第七話 特訓開始
魔法少女系のゲームやアニメコンテンツは人気ではある。ただ彼女の場合は異常だった。憧れというより〝執着〟と表現した方が正しい。ブラック☆ライターの脳裏に中二病という言葉が過る。中高生なのだから超能力者や魔法使いになりたいといった気持ちと似たようなものなのだろう。
「聞いての通りぴょん。ホワイト☆ドリームは心構えばかり立派な癖に実力が伴ってないぴょん。口先だけぴょん」
「相変わらず辛辣だな」
「……すみません。魔法少女に憧れてはいたのですが実際にアウトサイダーと遭遇すると足がすくんでしまって」
最初の対決ではキャロットに注意を引いて貰った上での不意打ちだったようだ。
ただ暴れるだけのストレス級だからこそ成功した作戦である。
「ブラック☆ライター、キミには是非ホワイト☆ドリームを非情なバトルマシンに仕上げてほしいぴょん」
「俺はそんな物騒なモンつくるつもりはねーよ。まぁ基礎訓練からだな」
この日から新人魔法少女の特訓が始まる。
稽古をつけ始めてブラック☆ライターはすぐにホワイト☆ドリームの弱点に気が付いた。まず相手を見ていない。戦闘の最中恐怖心から目を瞑ることが多い。格闘技にしても体の使い方が素人丸出しである。魔法少女故の身体能力の高さに頼った動きが多く、実戦慣れしたブラック☆ライターの足下にも及ばない。
少し足払いを下だけで受け身さえまともに取れずにその場に倒れ込んでしまった。
「攻撃するときも受ける時も目を瞑る癖は直した方がいい。今は訓練なんだからケガすることはないしさ」
「瞼をセロテープで固定するぴょん?」
「真面目に頑張りますからそれは勘弁してください!!」
キャロットの物騒な発言は新人を強く責められないブラック☆ライターにとって良い意味でのアシストになった。確かにホワイト☆ドリームは弱く、戦闘の才能があるわけでもない。ただ真面目な人間ではあるようで、ブラック☆ライターの指摘した改善点は意識して直そうと努めてくれた。
またブラック☆ライターの魔法も後輩の特訓には大いに役立った。
筆状の魔法の杖で書いた漢字の意味を現実化する〈ライトマジック〉という魔法は訓練に最適な道具や環境を作り出すことができるからだ。
例えば『霧』と書いて濃霧を発生させれば、視界を封じて気配を探るという訓練ができる。『穴罠』と地面に書けば一瞬で落とし穴を作ることができる。
ブラック☆ライターの仕掛けた罠に悉く嵌ったホワイト☆ドリームは自身の不甲斐なさを猛省しつつもその魔法に心を躍らせる。
「先輩の魔法は凄いですね! 魔法の杖で書いたものを現実にするなんて……。なんでも描いた通りになるんですか?」
「そんなに万能じゃないよ。自分のイメージ力が足りなけりゃ書いた漢字では不発になるし、複雑なものは複数の漢字を繋げて具体化しないといけない。それに文字を書いている間は無防備になるからね」
画数の多い漢字を戦闘中に書き殴るのは致命的な隙を敵に与えてしまうことになる。ただ書き損じた漢字やイメージを具体化せずに描いた文字では魔法で実現させることはできなくなる。故に戦闘向きの魔法とは言い難かった。
ブラック☆ライターが強くなっていたのも自分の魔法の隙が多い為に他の戦闘力で補う必要があったためというのが大きな理由である。
敵の目を欺く隠密力、単純な白兵戦、回避と打たれ強さ。それらは魔法の出が悪いブラック☆ライターが闘う間に自然と身についた。身につけざるを得なかったのだ。
「でも、先輩は筆が早いですよね。あんなに速く文字が書けるなんて」
「あー……俺の親父が書道家だったからな。ガキの頃から練習させられたんだよ。まぁ才能なかったから早々に見限られちまったが……」
「そんな……」
ホワイト☆ドリームは思わず同情的な目を向けてくる。彼女に悪気はないのだろうが。ブラック☆ライターはその眼が好きではなかった。
『お父さんは天才なのに息子さんは……』
『期待しすぎたのかもな。父親が有名人だと子供は肩身が狭い。可哀想に』
幼少期は父から英才教育を受けたためか『書道』の美しさ、漢字に対する博識さにおいて並ぶ者はいなかった。ただ成長する毎に英才教育でリードしていた優位性は失われていった。後から同じ道を追ってきた本物の天才に追い抜かれていったのだ。そして天才も二十歳過ぎればただの人だ。父の眼鏡には適わなかったため結局今もフリーターをしている。
「書道を諦めた俺が魔法少女になったら書道関連の魔法を使うようになるとは思わなかったぜ。皮肉なもんだ」
「魔法少女は心の在りようが力になるぴょん。ブラック☆ライターも心の何処かで書道に対する想いがあったはずだぴょん」
「想い……ね」
幼少期に天才といわれた優越感が忘れられないのだろうか。自分よりも評価された同門に対する嫉妬心があったのか。或いは父の後を継ぎたいという夢でも残っていたのだろうか。今更自分の気持ちと向き合えと言われても困ってしまう。なんだか嫌な記憶を呼び覚ましそうになった。ブラック☆ライターは強引に話題を変えた。
