第八話 すれ違い
ある程度基礎戦闘能力に磨きがかかったと判断した頃には彼女も戦いに参加させる。
最初は後方支援を徹底させてブラック☆ライターが前衛で戦っていたが、自然な成り行きで徐々に前衛と後衛を交代してホワイト☆ドリームの戦いを見守るようになっていった。
本日の敵はストレス級アウトサイダーが一体。ブラック☆ライターは物陰から後輩の戦いぶりを注視する。そんな中、ホワイト☆ドリームは〈バルーンマジック〉で敵の目を欺き、上空からの飛び蹴りでアウトサイダーを昏倒させる。
師の教えを踏襲した戦い方で見事追い詰めた彼女はトドメの一撃を向ける。
「〈ネガティブ・バスター〉!!」
「ギャアアア!!」
ホワイト☆ドリームの放った白い閃光がアウトサイダーを浄化させる。
彼女の物覚えが良いのかブラック☆ライターの指導の賜物なのか、ついに単騎でストレス級のアウトサイダーを倒せるレベルに至ったのである。
自分の勝利を認識した彼女は諸手をあげて喜びを表現した。
「やった! やりましたよ先輩!!」
「お疲れ様。おめでとう。キミは立派な魔法少女だ」
これまではブラック☆ライターが助け舟を出したり助言したりしていたが正真正銘単騎撃破は初めてのことだった。もう介助は必要ないだろう。失敗を糧に後輩は確実に実力をつけている。これからは手のかかる新人ではなく対等な戦友として肩を並べて戦えそうだった。
「私、やっと一人前になれたのですね」
「まだ粗削りだぴょん」
「コラ、キャロットは水を差すな。後は実戦で慣らしていけばいいんだ。もう十分だよ」
「先輩! ご指導ご鞭撻、ありがとうございました!」
「ああ。俺も弟が出来たみたいで楽しかった。けどもう戦闘訓練は必要ないかな」
注意する点はあっても教えられることはもう何もない。そう判断しての発言だったが、ホワイト☆ドリームは表情を曇らせた。
「もう夜の特訓はしないんですか……?」
「ああ。キミも学生みたいだし余計な時間を使わせるのは悪いだろう。まぁ助けが必要だったらキャロット通じて呼んでくれたらいいしさーお疲れ」
新人教育から解放されたブラック☆ライターは晴れやかな気持ちだった。ようやく肩の荷が降りたと足早に帰って行ってしまう。その背中を見送ったホワイト☆ドリームもキャロットを連れ立って家路につくしかなかった。
家の窓から自室に帰ってきた彼女は静かに変身を解く。
眩い光に包まれた魔法少女は本来の姿へと回帰していく。長い黒髪に眼鏡をかけた女子高生が立っていた。ちょうど駆け出しのブラック☆ライターが助けた女子高生である。彼女の部屋は全体的に魔法少女キャラのポスターやフィギュアが飾られた子供っぽい意匠となっていた。
「あ~あ、先輩との夜の逢瀬も終わりですかぁ。リアルじゃ接点ないですものね」
「余計なことは考えちゃだめぴょん。生粋の魔法少女は公式記録で絶滅したことになっているぴょん。ブラック☆ライターにも秘密にするぴょん」
「どうして正体を明かしたら駄目なのです? 仲間でしょう?」
「以前も生粋の魔法少女の子が稀にいたぴょん。けれど正体が本物の女の子だと知った瞬間、他の野郎共が一斉に横恋慕して魔法少女チームが崩壊したぴょん」
全員変身前は男だということで気が知れた仲間だった魔法少女チームはアウトサイダー相手に無敵の強さを誇っていた。しかしネガタイドやアウトサイダーとの熾烈な戦いの最中、一人の変身が解けてしまった。一人の魔法少女が正真正銘女の子だと知れたことで他の仲間達の態度が露骨に変わっていく。
ある者はアウトサイダーとの戦いをそっちのけで彼女を口説くようになり自滅、ある者は彼女を過度に庇護するようになって殉職。またある者は彼女と一線を越えたことが切っ掛けで魔法少女としての力を失った。
世界の秩序を守っていた魔法少女チームとしては呆気ない最後だった。
「――分かったぴょん? 恋心は戦う上で余計なお荷物ぴょん。まして君は恋心といえないまでもブラック☆ライターに好意的だぴょん。非常にまずい兆候だぴょん」
「別に下心とかないですよ!? 純粋に先輩として尊敬してるだけで――」
「……だとしてもダメぴょん。キミにその気がなくともブラック☆ライターの方が本気になる可能性があるぴょん。なにせ魔法少女の適性が高い程に初心な童貞野郎だぴょん」
キャロットは心底馬鹿にしたような口調で呟いた。
折角命懸けで戦ってくれている魔法少女に対してあまりにも酷な態度である。恋心は邪魔だと唾棄するのも精霊としての品格を疑うくらいだ。
「今後も正体を隠す。分かったぴょん?」
「……はい」
少女は世話になった先輩魔法少女の背中を思い出しながらその日は眠りについた。
県立女子高校に通うおさげで地味目の少女、白浜光。
それが魔法少女ホワイト☆ドリームの正体である。
明るいムードメーカーの影に隠れる大人しめの印象。ありふれた女子高生である。交友関係も狭く同類のオタク友達と魔法少女について語らう日々だ。
