第二十八話 決着
彼女の生々しいトラウマの記憶を植え付けられ一瞬のうちに体感した現役魔法少女たちは大きな精神的苦痛を実感して動きを封じられてしまう。放っておいても感情爆発する可能性はあったが今生じた隙を見逃すはずもなくロストは炎の衝撃破を放つ。
魔法少女は魔力で常に強化された肉体を持ち、魔力障壁を展開しているため奇襲においても即死させることは難しい。
生命の危機に際して魔力強化と魔法障壁の濃度が上がった二人は案の定死にはしなかった。ただ心身共に強い衝撃を受けたことで一時的に変身が解けてしまう。
「ふふ、魔法少女は殺しにくいが人間に戻ればその限りではない。折角だ。ボクに噛みついた後輩たちのご尊顔を見せてもらおうかな」
煙と砂埃が舞う戦場で人間の姿に戻った二人の魔法少女。その姿を瞳の中に入れたロストは動揺を隠せなかった。
彼らは自分が喫茶店や湯屋で親しくなった人間だった。あまり人とかかわってこなかったからこそ二人との会話は鮮明に覚えていた。
「見覚えがある顔だな。ご主人、とどめをささねーのか?」
「そんな……ボクは……」
二人の命を奪うのは簡単だ。もう一度魔法攻撃をすればいい。変身していない魔法少女の耐久力は人間と同じだ。今が絶好の機会である。
しかし覚悟が決まらない。ためらっている間に一匹の兎が現れる。
「やっぱりキミに悪役は似合わないぴょん。チェリー☆ブロッサム」
「キャロットッ! お前の差し金か!?」
「違うぴょん。キミ達が接触したのは他でもないキミの選択ぴょん。ボクは神様じゃないからそんなに仕組めないぴょん。できるならもっとうまくやるぴょん」
納得の説得力だった。万能の力があるならばチェリー☆ブロッサムが悪に落ちる前に手を打っていたことだろう。
「もういい。取り合えずお前から消そう、キャロット」
「感情が高ぶると視野が狭まるのは悪い癖ぴょん。僕は囮ぴょん」
「なに?」
私怨のあまりキャロットに視線を移したのが大きなミスだった。その間に復活した硯達が再び魔法少女に変身して挟み撃ちにしてきたのだ。
何度倒れても復活する不屈の闘志、そして抜群のコンビネーションを前に魔法の杖による殴打を受けてしまう。
一度後方に下がって体勢を立て直そうとした瞬間、虚空に描かれた文字が一斉にロストに向かって奇襲を仕掛けてきた。
「目を離したのは一瞬だったのにこんなに書置きを残せるはずが――!」
「仕掛けたのはアンタがドリームと戦ってたときだぜ? かなり時間があったからな」
ホワイト☆ドリームの成長ぶりに驚いていた時だ。確かに一定時間ブラック☆ライターを見失ったことがあった。すべてはこの奇襲のために準備を整えていたのだろう。
無数の漢字がそれを顕す攻撃魔法に変化してロストに襲い掛かる。迎撃しようと花や炎を形成した瞬間、すべてが風船に変えられてしまう。
「ホワイト☆ドリームの魔法か!? くそ!」
反撃の魔法も打ち消されたロストは直撃を受ける。
魔力が枯渇して抵抗する力も残っていない。フォックスとの融合状態も維持できずに分離してしまう。そんな状態でも若き魔法少女達に問いかけずにはいられなかった。
「どうして……だ? ボクのトラウマを追体験させられて……どうしてまだ戦える!?」
「「仲間と一緒だからだ(です)!!」」
右からは〈イービル・ブレイカー〉が左からは〈ネガティブ・バスター〉で狙い撃ちされたロストに逃げ場はなかった。
暖かい閃光に包まれたロストはそこでようやく理解した。
チェリー☆ブロッサムはずっと一人だった。強者故の孤独。仲間がいなくとも戦えるのは強さの証という自負さえあった。だが仲間が補うのは戦闘力だけではなかった。つらいとき苦しいときに支え合える。だから決して折れることはないのだ。
「もし、魔法の杖が折れた時、隣に誰かがいてくれたら違っていたのかな……」
「ご主人!」
切羽詰まった表情のフォックスが呼びかけてくる。今は自分にもパートナーがいる。人間の欲望の犠牲になっていた哀れな狐の子だ。せめて相方が知恵と力を失うことがないようにしっかり胸に抱いた。
意識を手放したロストは遠い昔の夢を見た。
他人の過去を掘り起こしたり自身のトラウマを追体験させたりしていたからだろう。
その夢のチェリー☆ブロッサムはまだ幼い少年の姿をしていた。小学生くらいだろうか。股間の重みが妙に懐かしく感じたのは一瞬だけだ。すぐに別のものに関心が移った。
「〈イービル・ブレイカー〉!!」
「ウワァアアアアアアアア!!!」
子供たちを襲っていたアウトサイダーを一瞬で浄化する逞しいツインテールの魔法少女。鮮明に残る見事な戦いぶりだ。老若男女問わず皆が彼女の活躍に喜び、感謝している。
「やっぱりスペル☆マスター強ぇよな!!」
「キャー! かっこい~!!」
巨大な筆型の魔法の杖をくるりと回して戦闘を終わらせた彼女は逃げ遅れた民衆たちのもとにさっと降り立ってきた。
「怪我はないかい?」
