第二十七話 忌まわしい記憶
戦闘からどれほどの時間が経ったか。少し魔力と体力を回復したチェリー☆ブロッサムは重い体を起こす。
未だに気怠さは抜けきれないものの、アウトサイダーはどこにもいなくなっている。結界もなくなっており、背後にあった町は今も変わらず平穏なままだ。
「よかった、みんな無事だったんだ」
安心したチェリー☆ブロッサムはそこでようやく破損した自らの魔法の杖を発見する。真ん中で砕けており、破片も周囲に飛び散っていた。
それらを一つ一つ拾い上げてタオルの中に集めていく。激しい戦闘の後で未だに熱を帯びていたが少し暖かい程度で手袋なしでも拾うことはできていた。
「随分無理をさせてしまったね、お疲れ様」
ねぎらいの言葉とともにもう魔法少女でいる必要がなくなったことを思い出した彼女は変身を解除しようとする。
「え? なんで……!?」
だがいつまで経っても男の姿に戻ることはできなかった。遅れて魔法の杖破損した影響を感じざるを得なくなる。
「キャロットは何も言ってなかったけど、そういうこと、だよね……」
一瞬絶望の感情が心に顔をのぞかせるも、すぐに頭を振った。破損当初は魔法の杖を失くしたことよりも強敵を倒して町の平和を守った達成感の方が大きかったからだ。
その後しばらくして彼女は事態の深刻さを理解することになる。
魔法少女として活動していたことを家族は誰も知らない。よって変身を解けない限り家に帰ることができないと悟ったのだ。
「母さん、ボクだよ!?」
「あなたなんて知らないわ! それより息子の行方を知らない!? 息子のことをそんなに知ってるってことは彼女さんとかなんでしょ!?」
いくら自分が本人だと訴えても家族は納得してくれなかった。そればかりか失踪の重要参考人として警察に連行される始末である。
「それで、君は一体どこの誰なの? 家で少女? 不法入国者? 身分証は?」
「だから最初から言ってます! 本人です! ボクは魔法少女として活動してて」
「魔法少女ねぇ。お嬢ちゃん、そういうのは小学生で卒業するもんなんだよ」
「なんでわかってくれないんですか!?」
「魔法少女っていうなら魔法見せてよ……そしたらおじさん信じるからさ」
指摘されてチェリー☆ブロッサムは言葉に詰まった。魔法の杖が破損した今、まともに魔法が使えないのだ。超人的な運動神経を見せて驚かれることはあっても一見して魔法というものは発動ができなかった。魔法の杖に依存していたのだから当然である。
結局長い拘束の果てに保護施設に送られる手はずになってしまったが、そこでまた事件が起きた。
――アウトサイダーの出現である。
戦う力はもう残されていない。それでも魔法少女として困っている人を見過ごすわけにはいかず逃げ惑う人達の流れに逆らって現場へと急いだ。
「施設ナンテイラネェ!! 皆不幸ニナルダケダァアアア!!」
アウトサイダーになっていたのは同じ保護施設に預けられていた少年だった。随分情緒不安定になっていたのは誰の目から見ても明らかだったがチェリー☆ブロッサムはネガタイドの気配さえ感知できなくなっている自分の脆弱さに驚いた。
そしてもう一つ驚いたのは感情爆発した彼がセルフィッシュ級のアウトサイダーになっていたことである。魔法少女チェリー☆ブロッサムという戦力を欠いた町はネガタイドを浄化できなくなり、そこら中に不安の種がばら撒かれている状態だった。いきなり強力なアウトサイダーが生まれる土壌はできてしまっている。
「そうか、ボクがいなくなったから……!」
幸い超人的な運動神経はそのままだったためチェリー☆ブロッサムは逃げ遅れた人々を回収することはできたものの、セルフィッシュ級と戦うには分が悪かった。
――とそこへ一人の少女が駆け付けてくる。
「魔法少女! ミラクル☆ホープ華麗に推参!!」
「魔法少女ミラクル☆ホープだ!!」
「ミラクル! あたしたちを助けて!!」
どうやら新しい魔法少女が生まれていたらしい。チェリー☆ブロッサムが表舞台から消えてずいぶん経つため不思議なことはなかった。むしろ遅すぎるくらいである。直接面識はないものの他の子供たちは随分と彼女のことを知っていた。
「そうだ、現役魔法少女の子に相談すれば……ミラクル! ボクは――」
