第六話 後輩魔法少女
生粋の魔法少女が絶滅して数年。
長らく目撃情報が途絶えていた魔法少女の登場にネット界隈は盛り上がっていた。
相変わらず写真や動画は不明瞭なものが多いものの、正義の味方が日夜人助けしているという話題は一般人の興味を引いた。
実際に硯が救った者の書き込みと思しきものもある。
また心霊オタクと同じく重度の魔法少女マニアやファンサイトまで出来上がっていた。
肩に乗ったキャロットが硯のスマートフォンの画面を凝視する。
「『魔法少女ブラック☆ライターはスタイルが良くて俺好み』……人気者ぴょんね~」
「うるさいな、キャロット。劣情を向けられるのは慣れないんだよ……っていうかファンっつーかストーカーだろ、コレ。なんで俺の活動範囲把握してんだよ」
「目撃場所から割り出したんだぴょん。正体が露見しないように気を付けるぴょん。こういった手合いは男だと分かったら逆上してくるぴょん」
「言われなくても気を付けてるよ」
うんざりしながら魔法少女のネット記事に目を通していく。活動範囲として目をつけられている場所はなるべく利用しないようにするためだ。
記事の中には歴代の魔法少女について記されたものもあった。
「魔法少女チェリー☆ブロッサム? 先代の魔法少女か? 例の寿退社したっていう」
「彼女とは別の子だぴょん。こっちは殉職したぴょん」
「へあ!? 殉職!? 確かに危険なアウトサイダーがいるのは戦って実感してるけど……お前、殉職者はいないって言ってたじゃねーか」
「いないとは言ってないぴょん。最後の一人が寿退社したって話しただけぴょん」
硯はキャロットとの会話を思い出してみる。絶滅した理由に対して全て殉職したからとは言っていなかった。無理やり最後の一人の話に変更しただけだ。実際に殉職者は出ているということになるが、そんなことを話せば魔法少女を希望する者はいなくなる。そこで敢えて話の内容を暈したのだ。
「お前、重要なことは言っとけよ」
「気を付けるぴょん」
「ところで新しい魔法少女の話はどうなったんだ? 確かもう一人スカウトしたって」
「あの子は手がかかるぴょん。ストレス級にすら手こずるくらい弱いぴょん。糞雑魚だぴょん」
「糞雑魚って……もう少し言葉を選べよ」
元々はブラック☆ライターと協力してアウトサイダーを討伐できるようにするのが理想だったがキャロットの思惑通りには運ばなかったらしい。
アルバイトでも採用担当が連れてきた新人が意外に使えないというのはよくあるものだった。新人指導係としてあらゆるバイト先で定評のある硯は俄然やる気が出てきた。
「キャロット、そいつ連れてきてくれよ」
「まだ戦力として数えられないぴょん? もしかして焼き入れるつもりぴょん?」
「言い方よ……。まぁ短いといえ俺が先輩な訳だし」
「先輩風吹かせるつもりぴょん? 分かったぴょん。近日中に予定合わせるぴょん」
結局顔合わせは三日後の夜になった。
隣町との境界線上にある電波塔の上が待ち合わせ場所である。
立ち合いに際しキャロットから提示された条件は二つ。一つは変身してから来ること、二つ目に互いの素性を無闇に探らないことだ。魔法少女としての活動は協力し合うが、互いのプライベートには踏み込まないように注意される。ワークライフバランスを重視するのが現代の魔法少女とのことらしい。
キャロットは言葉を濁しているが、過去に何かあったのかもしれない。例えば敵の捕虜になった魔法少女から仲間達の所在が割れたというのが最も考えられる理由である。
硯としてもあまり人に自慢できるような私生活ではないため、素性を探り合わないというのはすぐに了承した。
そうして夜も更けてきた折、息を切らせた一人の魔法少女が電波塔までやってきた。
白髪を三つ編みに束ねた少女で翡翠色の瞳がとてもきれいだ。夜風に靡くサラサラの髪は絹のようで宝石色の瞳によく映える。正体が男といわれていなければひとめぼれしてしまいそうな愛らしさである。衣装は全体的に白を基調としている。見ようによっては学生服のようだ。彼女の持つ魔法の杖は典型的な魔法少女の武器といった外見だった。白い棒の先端が丸くなっており、中には星の装飾がついている。
「遅くなりました、先輩」
「あ、いや。別に待ってないけど……」
「ひぃ! 一分遅刻したの怒ってますよね! すみません!」
彼女は硯と目が合うなり怯えだした。暗がりで眼つきが悪いと怒っているようにみえてしまうようだ。硯は怖がらせないように努めて明るく振舞った。
「眼つきが悪いのは生まれつきだよ。ホントに怒ってないって」
