第一話 運命の出会い
近年、世界中で魔法少女の存在が認知されてきている。
――とはいえ未だに都市伝説の範疇である。宇宙人や幽霊の目撃談に魔法少女が追加されたというレベルだ。各国の政府は公式に魔法少女の存在を認めていない。
科学法則で世界を観測する彼らにとってこの世の法則に縛られない〝彼女達〟の存在は未知の領域であり認め難いというのが正直なところであった。
とりわけ問題なのは魔法少女の容姿が人々の記憶に残らないことだ。記憶力に自信のある人間でも遭遇から時間経過と共に霞のように消えていく。顔はさっぱりわからなくなって可愛い衣装を着た女の子だったことくらいしか覚えられないのだ。
おまけにカメラや写真でも手振れしたような、或いはモザイクがかかったような状態でしか記録できないため余計に存在を疑う根拠となっている。
インターネット界隈では魔法少女を自称する者が現れたり、魔法少女のフェイク動画まで出回っている有様である。
――ただ魔法少女は実在する。
その正体は【精神世界】というもう一つの世界から来た存在――精霊と契約を結び、適合した者達である。人類の科学力では通常【精神世界】の存在を認知することができない。それ故大勢の人間は眉唾物だと断定するのだ。
しかし人類の中でも古来より精神世界の干渉を認知できる者達がいた。感受性が強い純粋無垢な十代の少女達である。
彼女達は精霊と心を通わせて契約を結び魔法少女となった。
魔法少女の仕事は【精神世界】より人間世界に悪影響を及ぼす存在、『ネガタイド』から人類を守ることである。
人類の科学用語で『ネガタイド』を言い換えるならば〝精神寄生体〟が最も適切だろう。
彼らに寄生された人間は負の感情を増幅させる。「理由のない自殺」や「無差別通り魔事件」などは『ネガタイド』に寄生された被害者が起こすことが多い。
対人トラブルや謎の事件の裏には『ネガタイド』という精神寄生体の影があった。人間の負の感情を餌にして肥大化する彼らを放っておけば自分や他人を傷つけることとなってしまう。
中でも悲惨なのは『ネガタイド』に寄生された被害者が負の感情を蓄積して一気に爆発させるパターンである。被寄生者の人間が感情爆発を引き起こすと精神世界のみではなく宿主の姿さえも変化させて〝アウトサイダー〟という化け物になってしまうのだ。
アウトサイダーとなれば物理的な被害も尋常ではない。おまけに結界を張って現実世界と精神世界の狭間ともいえる空間を作り出して人間を害するようになる。
精神に寄生された初期患者はカウンセリングを受けたり周囲の人間が支えたりすることで自発的にネガタイドを退けることができる――がアウトサイダーと化してしまった場合は魔法少女でしか対抗できない。
故に魔法少女の存在は世界の均衡を保つ上で欠かせないのだ。
『ネガタイド』の干渉により現実世界の秩序が乱れれば、【精神世界】もその影響を受けてしまう。そこで【精神世界】の精霊達は両世界の平穏の為に現地の適合者を魔法少女として対処にあたっていたのだ。
彼女達の影ながらの活動によって町の平和は守られていた。
一連の説明を終えたウサギに似た生物が三十歳前後の目つきが悪い男性に向かって小首を傾げる。キャロットと名乗るその小動物はつぶらな瞳で見つめ続ける。
「――という訳で黒川硯君、僕と契約して魔法少女になってほしいぴょん」
「いや、おかしいオカシイ可笑しい!!」
「何がおかしいぴょん?」
「全部だよ!」
硯は目の前の生物を吟味する。原生生物としてはウサギに似ているが、何かのゆるキャラとかマスコットのぬいぐるみと表現した方が適切である。
偶々時間の空いた硯がコンビニに出かけた際、傷ついたこの小動物を発見した。
介抱している内に謎の巨大生物に襲われたため、逃げ延びて今に至る。
「しゃべる動物なんてあり得ないからお前の話を取りあえず信じるとして! さっき俺達を襲った巨大生物は人間だってことか!?」
「そうぴょん。『ネガタイド』に寄生されて感情爆発した人間――即ちアウトサイダーぴょん」
改めて隠れ家の窓から顔を覗かせると、外を徘徊する化け物の姿が見えた。
何事かを叫びながら時折建物を壊している。まるでストレスを発散しているかのようだ。周囲に人気がないのはアウトサイダーが結果を張って作った疑似的な町であり本物ではないからなのだろう。
今は自分で作った空間を自分で壊しているだけだが、慣れてくれば外に出てしまうかもしれない。そればかりか自分のようにこの空間に迷い込む不幸な人間もいるだろう。放置するにはあまりに危険だった。
「アウトサイダーに対抗するには魔法少女の力を借りるしかないぴょん」
「じゃあさっさと呼んできてくれよ!」
「それはできないぴょん。この町の魔法少女は絶滅したぴょん」
「絶滅って――あの化け物と戦って殉職したってことなのか……?」
