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第二十四話 悪夢の世界へ

ブラック☆ライターが駆け付けたとき、ちょうどロストとホワイト☆ドリームが闘いが始まったところであった。同時に決着した後でもあった。

圧倒的魔力と戦闘力の差で押し切られたホワイト☆ドリームが満身創痍で倒れかける。

 間一髪のところで彼女を抱き寄せた。


「大丈夫か、ドリーム」


「先輩……良かった。お父さんとは仲直りできたんですね」


「俺の心配してる場合じゃないだろ。何があった?」


「彼女はやはり魔法少女・チェリー☆ブロッサムでした。周りの人を……皆アウトサイダーに変えてその力を吸収した……みたいです。次元、が……違う」


 ひしひしと伝わってくる魔力の濃度から彼女が言ったことは誇張でもないことを悟る。ロストの方にもフォックスが駆け付けていた。


「すまねぇ、ご主人」


「問題ないよ、この場で二人とも始末すればね」


 申し訳なさそうに首を垂れる配下を労わるようにその頭を撫でるロスト。口ばかりではない。今しがたホワイト☆ドリームを圧倒した実力は本物である。先代の魔法少女だけあって戦闘経験に大きな差があった。彼女の言う通り本気を出せばブラック☆ライターも一たまりもないはずだ。しかし彼女はすぐに動こうとはしなかった。


「ブラック☆ライター、前にも言ったはずだよ。キミは精霊(スピリット)に騙されている。魔法の杖(マジカルステッキ)が破損すれば二度と男に戻れなくなる」


「――ああ、分かっている」


「だったら彼らの言葉に従う必要はないはずだ。いずれキミも用済みとして捨てられる」


 魔法少女・チェリー☆ブロッサムとしての実体験からの忠告だ。彼女はブラック☆ライターに純粋だった頃の自分を重ねているのだ。感情移入してしまったが故に同じ道を辿ろうとする後輩を放ってはおけなかった。真実を伝えてわざわざ時間を置いたのはブラック☆ライター自身に考える猶予を与えるためだ。疑心暗鬼になれば味方に引き入れられる、そうでなくとも魔法少女稼業から足を洗って精霊(スピリット)側の戦力を削れるかもしれないという打算もあった。


「悪いな。俺は魔法少女だ。自分の危険を顧みず戦うのが正義の味方ってもんだ。第一、ネガタイドを使って人間を感情爆発(メンタルアウト)させるなんて根本から相容れねー」


「ホワイト☆ドリームも同じ理由でボクを否定した。だがよく考えてほしい。人間が感情を抑制することを強要される世界で歪が生まれぬはずがない。ボクアンビバレンスは社会に抑圧される弱者の心を開放し力を与えているに過ぎないんだ」


「それが間違ってるってんだよ」


 ブラック☆ライターの意思は固かった。価値観が正反対の二人は互いに一歩も譲らない。こうなれば衝突は必至である。双方武器を構えて戦闘態勢になった。


「キミも頑固で威勢のいい男だね。しょうがない。魔法の杖(マジカルステッキ)を圧し折って本物の女の子にしてあげよう。まさに去勢というやつだ」


「ハッ! やれるもんならやってみな! その前にアンタの目を覚まさせてやるぜ!」


 虚空を蹴って距離を詰めて来るロスト。その超人的な運動能力を前に反応が遅れたブラック☆ライターは魔法が間に合わないどころかまともな受け身が取れず容赦なく蹴り飛ばされてしまう。数メートル後方に弾かれた。


戦闘の傷を癒し、魔力回復に努めるホワイト☆ドリームはサポートに回る余力もない。仮に体が動けたとしても大した助太刀にはならないだろう。全力で挑んで敗れたのだ。それだけ他のアウトサイダーから魔力を吸収した分実力が底上げされていた。単騎で十体以上のアウトサイダーを相手にしているようなものだ。


