15 新人
領地の屋敷に到着すると、早速着替えて、騎士団の本部へと向かう。
本部に詰めている騎士の数はすでに少なく、若手が多い。
若手の騎士たちを見ているとアレクシスのことが思い浮かんで快活な彼に会いたくなるが今はぐっと我慢する。
彼の事だ春の社交シーズン中にもきっちり訓練をして腕を上げたに違いない。
暇があったら手合わせをしてもらうのがいいだろう。
考えながらずんずんと廊下を進めばあっという間に、アンゼルムのいる騎士団長室だ。
ノックをすると、扉は内側からすごい勢いで開いた。
「おおっ! やっと来たな! ロミルダ嬢! さぁ早く中に入れ!」
アンゼルムはニカッと歯を見せて笑みを浮かべてロミルダの手を掴み、即座に部屋の中に引きずり込んだ。
引き込まれた勢いのままソファーセットに座らせられる。
そして素早くアンゼルムのおつきの侍女が紅茶をだし、アンゼルムは向かいにどっかりとどっかり座る。
「待ったぞ! ロミルダ嬢よ! 相変わらず貧弱な筋肉だが、腕は衰えていないな!」
「時間がかかってごめんなさい。でもすぐに動けるわ」
「よかろう! 本当ならば王都から走り通しで帰宅しても疲れないようなトレーニングを伝授したいところだが、そうも言ってられん!」
アンゼルムは、ぎゅっと眉間にしわを寄せて、カッと目を見開きローテーブルを見やる。
そこには周辺の地図が用意されていて、そばに置いてあるペンで、ビシィッと一つの領地を指し示した。
「おぬしに任せたいのは、アーレンス子爵家からの討伐要請だ! それも、すでに屋敷は襲われ被害が出ている!」
「了解、他の案件についても教えてほしいのだけど」
「無論! リーツマン伯爵家に魔力の強大な大型魔獣が出現、わが辺境伯家の西の森にも、小型だが厄介な魔獣が群れを成し、潜伏! 他、討伐要請が三件だ!」
(多いわね。……やっぱり最近の魔獣の増加はなんだか普通じゃない……)
通常は時期が重なることはあってもこれだけ依頼が渋滞することは珍しい。
それがここ最近は何度も起こっていて、奇妙だった。しかしそれを考えるのは今度でいいだろう。
「そして、これがその個別の討伐要請書だ!」
加えてアンゼルムは貴族たちから届いた討伐要請の詳細が書かれた書類を手渡す。
さっと目を通し地図で位置を確認すると、位置関係が明確になり、額に手を当てて考えつつ口に出す。
「アーレンス子爵家の依頼が終わり次第、討伐要請は一つ処理できると思うわ。リーツマン伯爵領はあそこは昔から魔力も強くて地形も厄介だったはず時間がかかる想定で――」
普段から勉強している知識を引っ張り出して、口にするとアンゼルムも口を挟み、懸念事項を挙げて行く。
装備の数、馬の用意、動ける騎士に魔獣との相性、それから新人騎士の配置。
様々な要因をパズルのように組み合わせて、すべての依頼をどのようにこなしきるかと言う難問に答えを出す。
「話し合いはこのぐらいでいい?」
「ああ、問題ないだろう! わしは早速騎士どもをまとめよう! ロミルダ嬢!」
立ち上がり、アンゼルムは重たいマントを翻し、ロミルダのことを呼ぶ。
「検討を祈る!」
「ありがとう。あなたも、無事で」
「ハハハッ、誰に言っておるのだ! この筋肉をもってして無事でなかったことなど生まれてこの方一度もないわ!」
彼はそんなわけがない大口を叩いて去って行く、その後ろ姿を見送って紅茶を飲んでからロミルダも団長室を後にしたのだった。
「ということで、アーレンス子爵領魔獣討伐隊は私が長として指揮を執ることになったわ」
ロミルダは騎士団本部の前にある訓練場に自身の率いる隊のメンバーを集めていた。
午後の日差しは強く、からりと晴れた空は魔獣の増加など感じさせない爽やかさをしている。
その日差しの中、ロミルダは両手を腰に当てて、大柄な騎士たちを見上げて声を張っていた。
「早速、装備や備品諸々の確認を終え次第出発っ!……ということにしたいけれど……」
ロミルダについてくる騎士は全部で七名いた。
その中には、アレクシスやブルクハルトと言った慣れ親しんだ騎士たちがいる。
その他も全員が若手であり、アンゼルムや父のような歴戦の猛者という雰囲気を醸し出している人間はいないが、それはロミルダがその役だからである。
しかし、そのことにまったく気がついておらず、ロミルダに怪訝な表情を向けている騎士が一人。
「初めて顔を合わせる人がいるから、自己紹介をしておくわ。ブロムベルク辺境伯家跡取りで、上級騎士のロミルダよ。あなたが新人のマルトリッツね?」
声をかけると一番、後方にいた新人騎士のルドガー・マルトリッツが先輩棋士たちに道を空けられおずおずと前へとやってくる。
「そ、ですけど」と言いつつ首の後ろを手で摩りながらそっぽを見ていた。
(……まぁ、新人だもの。仕方ない)
「今から向かう場所は、すでに安全な場所がない魔獣に制圧された領地よ。新人はここに残っても、統率が大変だから私に任されたけれど、下手を打てばこちらの任務だって安全ではない」
「……」
「気を引き締めて、絶対に指示に従うこと。よろしく頼むわね」
「……はぁ」
新人騎士マルトリッツはそうしてロミルダの言葉に気の抜けたような返事を返す。
目も合わせず返事もろくにしない。こんな態度を上官に取るような人間が騎士になれるほど上下関係が甘い仕事なのかと聞かれる答えは否だ。
こういう態度しかできない人間は、騎士になどなれないのである。
ではなぜ、マルトリッツはこうなのか。それは、単にロミルダを侮っているからだろう。
よくあることなのだ。特に春の社交シーズン明けの新人には。
「じゃあ、各自装備を確認して、厩舎に集合」
ロミルダが声をかけると、騎士たちからは歯切れのよい返事が返ってくる。
それからロミルダの隊の騎士たちは各自軽く言葉を交わしたりはけていく。
その中でマルトリッツはアレクシスとブルクハルトを呼び止め、背筋をピシッと伸ばし、尊敬の眼差しを向けていた。
「あ、あの俺、ブルクハルト先輩と、アレクシス先輩とご一緒できて光栄ですっ、足手まといにならないよう、頑張りますんで! よろしくお願いします!」
その態度の変わりように、ロミルダは逆に少し笑ってしまって、さっさと自分の準備しに向かうのだった。




