第二話 魔法少女ブラック☆ライター
キャロットは光の玉を構成するなり硯に投げ渡す。
それを掴んだ瞬間、溢れる魔力が身体の一部に集まってくるのを感じた。
ただ魔力が集まってくる場所がおかしい。明らかに下腹部へと力の奔流が集約しているのだ。より正確に表現するならば股間、即ち男性器に魔力が集まっていた。漲る魔力が股間の相棒を元気いっぱいにしてズボン越しに自己主張している。魔力が集まっている為かソレは光り輝いていた。
「え? 何これ? 俺、精力剤飲んだ覚えないんだけど。渡す力間違えてない?」
「間違ってないぴょん。騙されたと思って『フィジカルターン』と叫びながらソレを掴んで引き抜くぴょん!」
いつまでも光り輝く息子を見せびらかすのは変質者か露出狂だろう。硯は渡された力の導きに従って股間の相棒を強く握り一気に引き抜く。
「フィジカルターン!!」
――すると、硯自身の身体が穴が開いたように萎み、魔力で新しい形状を再構築していく。
男性では在り得ない華奢な体躯、細いながらも肉付きの良い四肢ができあがり、胸も大きく膨らみ腰回りも女性らしい丸みを帯びたものへと出来上がる。短かった髪の毛は時計の針を加速させるが如く背中までぐんと伸びた。
体の再構成が終わると、次はその裸体を包み込む衣装の構築が始まった。
男性のものとは異なる身体にフィットした下着が装着される。
いつの間にか硯が握っていた股間の相棒は細長く大きな習字筆のように変化し、墨で文字を描きはじめる。描かれた文字がリボンのように分解されると同時に硯の身体を覆うようにブラウスとスカートがカーテン状に広がった。
腿をきゅっと包むのはニーソックスだろうか。『靴』の文字が本物の靴へ変化して硯の足を包み込む。長い髪の毛は紐で縛られサイドテールの髪型が完成する。
最後に巨大な習字筆が硯の腕に収まったところで変身が完了した。
「魔法少女・ブラック☆ライター推参!」
心に描いた台詞をそのまま口遊んでしまったが、言った傍から羞恥心に襲われる。
己の口から発せられた言葉もいつもの低音ではなく随分甲高い。
また、心許ないスカートから覗いた腿を夜風が撫でる感覚も初めてのものだった。
いつもより目線が低くなり、視線を下げると双丘が視界に入ってくる。太い指は細く華奢なものになっていた。肩に触れる結んだ長髪の感触と股の間を撫でる風の感覚は慣れないものだった。
「俺……まじで女の子に……魔法少女になってるじゃん」
「〝ブラック☆ライター〟心に浮かんだそれこそキミの魔法少女としての名前だぴょん」
「この巨大な筆は?」
「それはブラック☆ライターの魔法の杖だぴょん。魔法少女は一人に一つずつ魔法のステッキが武器として顕現するぴょん」
ブラック☆ライターは自分の腕に抱える巨大な筆を今一度検める。
初めて掴んだものとは思えない程手に馴染む。姿形は変わってもハッキリと認識できていたのだ。生まれた瞬間から神に与えられた男の象徴であることを。
「……これ、俺の股間についてたアレだよな? アレが引き抜かれて女の子になったと。理屈は分かり易いが……なんか嫌だな。っていうか変身の絵面が汚い」
「生粋の女の子なら心の強さがそのまま魔法の杖の形になって変身するぴょん。野郎の場合はまず邪魔な股間の異物をどうにかする必要があったぴょん。だから魔力を強制的にそこに集めて魔法の杖にさせる方法を立案したぴょん」
「なぁお前、男が嫌いなの? 男性嫌悪者なの?」
「違うぴょん。あくまで効率の問題ぴょん☆ そんなことより早く戦うぴょん! キミは魔法少女になったことで身体能力が爆発的に向上しているぴょん」
言われてみれば巨大な魔法の杖を抱えても腕や肩に疲労感は全くない。そればかりか体が羽のように動く。これならばアウトサイダーという名の化け物相手でも戦えることだろう。