しかしブラック☆ライターも敗けてはいない。

予め合流する前に複数の文字を書きためしていた彼女は後方に飛ばされた際に自分が書き残した『強化』の文字の上に着地する。文字通り身体能力反射神経を爆発的に向上させる効果を付与した魔法である。互いに譲らない近接戦の応酬。

格闘中は〈ライトマジック〉を発動する隙は無いと判断したロストは手数と速度で押し切ろうとするも、壁や地面に予め記していた文字を糧にブラック☆ライターは魔法を発動し、牽制してくる。


「文字の書き溜めか。準備の良いことだ」


「俺の執筆妨害をしようとしても無駄だぜ? ここら一帯には〈ライトマジック〉で無数の書置きを残してる。アンタでも見つけられねーさ」


「成程。近接格闘戦では決着がつかないようだね。それなら戦い方を変えるだけだ」


ロストが魔力を練り上げると同時に地面から無数の華が咲き乱れる。美しくもあるが赤黒い花弁は不気味でもあった。その花を見たホワイト☆ドリームは魔法少女オタクとしての知識からすぐに発動する魔法の効果を看破する。


「先輩! 息を止めてください! これは魔法少女チェリー☆ブロッサムが得意とした幻覚魔法です! 香りを吸い込んだら幻を見せられます!」


「へぇ、よく知ってるね。でも種を知っていても防ぐことなんてできないよ? 人間の鼻は機械じゃないんだ。少し息を止めたところで全て匂いを吸い込まないわけではない」


「くっ!」


 指摘の通りだ。ブラック☆ライターの鼻腔から花の香りが入り込んでくる。

 その甘い匂いを認識した時には魔法少女達は幻惑の世界へと誘われてしまう。

 現実世界には眼が虚ろな魔法少女が二人動けず座り込んでいる状態だ。一見すると無防備に見えるがロストは追撃が出来なかった。それどころか彼女の方も疲労を隠せず片膝をついてしまう。


「ハァハァ……。やはり魔法の杖(マジカルステッキ)なしで昔の魔法を使うのはキツイね」


「無茶するな、ご主人。アイツらは俺が止めを刺す」


「いや、駄目だ。キミも万全じゃない。それに幻惑にかかった初期段階に物理的攻撃を受けてしまうとすぐに目覚めてしまうリスクもある。少し待つんだ」


「――分かった」


 ロストはさらに魔力を練って魔法の精度を底上げする。それと反比例するように魔法少女達の表情が徐々に歪んでいった。


 幻惑魔法をかけられていた方はそれぞれ悪夢の中にいた。

 ホワイト☆ドリームは白浜(しらはま)(ひかり)としての人生を追体験させられる。幼い頃テレビで見た魔法少女への憧れ。最初はそれを共有する友達が沢山いた。


「わたし、おおきくなったら〝まほうしょうじょ〟になるー!」


「ひかりちゃんも!? じゃあわたしも! いっしょにせかいをすくおうね!」


「「あたしたちもー!!」」


 将来の夢なんてまだ遠い幼少期は奇跡も魔法も実在していると疑わず、木の枝を魔法の杖(マジカルステッキ)に見立てて皆で魔法少女ゴッコに明け暮れていた。

 だが年を経るごとに魔法少女ゴッコに参加してくれる人達は減っていった。


「優子ちゃん、魔法少女ゴッコしよーよ」


(ひかり)、私達もう小学生だよ? いつまでもそんな子供っぽいことできないよ」


「えー昔ははよく一緒にやってくれたのに。じゃあ霞ちゃんは!?」


「私もちょっと……。ゲームとかにしない?」


 少女というのは早熟だ。少年よりも早く大人になろうと背伸びしていく。昨日まで変身ヒロインに夢中になっていた子が翌日には流行りのお洒落の話をするようになる。少女達がいつまでも子供心を忘れないのであれば魔法少女が滅びることなど起きない。自然な道理だった。自分と同じく魔法少女に夢中になっていた数少ない友人たちも周りの空気に流されていくことになる。やがて魔法少女の話をできる友人はいつの間にか誰もいなくなっていた。


