第二十話 デート
着いたのは地元のありふれたショッピングモールだ。
都会では観光スポットが多いのだろうが地方都市において余暇を過ごす絶好の場所だ。なにせフードコートにアパレル、映画館、ゲームセンター等、学生から家族連れまで楽しめる集合施設なのだ。キラキラの青春を送っている少年少女や人生勝ち組の家族が往来しているため硯はあまり足を運ばない場所でもあった。
「あ、先輩!」
度が強めの眼鏡をかけた少女が手を振りながら駆け寄ってくる。よくみると書道教室で会ったときから衣替えしている。あの時は妹を迎えにきただけだったため地味めの私服であったが、今回は森ガール風ロリータワンピースという明らかに異性と出かけることを意識したお洒落な私服になっている。硯は普段着のままできた自分が少し恥ずかしくなった。ここに来て異性との交際経験のなさが際立った感じである。
「光……ちゃん、わざわざ着替えてきてくれたんだ」
「変……でしょうか」
「可愛いと思うよ。ごめんね、気の利いたこと言えなくて」
年下の若い女の子とまともに目を合わせられない硯は視線を泳がせながら返答する。
そうしてどちらからともなく施設内へと歩を進め始めた。
形ばかりとはいえ女の子とのデートに戸惑いを隠せず、まともにリードすることができない。スタート地点は同じだったのにいつの間にか二人の距離が遠くなっていく。
男女の歩幅の違いを硯は全く意識していなかった。慌てた光が駆け足気味で横に並ぼうとしても硯は避けるように一定の距離をとってしまう。
「あの、先輩。もう少しゆっくり歩いていただけると」
「ん? ああ、ごめん。気を付けるよ」
指摘を受けて歩幅の差と無意識に距離をとってしまっていたことを認識した硯はようやく歩調を合わせるも、どこかぎこちない。
試しに光は手を繋ごうと伸ばしたところ、触れた瞬間に硯の方が咄嗟に手を引っ込めてしまった。魔法少女として一緒に修業したり共闘したりしていたときは体の接触など何度もしてきたし、その時は普通の対応だったはずだ。キャロットの忠告が脳裏に過った光は硯が自分を避けていることに気が付いた。
「やっぱり……わたしが女だから以前のようには接することができませんか?」
硯は咄嗟に否定ができない。視線を合わせないこと、距離をとること、接触を拒むこと。それらすべての態度が肯定してしまっている。今更取り繕うこともできなかった。それでもつれない態度を見せても光は失望せずに受け止めてくれる
「……いいんです。わたしも魔法少女はもう男の子しかいないっていう事前知識がない状態で先輩の正体を明かされたらきっと混乱したと思いますし」
「ごめん、これから少しずつ慣れていくよ」
幸い職場で女性に接する機会は多い。目を合わせられないとか女性が怖いという訳ではない。紅葉に接するようにすればいいのだろう。ただ、同性と思って接していた後輩への態度と同じになるというのは難しいかもしれない。それでも折角この機会をくれた光の優しさに応えたいのが正直な気持ちである。
「さしあたって質問なんだけど……今の子って何して遊ぶんだ?」
「何してって普通にお店や施設を廻ったりですけど」
「よかった、そこにジェネレーションギャップはないのか」
「流石に遊び方なんてそう簡単に変わらないですよ?」
「いや、昔はディスコやクラブでパーティしてたらしいし……」
「いつの時代の話ですか……。先輩とわたしは数十も違わないのですから変わりませんよ」
幸い遊び方が違うということはないらしい。道すがら昔流行ったテレビや動画の話をすることもあったが小学生時代と大学生時代という違いはあれど、共通する話題もそれなりにあった。好き嫌いのセンスも似ている。思ったよりは二人の間に違いはない。心理的な距離が縮まったことで並列して歩く姿も自然になってくる。
硯は最初に比べれば以前のような距離感に戻ってきていると前向きに捉えつつ二人のデートを楽しんでいたが、光の方は解釈が異なっていた。どうしても以前と同じ距離感にはならない。互いの素性を知らない魔法少女初心者の頃は自然な成り行きで吐息がかかる程の距離感になっていた。良い意味で遠慮がなく砕けた先輩として接してくれていた部分がまだ戻っていないと感じられた。やはり年下の異性という遠慮がどこかに孕んでしまっているのだ。
「口では言葉にしづらいくらいの違和感だけど……」
「ん? 光ちゃん何か言った?」
「いえ……あ、見てください」
誤魔化すように光は壁の掲示板を指さした。そこには小学生と思われる子供達の習字作品が並んでいる。墨仙の書道教室の出し物らしい。
コンクール大賞の作品を見上げて感慨に耽る硯。やはり思うところがあるようだ。書道作品と硯を見てデートに誘った本来の目的を思い出した光は彼の隣に並んで呟いた。
