第四話 早くも正体露見!?
ネガタイドが張った結界が壊れた時にはキャロットの話通り元の喫茶店に戻っていた。滅茶苦茶になった本棚も割れたカップも定位置に戻って傷一つなくなっている。アウトサイダーが結界内で暴れてくれたのが不幸中の幸いだった。安堵して変身を解除するブラック☆ライターは元の男性の姿に戻る。
「ふー、結界が壊れたからこれで客足も戻るだろう」
「えっと……硯君? ちょっと説明してほしいんだけど」
振り返ると、困惑する紅葉がいた。
完全に油断しきっていたが店内には彼女がいたのだ。ネガタイドに寄生されていた人間はアウトサイダーになった時の記憶を無くしているし、人間に戻った時には気絶しているため問題にならない。ただ結界内にいた別の人間は記憶喪失の範疇ではない。
紅葉がどのタイミングで意識を取り戻したのか不明であるが幸いにも彼女は寝起きだ。いくらでも言い訳は取り繕える。
「硯君、さっきお客さんが化け物に……」
「だいぶお疲れのようですね。寝ちゃってたんですよ。変な夢見たんじゃないですかね」
「でも、女の子が闘ってて」
「やだなぁ~、その年で魔法少女を見たとか。紅葉さん意外に乙女なんだから」
「……あたし、魔法少女を見たとか一言も話してないけど」
鋭い指摘を受けた硯は反論の言葉が思い浮かばない。墓穴を掘ったとはこのことである。
今度は硯の顔色が真っ青になった。
「っていうか、兎がしゃべってるとことか、硯君が変身解く瞬間とかガッツリ見ちゃってるから誤魔化せないよ?」
「ンあぁぁぁぁぁ!!」
硯は頭を抱えて地面に伏した。仕事仲間、それも同年代の女性に変身して戦っているところを目撃されるなんて一生の恥である。
『おっさんが魔法少女とか……変態!』
ストレートで罵られることを想像するだけで胸が痛い。正体が世間に露見でもすればもうお日様の下を歩くことはできないだろう。『都市伝説の魔法少女、その正体は男!?』なんていう見出しの週刊誌が売り出されている様子や「まさかあんなにかわいい子が男なんて……気持ち悪いです」と答える街頭インタビューの様子などの妄想が脳裏を駆け巡る。
もう終わりだと絶望している彼の背中に紅葉は優しく語りかける。
「大丈夫だって! 言いふらしたりしないから! いやぁ男の子でも魔法少女になれるんだね! お姉さんびっくりしちゃった」
「紅葉さん、引かないんですか?」
「どして? 硯君は命の恩人だし。それにキミがあんなに可愛くなれるならウチとしてとても助かるし……」
「助かる……?」
紅葉は厭らしい笑みを浮かべるなりスタッフルームへとスキップしていってしまった。
その言葉の意味はすぐに理解することになる。
戻ってきた彼女の手には大正風ウェイトレス衣装があったからだ。つまり女性スタッフとして接客しろということだろう。満面の笑みを携えて衣装片手に迫って来る。
「嫌ですよ。魔法少女なんてなりたくてなった訳じゃないし。変身なんてしません」
「キミが言ったんだよ? 若い看板娘を起用した方がいいって」
「それはそうですが……俺に女装しろってんですか! ハラスメントですよ!」
「ぐぬぬ……最近コンプライアンス、キツイからね。無理強いはできないか……」
従業員に女装強要は大企業なら一発アウト案件である。個人経営の店なら店長の裁量次第ではあるが変な噂が立てば潰しが利かない。また紅葉の性格的に本当に従業員が嫌がることは無理強いしないはずである。
「仕方ない。キミが一人二役やってくれるならお給料1.5倍にしようと思ったんだけど……乗り気じゃないならしょうがない」
「いや紅葉さん。さっき人を雇うお金に余裕ないって――」
「二人分雇うにはね。でも0.5人分は出せるんだわ。……どうする?」
元々接客も調理もやっていたことだ。業務範囲が広くなるわけではない。ただ羞恥心を捨てるだけで給料が1.5倍。破格の待遇である。即答できないのは男としてのプライドがあるためだ。魔法少女になったのはまだ二回で勿論他の女性服に着替えたことはない。
ただ変身してウェイトレスをやるだけで時給1.5倍。実に魅力的な提案である。
「今即決してくれたら1.6倍にしちゃうよ! どうかな!?」
「……やります」
本当に商売上手な人だ。ここぞという時は押しが強い。相手の求める条件を秒で出してくるのだ。流石若くして店舗経営をするだけあると硯は感心した。
――そして奥に引っ込むこと数分。
再び変身を終えてブラック☆ライターへとなった硯が赤面しながら現れた。変身時はサイドテールにしている髪型もワンサイドアップにまとめられている。
既に大正風ウェイトレスの衣装を纏っており心許ないスカートを手で押さえている。
和洋折衷が黒い髪に非常によく映えた。