(ひかり)、小さい頃の玩具とかもういらないでしょー捨てちゃいなさい」


「あ、うん。片付けておくね」


 親ですら魔法少女への憧れはなくなって大人になっていくのが自然なことだという固定観念があり、(ひかり)の宝物は古びた玩具としか認識されなくなってしまった。自分の趣味を共有できる人間が友人にも家族にもいなくなった彼女は押し入れに宝物をしまい込んで魔法少女のことは個人で楽しむことに決めた。それでも魔法少女への憧れは捨てきれず、インターネットを通じて魔法少女が存在するという都市伝説やグッズを集めるようになる。個人で楽しむ分にはいいだろうと自分を納得させるしかなかった。


 しかし現実は残酷なものだった。鞄に付けていた魔法少女キーホルダーを目敏く見つけたかつての友人がそれを揶揄うようになってきたのだ。


「アンタ、まだこんなの好きなんだー? 早く卒業しなよ」


「きゃはは、オタク臭~うける~」


 旧友は無関心になるどころか段々と攻撃対象とされることも増えてくる。

 根暗が移るとかガキ臭いなどと理由をつけて低学年のときに遊んだ子達から因縁をつけられるようになってしまった。

 大事にしていたキーホルダーは叩き壊され踏みつけられてしまう。


「あぁああああああああああああああ!!」


 (ひかり)は絶叫し号泣する。宝物を壊されるのは未熟な少女の心を壊すのに十分だった。

 幻惑の中で昔のトラウマを刺激された(ひかり)は大きな精神攻撃を受けた。本来は彼女の記憶に旧友に過度な苛めを受けたというものはない。ロストがトラウマを増幅させて歪め捏造した存在しない記憶である。夢を見ている間は夢だと認識できないようにロストの幻惑魔法は緻密でリアリティのあるものだった。

 過去の記憶とリンクさせているため拷問器具で傷つけられるよりも現実感が強く気づきにくいのだ。


「ホワイト☆ドリームの方はもう一押しだね」


「魔法少女は心が折れれば使い物にならなくなるしな。あとは――」


 ブラック☆ライターもまた大きな精神攻撃を受けていた。

 父親より才能がない。期待外れだという外野の声に苛まれる苦い記憶である。コンプレックスを強く刺激され続けている。ただ今しがた父親と和解し誤解を解いたばかりであるため幻惑魔法に抗い続けていた。


「――これは幻術だ。全て幻だ」


「まったく期待外れの出来損ないが! お前など息子ではない。一家の恥さらしだ!」


「違う。親父はそんなこと言ってない。親父の本心はもう知っている……」


 長年確執があった故に幻の方を本物だと信じてしまいそうになる。

 それでも父親が描いてくれた『喝』という愛溢れる文字が心に深く残っていて幻術を自らの意思で突破しそうな勢いだった。ロストと戦う前に父と和解して正解だった。文字は心を写すという父の言葉通りだ。所詮幻術の父親は本物の姿を真似ているマネキンに過ぎず、描く文字が本物と明らかに乖離していたのも大きかった。


 ブラック☆ライターの意識は未だ幻覚の中にいるものの魔法の杖(マジカルステッキ)を握って今にも〈ライトマジック〉を仕掛けてきそうな勢いである。


「幻術にかかっている状態でここまで動けるやつは見た事ねェ! ご主人! 破られるぞ!」


「分かってる! 幻術の角度を変えて対処する!」


 父親との確執では効果が薄いと判断したロストは書道の道を諦め人生のレールから逸れていった後の黒川(くろかわ)(すずり)のトラウマを刺激する方面へ変えた。

 再びブラック☆ライターの表情が曇っていった。



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