第二十五話 融合
幻術の中の場面が移り変わり、就職活動の時間へと飛躍した。
複数の強面な面接官が威圧するように硯を睨んでくる状況だ。負けじと虚勢を張って自分を売り込もうと口を開く。
「自分は実家が書道を営んでいるため幼いころから日々修練してきました」
「ふーん、それで? 習字が弊社の何に役立つのかね?」
「小学生じゃあるまいし」
「今の時代肉筆で書くことの方が少ないですしねぇ、デジタルな取引も増えてますしぃ」
硯の言葉に否定的な面接官たち。明らかに圧迫面接の様相を醸しだしていた。初めから書道など意味がないとでも言いたげである。それでも硯は折れずに食い下がった。
「確かに文字を書くこと自体はデジタル化に置き換わっていきますが綺麗な文字を書こうとすることそのために鍛錬することは社会人となっても有用なことだと思います。職務に対しても誠実に向き合い新しい分野についても勤勉に取り組めます」
「……ハハ、キミは随分習字を過大評価しているらしい」
「我が社ではそのスキルは活かせそうにないと思うよ? 尤も他も同じだと思うがね」
「実家が習字塾ならそっちを仕事にしたらいいんじゃないかなぁ?」
中年の面接官たちに終始小馬鹿にされた硯は何も言い返せず面接を終える。
後日当たり前のように〝お祈り通知〟が送られてきた。
全く心の籠っていない「ご縁がなかった」「あなたのご活躍をお祈りしています」といった短い文面で関係の断絶を一方的に告知される。量産された定型文に機械で印刷された文字。そこから読み取れる筆者の心は何もなかった。
これは実際にあった出来事である。その後、硯は自身のアピールポイントにもならなかった書道を本格的に避けるようになり、二度と話題に上げることはなくなった。
半生を書道の鍛錬にあててきた彼は他に自己PRで主張できる話題は何もなく、就職活動に失敗。誰でも採用されるブラック企業に入るもすぐに離職してしまう。一年の空白期間を経てフリーター街道に足を踏み入れることになった。
しかしロストが見せる幻覚はもっと長期にわたり硯を傷つけ続ける。
心折れず書道のことを好意的に説明しても「今の時代には役立たない」と勝手に判断されて寧ろ「終わっている分野に時間を割く先見性がない人間だ」と人格を否定される。
心がすり減っていき就職活動を中断すれば、空白期間のことをこれ見よがしに指摘されて社会不適合者の烙印を押されるのだ。
「やっぱり俺は……ダメな奴なんだ」
段々と自己肯定感が失われていく。それが面接にも悪影響を及ぼして良い結果に繋がらない悪循環。本来の嫌な記憶をより強く上書きした幻術に硯の心は折れかけていた。
手応えを感じたロストは笑みを溢す。
「随分もった方だが抵抗の力が弱まった。ボクも魔力の消費を抑えられそうだ」
「頃合いか? ご主人」
「ああ。そろそろ魔法の杖を叩き折ろう」
幻術の中でも硯は本来の時間軸と同じように社会復帰しようと足掻いていた。
短期アルバイトの肉体労働面接に辛うじて受かった硯は少しばかりの研修を受ける。仕事内容は遊園地のスタッフだ。意識の高い人間の洗礼を受けながら必死に仕事を覚えていく。業務内容は雑務全般である。客の案内や誘導から清掃が主であるもののほかのスタッフの手が足りないときは補助に回ることがあった。
「今日から子供向けアニメのコラボ中だからお客さん増えます! 黒川さん、悪いけどイベントスタッフ足りてないし入ってくれる?」
「分かりましたー」
就職に失敗した時点で大きな挫折を味わったが、まだ完全に腐ってはいなかった。愛想よくスタッフとの交流を深めるなど人脈を広げていけば就職先の斡旋をしてくれるかもしれないという期待もあったからだ。
「黒川さん、頼んだら引き受けてくれるから使いやすいよな」
自分をただの労働力、使い勝手の良い駒としかみなしていないような発言にも聞こえないふりをして硯は目の前のことに集中する。
