第二十一話 父と子
ブラック☆ライターは急ぎ書道教室へ向かう。
悪態をついても血を分けた肉親同士。本気で憎み合っている訳ではない。それが証拠に父の死を身近に感じた硯の頭には父に習字を指導されていた懐かしい記憶が想起される。
傷つく父、絶命する父の姿を想像してしまった硯の足はいつもより速くなる。魔法の杖で『飛翔』と虚空に描き、そのままステッキを文字の中央に投げ入れて飛行能力を付与するなり魔女の箒の如くそれに跨って一気に思い出の書道教室へと向かった。
ちょうど下校する生徒達の列が見えるも、責任者の父はその中にいない。やはりまだ現場に残っているようだ。爆速で書道教室付近に張られたアウトサイダーの巣を見つけるなり、危険を顧みずにその中へ飛び込んだ。
「いた……!」
「ショドーナンテ大嫌イ。全テナクナレバイイ!!」
硯の目に飛び込んできたのはおかしな光景だった。
まずはヘイト級のアウトサイダーが一体。文房具が集まって構築されたような子供型ロボットのような見た目をしている。書道に対する憎悪を声変わりしていない少年の声で叫んでいることから教室の生徒が感情爆発したことが推測できた。同じ分野を磨いて努力している教室では負の感情を抱く子供がいても不思議ではない。
さらに周囲を見回してみると居残って自習していた子供達が数人結界内に取り残されてしまっている姿を見つけた。墨仙が敵の目を掻い潜って必死に逃がしている。
「「せんせー!」」
「早く物陰に隠れるんだ!」
命の危険を顧みず、ヘイト級アウトサイダーの殺意満点の襲撃を掻い潜り子供達を回収しているのだ。ただ敵はアウトサイダーだけではなかった。純粋な子供を感情爆発させた主犯フォックスが現場にはいた。
「爺が粋がってんじゃねーぞ!」
「ぬかせ子狐めが!!」
なんと老体とは思えない腰の入った右ストレートでアウトサイダーのフォックスを殴り飛ばしてしまった。死にかけの老人を攻撃するアウトサイダーの悲劇的な構図を思い浮かべていた硯は正反対の光景に唖然としてしまう。
ただ墨仙は無敵の超人ではなく年相応の老人なのだ。逃げ遅れた子供を助けつつ、背後から迫るヘイト級を相手にすることは流石に厳しかった。
ブラック☆ライターは素早く墨の鞭で墨仙と子供を回収する。そして戦闘の衝撃で舞い上がった土埃に紛れて一度姿を隠すことにした。
教室の一室に生徒達と墨仙を案内したブラック☆ライターは念には念を入れて『隠』の文字を扉に刻み、完全にアウトサイダーから見えないように隔絶させる。
少しの猶予が出来たところで助けられた子供達が集まってきた。
「お姉ちゃん、魔法少女!?」「助けてくれてありがとう!」
「あ、ああ。アイツをやっつけるまで大人しく此処で隠れててくれ」
書道を習うだけあって素直で物わかりが良い。皆で息を潜めつつも励まし合っている。年少者が落ち着いたのを見計らって墨仙が声を掛けてきた。
「噂の魔法少女だな。礼を言う」
「爺さん、いい年して魔法少女信じるのかよ」
あくまで初対面の他人を装いつつ背を向けながら硯が呟くと父親から予想外の答えが返ってきた。
「魔法少女に助けられるのは初めてではない」
ブラック☆ライターには覚えがなかった。――とすれば昔の世代の魔法少女だろうか。もっと若い頃の話かもしれない。魔法少女は別に被災者の記憶を消すこともないため覚えていても不思議ではないだろう。そんなことを考えていると墨仙が頭を下げてきた。
「どうか、アウトサイダーに変えられたわしの生徒を救ってほしい。あの子に罪はない。自身を凡庸だと決めつけ思い悩んでおった。そこをネガタイドにつけこまれたのだ」