色恋について話す機会はなく、女子校通いゆえに男性の知人は少ない。身内か教師くらいしかいないだろう。故に身近な男性ということでブラック☆ライターを意識してしまうのは仕方のないことだった。
授業中においても素顔を知らない彼女に理想の男性像を映してしまう。分かっているのは年上らしいということくらいだ。
物覚えの悪い自分に対して丁寧に手解きをしてくれた優しさは本物だろう。
「では次のページを白浜さん、和訳してください」
「本当にどんな人なんだろう……?」
「光ちゃん、二十四ページ!」
「あっ、はい!」
授業も上の空になってしまっていた。
意識が完全にブラック☆ライターの方に持っていかれてしまっている。何とか午前の授業は乗り切ったが脳裏に先輩魔法少女の姿がチラついて集中できなかった。
「光ちゃん、気になる人でも出来たの?」
「……へっ!?」
昼休憩時、友人の東山莉奈からの指摘に虚をつかれた光は素っ頓狂な声をあげてしまった。恋慕しているわけではないが周りの人間からこうも話題が上がると余計に意識してしまう。
「今日ずっと心ここにあらずって感じだったし恋でもしてるのかなって」
「まさか! 顔も本名も知らない人だし!」
「あー、メル友的な?」
「うん、それっぽい関係っかな? ちょっと助言してくれたりお世話になったりして……ただ身内からはあんまり入れ込まないようにって忠告されちゃって」
「う~ん、気持ちは分かるかなぁ。離れた距離で顔が分からないからこそ話せていたのかもしれないし……本当に会って互いに幻滅したらそれこそショックじゃん?」
友人の言葉に光は少し頭が冷える。
単純に理想を押し付けた相手の本性に幻滅するかもしれないことばかり考えていたが相手側が愛想を尽かせることも考えられるのだ。
『男同士だと思って気を許してたのに女の子だったのか。女の子は最近ハラスメントとか口うるさいからなぁ……。これからは互いの為に距離を置こう』
そんな塩対応されることを想像してしまい一気に現実に引き戻された。
今が理想的な関係なのかもしれない。相手と深い関係にはならず魔法少女同士の割り切った関係こそが楽なのだろう。
「うん、やっぱり素性を探り合わない方がいいよね」
「友人としては応援したけどさ、光ちゃんが傷つくのは見たくないし……。逆に時間を置けば進展があるかもしれないし……」
「そうだよね。今は莉奈ちゃんとのオタ活の方が楽しいし」
「嬉しいことを言ってくれるね~」
どの道一人前と認められてしまった今、一緒に闘う機会が減る可能性が低い。
ブラック☆ライターと顔を合わせることも殆どなくなるかもしれなかった。それよりは目の前の友人や青春、進路のことを考えた方が有意義だろう。
自分を納得させるように光はいつもの日常に身を任せることに決めた。
放課後、光は莉奈と共に本屋やグッズショップを巡った。
推しの魔法少女系漫画の新刊やアニメグッズを物色するためである。道すがらクレーンゲームやガチャガチャで一喜一憂し、目当てのものを手に入れた二人は疲れた足を一休みさせるべく喫茶店に入った。『山猫』という猫がモチーフの洒落たお店である。
「光ちゃん、このキャラ欲しかったでしょ? あたしダブったからあげる」
「ありがとう! 大切にするね」
互いに獲得した戦利品を広げ、時に融通し合い、テレビアニメや劇場アニメについて語らい話に花を咲かせていく。どこにでもいるオタク系高校生の話である。
「――ご注文の品をお持ちしました」
「ありがとうございま……ひっ!」
たまたま目が合った店員の眼つきの鋭さに莉奈は委縮してしまった。
短い悲鳴にも動じずに店員の方は店奥へと帰っていく。
「こわ~。今の店員さんすっごい目つきだったね……って光ちゃん?」
「あ、ごめん。ちょっとお世話になった人に雰囲気が似てたから」
「例の気になってるメル友? 直接会ってないんでしょ? アバターとかが?」
「……うん。まぁ」
光はブラック☆ライターの変身前の姿を知っている訳ではなかった。ただ眼つきの鋭さと存在感になんとなく親近感を覚えたのだ。
気が付くと他のテーブルに足を運ぶ店員の姿を目で追ってしまっている。
そんな友人の様子に莉奈は一抹の寂しさを感じていた。
二人は今までは何をするにも一緒だった。ずっと恋愛などそっちのけで押し活オタク活動を一緒にしていた。見えている方向は同じだと思っていた。だがいつの間にか随分と先に行ってしまったかのように錯覚する。
「なんだか一人だけ置いていけれちゃった気分……」
「莉奈ちゃん、何か言った?」
「ううん、なんでもない。それより用事思い出しちゃった。ごめん、先に帰るね!」
「え!? 入ったばっかりなのに?」
「急用も急用なんだ! ごめんねまた明日!」
莉奈は勘定を置くなり、先程届いたスイーツを豪快に口の中に押し込むと、飲み物で流し込んで出て行ってしまう。慌てた様子で走っていく姿が店の窓から見えた。
「大丈夫かな? 莉奈ちゃん」
友人の様子を心配しつつも深追いはせず、素直にその背中を見送った光は自身の注文が来るのを待った。




