第二十六話 チェリー☆ブロッサムの過去
相変わらずフォックスと融合したロストは人間離れした高速の体術を繰り出して来る。基本はブラック☆ライターが前衛に立ち、後衛のホワイト☆ドリームが風船による目晦ましをしつつ相棒の足場を作っているという状態である。
二対一でようやく互角。融合分を加味すれば本来は二対二なのかもしれない。ベテランの元魔法少女相手によく食らいつけている方だ。
業を煮やしたロストは魔力を練り上げて再びピンクの花畑を構築し始める。
「〈花吹雪〉」
突風と共に綺麗な花弁が舞い散る。戦闘中でなければ思わず見入ってしまうくらいには美しい光景である。幾百の花弁を含む広範囲の風が魔法少女達を囲みこんだ。
「――〈火花〉!!」
ロストが指をパチンと鳴らすなり、花弁は全て火炎へと変わり熱気と炎の風が少女達に襲い掛かった。まともに喰らえば大火傷は必至である。
「〈バルーンマジック〉!!」
ホワイト☆ドリームは『非生物を一定時間風船化』させる固有魔法を発動させる。
彼女の魔法の杖から放出された光を浴びた火花は強制的に風船へと変えられ攻撃力を失ったのだ。元々空気や土を風船化させることはできていたが、自分に害意を持って襲ってくる魔法そのものを風船化させることはできていなかった。ただ彼女のたゆまぬ努力と戦闘経験が土壇場で才能を開花させたのだ。
「お花は人を笑顔にするものです。風船のように」
「くっ、ならばこれならどうだ!?」
ロストの魔力を栄養剤にアスファルトの地面を割って巨大な植物が生えてくる。
向日葵にも似た花を咲かせると真ん中からいくつかの種子が鋭く尖る。
「〈種砲〉!!」
そのまま種子を弾丸のように放ってきた。
着弾したアスファルトがひどくえぐれている。まるでガトリングガンである。
「この射撃速度なら〈バルーンマジック〉を使う暇もないだろう!!」
「俺の存在を忘れてるぜ?」
ブラック☆ライターの描いた『鋼盾』の文字から鋼鉄のシールドが展開される。火を噴く種子の弾丸も鋼の壁には通じず、当たった種は全てはじき返された。
「だったらその盾ごと溶かしてやろう!!――〈狐火虎威〉」
ロスト虎爪の構えからそれを動物の顎に見立てて炎の魔法を形作る。
最初は狐のような細く小さい顔だったものが空気の摩擦熱を取り入れてみるみる巨大化していき炎で構築された虎の顎をつくりあげた。
高温度の灼熱は鋼鉄の盾をも溶解し、周囲の物体を一機の焼却してしまう。
夥しい炎の熱波が周囲を襲った。
「跡形もないか」
勝利を確信するロストの視界の端に赤色の風船が映った。
差して警戒していなかった彼女は茨の鞭を造り上げて無造作にそれを割って見せる。
次の瞬間、風船は一気に暴発してロストを後方に吹き飛ばせた。
予想外の威力に負傷したロスト自らに治癒を施しながら冷や汗を流す。
「爆弾……だと!?」
「わたしの〈バルーンマジック〉は風船の中身を変えられるというのは先刻見せた通りです。今回は窒素を圧縮していれました」
ホワイト☆ドリームは水風船でアウトサイダーの絵をかき消していた。空気を水に変えられるなら窒素にも代えられるだろう。そうして圧縮を重ねても割れないレベルに風船の強度を変えられる程緻密な魔法コントロールを身に着けていたのである。
新参魔法少女の成長ぶりに驚くロストは急に自身の周りが影に包まれたことに気が付く。見上げると頭上いっぱいに風船爆弾が覆い尽くしていた。
「この数の爆弾を処理できますか!? チェリー☆ブロッサム!!」
「爆弾など当たる前に破壊すればいいだけのこと!」
得意の花畑を生成する魔法から葉を刃物のように変えて無数の風船へと解き放つ。魔法少女オタクだったホワイト☆ドリームは当然チェリー☆ブロッサムが扱うその汎用性の高い魔法を知っていた。故に敢えて攻撃を誘ったのだ。葉の刃が風船爆弾に接触する直前にホワイト☆ドリームは自身の〈バルーンマジック〉を強制解除させる。
今まで当たらない限り無害な風船爆弾だと思っていた色とりどりのゴム風船は全て瓦礫や岩の塊へと回帰していく。