胸を強調するトップスも色気がある。ただ下品な色気ではない。着用する本人に恥じらいがある為愛らしさを感じさせる仕上がりになっていた。
「かぁわいい~! 眼つきの悪さも個性ある感じになってていいわ! とっても!」
「うっ、余計なお世話ですよ」
「改めてみると身長もかなり縮んでるのね。あたしよりちっちゃい!」
まるで妹でも愛でるかのように頭を撫でてくる。
年頃の女性に密着されるのに慣れていない硯は慌てて距離を取った。
「じゃあスーちゃん。表でビラ配りしてきて」
「スーちゃん?」
「硯君っていうのはおかしいでしょう?」
「……分かりましたよ」
歴戦のフリーターとして数多のアルバイトを掛け持ちしてきた硯はビラ配りもお手の物である。スマートフォンを弄っていたりヘッドホンをしている人間は高確率で受け取ってもらえないのでそもそも相手にしない。
一人で歩いている押しの弱そうな学生や主婦が主なターゲットだ。後は客層でもあるオフィス街から来たサラリーマンなどである。
渡す際は相手が意識せざるを得ない進路方向にビラを手渡す。そして声かけも忘れない。配っているビラが宗教関連や怪しい商材なら受け取り拒否されることも多いため、あくまで喫茶店の宣伝だと分かり易いように【喫茶山猫】だと告げる。
男性のときは眼つきの鋭さから顔を伏せて手渡していたが、女性の今はかつてのバイト仲間の所作を参考に笑顔を作って愛想よく振舞ってみる。
そんな小さい努力が実ったのか男性時の半分の時間で配布業務は終了した。
「やっぱ、接客業は女性のが向いてるのかな……紅葉さん、終わりましたよー」
「お疲れ様~! お客さん増えてきたからコッチ手伝って~」
勿論そのつもりだったが店内を見て目を見開く。
いつもは空いている席が必ずあったのに今は満席になっていた。ビラ配りをしている間、何人か客が入っている気配がしていたが一々数えてはいなかったので気づかなかった。ネガタイドが張っていた結界が崩れたおかげだろうがいつもは見ない繁盛ぶりである。
「紅葉さん、手が足りないなら呼んでくれたらいいのに」
「呼びに行く手間も惜しくてね。それにドリンクだけのお客さんも多かったからなんとかなってたの」
話している間にも既に呼び出しベルが鳴っている。
硯は急いで注文を取りに向かった。
「お待たせしました。お呼びでしょうか?」
「サンドイッチセット、飲み物はコーヒーで」
「かしこまりました」
注文用紙にスラスラと内容をまとめていく。その間客席から視線を感じた硯が顔をあげると客の中年男性と目が合ってしまった。
「あの、何か?」
「キミ、新人さん? 見ない顔だけど?」
「へ!? まぁそのようなものです」
「キミみたいな可愛い子がいたならもっと早く来ればよかったよ。外からだと眼つきの悪い男の店員さんしか見なかったから入り辛かったんだよね」
「はぁ……」
内心「強面で悪かったな」と毒づきながらも作り笑顔で注文を取り終える。キッチンに戻ろうとしたものの、短い距離なのに時間がかかってしまった。
道中で必ず他のテーブルの客に呼ばれたからである。初回の注文から追加オーダー、水の要求など些細なことで呼びつけられる。
理由は単純明快。女性店員だから気安いのだ。硯が男性だった時は眼つきの悪さから話しかけづらい雰囲気があったのだろう。
しかし今は女性からは元より男性からも呼ばれる回数が増えている。女性は同性故に呼びやすく、男性はある意味目の保養として視界に入れたいのかもしれない。
非常に疲れるが、注文が沢山入る分には店の経営的に喜ばしいことである。
「お姉さん、会計頼むわ」
「はーい」
客の伝票を確認するだけで随分追加注文してくれたのだとよく分かる。カードでの支払いも詰まることなくやり遂げた硯は営業スマイルで無事会計を終えた。
「お姉さん、新人なのに手慣れているね」
「あはは、同業種で働いてましたから」
実際は一年以上働いている。というより目の前のおじさんの会計も何度かしたことはあったが説明する義理もないのでお辞儀をして送り出した。
ただ一人の客を捌いたら終わりではない。
繁盛している店はバイアスがかかって見えるため、また新しい客を呼び込むことになる。
席が空けば次の客を案内し、片手間で注文を受けて料理と飲料を運ばなければならない。
給料は確かに上がり、やる事はいつもと同じなわけだが明らかに分量が普段より多い。
「アウトサイダーの結界でそんなに客足が遮られていたのかな?」
「店員さーん、注文いいかな?」
「はーい、ただいま~」
スカート衣装はまだ慣れないが魔法少女衣装よりは丈が長いからまだマシだ。
それに客たちも優しい。接客がこれほど楽しく感じたのは生まれて初めてだ。
給料も増えてやりがいもある。硯は女の子も悪くないかもと心の片隅で思い浮かべ始めた。




