第二十二話 喝
画数の多い漢字や複雑な漢字は間に合わないと判断したブラック☆ライターは簡潔な文字を沢山描く戦い方に変える。質を担保できないため量で範囲攻撃に打って出たのだ。状況に合わせて柔軟に戦法を変えられるのが彼女の強みでもあった。
だが敵はヘイト級から進化したセルフィッシュ級である。戦法の改革は敵も得意とするところであったのだ。アンチショドーは壊れた腕に無理やり魔力を注ぎ込んで可変させていく。シャープペンシルから修正テープのような丸みを帯びた腕に変わった。
「マズいぴょん。適応進化するのがセルフィッシュ級の強み。ブラック☆ライターの魔法は完璧に対策されてしまったぴょん」
キャロットの危惧は現実のものとなる。ブラック☆ライターが虚空に描いた文字の全てにアンチショドーが修正テープを上から貼り付け始めたのだ。
上から修正テープで白塗りされた文字は力を失って魔法を不発させる。
「俺の〈ライトマジック〉が!」
「魔法の使えないブラック☆ライターなど恐れるに足りん!」
強烈な一撃を腹部に受けた魔法少女は顔面を歪ませて盛大に吐血した。後方に飛ばされながらも魔法の杖を地面に差して必死に受け身を取る。
それからもアンチショドーの猛追は続く。隙を見て〈ライトマジック〉を発動させても修正テープで上書きされてしまうのだ。
力強く執筆して修正テープの上塗りに抵抗しようと試みる。描いた文字は必死に抵抗して魔法発動しようとするも修正テープの圧力の方が強く完全に打ち消されていく。その有様が益々「自分の文字には価値がない」と宣言されているかのようで昔のトラウマが刺激されたブラック☆ライターの執筆力が弱まっていく。
「〈ライトマジック〉が発動しない……魔法なしじゃセルフィッシュ級には勝てない……」
「リスク冒してセルフィッシュ級作った甲斐があったぜ! とどめだ、魔法少女!!」
アンチショドーの鋼鉄化した拳がブラック☆ライターを襲う。
回避に専念していたが故に体力ももう残っていない。最早これまでと目を瞑った瞬間、ブラック☆ライターは温かい感触に包まれ投げ出された。
少し遅れて地面と衝突する反動を感じ目を開けると、自分を抱く墨仙と目が合った。
「なんとか……間に合ったか」
「老いぼれが無茶すんな! 大体人間が介入できる戦いじゃない!」
「はは……知っておるさ」
「じゃあ逃げろよ! 俺はもう戦えない! 子供達抱えて逃げるくらいできるだろ!」
「……実の息子を置いて逃げることはできん」
ブラック☆ライターは咄嗟に頭が回らなかった。老いた書道家が戦いに介入してきたのも命知らずの行動である。加えて戦況不利と断じて逃げなかった理由。――遅れて彼が言った言葉の意味を咀嚼する。
「……なん……で? え? 俺の正体、知って……? 認識阻害効いてるのに?」
「姿や性が変わったとて描く文字は変わらない。言ったはずだ。文字は心を写すと。わしが息子の字を分からないと思ったか?」
墨仙はブラック☆ライターが善戦している間に描いた文字が息子の全盛期の文字と符合していることを訝しんだ。それだけ自信と力強さが溢れていたのだ。また劣勢に陥った際に見せた迷いだらけの文字が現代の硯と一致し、正体の看破に至ったのである。
「迷った心、雲った心境ではまともな文字は描けんぞ。書道とは心を書く道! 括目せよ!」
墨仙がブラック☆ライターの魔法の杖を拾いあげるなり、虚空に一筆執筆する。力強く自信にあふれる迷いのない『喝』の文字がありありと表示される。
魔法の杖は所持者が描かなければ効果を発揮しない。したがって墨仙が書いた『喝』の文字になんの魔法的効果もなく、時間経過とともに薄く消えていく。
だが魔法の効果を発揮しなくとも、すぐに消えてしまっても、その言葉の強さと重みが息子の心にしっかりと刻まれたのだ。今なら字は心を写す鏡だという父の思想が理解できる。
彼の文字からは息子を想う気持ち、信頼がありありと伝わってきたのだ。厳しくも温かさと優しさを体現した文字である。
「……ありがとよ、親父。目が冴えたぜ」
瞳に目力が宿ったことを悟った墨仙は再び息子に魔法の杖を託した。
再び〈ライトマジック〉を発動させるブラック☆ライター。今度は想像力を伴った力強い文字であり、執筆速度も跳ね上がっている。
アンチショドーの修正テープが貼られる前に描いた文字が現実化していく。
「魔法発動速度が上がっただと!? 一体どんな魔法を使いやがった!?」
「それでよい、硯。心を描くのだ!」