チェリー☆ブロッサムの攻撃が当たったそれらの塊は砕け散ってそれぞれが岩の雨として彼女の頭上に降り注いだのである。
「まずいぞ、ご主人!」「分かってる!!」
精神世界で意思疎通した二人は融合体で魔力を集中させる。
「「狐火放仙火!!」」
無数の炎を構成したロストは降り注ぐ岩の雨を炎でさらに炭化させて砕いていく。
これ以上、ホワイト☆ドリームに猶予を与えればさらに厄介なことになりかねないと判断したロストは早急に彼女を屈服させるべく狙いを定める。
鮮やかな風船に隠れるように後方に彼女を見つけるなり、獣と融合した特性を活かした四足走行で風船の目晦ましを回避しながら突進していく。
「悪いがご退場願おう!」
鋭い爪が彼女の腹部に接触した時、ぐにゃりと変な感触が伝わったロストは違和感を覚える。次の瞬間、人間と相違ない外見だったそれはゴム人形のような簡易な姿へと変貌する。「しまった」と気が付いた時にはその風船人形は起爆してしまう。
「風船分身です。いつ入れ替わったか分かりませんでしたか?」
バルーンアートを魔法みたいだと目を輝かせていた少女が、得意の魔法を存分に活かして魔術師らしい戦い方を見せつけられるようになっていた。
咄嗟に狐火で爆発の威力を相殺し、尾を巻き付けて爆風の威力を殺していたロストだったが無傷では済まなかった。格下の新参者だという油断もあったが、それ以上にホワイト☆ドリームの成長速度が異常だった。最初に戦ったときは力の差で押しきれていたのにブラック☆ライターが駆け付けてから、もっといえば幻術を二人で破ってから段違いの強さになっている。
「そういえば……ブラック☆ライターはどこだ?」
「此処だぜ?」
彼女が筆で描いた『氷柱針』の文字から射出された氷の矢が多数射出される。
「風船は陽動!? だがボクは炎を使えるんだぞ!? 選択を誤ったな!」
氷など炎で簡単に溶けると火炎放射の魔法を放つロストだったがブラック☆ライターは炎の反撃を見るなり途中で『氷柱針』の文字を一部消して『水柱針』と書き換える。
すると、氷柱の山は針を含んだ大きな水柱となってロストの炎をもかき消した。水に混ざった針を全て捌ききることは適わず針の一つが彼女の仮面に突き刺さり罅を入れた。
「くっ、一発貰ってしまったか」
罅はどんどん亀裂として広がっていき、ついには彼女の仮面が完全に砕け散ってしまう。元魔法少女チェリー☆ブロッサムだということは既に露見済みなので素顔を晒すことに躊躇いはなかったロストだったが、現役魔法少女達の方は異なっていた。
以前素顔を晒して出会った時は認識阻害魔法があったためにすぐに看破されることはないものの既視感があったのだ。
二人は首を傾げつつも追い詰めている今がチャンスだと説得を再開する。
「もう決着はついた! 観念しろロスト!」
「魔法少女として矜持を思い出してください!」
熱心に口説いてくる若き魔法少女達。その姿はかつての自分を鏡越しに見せつけられているように感じたロストは苛立ちを隠せなくなる。
「目を覚ますぴょん! キミはそんな子じゃなかったはずだぴょん!」
「黙れ!」
後輩達が必死に説得を続けてくれているのも本心からだろう。魔法少女時代の自分がそうだったように相手の気持ちに立ちつつも改心を促している。
だがアウトサイダーとなった今は欺瞞にしか思えないのだ。同じ苦しみを経験してないものが当事者意識を持つことなどありえない。実害のないまま想像でモノを語っているに過ぎないためである。
「想像……そうか、そうだな。そこまで言うならお前達にも実感してもらおうか。ボクの苦しみを!」
ロストは指で銃のジェスチャーをするなり透明な何かを先端から射出する。
魔法少女達はそれぞれ風船や鉄の盾で阻もうとしたが遮蔽物の全てを貫通して狙撃を受ける。ついでにキャロットもヘッドショットを決められていた。
「この〈トラウマシード〉はガード不可能さ。狙撃主の嫌な記憶を植え付けて実体験させる技。ネガタイドの一部を撃ち込んでるから感情爆発する危険もあるけどね」
説明を受けている間に彼女達の脳裏に存在しない記憶が流れてくる。