とても優しい言葉だった。皆が感謝と称賛の言葉を伝える中、〝自分“だけは違っていた。その皆を守る正義の背中に憧れたのだ。
「あの、ボクも大きくなったらお姉さんのような魔法少女になれますか!?」
「何言ってんだよ、お前~。男は魔法少女にはなれねーんだぜ?」
「女の子だけの特権よー」
皆が少年を馬鹿にし嘲笑う中、件の魔法少女だけは違っていた。目線を合わせるようにしゃがんで頭を撫でてくれる。
「志に性別は関係ない。決してなれぬことはない。心に夢を描いたのなら精一杯励むがいい、少年よ」
彼女は意外にも肯定してくれたのだ。それが魔法少女になった直接的な切っ掛けである。命を救われた感謝と憧れ。それがあったからこそ未来に適性を見出されることになったのだ。久しく忘れていた。「魔法少女としての生死を賭けた戦い」と「自分の人生を生きる」という多忙な二重生活の中で色褪せてしまった思い出の記憶。
夢の中で懐かしい記憶を思い出したロストは自然と涙があふれていた。あの時助けてくれたスペル☆マスターと同じ優しい匂いが鼻腔をついたために重い瞼をゆっくりと開ける。
すると、自分を膝枕するブラック☆ライターと目が合った。そこに割って入るように黒狐のような小動物が飛びついてくる。
「ご主人、大丈夫か!?」
「フォックス? どうして? 浄化されたんじゃ――」
「ソイツはネガタイドとの融合が進行しすぎてたから精霊にしたぴょん。ボクと同じような状態ぴょん」
ネガタイドによって知恵と力をつけていたフォックスはそれ自体が個性となっており分離することができなかった。故に精霊化したということらしい。
「よかった。生きていて……」
「フォックスから聞いたぜ」
「貴女が私たちにアドバイスしてくれた親切なお姉さんだったんですね」
「成り行きだよ……ボクもキミ達の正体に驚いたし……」
互いが互いを敵と認識せずに敵に塩を送る助言をしあっていたのは今考えれば奇妙な偶然である。思わず馬鹿らしくなって笑みを溢してしまう。
それを交渉の好機だと目敏く察知した白兎が介入してくる。
「聞いてほしいぴょん。僕は君を見捨てるつもりはなかったぴょん。【精神世界】に戻って回復した後はキミを探したぴょん」
「今ならキミの言葉を聞ける余地はある。確かにボクが君の立場でも同じことをする。キミは口と態度が悪いのは分かっていたはずなのに……」
「チェリー☆ブロッサム……。まだ魔法の杖は持ってるぴょん?」
「ああ。これだ」
彼女が力を籠めると砕けた魔法の杖が見られた。ずっと大切に保管していたのだろう。話には聞いていた後輩魔法少女達もその悲惨な破損ぶりに言葉が出てこない。
「預かってもいいぴょん?」
「うん。どの道扱いようがないからね」
壊れた魔法の杖をキャロットに預けたロストは晴れやかに笑う。清々しいほどの完敗だ。負けたのにどこか気分がよかった。格上の自分を破った後輩たちを素直に称賛する。
「ホワイト☆ドリームは魔法の使い方が最初に比べて別人のようにうまくなっていた」
「えへへ……」
「そしてブラック☆ライター、キミはボクが憧れた魔法少女と戦い方がそっくりだ。なんかあの人に怒られた気分だったよ」
「へー会ってみてぇな」
血を分けた実の父が彼女の憧れた魔法少女だったことなどブラック☆ライターは知る由もない。ありふれた先輩魔法少女の誰かとしか思わなかったし、キャロットも敢えて補足説明することはなかった。
「キミ達の勝ちだ。ボクのことは煮るなり焼くなり好きにするといい」
「わたし達は正義の味方です」
「悪いようにはしねぇよ。世のため人のために働いた功労者だし」
後輩たちはその苦しみを実体験したからこそ悪に落ちた魔法少女をも丁重に迎えてくれる。しかし心が浄化されて正気に戻ったチェリー☆ブロッサムとしては自分の行いが許せるはずもなかった。自責の念と罪悪感を払しょくすることができない。
「ボクは取り返しのつかないことをしたんだよ?」
「貴女には同情の余地があります。追い詰めた町の人やアフターケアを怠った【精神世界】にも責任の一端はありますし」
「それでもどうしても自分が許せねーってんなら今後は俺達の活動に協力してほしい」
「《アンビバレンス》が存続しているなら拠点の位置や厚生についてゲロってほしいぴょん」
チェリー☆ブロッサムは快く頷いた。組織は未だ健在なのだ。味方が多いに越したことはない。敵の情報を知れるなら有意義な話である。
「ボクはいいけど、フォックスはどうする?」
「ハッ! オイラが忠誠を誓ったのはご主人だ。《アンビバレンス》に愛着もねーよ。あいつら非協力的な上に平気で手柄を奪い合うしな」
「ふふ、確かに」
悪の組織らしく協調性がなく孤立主義の者が多い。そもそも彼らがもっと協力的だったのなら魔法少女相手に敗れることもなかったのだ。チェリー☆ブロッサムとしては裏切りの罪悪感など皆無である。
――こうして町には一時的に平和が訪れたのである。