「状況に応じて魔法の杖を使うといいぴょん。それぞれの特性に応じた魔法が使えるぴょん。使い方は本能的に分かるはずだぴょん」
キャロットに背中を押されたブラック☆ライターは魔法の杖を抱えて跳躍した。
目指す先は自身の母親が変貌してしまったアウトサイダーの真正面である。
「親不孝者で悪いな、母ちゃん」
「アノコガワカラナイノヨォォオオ!!」
相手は髪の毛を触手状にして伸ばしてくる。
少し当たった壁や道路が砕き割れる程の威力だ。
直撃はマズいと直感したブラック☆ライターは魔法の杖で虚空に文字を描く。尋常ではない速筆で描かれたのは『壁』の一文字を丸く囲ったものだ。書かれた文字の通りに文字が強固な壁となり、アウトサイダーの触手を完全に防ぎきった。
「やはり直感の通り、筆で描いた文字を現実にする力。それが俺の魔法か!」
防御一辺倒では相手を倒すことはできない。
書いた文字を現実化させる魔法ならば、攻撃的な文字を記載すれば攻勢に転じることができるだろう。
ただ筆を相手に向けた瞬間、腕が震えてしまった。
姿が変わったとはいえ実の母親なのだ。震えた手でまともな文字を書くことができない。
ブラック☆ライターは筆を肩に担ぎながら相手の攻撃を躱して身を隠す。
その消極的な態度にしびれを切らしたキャロットが肩に乗って叱責してくる。
「どうしたぴょん? 早く攻撃するぴょん! 何モタモタしてるぴょん!」
「実の母親ぶん殴るようなもんだろ! 簡単にできるかよ!」
「別にブッコロス訳じゃないぴょん。アウトサイダーを正常な人間に戻すためにはある程度半殺しにして痛めつけないと駄目ぴょん」
「……お前、言葉の端々に隠しきれない悪意を感じるぞ」
「気のせいだぴょん。それより早くするぴょん? ネガタイドに寄生された人間は感情を揺さぶられ続けるぴょん。ライターが攻撃を躊躇っている間も苦しませてるぴょん」
言われて再びアウトサイダーに視線を移すと、確かに絶叫に近い声で不満を口にし自分の身体が傷つくのもいとわずに暴れ続けている。人間、身体を弄られれば不快に感じるものであるが、直接精神を揺さぶられるのはもっと不愉快だろう。
「そうだな、俺がやらないと!」
覚悟を決め直したブラック☆ライターは魔法の杖を強く握る。描いた文字は『火矢』だった。漢字が本物の火矢へと変化してアウトサイダーの身体を穿つ。
「ウアァアアアアア!!」
痛みに悶えるアウトサイダーの声ですら罪悪感を抱いてしまう。
だが此処で手を緩めるわけにはいかない。
高く跳躍したブラック☆ライターは敵の真上で今度は『氷柱』の文字を描く。
すると大きな氷柱がアウトサイダーに向かって降り注ぎ、ついには地面に伏せさせることに成功したのである。
「――今だぴょん!! 必殺技で止めをさすぴょん!」
「必殺技!? トドメ!? 母親にそんなの撃てるわけないだろ!」
「今の言葉の綾だぴょん。魔法の杖に魔力を溜めてそのままぶっ放せば、感情爆発した人間を浄化できるぴょん」
他に代案も思いつかない今、キャロットの言葉を信じるしかない。
言われた通り、魔法の杖を構えて魔力を先端に集中させる。
すると、視認できるほど高密度な光が収束していく。
抱えきれなくなったブラック☆ライターが放出するなり、紫色の光線として射出され感情爆発した母親の身体全体を呑み込んだ。
「あたたかい……とてもあたたかい光だわ」
辛く苦しい感情に塗りつぶされていた母親の心は光に照らされた。息子が生まれた日の喜びと成長を見守ってきた楽しい記憶がよみがえってくる。
それまで感じていた不安は「どんなことがあっても息子を信じよう」という前向きな志に上書きされることとなった。
異形の姿はいつしか人の姿へと戻る。――同時に彼女が作っていた結界は崩壊し、人の往来が戻ったのだ。