「わたしが口を挟む話ではないのですが……」
光は妹から聞いた話を噛み砕いて説明する。墨仙は誤解されやすいだけで悪い人間ではないのだと。年下の女の子の話であるため大人げなく声を荒げることはしないものの、話を聞いている間、眉を顰めるなど露骨な嫌悪感が滲み出ていた。
「出過ぎた真似かと思いましたけど……誤解を重ねているのは見ていられません」
「誤解……ねぇ。光ちゃんはアレが父親じゃないからそう言えるんだよ」
「何か直接言われたのですか?」
「いや、回りくどかったぜ? 俺が悩んでた時『忍耐力』とか『才能』とか書いた和紙を渡してきたんだぜ? 当てつけにしか思えねーっての」
口下手故に手紙を送って真意を伝えようとしたのだろう。しかし優しさが空回りしている。選定した文字も才能に思い悩む息子に誤解を与えかねないものばかりだった。
不器用な親子だというのが正直な感想である。やはり長年蓄積された親子の蟠りを一人の女子高生が解消するのは難しいのだ。そこで切り口を変えてみることにした。
「……ようやく普通に接してくれましたね。今まで何処か遠慮がありましたがお父さんの愚痴を話している時はいつもの先輩でしたよ」
光が女の子だということで知らず知らず距離をとっていたが、父親に対する怒りを告げているときは彼女の性別など意識していなかったので普通にホワイト☆ドリームに接する態度に戻っている。我が身を振り返り俯瞰してみた時にようやくその機微を悟る。
「そっか。やっぱり前と態度違ったままだったか。ごめん」
「わたしは以前のようにフランクに話してくれて嬉しかったです。きっと先輩のお父さんもそうなりたいんじゃないですかね」
「親父が……?」
朧気に思い出す幼少期の記憶では父はよく息子を褒めていた印象だ。子供の頃はもっと仲の良い親子だったはずである。
いつから関係が悪化したのか。自分の才能に対して卑屈になることはなかった。年頃になって本物の天才を知ったときもその人に嫉妬することはあっても父と関係はそのままだった。根本的に変わったのは周囲の評価を受けてからだ。
『息子さんはお父さん程、字が上手くないわよね』
『新しく入った奴の方がお前より上手いじゃん。お前親父と血繋がってんの?』
そんな外野の批評を受けて自信がなくなり、書く文字に力が入らなくなった。それから父親からの指導や手紙を貰うことはあっても不出来な愚息に対する当てつけとしか思えなくなってしまったのだ。そしていつの間にか筆を置き、書道から離れて現代に至る。
「もしかして変わったのは親父じゃなくて俺の方――」
後輩の言葉で少し俯瞰した瞬間、今まで見えてこなかったことが見えた気がした。
だが世の中、全てが丸く収まることはないのが常だ。深く考える時間さえも与えてくれない。
いきなり町中に二つの巨大な魔力反応が現れたのだ、
硯達もすぐに異変を感じ取った。アウトサイダーの出現である。すぐに巣を張ったために町中で化け物の登場を叫ぶ住民はいない。随分手慣れているようだ。ただ魔法少女活動に慣れてきた二人は魔力の痕跡を辿ることができた。強い反応が二体、逆方向に出現している。
「フィジカルターン!」「メンタルアップ!」
二人は一斉に変身を遂げるなり、意識を集中させて具体的な座標を探知する。一体は学区付近。さらにもう一体はなんと父の書道教室の方からだった。今はまだ午後の部が空いている時間である。巻き込まれた可能性は否定できなかった。
「親父の教室だと!?」
「先輩! お父さんの所へ行ってください!」
「けど!」
「今行かないと後悔しますよ! 喧嘩も仲直りも生きている間にしかできません!」
悩んでいる間に学区の方にいたアウトサイダーが凄い勢いで迫って来る。
ロストを肩に乗せたアウトサイダーがいきなり目の前に現れたのだ。
「魔法少女みーつけた。二人一緒だけど対処法は教わってる!」
ロストは結界を作り出すなりその中にホワイト☆ドリームを引きこんでいく。完全に片方の魔法少女のみの隔離を目的とした魔法ということはすぐに理解できた。
「キミ達を二人相手取るのは面倒だからね。一人だけ招待させてもらうよ」
「こっちはわたしが引き受けますから! 先輩は先にお父さんの所へ行ってください!」
そのままロストとホワイト☆ドリームは別の空間へと誘われてしまう。
追いかけようにも遠く離れた習熟施設の付近にまで彼女の魔力反応が移動していた。
結界ごと瞬間移動させたらしい。今から追いかけると父親の方を無視せざるを得なくなる。悩むブラック☆ライターの背中を先程の後輩の言葉が押して来た。
『今行かないと後悔しますよ! 喧嘩も仲直りも生きている間にしかできません!』
「すまん! 必ず後で加勢に行くから!」




