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第三話 バ先で変身!?


 (すずり)はフリーターとしてアルバイトを転々としている。昔はスーパーの棚卸しや警備員などの力仕事が多かった。飲食店はいくつかのチェーン店を渡り歩いた。

さしあたって現在の勤務先は【喫茶山猫】というお洒落なカフェである。アンティークな品々が飾ってあり雰囲気のあるお店だ。勿論動物の持込は厳禁なのだが精霊化したキャロットが肩に乗ってついてきた。


「お前、なんでついてきた?」


「心配する必要はないぴょん! 僕の周囲に魔法の結界を張っているから姿も見えないし声も聞こえないぴょん」


「ついてきた理由を聞いてるんだが……?」


「ネガタイドの気配を感じたからぴょん」


 随分不吉な話である。また股間の相棒をステッキ化させて魔法少女として戦わなければならないのかと考えると気落ちしてしまう。

 だが接客業に従事する者として心情を顔に出してはならない。

 頬を叩いて気炎を上げる(すずり)は【喫茶山猫】の扉を開ける。


 大正風味の強う喫茶店で黒電話やアンティークドール、懐中時計などが眼に入ってきた。店の奥には古本屋を思わせる程本棚に古書が敷き詰められている。次に視界が捉えたのはハイカラな大正和装のウェイトレス制服を着た暇そうな女性の横顔だ。


「いらっしゃいま……って(すずり)君か」


「閑古鳥が鳴いてますね」


「うるさいなっ! 不景気だからしょうがないじゃん!」


 この『喫茶山猫』をオープンした女性店主・深山紅葉は涙目になっていた。

 元々学生時代から喫茶店でアルバイトをしていた彼女はそのまま就職、店長経験を経て独立したという人物である。(すずり)と同年代なのに「自分の店を持ちたい」という夢の為に努力して叶えたのだから素晴らしいバイタリティだ。だらだらとフリーターをやっていた(すずり)としては少々羨ましいと思う気持ちもあった。

 しかし現実は非情で、オープンしたまではいいが客足が悪かった。


「あたしは立地もリサーチしてライバル店のいない土地を買った! 味には自信がある! 雰囲気も個性をつけた! それなのに何で客がこないのよぉー!」


「他のチェーン店が出店してない時点で喫茶店に需要がない土地なのでは?」


「そんなぁ~」


机に突っ伏して泣き喚く紅葉。お客さんがいないからと感情を剥きだして号泣してしまっている。叶えた夢が潰えようとしているのだからショックも大きいのだろう。

実際彼女は十分経営努力をしている。曜日固定でお客さんも増えてきた。売上的にはギリギリ赤字にならない水準だろう。しかし店をオープンした初期投資で借金をしてしまっている。その補填には至っていないのだ。


「店が軌道に乗らないと開店資金回収できないよ~。(すずり)君いいアイディアない?」


「味は悪くないですし、外観も興味をそそります。あとは値段を下げれば――」


「これ以上値下げしたら採算とれないよ~」


 改めてメニュー表を見てみる。彼女の言う通り同業者の中では安い方だろう。飲み物一つで高いという声もあるだろうが個人経営の喫茶店にしては頑張っている方だ。価格を下げるために商品のクオリティを下げることを好まない紅葉としてはこれが限界だろう。


「じゃあ後は客寄せパンダですね。看板娘とかを用意すれば一見さんも入ります」


「看板娘なら目の前にいるじゃん」


「紅葉さんは美人ですが少し若さが……」


 無言で脛を蹴られた(すずり)は悶絶してしまった。女性には年の話題を避けるべきだったが経営に関する話でお茶を濁す訳にはいかなかった。


「キミと似たようなもんでしょうが! 失礼しちゃうわ!」


「学生バイトとか雇ったらどうですか?」


「ウチは(すずり)君一人雇ったら手一杯よ。もう少し売り上げ伸びたら考えるけど」


「別に俺クビにしてくれていいですよ? 空いた席を学生バイト雇えば……」


「いやいや、(すずり)君は需要あるんだよね。分かるでしょ?」


 重い材料の運搬や高所の電球取り換えといった力仕事という意味での男手がまず一つ。

 そして(すずり)は眼に力を籠めると眼つきが悪くなってしまう強面体質なので悪質な客やクレーマーの対応としての需要があったのだ。

 事実、これまで至近距離から凄むだけで難癖をつけてきたチンピラの撃退に成功している。内心では喧嘩になったらどうしようと肝を冷やしていたのだが余計に力んで目力を強めてしまい相手を威圧するに至ったのである。要するに力仕事係兼用心棒として必要不可欠になっていた。


