13 裏切り
「それに、別に私、あなたのことを妬んでもいないし、怒ってもいないし……それなりにどうでもいいの」
ユリーナは、「は?」と威嚇するような低い声で言った。
美人の怒りには迫力があったが、その程度で気圧されるようには教育されていない。
「一から私の主張を説明するわね。ユリーナ様。まず仲間に入ろうとしていないし入れてほしいとも思わないから皆の腹の底なんてどうでもいい。あなたもあなたの仲間内もどうでもいい」
「……」
「そんなどうでもいい場所で局所的に広まっている虚偽に対する糾弾なんて興味もないし、意味もないの」
「は……?」
「だから、あなたが私に皆に嫌な思いをさせてごめんなさいと謝らないと許さないと言っても謝る理由はない。ただ、あなたたちは貴族の子息、令嬢として、それなりの権利がある」
ロミルダは、周りの貴族たちにも聞こえるように少し声を張って、丁寧に説明した。
「そういう人間が、私の騎士たちにたいして理不尽を働くと言っている。仕事の邪魔をされれば、鍛え上げた騎士たちにも被害が出るかもしれない」
討伐のために到着してから円滑に案内をしてもらえなければ、下手に体力を消耗するかもしれないし、補給が必要なときに拒絶され、それでも戦わなくてはならなくなったら負傷者、あるいは死人が出る。
「私の家系は騎士団があってこそ成り立っている。何かあってから、そう言う予兆があったことを知りながら、こうなるとは思わなかったというのは通用しないのよ」
ユリーナは目を見開いて、ただ黙って話を聞いていた。
「だから、そういったことが行われる危険性がある場所には、同行してことのあらましとその家全体の意向を確認したわ。そうすることが私は私の責務だと思っているから」
「……」
「親に告げ口してそれで周りを謝らせて従えようとしているとか、嫉妬からユリーナ様に勝ちたかったとかそういう話をしているんじゃないのよ」
彼女は、ぐっと拳を白むまでつよく握っていた。
「あなたたちは私を糾弾するだけではなく、虚偽を信じて私の家の商いの邪魔をしようとした。だから跡取りとして手を尽くした。結果として、あなたたちの行いが家族に知られることになった、という話なの」
ロミルダは小首をかしげてユリーナに理解できてるかと問いかけるように話した。
どんなに彼女が敵意をむき出しにしていようとも、自分たちの価値観の中でロミルダを規定して思い通りにしようと画策しても、関係がない。
彼女たちを基準にロミルダは動いていないのだ。
だから、ユリーナがどんなに周りを味方にして、今謝ってきた貴族たちも裏ではロミルダのことを悪く言うのだとしても、意味もないし興味もない。
「それにユリーナ様も、両親から謝罪をするように言われているでしょう? あなたは、自分たちの小さな社会の中では許されても、大きな生活を支える本当の社会の中では許されないことをした」
「っ……」
「だから、怒られた。それだけのこと。……でもこれからは気をつければいいのよ。だってまだ、成人したばかりの若い女の子なんだもの」
ロミルダは気さくにそう言って、軽く笑みを浮かべた。
ここまで言えば、周りで謝罪はしたものの本当は心の中でロミルダに腹を立てている同世代の貴族たちも、ある程度は理解してくれるだろうと思う。
彼らの小さな社会だって彼らに取っては重要なのだろうが、それ以外の大切な価値観も存在していて、それを逸脱しないようにこれからは生きていくべきだ。
それがうまく伝えられたんじゃないだろうかと思う。
ユリーナは、ぐっとうつむいて、拳を強く握って震わせている。しかし反論は思いつかない様子で押し黙っている。
彼女がロミルダの言った言葉を呑み込めるかどうかはわからないが、きちんと主張を伝えられたし、ロミルダにできることはやっただろう。
ロミルダが、立ち去ろうとしたとき、ユリーナのそばにラウレンツが寄り添った。
「ユ、ユリーナ」
それは気遣うような声で、ラウレンツはこれ以上ロミルダに食ってかかるよりも、折れそうになっているユリーナの心配をすることにしたらしい。
彼からきちんとした謝罪は受けていない。
自ら頭を下げてくれた令嬢や令息たちに対しては、家族宛てに「謝罪を受け取った」旨の手紙を送るつもりだが、ラウレンツやユリーナの家に対しては送らない。
その違いがあるだけだ。
それに、口先だけで謝られても、すっきりすると言うわけでもないのでラウレンツのその様子は気にしなかった。
しかし、パンッと歯切れのよい音がして、ロミルダは注意を戻した。
ラウレンツは強くはたかれた頬を押さえて、一歩大きく後ずさる。ラウレンツに手を上げたのは、ユリーナだ。
彼女は、顔を真っ赤にして、目を見開き声を大にして言った。
「そもそもっ……あなたがわたくしに嘘を言って、騙したのが悪いわよね!」
「……え」
「わたくし、幼馴染みのあなたが言うことだから特別に信じたのに、嘘を言ってブロムベルク辺境伯令嬢を陥れる手伝いをさせた!!」
それは見事な責任転嫁だった。
あんなに仲が良い様子だったのに。あんなにラウレンツはユリーナのことを優先していたと言うのに。
二人は、愛し合っていたから、ラウレンツが追い詰められたとき、ユリーナがかばって代わりにロミルダを攻撃したのだろう。
そのはずなのに。
「わたくしはただ、あなたを信じてあげたのに、こんな目に遭うなんて思わなかったっ、もういやっ! ああっ、辛くておかしくなりそうっ!! まるでわたくしが悪いみたいに言われてっ最悪!」
ユリーナは大粒の涙を流して、顔を赤くしながら、嗚咽を漏らして泣き始める。
「ううっ! あなたが、ブロムベルク辺境伯家が悪いなんて言う嘘言わなければっ、こんなことにならなかったのにっ、お父さまにもお母さまにも怒られなかったのにっ!!」
わああっと泣いているユリーナは、その場面だけ見れば被害者だが、周りの人間はことのあらましを最初から最後まで見ていた人間ばかりだ。
全員がユリーナが乗り気でブロムベルク辺境伯騎士団を罵っていたことを知っている。
なのにロミルダに説教された途端にこれである。
さすがに誰も彼女に寄り添う人はいない。
そしてラウレンツも、頬を押さえてぽかんとしていた。
しかしロミルダがどうしたものかと唖然としていると、ラウレンツも手を振りかぶって、ユリーナの下へと向かった。
「いやっ、君が勝手にっ、ロミルダに文句言い始めたんだろうがっ!!」
言いながらラウレンツはユリーナにつかみかかって、彼の手についている指輪に彼女の繊細な黒髪が引っかかる。
「いたいっ!! いたい!!! 助けて!! 誰かっ助けてぇ!!!」
悲鳴が上がる。
注目が集まり、ロミルダはもちろん二人を引き離すのに参加してラウレンツを羽交い締めにした。
多くの人に止められ、注目されても醜く罵り合う彼らの姿は、ロミルダに取ってひどく衝撃的だった。
あんなに愛し合っている様子だったのにこんなことで破綻してしまうとは思いも寄らなかったけれど、結局口では美しい愛を語っていても、何よりも自分だけが大切だったが故に起こったことだと思う。
ああはなりたくないとは思いつつ、あそこまで愛し合っていても破綻してしまうとなると、人と添い遂げるというのはとても難しいことである気がしたのだった。