呼びかけた瞬間、魔法少女はそこにいなくなっていた。同時に何か生暖かい泥のようなものがチェリー☆ブロッサムの顔に付着する。
魔法少女が高速移動したのではない。より正確に表現するなら彼女の姿は一部――即ち下半身のみが現場に残されていた。
アウトサイダーの一撃を受け上半身だけが消えていた。上半身だったものは木っ端みじんに吹き飛ばされ肉片となって周囲の人間の元に降り注いでいたのだ。
「「うわぁああああああああ!!!」」「「きゃあああああああああああああ!!」」
周囲はパニックになっている。セルフィッシュ級なんて駆け出しの魔法少女がどうこうできる相手ではない。それに早く気付くべきだった。
「施設ナンテ欺瞞! 全テ壊ス!!」
尚も追撃してくるアウトサイダー阻むため、チェリー☆ブロッサムはなんとか体術だけで退ける。所詮は一時しのぎであるが、施設で保護されていた女の子が自分たちを守ってくれたと認識した民衆たちは再び活気を取り戻していく。
「あの化け物をぶっ飛ばすなんてキミ強いな!」
「もしかして魔法少女!?」
「うん、魔法少女チェリー☆ブロッサム。少し前まで有名だったと思うんだけど」
「なんでもいい!! 魔法少女ならすぐにアイツをなんとかしてくれ!!」
自分が矢面に立たないからと無責任にチェリー☆ブロッサムを応援し始める職員たち。しかし今セルフィッシュ級を相手にできないため何とか熱くなる民衆をなだめようと努める。
「ボクは今、魔法の杖を失っている。長くは持たない。だから早く逃げ――」
「持たないって何よ! 魔法少女ならしっかり私たちを助けなさいよ!」
「そうだそうだ! 俺たち民間人を守るのが魔法少女の仕事だろ! 職務放棄すんな!」
自分たちの身が危ない、頼るべき人間がそこにいると分かった時点で民衆たちの反応は自分勝手なものへと変質していく。
そこに来てチェリー☆ブロッサムはようやく気が付いた。
一般人が求めていたのは魔法少女・チェリー☆ブロッサムではなかったのだ。
本当に求めていたのは自分たちを庇護してくれる誰か。治安を維持し平和を守ってくれる存在。チェリー☆ブロッサムである必要はない。
だから他の魔法少女が現れたらすぐに鞍替えして持て囃すようになる。消えた魔法少女のことなどお構いなしなのだ。自分たちの安全が第一で命を賭して戦った魔法少女のことなど頭にない。誰も殉職したミラクル☆ホープのことを気に留めていないのが何よりの証だ。
すべてが嫌になったチェリー☆ブロッサムは罵声を背中に受けながら速やかに戦線を離脱した。最後に聞こえた声もまた罵詈雑言だった。
「あの保護施設の居場所もなくなってしまった……」
途方に暮れる少女は誰かの影法師に包まれる。
振り返ると背の高い男性が笑顔で見ていた。
「あー、やっぱり魔法少女チェリー☆ブロッサムのコスプレでしょ?」
「チェリー☆ブロッサムを知っているの?」
「もちろん。有名だったからね。最近見ないけど。俺も助けられたことあるし。素顔は覚えてないけれど君の恰好はなんとなくそれっぽいよね!」
チェリー☆ブロッサムは神を見たかのような心境だった。自分個人を覚えてくれた人がいる。それだけで淀んだ心が晴れ渡るようだった。
「こんなところで何してるの? 近くでコスプレイベントなんてないよね?」
「実は今、家に帰れなくて――」
「じゃあウチ来る? すぐそこだし」
渡りに船とばかりに男の提案を受け入れることにした。魔法少女として活動していた実績がこうした感謝と恩返しにつながるというのは名誉なことだ。認識阻害のせいで本人とは気づいていないようだがそれでも魔法少女チェリー☆ブロッサムを知っている人間に出会えただけで救われたような気がしたのだ。
「――じゃあベッド行こうか」
「……え?」
「キミもそのつもりできたんだよね? 魔法少女プレイやってみたかったんだよね」
いきなり親切な雰囲気が消えた男はチェリー☆ブロッサムを自分のベッドに押し倒してベルトを外し始める。生理的嫌悪感、力はこちらが上なはずなのに体が震えて止まらない。元は男であるためその意味を理解できない程幼稚ではなかった。彼は初めから下心を満たすために自分に近づいてきたのだと遅れて理解する。