「まぁ、売り上げ伸ばす方法はあたしが考えるよ。店長だし――」


 ――カランカランと入り口扉にかけた鈴が鳴った。

 来客のようだ。帽子を被った顔色の悪い男性が現れた。(すずり)も面識のある常連客だったはずだ。近くのオフィス街で働く新社会人の青年である。


 ただ最初に来店した時に比べて明らかに顔色が悪くなってきている。大人の汚い社会に揉まれてストレスが溜まっているといったところだろうか。(すずり)も経験があった。


「はぁ~……仕事がツライ……」


「ウチのブレンド飲んで元気出してよ、お客さん」


 日々のストレスを忘れられる憩いの場として喫茶店を立てたいと話していた紅葉は有言実行して客の話を聞いている。ブレンドコーヒーの準備をしていたところでポケットから出てきたキャロットが毛を立てる。


(すずり)、ネガタイドの気配だぴょん」


「え? つまりあのお客さんが……!?」


 閑古鳥が鳴いていたのは店の経営が悪いからではなかった。既に近くまで来ていたネガタイドが結界を張っていたのだ。人間態から力を行使できるほどに宿主の精神と深くリンクしてしまっている。


「もう、会社なんて行きたくねェよォー!!」


 絶叫する青年はついに感情爆発(メンタルアウト)を引き起こした。

 頬は痩せこけて目が窪んで髑髏そのものになってしまった。身体の肉もしぼんで湶が浮き出るほどだ。体表は不健康な黄色みが強くなる。

 全体的に身体の肉が萎んだのと反比例して腹のみが風船が如く膨らんだ。少し顔色が悪かった好青年が地獄の餓鬼のような姿のアウトサイダーへと変貌を遂げたのである。

 目の前で人が化け物に代わる瞬間を目撃した紅葉は現実が受け止めきれず、意識を手離してしまった。このままではアウトサイダーに踏み潰されるのが落ちだ。


(すずり)! 変身するぴょん!」


「四の五の言ってる暇はねーなこりゃ」


 股間に魔力を集めて引き抜いた(すずり)は一瞬にして魔法少女ブラック☆ライターへと変身を終える。その手には男の相棒が進化した魔法の杖(マジカルステッキ)が握られていた。

 筆と化した魔法の杖(マジカルステッキ)の先端から滴る墨を鞭状にして倒れる紅葉の身体に括りつける。

 まるで自分の手足のように鞭を動かすことができ、なんとか怪我一つなく彼女を救出することが出来た。


「まさかこんなに早く二度目の変身をするとはな……昨日の今日だぞ」


「それだけ世界はネガタイドに浸食されてるぴょん。早く浄化するぴょん」


 昨晩は初めての変身、初めての少女の身体に戸惑っていた。だが今日は違う。もう戦い方は十分に理解した。魔法戦闘は二度目なのだ。そして母親がアウトサイダーになったものより大きさも速度も劣っている。


 新卒社会人は確かにストレスが多い。慣れない新生活、初めて従事する八時間労働の週休二日制などだ。大人が責任を取ってくれていた学生時代との温度差もあって重圧を感じる者も多い。ただそれは一過性のものだ。続けている内に慣れたり要領がよくなったりするからである。本来はありふれた社会ストレスがネガタイドによって増幅されてアウトサイダーになってしまっただけだ。


「ツライ……クルシイ……ヤスミタイ……ニゲタイ」


「分かるぜ、その気持ち」


 折角いい大学に入ったのだから就職先で頑張らないといけないと気を張ってしまうものだ。(すずり)も同じだった。目の前で溢すアウトサイダーの弱音と同じ気持ちを抱きながらそれでも社会不適合者になるまいと気を張って奮起していた。

 身の丈に合わない仕事を続けた結果、心と身体を壊してしまったのだ。今ではフリーターである。


「シゴトヤメタイ……」


 彼の勤め先が若い人材を使い潰すブラック企業なのかもしれない。在り得ない仕事量を押し付けられたり、低賃金で専門外の仕事をさせられている可能性はある。

 逆に勤め先はしっかりしていて彼が学生気分が抜けていないだけの場合もあった。

 どちらにしてもネガタイドに寄生されたままで正常な判断ができるはずがない。仕事を続けるのか辞めて転職するのかは彼自身が決めればいい。そのための露払いをブラック☆ライターがすればいい。


「今、楽にしてやんよ!」


 ブラック☆ライターは床に「滑」と記載する。

 その文字を踏んだアウトサイダーは文字通り足を滑らせ豪快に尻もちをついた。

 ドスンと地震でも起きたかのような振動で店内は滅茶苦茶になってしまう。


「あちゃー掃除するの俺なんだけど……」


「安心するぴょん。ここも結界内に作られた狭間の世界。本当の喫茶店は無傷だぴょん」

「そいつはありがてぇ!」


 アウトサイダーに飛び乗ったブラック☆ライターはその腹に『重』と書きなぐった。

 すると巨大な重圧がのしかかり、敵は動けなくなってしまう。


「手際が良くなったぴょん! とどめぴょん!」


「〈イービル・ブレイカー〉!!」


 全魔力を集約して打ち出す魔法少女の必殺技。悪しき精神寄生体のみを浄化し、アウトサイダーを人間に戻す光撃である。

 紫閃光を至近距離から身に受けたアウトサイダーは元の青年へと姿が戻り、顔色も幾分かよくなっていた。


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