前提知識がなければ使わない単語を並べている。情報を把握しすぎていることから魔法少女と関わりがあったというのは本当らしい。しかしそんなことよりも父が才能のない生徒に入れ込んでいるという事実の方が気になった。血を分けた息子に対しては冷淡だったので余計に気になったのだ。有体に言えば嫉妬である。
「生徒は勿論助けるけど……意外だね。書道の先生というのはもっと才能のある子どもを気に掛けるものだと思っていたよ」
「指導者が教え子の才能を決めつけることはできん。心の在りようでいくらでも変われる。皆が才能の塊だと思っている。……ただあの感情爆発してしまった子のことは余計に気にかけていたのも事実」
「フーン……何で?」
「倅に似ていたからだ」
その瞬間、時が停まったかのように錯覚した。
室外で暴れているアウトサイダーの絶叫と破壊音が大きく耳に入ってくるようだ。
「書道嫌イ! 皆勝手ニ期待シテェ! デキナイ僕ヲ責メルカラ! 天才ガ嫌イ! 自分ガ惨メニナルカラ!! 先生モ親モ皆嫌イ! 大嫌イ!!」
ヘイト級のアウトサイダーが叫ぶ言葉がブラック☆ライターの心に突き刺さった。まるで鏡を見ているようだ。自分の才覚を疑ったのは周囲の人間から期待外れの烙印を押されたことにある。親の期待を重圧に感じ、劣等感を煽る天才に嫉妬し、ついには筆を置いてしまった。少年時代の自分と瓜二つの心境である。父が似ていると評するだけあった。
「わしが至らぬばかりで倅は書道への志を捨ててしまった。ずっと後悔している。今でも思う……もっと良い手はなかったのかと……自問自答する毎日だ」
「なんだよ……それ」
「年寄りの懺悔だ。わしは口下手なばかりで文字で表現するだけに終始した。きっと倅は気づいてくれるだろうと甘えてな。そして失敗した。だから今は言葉でも表現するように心がけておる。もう手遅れかもしれんが……あの子には未来がある」
言葉の端々から親としての後悔が感じ取れた。光が指摘したようにただ不器用な老人なのだ。少しボタンを掛け違えただけで親子関係は此処までこじれてしまった。
幸か不幸か赤の他人の魔法少女・ブラック☆ライターとして接したことで父の本心がやっと理解できたのだ。
「……心配しなくても手遅れにはさせねーよ。あの子もアンタもな」
それだけ告げるとブラック☆ライターは扉から外に出てアウトサイダーを浄化しに向かう。後に残された子供達は魔法少女の背中を目で追って彼女の勝利を祈った。
「この漢字……どこかで見たような……とても懐かしい感じがするが……」
ただ一人、墨仙は今までブラック☆ライターの身体が重なって見えなかった『隠』の文字を見つめていた。
建物からブラック☆ライター出たのと同時にちょうど復活したフォックスが立ち上がる。
「ブラック☆ライター! ようやく表れたな! クソ爺に殴り飛ばされてむしゃくしゃしてたんだ! オイラの純粋な憎悪を込めて進化せよ、アウトサイダー!」
赤黒い球体の光をヘイト級アウトサイダーに打ち込むフォックス。
光を受けたヘイト級はより精錬されたメカニカルな形態へと進化していく。今までは子供が図画工作で作った見た目の外見だったのが戦争で投入されてもおかしくない殺人マシンへと様変わりしたのである。
「魔力が上がった!?」
「ククク、コイツはセルフィッシュ級に進化した。魔力も質量も倍だ。行け! アンチショドー! 魔法少女もお前の嫌いな書道関係者だ! 叩き潰せ!!」
「書道ナンテ糞クラエダァ! 存在シテハナラン! 目障リナンダァァ!!」
見た目だけではないことは対峙していて嫌という程伝わってくる。凄まじい魔力がアウトサイダーの全身から発せられていた。常に魔力による身体強化を続けている。しかし高密度な魔力を纏い続けることに耐えきれず体の一部に罅が入っている。アウトサイダーは本人は身体が自壊していることに気が付いていない。
