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第九話 友達

 一方の莉奈は大人げなく席を外してしまったことを恥じていた。友人と物理的に距離を置いたことで少し冷静さを取り戻してくる。


「いち早く好きな人を見つけたあの子に嫉妬してたのかな……? それとも顔も知らない誰かに友達を取られたことが悔しかったのかな……うーん、私もまだまだ子供だなぁ」


「――別にいいだろう。身勝手な嫉妬も歪んだ独占欲も」


 呟いた独り言に何者かの応答が返ってきた。

 莉奈は訝し気に振り返る。人の気配がなかったからこそ独り言が零れたのだ。今まで周囲に人間はいなかったはずである。

 それなのに背後にはいつの間にか狐目の男が立っていた。

 不審者かと身構えた時には遅かった。

 いきなり距離を詰めてきた男は細い目で莉奈を見下ろしてくる。


「だ、誰か――!」


「お前の心は悲鳴を上げている。苦しんでいる。今持て余した感情を解放してやろう!」


 狐目の男に触れられた。直接触られたというより見えない何かを押し付けられたようだ。

その瞬間、莉奈は胸が熱くなり頭痛まで感じた。視界が歪み陶酔するような感覚さえある。 

そしてすぐに感情が溢れだし色を変えていく。「(ひかり)ちゃんとはずっと一緒だったのに」「私を差し置いて男と恋愛なんて」「あなただけ幸せになるなんて許せない」どんどんと黒い感情に染まっていく心を押さえられなかった。

 それと同時に莉奈の姿はどんどん変貌を遂げてしまった。


 ――突如聞こえる爆発音。

 先程別れた莉奈が帰っていった方角である。

 一抹の不安を覚えた(ひかり)は友人が事件に巻き込まれていないかと音源に向かって走る。

 途中で悲鳴を上げて逃げてくる人々と幾人もすれ違った。彼らからは「化け物を見た」という呟きが聞こえてくる。確かに彼らが逃げてくる方向からは怪し気な気配が感じられた。通り魔による殺傷事件や交通事故の類ではないだろう。


 アウトサイダーの暴走を予感した(ひかり)は足を速めていく。

 そうして辿り着いた現場には――何もなかった。化け物を見たといった人々は白昼夢でも視ていたのだろうか。――否。何か大きな生物が暴れた痕跡が道路に残っていた。


「――結界を張っているんだ」


 一般人なら全く気付かないであろう空気の揺れや匂いの違い。そこから(ひかり)はアウトサイダーが結界を張って空間の狭間に巣食っていると判断した。これもブラック☆ライターから教わった手法である。


「莉奈ちゃんが巻き込まれているなら早く助けないと!」


 半人前だった頃は二の足を踏んでしまっていた(ひかり)だがブラック☆ライターに認められたことを思い出して勇気を振り絞る。人目がないことを確認するなり変身の準備に入った。


「メンタルアップ!」


 修道女が祈りを捧げるように両手を握る彼女の胸から強い願いの欠片が溢れだす。

 それは白い閃光へと色と形を変えて(ひかり)の身体を包み込んだ。瞬時に手袋、靴下、フリフリのスカートが形成されて眩く明滅する。最後に髪と瞳の色も魔力によって白銀へと様変わりしていく。やがて光のフラッシュが消えたときには変身が完了していた。


「闇を照らす魔法少女! ホワイト☆ドリーム!」


 ポーズを決めたホワイト☆ドリームは早速、空間のゆがみに魔法の杖(マジカルステッキ)を押し込んで拡張させ、自らアウトサイダーの巣の中に入った。

 やはり既に自らのテリトリーを構築していたようだ。最初に目に入ってきたのは蜘蛛の巣のような糸に絡めとられている人間達だった。逃げ遅れた人達が捕まっている。その中に友人の姿はいない。


「莉奈ちゃん、どこ?」


 捕らえられた人々を助け出しながら友を探していく。こんなときに役立ったのが〈バルーンマジック〉だった。魔法の杖(マジカルステッキ)から放出される閃光に当たった対象の非生物を一定期間風船に変えることができる。

