16 道中
アーレンス子爵家へは、どれだけ急いでも馬で二日はかかる。
戦うための装備と野営の準備だけをして出発し、一日走り通しだったけれど、ロミルダはけろっとしていた。
なんせ数日前まで社交しかない日々を過ごしていたので体力は有り余っていた。
それにずっと重たいドレスでゆっくり動いて「うふふ」と笑ってお話ししているよりも、馬で走るのほうが楽しくて気持ちがいい。
いつまでもどこまでも行けそうだと思うのである。
しかし夜になれば、止まって休まなければならない。
騎士たちが野営の準備をしている中で、ロミルダは持ってきた魔法薬や魔法具が破損していないかの確認を行っていた。
基本の癒やしの魔法具と騎士なら誰でも使う身体強化の魔法具。
いざという時のそれぞれの魔力薬。捕縛の魔法具や目くらましの魔法具……。
それから魔力好循環薬。
これはブロムベルク辺境伯家の秘伝の魔法薬であり、昔から魔法士たちの研究に投資し信頼関係を結んできたたまものとも言える薬なのだ。
ロミルダ自身が作ることは出来ないけれど適切に使う方法はきちんと心得ている。
今回の討伐には、これだけたくさんの道具を持参していたしロミルダがきちんと管理しておかなくてはならないだろう。
それというのも、今回の依頼内容に一筋縄ではいかない不気味さを感じていたからだ。
本来、アーレンス子爵家で発生する魔獣事態の魔力量についてはたいした物ではないし、領地の人間が自力で討伐することもある。
(でも今回は、壊滅的な被害を受けている……相当運が悪いか……嫌な相手が魔獣になったか)
魔獣というのは、何も無から生まれるわけではない。
動物が土地の魔力に当てられて転変し、魔力を保有し求める性質を持つことで魔獣になるのである。
それは、草食の小さなウサギやネズミだったりもするし、はたまた鳥類だったり魚類だったりもする。
そしてそれらは総じて魔獣特有のキラキラと赤く輝く宝石の様な瞳を持っているのが特徴だ。
小さな魔獣なら魔力を与えて、その凶暴性を抑えて従えることもできるのだが、基本的には即座に討伐することが推奨されている。
「あっ!」
突然、後ろから大きな声が上がって、ロミルダは驚いて肩がびくりと震えた。
ロミルダの背後にはたき火があって振り返ろうとすると、肩をつかまれた。
「いや、勝手にいじっちゃダメじゃないですか? さすがに」
見ればそばにいるのはマルトリッツだ。彼はたき火の薪を集めてきたようで小脇に枝を抱えていて、その作業の途中、なぜだか突然ロミルダに声をかけたらしい。
「勝手に……?」
どういう意味の言葉かわからずに首をかしげて聞き返す。
背後からパチリと薪のはぜる音がした。
「だって、え? わかんない? いや、偉そうにするのは……いや、偉そうにするのも迷惑ですけど……それ、さすがにお嬢様がいじっていいやつじゃないんで」
「……」
「てか……あのお嬢様もうちょっとわきまえた方がいいです。ああ見えても、皆迷惑してるんで」
ロミルダはパチパチと瞬きをした。
(皆、迷惑…………????)
マルトリッツは、面倒くさそうにロミルダのことを見やって、それから振り返り「あ、そこ」と指さした。
「そこ座っておとなしくしたらいいと思います。ただでさえだるいんで」
彼はそう言って、気まずそうに首の後ろを摩って、馬鹿にするように笑った。
「マジ、だるいんで」
(マジ、だるい……)
ロミルダはあまりの衝撃に、ぽかんとして立ち尽くした。
どの年も新人は、春の社交シーズンから戻ってきたロミルダに対して侮るような態度を見せることはあった。
しかしこれほどまでに露骨でそして、邪険に扱ったのはマルトリッツが初めてだった。
「あ、アレクシス先輩、ブルクハルト先輩、水くみお疲れ様です!」
「おー、おう」
そこに水くみに言っていたアレクシスとブルクハルトが戻ってくる。
普段なら水など魔法でいくらでも生み出すのだが、魔獣の討伐には魔力が必須だ。
到着は明日になるので、それに備えて魔力の使用を極力控えているので、彼らは水くみという仕事をしていたのである。
ブルクハルトは健気に声をかけてくる後輩を、無碍にはせずロミルダの近くにいたことなど気にせず返事をした。
しかし、アレクシスはちらとロミルダを見やって、じっとマルトリッツのことを見ていた。
「いや、本当に教科書どおりで面倒くさいですよね! 先輩方に水くみなんてさせるなんて」
ちなみに、魔法の使用を極力控えるよう指示を出したのはロミルダである。
しかし他の騎士たちだって当たり前のように受け入れた。
なぜなら教科書を遵守している訳ではなく、世の中には教科書に従うべきこととそうではないことがあり、それを経験上知っている。
だから教科書どおりのこともするししないときもある。そしてそれはこの場にいる騎士全員が知っていることだ。
しかしそんなことはマルトリッツには伝わっていないらしい。
「おー……? ははは」
ブルクハルトもちらとロミルダを見る。
マルトリッツが遠回しに指示を出したロミルダのことを詰っているということに気がついたらしい。
ブルクハルトの隣にいるアレクシスは、少しうつむき顔に影が差している。
「なぁ、お前……」
するとアレクシスはびっくりするぐらい低い声を出した。
明らかに一言目で怒りが感じられるような声だ。
とっさにロミルダは、ぴょんと駆け出して、アレクシスの腕をがしっと掴んだ。
「アレクシス!」
「……」
「……」
「……なんすか、お嬢。だって、しょうがなくね?」
ロミルダが彼の腕を掴んでじっと見つめるといつもの彼に戻って、罰が悪そうにしながら言った。
その言葉にロミルダはかぶりを振って「しょうがなくない」と返す。
「……」
「……」
しばらく無言の見つめ合いが続き、アレクシスははぁ、と小さなため息をつく。
「わかりました。でも、いつまで我慢利くかわかんないんで」
「うん」
二人のやりとりを見ていたマルトリッツは首をかしげてきょとんとしており、ブルクハルトは苦笑していた。
ロミルダだってアレクシスの怒りがこれっぽっちも理解できないということではない。
さすがにここまで侮られたら、むかっとくるし、集団としても問題があるだろう。
(でも、アレクシスが怒って代わりに言うだけっていうのはやっぱり違う。それじゃあ、意味がないし、今この場でがなり立てて叱り飛ばしても侮りが嫌悪になってより厄介になるだけ)
具体的に言うと上っ面だけ言うことを聞いて、いざという時に限って指示が通らず予想外の事態が起きる場合があるのだ。
だからこそ、カチンときても冷静に次期ブロムベルク辺境伯家の当主としてやるべきことがある。
それに嫌な思いをしているアレクシスには悪いが、ロミルダにはロミルダのやり方があるとわかっているから他の騎士たちもマルトリッツのロミルダに対する無礼を止めないのであった。