「魔法といえば、ホワイト☆ドリームの魔法はまだ見てなかったな。どんな魔法なんだ?」
「風船にする魔法です」
「え?」
思わず聞き返してしまった。抽象的過ぎて理解が追いつかなかったからだ。ホワイト☆ドリームは分かり易く見せつけるように魔法の杖を振るう。その先端から放射される眩い光に当てられた木の枝は細長い風船へと変貌した。触ってみると風船特有のゴムっぽい感触と空気の弾力がハッキリと伝わってくる。
「魔法の杖の放つ光に当たったものを風船にする〈バルーンマジック〉が私の魔法です」
「ホントに風船になってる……! これアウトサイダーとかに使えたら強いな!」
「いえ、私の魔法は生物には作用しないんですよ。しかも風船にした非生物も時間経過で元に戻ります」
ブラック☆ライターは反応に困った。光が当たった非生物を一時的に風船に変える魔法。用途が限定的過ぎてアウトサイダーとの戦闘に応用しにくい。せいぜい高所から落下した際に地面を風船に変えて衝撃を緩和するくらいだろうか。
自分の漢字を具象化する魔法も隙が多くて使いにくいと常々考えていたが〈バルーンマジック〉よりはまだ戦闘に応用できる。
「あー……うーん。どうしてそういう固有魔法になったのかな?」
「魔法少女の魔法は心の在りようが力になるって言ったぴょん。心に描いた夢や希望が大きく作用するぴょん。ホワイト☆ドリームはメルヘン野郎だからそうなったぴょん」
キャロットが言うには、精神力や創造力の高い魔法少女はそれだけ具体化された大きな魔法が使えるようになるということだ。ホワイト☆ドリームの場合、夢見がちで魔法少女や超常現象などに羨望を抱いていたことから「妄想を現実にする魔法」を使える可能性があった。しかし彼女の精神力・創造力はその域に達しておらず、下位互換に劣化して「魔法の杖の光に当たった非生物を一定時間風船にする」という魔法になったようだ。
「――でもなんで風船なんだ?」
「それはたぶん子供の頃に見たバルーンアートの影響だと思います」
「ああ、細長い風船を膨らませてプードルとか作るやつね。俺もバイトでやったことあるよ」
「はい! 幼心に魔法みたいだって感動して! 遊園地のお兄さんが色んなものを作ってくれたのを今でも覚えています!」
魔法少女にならないかぎり魔法という力に触れる機会はない。そんな一般人にとっては洗練された技術は魔法じみて見えるだろう。ブラック☆ライターも数年程前、子供達の前で披露したことがある。先輩に習って作ったぎこちないものではあったが、子供達は目を輝かせてみていた。幼少期のホワイト☆ドリームにとっても風船から沢山のアートを作り出した姿がとても印象に残っていたらしい。
当時の自分も彼女のように誰かの楽しい思い出づくりに貢献できていたら喜ばしいものだと一人ほくそ笑んだ。
「子供っぽいって笑わないでくださいよぉ」
「ごめん、そうじゃないんだ。でも〈バルーンマジック〉は実用的には少し使いにくいね」
「歯に衣着せずに雑魚魔法だってハッキリ言ったらどうぴょん?」
キャロットは相変わらず辛辣である。新米魔法少女は露骨に肩を落として沈んでしまった。他でもない彼女自身が使いどころがなかったと経験しているのだ。ただでさえ基礎戦闘能力が低い上に固有魔法すら使い物にならなければ実績も立てにくいはずである。
「どうせわたしは役立たずですよ……」
「いや、そこまで卑下しなくていいよ。風船は緩衝材としても使えるし、目晦ましにもなる。大量の風船は人間一人を浮かせるくらいできるから空からの奇襲はできるかも」
とりあえずできそうなことを羅列してみただけなのだがホワイト☆ドリームからすれば目から鱗だったようで彼女は目を輝かせる。
「私の魔法にも使い道があったんですね!」
「直接攻撃には向かないから用途は限られるけど……全く使えなくはないと思う。補助メインでの使用を想定しつつ白兵戦を強化していこう」
「はい!」
鍛錬を続けている内にホワイト☆ドリームは徐々に力をつけていく。
キャロットは弱い魔法少女だと称していたが、碌な研修も受けずに実戦に放り出されれば失敗もするだろう。
ブラック☆ライターの場合、初陣が母親を助けるためという大義名分があり負けられない戦いだった。二戦目以降も初戦を糧にすぐに慣れることができた。
対してホワイト☆ドリームは負けられない戦いではなかったのだろう。大きな目的もなく指導してくれる先輩もいなければ戦えないのは当然である。ただ彼女は素直だったためブラック☆ライターの指導で教えたことはしっかり意識して取り組んでくれた。
まだ実戦に慣れない彼女の為に平時は念入りな手解きをしてアウトサイダーが現れた際は見学をさせた。ブラック☆ライターの戦いぶりを模範的に見せてホワイト☆ドリームに実戦の空気に慣れさせるように努めた。