 粘着性の強い糸も風船に変えれば簡単に解くことが出来た。

 しかし目に映る全ての人を蜘蛛の巣から下ろしても友人の姿はなかった。


「運よく巻き込まれなかった……とか?」


 楽観的な考えが脳裏をよぎったとき、(ひかり)は近づいてくる敵の気配を察知した。

 魔法の杖(マジカルステッキ)を構えて壁の角に身を隠しながら敵の正体を探る。


「誰モ何処ニモ行カナイデ……」「私ヲオイテイカナイデ……」


 孤独感を吐露するのはアウトサイダーだろう。その少女のような震える声はどこか聞き覚えがあった。恐る恐る相手の姿を確認する。

 ホワイト☆ドリームは巨大な蜘蛛を双眼に捉えた。ただの巨大化した蜘蛛ではない。全体的に肌色であり、脚の部分は関節が倍化した人間の腕になっていた。

 下半身はまぎれもない雲になっているが上半身は髪の長い女だ。そしてその異形な顔には友人の面影があった。


「まさかアウトサイダーになったのって……!」


 誰かの肯定を得ずとも分かる。友人、莉奈の変わり果てた姿である。

 日常的に何かに不安を感じている様子はなかったはずだ。

 ネガタイドに寄生されているなら一緒に過ごしている自分が気付かないはずがない。(ひかり)と別れてからすぐに寄生されたとしたら感情爆発(メンタルアウト)するには早すぎる。


「皆ズット一緒二イテ……」


 他人への執着を口にし続けているが、元の莉奈は束縛の激しい人間ではなかったはずなのだ。疑問は山ほどある。ただ現状放置もしていられない。まだ彼女に捕縛されている人間は沢山いる。何より早く友人を元の姿に戻してあげたかった。


「私は魔法少女。友達を助けたい。……大丈夫、一人でもできる!」


 自分に言い聞かせるように奮い立たせるなりホワイト☆ドリームは駆け出した。

 まだ相手は背中を向けている。気づかれる前に奇襲の一撃で弱らせればすぐに終わらせられる。――そんな目論見は脆くも崩れ去った。


 蜘蛛のアウトサイダーは糸のセンサーを結界中に張り巡らせて接近者の気配を察知していたのだ。糸を伝ってホワイト☆ドリームの奇襲を難なく躱し、上空から漁網のような糸を放出してくる。


「〈バルーンマジック〉!!」


漁網糸を大量の風船が結ばれた形に変えた彼女はその風船の糸を掴みとって体を捻る。さらに風船の上に乗って割る勢いで跳躍し、アウトサイダーの上を取った。


「莉奈ちゃん、ごめん!」


 自身の体重を乗せたドロップキックをアウトサイダーの背中に御見舞いするホワイト☆ドリーム。

 重力を上乗せしたことで痛恨の一撃となったらしく、肉と骨が潰れるような凄い音が響く。耐えきれなくなったアウトサイダーは悶絶し始める。


「痛イ……悲シイ」


「ごめん、すぐに楽にしてあげるから!」


 相手はストレス級のアウトサイダーである。多少弱らせたら一気に浄化できると踏んだホワイト☆ドリームは魔法の杖(マジカルステッキ)を構えて魔力を集中させた。


「〈ネガティブ・バスター〉!」


 これが終われば友人の愚痴をもっと聞いてあげよう。悩みがあるなら相談に乗ろうと心の中で懺悔しながら必殺の一撃を放った。

白い閃光がアウトサイダーに向かって伸びていく。


 ――ところが命中する直前に光は何かに吸い込まれてしまった。


「ククク、折角オイラが育てたアウトサイダーを消させねーぞ」


 割って入るように現れたのは喪服に身を包んだ狐目の男だった。

 彼が手に持つ竹筒の中に〈ネガティブ・バスター〉を吸収してしまったようだ。


「あなた誰!?」


「オイラか? オイラは《アンビバレンス》のフォックス! アウトサイダーによる新たな秩序を作る者だ! 覚えとけ! クークククク!!」


 派手な自己紹介と同時にフォックスは紅い結晶をアウトサイダーの体表に打ち込んだ。

 すると急激に彼女は苦しみだして姿を更に人間離れしたものへと変貌させていく。

 蜘蛛の尻の部分には苦しむ人間の叫び顔が刻銘され、莉奈の面影の在った顔には般若の面で覆われる。人間の手足だったものは肉が剥がれ落ちて鋭く刺々しい骨そのものになってしまった。体表は全体的に黒色になっている。


「ワタシヲ置イテイク者ハ消エロォ!!」「ワタシヲ差シ置イテ幸セニハサセナイィ!!」


 今まで孤独感を嘆いていたアウトサイダーは明確な加害の意志を示した。

 姿ばかりでなく心の在りようまで変貌を遂げたのである。


「莉奈ちゃんに一体何をしたの!?」


「このストレス級・スパイダーには発狂剤を打った。発狂剤を打たれたアウトサイダーは一段階覚醒する。最早ストレス級ではなくヘイト級になったのだ! やれ! オーガスパイダー! 魔法少女を根絶やしにするのだ!」


「コロスコロスコロスコロスコロスゥ! アタシヨリ幸セナ奴ハ死ネェエエー!!」




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