地面に書いた『凍結』の文字がそのまま冷気に代わり、アンチショドーの両足を凍らせて動きを封じる。続いて『竜巻』の文字が暴風へと変貌し、敵の身体を覆い隠すように渦を巻き始める。間髪入れずに『大文字』が京都の送り火で使用されるような大火へと変換され、竜巻に合流する。暴風の渦が炎の竜巻に変わりアンチショドーを業火で焼いた。
身体の表皮が焦げて炭化し、傷ついた彼は黒い液体を垂れ流して体を引きちぎるように可変させる。無理をしてでも防御力を高めているようだ。
「書道嫌イ……書道壊ス……!」
「自分を傷つけながらその道を否定して何になる? 一度は目指した道だろう?」
「煩イ!! オマエニ何ガ分カル!!」
「――分かるさ。諦めちまった先輩としてな。だから今、目を覚まさせてやる」
魔法の杖を強く握るブラック☆ライター。勝負の気配を察知したフォックスが無理やり魔力をアンチショドーに注ぎ込み可変を促した。すると修正テープの腕が巨大な大砲に変化する。砲筒から白い修正液を射出してブラック☆ライターが素早く書いた文字を白く塗りつぶしてしまった。以前より塗りつぶす速度が向上しているようだ。
「ククク、どんな文字を書いたかは知らんが発動できなければ無意味だ」
「俺の文字は簡単には塗りつぶせない。人の想いも同じだ」
そう宣言するなり白く塗りつぶされた箇所に黒い文字が滲み出てくる。そこには力強く鮮明な文字で『夢』と描かれていた。戦闘に特化した漢字ではない。しかしその文字はアウトサイダーと化してしまった少年の心を大きく揺さぶった。
「お前が嫌った書道は辛い思い出ばかりじゃなかったはずだ。始めた当初は何か夢があったんじゃないか?」
褒められた経験、文字が上手くなったという達成感、もっと自分を伸ばしたいというやる気。それらは在りし日の硯に確かにあった。当然年若い少年生徒にもあるはずでそれはきっと古くない記憶の中にある。
「夢……夢――!!」
「アウトサイダーの力が弱まったぴょん! 今ならいけるぴょん!」
感情爆発で異形化するなら感情が安定するのは道理である。ブラック☆ライターは魔力を一気に収束し〈イービル・ブレイカー〉を放った。
近くにいたフォックスには交わされてしまったものの、アンチショドーに直撃する。
紫の閃光を浴びたアウトサイダーは人の姿を取り戻していく。控えていた墨仙が元に戻った少年を優しく受け止めた。暴れ疲れて眠っているだけで大事はないようだ。
ほっと胸をなでおろす親子は自然に目が合い、ぎこちないながらも頬を緩ませた。
「これで終わりだと思うなよ。今頃白い方はご主人が仕留めているだろう!」
「やはり分断は罠か!? クソ……!」
フォックスは捨て台詞を吐いて姿を消した。素直に勝利を喜ぶ暇もない。舌打つ硯は背後から声をかけられる。
「仲間の危機なのだろう? 行ってやれ」
「親父……」
「此処はもう安全だ。子供達はわしに任せておけ。それと――頑張れよ」
「ああ!」
今まで何年も確執があったことが嘘のように親子は短い言葉で通じ合った。
ブラック☆ライターは再び魔法の杖に乗って飛翔していく。
空高く飛んでいく息子の姿を見送った墨仙は背後に残った小動物に目を向ける。
「キャロットか……三十年ぶりだな」
「血は争えないぴょんね。硯を見ていると昔の君を思い出すぴょん。魔法少女スペル☆マスター」
「その名で呼ぶな。わしに断りもなく倅を魔法少女にしおってからに……」
「魔法少女カップルから生まれた世襲魔法少女は強くなる傾向にあるぴょん。それにキミ達夫婦が現役なら硯を勧誘しなかったぴょん」
「致し方なかろう。ワシは魔法少女としての力を、妻は力と記憶を失った。引退する他ない」
魔法少女としての力が残っていればアウトサイダー相手でも単騎で戦えていたし、息子に助太刀することもできた。静観せざるをえなかったのは力を失くしてしまったからに他ならない。同様に母親がネガタイドに寄生されたのも魔法少女の力と知識を喪失したことで反応できなかったためだった。
「奥さんはともかく君が引退する必要はなかったと思うぴょん」
「他人事のようにほざきおる。激戦で仲間を失い、心が壊れた妻が回復するには新しい家族をつくるしかなかった。子供をつくった代償に魔法の力を失ったことに後悔はない」
「まぁそのおかげで硯という逸材が生まれたから結果オーライぴょん」
「いずれにしろ引退した老いぼれは次の世代のことを信じる他ないのだ」
老人は息子が行った方向の空を仰ぎ見ていた。




