第五話 前途多難!?
客が客を呼ぶ正の連鎖は留まることを知らず、母親の弁当という名の昼食を食べたのは夕方になってからである。
その頃になるとメニューの大半が完売状態になり平時よりも早く店を閉めざるを得なくなった。いつもの消費数を計算に入れて材料を発注するのが紅葉のやり方であるため予想外に客足が伸びた結果、食材がなくなってしまったのだ。
「これは想像以上だったわね。倉庫見たけど今週分の食材すっからかんだわ」
「じゃあ臨時休業にしますか?」
「だめよ。折角今日来てくれたお客さんが明日も来て臨時休業になってたら萎えるでしょ? 今からでも発注して明日に備える」
「でも絶対納品間に合いませんよ?」
「大丈夫よ、こんなときのために同業者とコネクション作ってるからね」
紅葉は経営者として優秀だった。喫茶店は四六時中繁盛することは滅多にない。当然赤字になって食材が余る店も多々ある。紅葉は自分の商売敵にならない範囲で同じ仕入れ先と取引をしている喫茶店に開店前後で挨拶周りをしてある約束をとりつけていた。
互いの店で食材が足りなくなったときは原価に上乗せして融通し合うというものだ。
客入りが良くなかった喫茶店としては在庫を腐らす前に捌けるし、繁盛している店は急遽食材が足りなくなってもすぐに在庫を確保できる。互いに利のある契約だった。
所謂口約束だったが彼女の人柄がそうさせるのか食材はすぐに融通してもらえる運びとなった。
「ふぅ。今日の売り上げで買い取ったから夜の内には搬入してもらえるってさ」
「毎度思いますが貴女のバイタリティには頭が上がりませんよ。俺とは全然違う」
「そんなに卑下することないわ。今日の売り上げは貴女のおかげなんだから」
「そりゃ多少客寄せ効果はあったでしょうけど……大元の理由はアウトサイダーの結界がなくなったからでしょ?」
「え? ……本気で言ってるの?」
呆れ気味に視線を向けてくる。まだ首を傾げる硯に分かるように古い鏡の前に立たせる。それでもまだ気づかないようで小首を傾げている。
「何か服の着こなしが変でしたか?」
「いや、そういうんじゃなくてさ」
「そういえば、お客様から名刺を沢山貰いましたよ。会社の番号が書いてあるやつです。きっと飲み会とか会食で使ってもらえるはずです。紅葉さん営業上手ですね」
胸元から束になった名刺を取り出して手渡してくる硯は何の悪意もない。本気で名刺を渡された意味を理解していないのだ。
「はぁ~……コレはね。貴女を口説くために連絡先を押し付けてきたってことなの」
「は? 口説く? 俺は男ですよ」
「今はウェイトレスでしょ! 皆、貴女目当てで寄ってきたの!」
「へっ……?」
鏡に映る自分を今一度見つめ直す硯。続いて手渡された名刺を凝視する。会社の名刺であるが手書きでプライベートの携帯番号まで書いてある。
つまり勤め先のアピール兼連絡を待っているというメッセージである。よく見れば名刺だけでなく不要として返されたレシートに手書きで携帯番号やSNSIDだけ書きなぐられたものまであった。
自分が女として狙われていると認識した瞬間、硯の顔色はみるみる悪くなる。
勤務中に周囲の視線が気になったのは目の保養や物珍しさから見ているだけかと思っていた。それが異性として意識されていると分かれば全身総毛立ってしまう。
「俺……野郎と付き合うつもりはありませんけど……」
「分かってる。あたしも折角の客寄せパン――スーちゃん渡すつもりはないし……」
「取りあえず連絡先は知っていることだし御断りのメッセージ送っておきますね」
「絶対だめよ! 脇が甘すぎる! メッセージ送ったらキミの連絡先もバレちゃうでしょ! 連絡があった時点で脈ありだと勘違いする奴もいるから!」
「な、なるほど……。女性って大変ですね」
紅葉は女性としての振る舞いが分からない硯に懇切丁寧な助言をくれた。連絡先を貰っても無視するに限る。基本的に一対一での対面は断固拒否。帰宅の際は待ち伏せを想定して一層気を遣うべしなどだ。
最後のは変身を解いて男に戻るのが手っ取り早い為問題なかった。実際家路につくとき、昼間に見た客が物陰に潜んでいるのを見て肝を冷やしたものである。
「仕事は終わったぴょん?」
「キャロット!? お前、どこにいたんだよ!」
「飲食店で兎がいたら衛生的に悪いぴょん。それにあの喫茶店のマスコットは猫みたいだから隠れてたぴょん」
「そのへんの気遣いはできるんだな」
「当然ぴょん。沢山の女の子を導いてきたベテランぴょん! 硯はも魔法少女になって時給上がったんだからもっと感謝してほしいぴょん」
「男としての何かを失った気がするが……」
確かに女性として初めて知る世界もあった。女性目線で物事を観れるというのは男としてのアドバンテージに繋がるかもしれない。未だ恋人がいない硯はまだ見ぬ彼女に優しくしようと一人静かに決意を固めたのだった。
――それから一月。
硯は喫茶店の看板娘『スーちゃん』として生活しつつ、魔法少女・ブラック☆ライターとしてアウトサイダーの浄化に努めた。
最初こそ一つの町を一人でネガタイドから守ることができるか不安があったものの、慣れてみればなんのことはなかった。
弱いネガタイドならば人間の自己努力で退けることができるため感情爆発してアウトサイダーになる個体はそんなに多くなかったのだ。