「ホントに母ちゃんだ! ……戻ったんだな、全部」
「お手柄ぴょん」
少し老いた母の身体を抱えるブラック☆ライター。寄生していたネガタイドが消滅したことで朗らかな表情で眠っている。
一足飛びで民家の屋根に乗った彼女はそのまま屋根伝いに自宅へと帰っていく。
リビングのソファーに母を寝かせて毛布を掛けたところでブラック☆ライターはふと懸念が浮かんだ。
「母ちゃん、後遺症とかないよな?」
「問題ないぴょん。アウトサイダーになっていた頃の記憶はないぴょん。それどころかブラック☆ライターに浄化されて気持ちが楽になってるはずだぴょん」
「そっか」
安堵するブラック☆ライターは変身を解除する。
変身について少し不安があったが魔法の杖が消滅すると共に股間の相棒も復活し男の姿に戻ることができた。普段は意識すらしなかった股間の重みが頼もしく感じてしまう。
「あ~よかったよ……。ツイてるのが当たり前だったからな。おかえり相棒~」
「これからも魔法少女として頑張ってほしいぴょん」
キャロットの言葉に答える前に硯は急激な睡魔に襲われて倒れるようにベッドに身を預けることとなった。
初めての変身に身体がまだ馴染んでいない上、訓練もなしに実戦投入されたのだ。疲労が蓄積していた身体は正直だった。
――翌日、小鳥のさえずりとカーテンから投下した陽光が起床時間を知らせてくる。
ぐっすり眠った硯はスッキリ起きることができた。数年ぶりの快眠である。
「あーなんか変な夢を見た気がする」
「硯~、起きてる? 今日バイトでしょ?」
扉を開けて呼びかけてくる母親の表情は柔らかい。ここ最近思い詰めていたようだが今はそんな影を感じさせないようだった。魔法少女になって母親のストレスの根源を消し去った。それは母親に対する負い目が見せた夢だったのだろうか。
「どうかしたの、硯? 朝ごはんできてるけど」
「いや、母ちゃん……その、いつもありがとう」
夢なら夢でいい。男が魔法少女になって化け物になった人間と戦うなんて非現実的だろう。ただ自分を見つめ直す切っ掛けになったのは事実である。
ならば普段気恥ずかしさで言えなかった感謝の言葉を伝えようと口が動いていた。
「……いいのよ。わたしはあなたの母親なんだから」
「母ちゃん……」
「それはそうと、あなたいつの間に兎なんて飼ってたの?」
「え? 兎?」
母親が指さす先には丸まって眠っている白兎がいた。兎なんて拾った記憶はない。ただどこか見覚えがあった。眠る毛玉にそっと触れると昨日の出来事が一気に濁流として記憶へ流れ込んでくる。
「おまえ……キャロット!?」
「まぁキャロットちゃんって言うのね。名前まで付けて可愛がっちゃって。ペットを飼うなら餌代も稼がないといけないでしょ? 朝ごはん食べてアルバイト頑張んなさい」
キャロットを一撫でした母は扉を閉めて階段を降りていく。
改めてキャロットを見ると未知の小動物ではなくありふれたウサギの姿になっていた。
「お前、その姿はなんだよ?」
「元々、現地生物の身体を借りているぴょん。」
【精神世界】の存在である精霊は実体を持たない。故にうさぎの身体を借りたということなのだろう。理屈で言えばネガタイドが人間に寄生して異形化させるのと似たようなものだ。サポート妖精としての姿は兎から異形化した状態なのだろう。
「お前、実はネガタイドの一派だったとかねーよな?」
「失礼しちゃうぴょん。実態がない同世界の存在ということしか共通点がないぴょん。僕は暴れたりしないぴょん。寧ろ魔法少女を勧誘して世界を救ってるぴょん」
「硯ー冷めちゃうわよー!」
追求したいところであるが一階から母親が呼ぶ声に会話が中断されてしまう。アルバイトの時間も近い為にキャロットとの話は置いておいて実生活を優先することにした。




