17 扉
アーレンス子爵領へと入ると、のどかな農村地帯に小さな集落がいくつかある。
そこを通り抜けて領主の屋敷へと向かうが人一人見ない。動物の声もしないようないような静けさに包まれている。
と言っても村が荒らされている痕跡はない。
きっと村人は魔獣を恐れて、魔獣対策に多くの平民が要している地下へと逃げ込み固く扉を閉ざしているのだろう。
彼らがいつもどおりの日々を一日でも早く取り戻し、のどかな村の暮らしを取り戻せるようにロミルダたちは馬を走らせる。
領主の屋敷へと到着すると、通ってきた村とは違って明らかな損壊が見て取れた。
戦って散ったであろう兵士が石畳の道の端に倒れている。
広がる血だまりはどす黒く、助からないことは明白だ。
逐一気を止めている訳には行かない。
ロミルダはベルトポーチから感応の魔法具を取り出す。それはコンパスのようにゆらゆらとしながら屋敷を指し示している。
「……一旦、合流するわ。警戒を怠らないで」
「ハイッ」
騎士たちに支持を出し、馬から下りる。
この感応の魔法具は対になる魔石からの合図を受け取ることが出来る魔法具だ。
魔獣に制圧されてしまった領地からはそもそも脱出が難しい場合が多い。
そういうときのために契約を結んでいる貴族には、領地が陥落した場合には討伐要請ではなく、直接の救難信号を送れるように合図を送る魔石を渡してある。
強い魔力が込められると騎士団で所有している感応の魔法具が反応し異常を知らせ、その魔石の位置を指し示すと言う仕組みなのだ。
そしてどうやらこの感応の魔法具から見るに、アーレンス子爵家の貴族たちはも魔獣対策にもうけられた屋敷の地下避難部屋にいるようだった。
(すでに、そこまで押し入られていなければ……だけれど)
剣を構えそれぞれが慎重に進んでいく。扉が壊されているエントランスへと入る。
中も荒れており、人がちらほらと倒れていて、その傷や屋敷の損傷を観察しながら前へと進む。
「うわっ」
背後から情けない声が上がり、視線をやるとマルトリッツだ。
到着するまでの間はあれほど元気だったのに、今では怯えきってなんでもないことで悲鳴を上げるようになってしまった。
(まぁ、魔獣が最初に狙うとしたら彼でしょうね)
ロミルダは、とても冷静にそんなことを思いつつエントランス階段の裏手に回った。
魔獣に対する非難部屋はだいたい救助されやすいように、屋敷のわかりやすい場所に入り口がある。
簡単に見つけることが出来て地下へと続く階段を降り、後ろは騎士たちに見晴らせつつ扉に近づいた。
固く閉ざされている鉄の扉にも、爪の後と大きなへこみから魔法の痕跡が拾える。
どんな魔獣か推測しながら強くノックしつつ声をかけた。
「ブロムベルク辺境伯騎士団です! 救援に参りました! 情報を交換のために一度合流させて頂きたい!」
声を張るけれど、しばらく反応が返ってこない。
しかし根気強く待っていれば、ゆっくりと扉が開かれ、中からは酷くやつれた侍女の制服を着た女性が顔を出した。
「……ま、魔獣はいませんか?」
「ええ、今のところは遭遇していません」
「……本当に?」
扉を薄く開けたまま、侍女は目を酷く見開いてずっと階段の先を詰めていた。
「本当です。通していただきたい」
「……かしこまりました」
そうして、やっとロミルダたちは地下の避難部屋へと足を踏み入れる。
鉄の扉の向こうには長い廊下が続き、その先にはまた重たい鉄の扉がついている。
侍女が中へと声をかけ、扉が開かれ避難部屋の中へと入る。部屋の内部は暗く重たい空気が立ちこめている。
中央のソファーに座って頭を抱えているのがアーレンス子爵だ。そばに寄り淑女礼をして、声をかけた。
「アーレンス子爵、お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか? ブロムベルク辺境伯家のロミルダです。遅ればせながら救援要請により参りました」
この状況で貴族同士の正式な挨拶など今は不要だ。見たところ子爵一家は無事のように見えるが、非難している使用人たちも相当疲弊している。
一刻も早く解決するに超したことはない。
「心中お察しいたします。しかし、これ以上被害を出さないためにも急ぎ討伐を行いたいのです。魔獣について些細でもかまいません情報をお聞かせ願います」
「……」
「アーレンス子爵」
「……」
余計なことは言わずに、簡潔に問いかける。
しかしアーレンス子爵は頭を抱えてただ震えているだけで言葉を返さない。
周りの家族や使用人たちも、なんとも言えない表情でロミルダたちを見やっていた。
「……情報……だと?」
数秒開けてしわがれて震えた声が響く。
「……あんな物っ、悪魔以外のなんでもないわ!! 悪魔なんだ、悪魔! おおお、恐ろしい!! なぜもっと早く来ないのだ!! いっ、今更!! 勝てるのか!? あんな恐ろしい生き物にっ!!」
堰を切ったようにアーレンス子爵は叫びだし、ソファーから立ち上がって取り乱しロミルダに手を伸ばす。
「ご主人様っ!」
「父上! いけません!」
「あなた……」
しかし身内に寄って止められまた頭を抱えて、「悪魔だ、命を奪いに来たのだ」と呟く状態に戻った。
そんな父親を見かねてアーレンス子爵子息がロミルダを見やる。
「……父が申し訳ありません。ご無礼をお許しください。……ただ、魔獣については我々もわからないのです。……気がついたら…………襲われていて、姿も見えず……次から次に…………」
「……なるほど」
「ど、どうか。よろしくお願いします。ブロムベルク辺境伯令嬢……アーレンスの領地をお救いください」
「心得ました」
そうしてアーレンス子爵令息と短く言葉を交わし、ロミルダは思案しつつ身を翻す。
どうやら想定している中でも一番厄介な可能性を引いたらしい。
(まぁ、でも同時にちょうどよい環境もありますね……それを組み合わせれば……なんとかなるでしょう)
そう算段を立てつつ、避難部屋の出入り口付近に騎士たちを集めたのだった。