「やめてくれっ!」
魔法少女の膂力で相手を突き飛ばした後は、窓ガラスを割って一目散に逃げだした。
後ろから怒号が聞こえても振り返ることはなかった。
走って走って力の限り足を動かし続け、気が付いた時には見覚えのない場所まで来ていた。自分が思っていたよりも貞操の危機は恐ろしいものだった。少しでも物理的距離を離したかったのだ。
いつの間にかポツポツと夕立が降り始める。まるでチェリー☆ブロッサムの心情を顕しているようだ。
もう何もする気になれなかった。ただボーっと天を仰ぎながら雨に打たれ続ける。
次に何をするか、これからの身の振り方を考えるだけで鬱になる。
精神状態はもう死んでもいいという自暴自棄が支配しているが、体の方は生命を維持したがっているらしく「これ以上体を冷やすな」という警告がクシャミとして発現する。致し方なく雨宿りのため付近の廃屋に身を寄せる。
「お嬢ちゃ~ん、今一人~?」
濡れた体を乾かすべく何も考えずに雨が止むのを待っていたとき、ねっとりとした耳障りな声が鼓膜に響いた。たまたま通りがかった男たちが声をかけてきたらしい。認識阻害魔法が利いていても女としては認識される。下卑た視線が濡れた服を凝視しているあたり彼らの考えは手に取るように分かった。度重なる不幸により反応する気力もなかったチェリー☆ブロッサムは無視を決め込んだがそれを無抵抗な女だと勘違いした男たちは頷き合って強引な手段に出た。力づくで廃屋の中に連れ込もうとしたのだ。
「ちょっ! やめッ!」
普段なら魔法少女の超人的な力で昏倒させられる雑魚でしかないが、今は時期が悪かった。セルフィッシュ級のアウトサイダーを相手に魔力も体力も消耗し、なけなしの力は魔法少女趣味の男から逃げ切るために使ってしまっている。今のチェリー☆ブロッサムはか弱い女の子でしかなかった。
「へへ、動くなよ」「助けなんて誰も来ねーぞ」「大人しくしてたら優しくしてやるぜ」
認識阻害が効いている今、チェリー☆ブロッサムは飛び切りの美少女には見えないはずである。それでも狙いやすい少女というだけで男たちの毒牙が向けられたのだ。
必死の抵抗空しく衣類が強引に破かれてしまう。
手足は抑えられ貞操の危機は目前だった。
「やめろぉぉおおおおおお!!」
絶望の中強いストレスが掛った元魔法少女は我が身を守るため、恩を仇で返した人間たちへの憎悪を発散するべく大きな感情爆発を引き起こした。
涙を隠すように目元を覆う半仮面が形成され、破れた服を縫合する形で赤と黒を基調としたドレスが新調されていく。
「そうか。ボクは既にネガタイドに寄生されていたのか。……でも、自分では抑えていた感情が解き放たれる感じ……悪くない」
変身の衝撃で吹き飛ばされてしまった男たちはぶつけた体を労わるように立ち上がり状況を確認する。
「な、なにが起こった!?」「痛っ」「なんだってんだよッ!」
「〈フレグランス・メモリー〉」
魔法の杖なくかつての魔法を発動すると、男たちは自分の消したい過去のトラウマを掘り起こされ激しい精神的苦痛に苛まれる。
それが数時間にも及べば精神崩壊を起こすのは自明の理だ。
白目を向いてあるいは泡を吹いて倒れる男たちを見下したかつての魔法少女は改めて自分の身を顧みる。
世のため人のために生きた自分に世界は見返りをくれなかった。そればかりか恩を仇で返してきた。追い詰められた自分を助けたのは精霊でも人間でもなかった。状況を打破する力を与え感情を開放してくれたのはネガタイドだったのだ。
「ネガタイド……嗚呼なぜ今まで気づかなかったのだろう! 隠していた感情を解放することこそ至福なんだ」
価値観の変異はそこで起きてしまった。
魔法少女としても人間としても帰る場所を失くした彼女が身を寄せる場所は決まっていた。ネガタイドを利用するという思想も共通する悪の組織だ。敵としては遭遇していたため秘密基地の場所も検討がついていた。
「お前は……?」
「組織の理念に共感し参上しました。名はロスト――と申します」
魔法少女としての姿も正義もすべて捨てた自分にふさわしい名前として少女は自らロストと名乗った。素性を隠して組織へと入団したのである。