魔法少女でなくともネガタイド単体なら抗うことができる。友人や家族といった隣人に優しくすればネガタイドに寄生されても免疫がつきその負のエネルギーに抵抗できるのだ。
実際、硯が駆け付ける前に解決した事案も結構ある。
アウトサイダーになった者は少ない方だろう。
だがそれだけ戦えば敵の性質も分かってくる。まず日常的な心労・気疲れから感情爆発するストレス級と称されるアウトサイダーが一番多い。発生頻度が高いが戦闘能力は大したことがない。初心者魔法少女が闘うには丁度いい相手である。次に他人への憎悪や殺意が切っ掛けで感情爆発するヘイト級。強い復讐心が元になっている為戦闘能力が異常に高く、浄化するのにかなり手間取る。魔法少女・ブラック☆ライターが初めて苦戦したのもヘイト級である。ただ感情のままに暴れるだけのストレス級と違って明確な悪意をもって襲ってくる強敵だった。
「だいぶ、様になってきたぴょんね」
「ヘイト級のアウトサイダー討伐には苦戦が目立つけどね」
魔法少女ブラック☆ライターはたった今浄化した人間を見下ろした。
会社の上司から執拗なパワハラを受けて持て余した殺意が感情爆発してしまった人物である。ブラック☆ライターが駆け付けなければ上司を抹殺していたことだろう。ギリギリで介入できたため小太りの上司は緊急搬送できたがあわや犠牲者が出る所だった。殺意を向けられる程ハラスメントをした上司の人格にも問題があるが流石に殺人となると見過ごす訳にはいかなかった。病院送りになったのは因果応報だと自分を戒める切っ掛けになればよいなとひっそり考えていた。
「ヘイト級も瞬殺できるくらいになってほしいぴょん。まだ〝上〟があるぴょん!」
「勘弁してくれよ……」
先日、女子高生を助けた時に戦った通り、ストレス級のアウトサイダーは難なく浄化できている。手傷を負うのは今回のようなヘイト級と戦ったときだけだ。それ以上の存在がいるなどと考えたくはない。
「はぁ~……俺一人で町を守れるのかよ……」
「心配ないぴょん。新しい魔法少女をスカウトしたぴょん」
「えっまじ!? 魔法少女は絶滅したはずじゃ――あっ、俺と同じ犠牲者か」
「男の子魔法少女を犠牲者扱いするのはヒドイぴょん」
同性として同情を禁じ得ないが実際人手が足りなかったのは事実だ。半人前だろうが鍛えれば戦力になるだろう。
最近キャロットの姿が見えないときがあったが、どうやら地道に勧誘活動に勤しんでいたようだ。案外仕事熱心なタイプなのかもしれない。
ブラック☆ライターは後輩の登場に少し希望を膨らませた。
一方、魔法少女の活動を快く思っていない者達もいる。
精霊が人間世界に安寧をもたらす協力者であるならば逆にネガタイドを恣意的に利用して社会に混乱を与えんとする者もいるのだ。
彼らは《アンビバレンス》という団体を組織し、自分達の野望を阻む魔法少女を根絶しようと画策していた。
「――皆、聞け。魔法少女が現れた」
暗い廃墟で《アンビバレンス》の頭目が呟いた一言に構成員達は戦慄した。
現実を受け止めきれていないメンバーの中で仮面の男が反論する。
「馬鹿な、在り得ぬ! 魔法少女は根絶したはずだ」
「如何にも。魔法少女が誕生すればあらゆる野望は砕かれる。故に魔法少女の素質を持つ女子が生まれぬように我々は社会に混沌をもたらし、長い潜伏期間を設けて〝魔法少女少子化計画〟を実行した」
長く生粋の魔法少女と戦い続けてきた《アンビバレンス》は魔法少女に手を焼いていた。折角育てたアウトサイダーもストレス級は瞬殺され、覚醒すればヘイト級ですら相手にならない。強い魔法少女に散々手駒を潰されてきた悪の組織としては憎き相手だった。
ただどんなに強い者でも魔法少女に屈してきた歴史があったため、《アンビバレンス》は正攻法で戦うことをやめた。
長い潜伏期間を置くことで現役世代が仮初の平穏の元引退するのを待った。同時に彼女達や精霊に気づかれないように細心の注意を心掛けながらネガタイドの弱小個体を町中に散布するバイオテロを実行し、人々の心の闇を煽り数々の社会不安を増長させた。
その甲斐あって真に清い心をもつ乙女は激減し、平成最終世代を以って魔法少女は確認されなくなった。
「最早少子化の波には抗えないはずだ! 平成世代は引退したと聞いている。最後に確認された魔法少女チェリー☆ブロッサムは数年前に我々の最終兵器と相打ちで倒したし……まさか奴が生きて――!?」
「いや、そいつとは違う。新しい魔法少女だ。名はブラック☆ライター。自然発生したアウトサイダーを悉く浄化している」
モニターにはここ最近のブラック☆ライターの活躍が盗撮されていた。
付近の構成員や倒されたアウトサイダーの粒子から拾った記録である。滅びたはずの魔法少女の姿を見た構成員達は恐怖で顔を歪め、狼狽する者まで出てくる。それだけ彼らにとって魔法少女は畏怖の対象なのだ。
そんな中で仮面の女幹部だけは平然と頭目に問いかける。
「ボス、どうするつもり……?」
「我々が直接動けば旧世代の魔法少女に嗅ぎ付けられる懸念がある。引退したとはいえ古強者だろう。しかしストレス級をぶつけても奴らの経験値に代わるだけ。よってヘイト級及びセルフィッシュ系等のアウトサイダー上位種をぶつけて魔法少女を根絶する!」
ボスの宣言で冷静さを取り戻す構成員達。
そんなか、仮面の女幹部だけは憎々し気にモニター画面を見つめていた。
「ブラック☆ライター……か」