「だって、キャロットさんが〝不甲斐ない新人の根性叩き直すために呼び出す〟って言ってましたし好戦的な方なのかなって」
ろくに知らない初対面の人物の発言として脚色すれば委縮してしまうに決まっている。キャロットの言葉選びが下手なことも彼女は知らないだろう。
バツが悪そうに顔を反らす白い毛玉を締め上げる硯。元が兎なだけあって柔らかくゴムや餅のようにどこまでも伸びるため制裁になっているかは微妙だった。
「気にしないで。キャロットは口が悪いだけだから」
「僕を苛めたら余計に印象悪くなるぴょん! それよりブラック☆ライター、早速紹介するぴょん。彼女が新人魔法少女のホワイト☆ドリームぴょん」
「ホ、ホホホワイト☆ドリームです! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「そんなに硬くならないで。俺はブラック☆ライターだ。いきなり魔法少女っていうか女の子になって大変だと思うけど一緒に町の平和を守ろう。こういうと正義の味方っぽいね」
「はは、そうですね」
下手に互いの素性を探り合わないというのがキャロットの決めた条件なので、私生活について踏み込んだ質問はできない。
そこで無難に魔法少女になった切っ掛けを尋ねてみることにした。無論、ブラック☆ライターの場合はアウトサイダー化した身内を救うためだったと先に自分の動機を話した。
彼女の場合は少し違うらしい。目を輝かせて嬉々として語ってくれた。
「日曜日の朝に魔法少女アニメやってるじゃないですか! 正義の力で悪を倒し影ながら平和を守る。そんなヒーロー像に憧れていまして!」
「憧れから入ったパターンね」
白い目で夜空を仰ぐブラック☆ライター。
都市伝説として囁かれていた魔法少女が実在していて自分がなれる可能性があるということで躊躇わずに変身したのだろう。特別な存在に憧れるのは誰しも通る道である。だが男の身で魔法少女になりたいというのはどうなのだろうか。
「いやぁ好きってだけでよくこの業界入ったな。命がけだぞ」
「確かに元々魔法少女は好きだったのですが直接的な切っ掛けは貴女ですよ、ブラック☆ライターさん」
身に覚えのないブラック☆ライターが思わず首をかしげていると補足するようにキャロットが口をはさんでくる。
「ホワイト☆ドリームは魔法少女になる前にブラック☆ライターに助けられてるぴょん。大勢の中の一人だからキミ自身が覚えていないのも仕方ないぴょん」
「襲ってくるアウトサイダーをものともせずに浄化したお手前に憧れちゃいました! その節はお世話になりました!」
手を握ってお礼を言われることに慣れていないブラック☆ライターはドキリとしてしまう。相手も男だと自分に言い聞かせてなんとか胸の鼓動を押さえつける。自分の活躍が魔法少女になる切っ掛けだといわれるとむず痒い気分だった。
「でもそれならなんでさっきの挨拶でびびってたんだ?」
「初対面の頃は認識阻害魔法の効果でブラック☆ライターさんの顔がよく分からなかったので今のあなたと一致しなかったんです。事前にキャロットさんに聞いてはいたのですが……ごめんなさい」
しっかり認識阻害魔法は機能していたようだ。使っている自分は全然効果を実感できないが関わったホワイト☆ドリームの口から聞いたことで妙に納得できた。
「それでですね、わたし魔法少女マニアなので都市伝説の魔法少女のことは勿論把握してるんですけども! 創作物としての魔法少女モノも大好きで! グッズを買い漁ってたんです! だから自分が物語の主人公になったようで夢みたいなんです!」
自分が如何に魔法少女という存在を崇拝し憧れてきたかを熱く語り出してしまった。身近に話題の合う人間がいないというのは事実なのだろう。魔法少女ファンの男性というのは確かに肩身が狭いというのは理解できる話だった。
ただ、今までの短い会話から彼女が学生らしいということが分かった。言葉の端々に学校や放課後といった単語が無意識に出てしまうため簡単に推測できてしまう。これがスパイの尋問なら情報漏洩もいいところだ。
「キミ、言葉に気を付けたほうがいいよ」
「す、すみませ~ん、気に障りましたでしょうか?」
「いやそう言う意味じゃなくて。素性探ってたわけじゃないけど未成年の学生だってのが分かっちゃったから」
「あっ……。なるほど。以後気を付けます」
これ以上話を続ければ余計にボロが出てしまうと考えたブラック☆ライターは強引に会話を打ち切った。意図せず彼女のプロフィールを知ってしまうことになるという懸念があったのが理由の一つではあるが、魔法少女へのマニアックな憧れを延々と聞かされそうだったからというのが大きかった。