猛攻を回避しながら訝し気に分析している間に、茂みの影から一匹の白兎が跳んできてブラック☆ライターの肩に乗った。
「セルフィッシュ級は言うなれば自己中の体現ぴょん。社会破壊を目標とし、そのために自らの破壊も厭わない。早めに終わらせないと感情爆発した子にも危険が及ぶ状態ぴょん」
「なんだって!?」
アウトサイダーが膨大な力と引き換えに自滅するなら時間稼ぎに徹する方法も考えられた。しかし感情爆発した子供本人に危険が及ぶというなら放ってはおけない。早めに浄化する必要がある。
何よりテロ行為に無関係な子供を巻き込む《アンビバレンス》の思想が気に食わない。
「フォックス、子供の命を犠牲にするとはどういった了見だ!?」
「人間など子も大人も同じ。欲深く利己的でどうしようもない生き物だ。出世する成功者とはそういった者なのだろう!? ライバルとなる他者を蹴落とし、気に食わないものは攻撃する。コイツ自身が望んだことでもある。俺は背中を押してやったにすぎない」
人生の一部の側面だけ切り取ればフォックスの言葉も一理ある。成功者は時に強引かつ利己的に動きチャンスを掴みとるものだ。ただそのために積極的に他者を害し攻撃するというのは倫理人道に反するものだ。勿論法規則に反する場合も多々ある。
「お前は間違っている!」
墨の鞭を振るうもセルフィッシュ級の魔力によって弾き返されてしまう。身体そのものに届いていない。
逆にアンチショドーの反撃が始まる。シャープペンシルのような腕をブラック☆ライターに向けて照準を合わせ、芯をガトリングガンのように射出してきたのだ。
巨大化した芯であるため破壊力はさほどではないものの、連射速度が高すぎた。魔法少女の身体能力をもってしても躱しきることが出来ず、一本の芯が深々と太腿に突き刺さってしまった。茂みに隠れたブラック☆ライターは激痛に耐えながら引き抜き『癒』と書いて自己再生力を高め治療を行う。
「ウォオオオ! ショドーブッ壊ス!!」
「出て来い、ブラック☆ライター! 建物を全壊させてもいいんだぞ!?」
舌打ちしたブラック☆ライターは物陰から跳び出すなりアンチショドーのガトリングガンと化した腕目掛けて一筆したためる。
アームに『脆』と書かれた瞬間、腕の強度が極端に低下し、ブラック☆ライターの一蹴で脆くも砕け散った。これで芯の連射攻撃を封じることができた。ただ本体は未だに無傷であり勝敗はついていない。
「ギャァアアア!!」
「書道が嫌になったからって全てぶっ壊すのは間違ってるぜ」
「フン、何が間違いなものか! 居場所がない世界は壊すのが当然。壊さずにお行儀よく去れとでもいうのか? そんなことをしても周りからただ一人だけ脱落した負け犬のレッテルを張られるだけだぞ!!」
フォックスの言葉が胸を抉る。
まさに書道業界を潰さずに一人去ったのは硯のことだ。成功者が表彰される一方で去った硯が「脱落した負け犬」扱いされたのは自分が一番よく分かっている。その僅かな動揺を察知されアンチショドーの追撃を受けた。虚空に『壁』と書いて防御態勢を取ろうとしたが文字の執筆が間に合わず書き損じてしまったのだ。〈ライトマジック〉はしっかりイメージしながら文字を書き終わらなければ不発する。狼狽のために執筆速度が露骨に落ちていたのである。フォックスは力の低下を感じ取って不敵に笑う。
「無様だなブラック☆ライター! 魔法発動速度が落ちているぞ。そういえばお前の魔法も書道に関するもの……トラウマでもあったのか?」
「だったら何だ!? お前ら如き力が落ちても倒せるっての!」