「いやそんな暗い話はないぴょん。最後の一人は三十歳になって出産と育児の為に現役を退いたぴょん」
「寿退社かよ!?」
魔法少女に出産育児休暇がない以上現役引退しかないだろう。人手不足とはいえ三十歳まで頑張ってくれた元少女を責めるつもりにはなれなかった。
「現役の奴がいないならお前がスカウトすればいいだろう? 女の子なんてそこら中にいるぞ?」
「そう簡単じゃないぴょん。少子高齢社会で出生率は低下、当然適合者の割合はめっきり減ったぴょん。平成世代が最後。令和の時代に魔法少女の適性者はいないぴょん」
数十年続く不況や社会問題による心の乱れ、ネットの普及による不要な情報の濁流、パパ活の横行などで清い心を持つ少女が激減し、ついに魔法少女は絶滅してしまったらしい。
「けどアウトサイダーを放置はできないからキャロットたち精霊は試行錯誤したぴょん」
精霊は魔法少女の素質を持つ者を血眼になって探した。現役世代が引退する前に。
長い研鑽の結果、女性に対しても邪な感情を持たないピュアな成人男性。所謂三十歳以上の童貞男性が魔法少女の適性ありという信じられない観測結果が発表された。
異性に対する憧れや性に関する潔癖性などが十代女子と類似性が見られたためである。
「――というわけでキミには魔法少女の適性があるぴょん!」
「やかましい! 童貞で悪かったな! っていうか俺達と一緒にされる十代女子にも失礼だぞ! それでいいのか、【精神世界】!?」
「【精神世界】は合理性を重視するぴょん。魔法少女の正体が汚ねェおっさんでも気にしないぴょん♪ 魔法少女になったら当然女の子の身体を満喫できるぴょん。童貞なら興味あるぴょん? 契約するぴょん!」
「色々最低だな、お前……」
ドスンッ、ドスンッと徘徊が鳴らす地響きが近づいてくる。声を殺して身を伏せていると、近くを通りかかったアウトサイダーの嘆き声が聞こえてきた。
「ワタシ……ガンバッタノニ……」
その声音はどこか懐かしい感じがした。アウトサイダーの呟きが聞き覚えのある声だった。どんどん顔色が悪くなった硯は自分の中に浮かんだ考えを必死に否定する。
ただ顔を背けても耳の鼓膜は怪物の呟きをさらに拾ってしまった。それも決定的なものである。
「スズリ……オカアサン、モウ……ワカラ、ナイヨ」
夜の町を徘徊する怪物は確かに自分の名前を口にした。改めて聞く彼女の声は実の母親とそっくりだったのだ。
「オイ、キャロット……あのアウトサイダーの正体って――」
「キミの母親だぴょん」
「どうして……ッ!?」
「ネガタイドは心の闇を好むぴょん。ホントは気づいてるはずだぴょん?」
硯は自分の人生を振り返る。
親は精一杯の愛情を自分に注いでくれた自覚はあった。食べ物に困ったことはなく、経済的な事情で進学を断念したことはない。
誕生日は盛大に祝ってもらったし、旅行にも何度か連れて行ってもらった。特に母親はよく自分の面倒をみてくれていただろう。
面と向かって伝えることはなかったものの感謝はしていた。
ただ就職活動に失敗した硯は母親に当たってしまった。そうして今ではのらりくらりとフリーターで小遣いを稼ぐ毎日である。大学を卒業してから八年。気が付けば三十歳になってしまった。
同級生からは結婚出産の話が出てくる中、自分の時間は停まったままである。毎日食事を作ってくれる母親に対して硯は真面に口を聞かなかった。
就職に失敗し人生のレールから外れた自分の不幸を嘆くばかりで母親の厚意に甘え続けていた。親の愛情は無限に存在するものだと勝手に思い込んでいた。
だが母とて一人の人間である。息子が身の振り方について悩んでいる中、彼女も共に心を痛めていた。その心の闇にネガタイドが巣食ったのである。
「ドウスレバヨカッタノ……? ワカラナイ……ワカラナイ……」
「お母さんをあのままにしていいぴょん? 親孝行してあげるぴょん」
言われなくとも最善の選択は分かっている。母親がアウトサイダー化したのは間違いなく息子の将来や自身との関係性を悲観してのことだろう。怪物になった後の嘆きが全てを顕している。今まで弱音一つ溢さなかったのに。愛想のない息子に嫌な顔一つせず手を差し伸べてくれていたのに。愛情を受け取るばかりで恩返しすることすら考えていなかった。
『硯、今日は一日面接でしょ? お弁当作ったから持っていきなさいね』
どんなときでも笑顔で送り出してくれた母親が陰で苦しんでいたことを悟った硯は自分がどうしようもなく情けない存在に思えてしまう。
このままでいいはずがない。せめて今までの感謝の言葉は伝えなくてはならない。
「キャロット、お前は悪魔だな。実質選択肢ねーじゃん。苦渋の決断迫りやがって」
「苦しんでるのはアウトサイダーも同じぴょん。それを浄化して人間に戻せるのは魔法少女だけぴょん」
「――分かったよ。魔法少女、なってやろうじゃねーか!」
「その言葉を待ってたぴょん!」