向かった現場は日曜朝に放送している女児向け魔法少女アニメのコラボイベント会場だった。子供達にいくつかの場所を巡ってもらってバッジを集めさせるというものだ。数か所のイベントエリアでそれぞれバッジを取得できれば受付で変身アイテムの玩具が貰えるというものらしい。
「わぁああああ!!」「がんばろー!!」「パパ、ママ、急いで!!」
現場には既に希望に溢れる子供達の歓喜で包まれていた。
硯の手伝う場所は『風船ゲーム』のイベントエリアだ。
そこに来た子供達に向かってバルーンアートを披露する。スタッフが何を作ったかを見事的中させた子供達にバッジをあげるという簡単なものだ。
硯は定番の『プードル』を作って見せると子供達は声を揃えて言い当てた。
一人一人の解答をチェックするような厳しいものではないので、そこにいた客の子供達にバッジを配っていく。簡単な作業だった。
次のエリアに向かう子供達を見送った後、遅れて一人の女の子が肩を落としながらトボトボと歩いてくる。未来ある子供というにはあまりに物悲しい姿だ。何かに落ち込んでいるのは想像に難くない。人生の挫折を何度も味わってきた硯は少女に自分を強く重ねてしまった。
「お嬢ちゃん、どうしたの? 人数分あるから少し遅れても気にしなくていいよ」
「違うんです。やっぱり……わたしのような大きい子はもう魔法少女からは卒業しないといけないのかなって。ここにいるのも小さい子ばかりだし」
確かに先程バッジを配った子供達と比べると彼女は少し年齢が上である。だから遠慮もしていたのだろう。少女を安堵させるように硯はできるだけ優しく微笑んだ。
「何かに夢中になることは恥ずかしくないよ。お兄さんからすれば君も他の子も等しく子供だ。いいじゃないか。魔法少女が好きだって。それが個性ってもんさ」
面接で書道を馬鹿にされて落ち込んでいたとき、誰かにかけてほしかった言葉をアレンジして少女に送る。少し元気づけられた彼女は心を開いてくれた。
「わたし、クラスでは幼いって言われて……浮いちゃって……」
「自分が好きなことなんだよね? だったら誰かにどんな目で見られても気にしなくていい。それでも人目が気になるなら隠れて個人的に楽しめばいいんだ」
「でも……」
「そうだ! 落ち込むキミの為にお兄さんが魔法を見せてあげよう」
硯は長い風船を膨らませて『剣』『クマ』『うさぎ』『花』など次々と作って机に並べていく。名前を知らないその子は新しい何かをつくる度に目を輝かせていく。
勇気づけるには今がチャンスだと考えてコラボアニメのキャラクターを一瞥する。アドリブながらその主人公らしき少女が手にしているステッキを模して作り上げると少女は手を叩いて喜んだ。
「スゴイ! スゴイ! 『ぷりぷり』のマジカルロッドだ!」
「ハハ、当たりだよ。バッジとこの風船はキミにあげよう。だから元気を出して。バッジを集めたら本物のマジカルロッドと交換できるからね。頑張って」
バッジとマジカルロッド風船を渡したとき、彼女は心から微笑んだ。つられて硯も少し口元が綻ぶ。
互いの笑顔を見た瞬間、絶妙な既視感に包まれる。
「光ちゃん?」
少女は白浜光の面影があった。自身の名前を呼ばれた少女もまた目を見開き、硯の顔をまじまじと見つめる。
「せん……ぱい?」
その瞬間、二人は記憶の濁流にのみ込まれた。
実際の時間軸において、硯は本当に遊園地のスタッフとして働いていた時期があった。その時に落ち込む女の子を励ましたことを思い出したのだ。
光の方は以前話していた通り、遊園地でバルーンアートに感動したことは鮮明に覚えていたものの手元で形を変えていく風船ばかりに視線がいき、スタッフの顔まで覚えてはいなかった。あの時と同じ状況同じ登場人物が揃い同じ会話を繰り広げたことにより二人はここがロストの造り上げた幻術の空間だと勘づいた。
