろ? いいか? 恋人同士は信頼すればするほど雑になるんだ、むしろ誇ってくれないと、面倒くさい」
「……」
「だから、うっとうしいこと言わないでくれ」
ラウレンツは言うだけそう言って「じゃあ、私はユリーナのプレゼントの用意があるから」と言ってロミルダを部屋から追い出した。
たしかにロミルダの実家は男所帯である。ロミルダもその中に籍を置いている。
恋も愛もまだ知らない。
そこを引き合いに出されてしまうと、それを即座に否定するすべを持たずにとぼとぼ帰るしかないのだった。