狙撃主であるロストの記憶だ。
「フィジカルターン! 魔法少女・チェリー☆ブロッサム見参!」
ブラック☆ライターと同じように男性の姿から魔法少女へと変身した当時のロスト――チェリー☆ブロッサムはアウトサイダーとの戦闘を繰り広げていた。
花が咲いたような独特な形状の魔法の杖の先端から抽出した荊の鞭で相手を叩き、葉の刃で相手を切り裂き、花粉による幻術で楽しかった思い出を想起させてアウトサイダーを浄化する毎日を送っている。
「チェリー☆ブロッサム! ありがとう!」
「よっ! みんなのヒーロー!!」
助けられた人達も彼女に感謝し正義の味方として順風満帆な日々。
魔法少女として充実した毎日が実際に彼女の身体を動かしているような主観的視点で展開されている。チェリー☆ブロッサムの肩に現在とは少し形状の異なる兎の精霊が跳び乗ってきた。
「この調子でアウトサイダーは皆殺しぴょん!」
「浄化と言ってよ、キャロット」
確かに魔法少女・チェリー☆ブロッサムは強かった。一人で二つの町の平和を守り切れるほどに。ストレス級はもちろんのこと、ヘイト級も瞬殺し、融合体であるコンプレックス級、適応進化のセルフィッシュ級相手でも単騎で撃破できる腕前は現世代の魔法少女たちよりも数段上だといえた。
――だが上には上がいたのだ。
圧倒的な力を持つ見たこともない巨大なアウトサイダーがチェリー☆ブロッサムの躍進を止め立ちふさがった。人類の根絶と世界の改革という危険すぎる思想を持ったアウトサイダーが一都市の破壊を実行しようと侵攻を続けている。
なんとか満身創痍のチェリー☆ブロッサムが一人で阻んでいる状況だった。
「コイツはナイトメア級! チェリー☆ブロッサム! 早いとこトン面するぴょん!」
「ナイトメア級!? 聞いたことがないけど」
「ナイトメア級は僕も一度しかみたことないぴょん。キミよりずっと上の世代の魔法少女――スペル☆マスター達が仲間の犠牲を糧にようやく倒した怪物ぴょん! アレと同種なら単騎で勝てる相手じゃないぴょん!」
チェリー☆ブロッサムは固唾を呑んだ。スペル☆マスターとは伝説的な魔法少女として有名である。彼女と肩を並べて戦った仲間たちもまた名の知れた魔法少女達だった。しかしいつからか彼女たちの勇名は聞こえなくなっていた。殉職者が出て生き残りが引退したからとキャロットから後で聞いたのだ。伝説的な先輩方複数人で挑んで相打ちならば自分が戦える相手でないことは頭で理解できていた。本当は今すぐにでも逃げ出したい心情である。だが振り返ると結界の外は今も変わらない平穏な町がそこにあった。ありふれた日常を過ごす住民たち。ナイトメア級が侵攻すればどうなるかは想像に難くない。
「確かにコイツはボクより強い。でも逃げることはできないよ! だってボクが逃げたら後ろにある町の人たちが死んでしまうから!」
「チェリー☆ブロッサ――ッ!」
何かを言いかけたキャロットは一瞬の隙をつかれ、業火の炎に焼かれた。見るからに跡形もなく、魔力の気配も感じない。
「くっ、キャロット!! 君のサポートなしでもやってみせる! だってボクは魔法少女だから!!」
もはや手段を選んではいられない。通常魔法攻撃は一切通じないナイトメア級を前に対抗できる手札は一枚しか残っていなかった。魔法少女として一度しか使用できない究極奥義だ。魔法の杖をクルクルと回転させて魔力を込めていく。自然と手を離れて螺旋を描き始めていた。
正面から一撃は受けた魔法の杖は破損するどころかその攻撃をも吸収して一気に発熱する。凄まじい魔力量がステッキに蓄積されているのだ。
「マジカル☆ディストラクション!!」
膨大な螺旋とともに使用者のすべての魔力を蓄積した魔法の杖は敵の攻撃をも吸収して肥大化し、やがて台風のような巨大な魔力の渦へと成長する。
そして巨大な魔力波となり、敵を一撃で穿った。同時に魔法の杖が大きく破損する。
「やった……!」
アウトサイダーが強制浄化されたのを見届けるチェリー☆ブロッサムは急激な倦怠感に襲われて膝をついた。意識を保っていられずそのまま深い眠りにつく。