「そっかぁ……先輩だったんですね、わたしを励ましてくれたお兄さん!」
「俺も驚いたよ。まさか初対面じゃなく昔出会ってたなんて。でもどうしてここに? 俺は幻術に嵌められてたはずだが」
「恐らく幻術を仕掛けてきた術者が同じなのでこの悪夢の世界は繋がっていたんだと思います。わたしも呑まれかけて……でも先輩のおかげで助かりました!」
「ああ。俺も目が覚めたよ。さっさとこの空間から脱出しよう!」
小学生の光と青年の硯の前に二人の魔法の杖が現れる。
互いに頷き合うと共に声高に変身の掛け声を叫ぶ。
「メンタルアップ!」「フィジカルターン!」
黒と白の光に包まれた両者の変身は幻の空間を揺さぶっていく。所々亀裂が生じた空間は崩れ去り二人の意識は現実世界に引き戻された。
まさに魔法の杖を叩き壊そうとしていたロストにブラック☆ライターが一筆薙いで見せる。驚き後退した彼女に向かってホワイト☆ドリームの足技が命中する。
慌てて駆け寄ったフォックスが主人の安否を確かめた。
「ご主人!」
「ハァハァ……驚いたね。二人揃ってボクの幻術を破ってくるなんて」
「趣味の悪い悪夢だったぜ」
「ですが、もうわたし達には効きませんよ!」
花粉をばら撒いていた花はいつの間にか枯れ果てていてもう甘い香りも感じなくなっていた。匂いを吸い込んだ人間のトラウマを刺激する精神攻撃は効果が強いものの、術者にも相当な魔力を要求するようでロストは疲労が隠せなくなっている。
「幻覚魔法〈フレグランス・メモリー〉は本来、香りをかがせたアウトサイダーに楽しかった思い出を追体験させて正気に戻す魔法だったはずぴょん。チェリー☆ブロッサム?」
戦闘が決着しそうな時に現れるのは相変わらずだが元パートナーとしての責任感はあったらしい。割って入ってきた白兎の精霊を視認するなりロストは露骨に怒気を顕わにした。
「キャロットッ! よくも抜け抜けとボクの前に現れたものだな!」
「チェリー! 話を聞くぴょん」
「お前と話すことは何もない! ――フォックス!!」
「合点だ! ご主人!」
二人は魔力を込めると黒い炎に包まれる。視界は遮られているが、両者の魔力が混ざり合う気配がひしひしと伝わってきた。いつぞや《アンビバレンス》の幹部が見せた合体技〈融合〉を発動したのだろう。
混濁し淀み混ざり合った力はやがて一つの存在へと変貌を遂げる。
ネガタイドの力を借りてアウトサイダーと化していたロストとフォックスが融合を果たした。黒い炎の中から狐の耳と尾を生やし四足動物のような足に変化したロストが現れる。以前他の幹部が〈融合〉を使用した際は整合性がとれていない付け焼刃の合成獣といった状態になっていたが、彼女の場合は全体的にスタイリッシュな獣人らしいフォルムへと進化している。他の幹部との練度の違いが一目瞭然だった。
「お前も! 【精神世界】も! 力を失くしたボクに! 変身を解除できなくなったボクに! 手を差し伸べてもくれなかった!」
「誤解ぴょん! 僕は【精神世界】で魔法の杖を元に戻す研究をしてたぴょん!」
「問答無用!!」
アウトサイダーは感情爆発した状態にある。感情に訴えて説得するのは不可能だった。まずは冷静になってもらう必要がある。戦うしかないと判断した魔法少女達は頷き合い再び魔法の杖を構える。
「キャロット。頭に血が上ってる相手に何言っても無駄だ。交渉は多少痛めつけた後だぜ」
「正義の味方の台詞とは思えないぴょん」
「口の悪い兎さんに感化されたんですよ。あなたは隠れていてください」
「……わかったぴょん。頑張るぴょん!」
物陰に身を隠すキャロットを追跡しようとするロスト。
勿論ブラック☆ライター達が許すはずはなく道を阻むように立ち塞がる。
目の間の少女達が障害物にしか思えないロストは怒髪天を衝く勢いだ。
「邪魔立てするなら仕方ない。あの兎を屠る前にキミ達から消えてもらおう」




