第十八話 チェリー☆ブロッサム
魔法少女・ブラック☆ライターは混乱していた。
敵であるロストから告げられた魔法の杖破損が男に戻れなくなるという事実、そして可愛がっていた後輩が女の子だったということを受け止めきれないでいた。
まずは傷つき変身が解けてしまった後輩の介抱を優先するべきだということに意識が向いたものの自宅に連れて帰る訳にはいかない。
魔法少女の仕事仲間同士とはいえ、実態は成人男性の家に意識のない女子高生を連れ込む形になる。非常に体裁がよくないし、家族に何と説明すればよいかも分からない。ご近所さんに露見すれば最悪逮捕もありうるだろう。
そこでブラック☆ライターが向かったのはアルバイト先の『喫茶山猫』である。
「スーちゃんが女子高生を拉致してきた!? 道を外しちゃダメ!」
「違います! 絶対そう思われるから紅葉さん頼ったんですよ!」
本人が失神しているところでぺらぺらと事情を話すのは気が進まないが自身の潔白を主張するため、そして後輩をゆっくり休ませる場所を確保するために店長の深山紅葉に軽く事情を説明する。
同業者の魔法少女だということを聞いた彼女は理解してくれたようだ。
「――そういうことなら今日はもう店じまいだし休憩室使っていいよ。でもエッチなことはしちゃだめだからね」
「しません!」
口では揶揄いつつも黒川硯を仕事仲間として信頼しているのだろう。
厨房に戻った彼女は明日の下ごしらえを始める。
それから少しして白浜光はゆっくりと目を覚ました。見慣れない天井に戸惑いながらも自身が気を失ったことを思い出してゆっくりと身を起こす。
「ここは……?」
「俺のバイト先だよ」
光は自身を介抱する先輩魔法少女の顔を見て安堵する。彼女がここまで運んでくれたのだろうことを悟り頭を下げた。
「ありがとうございます、先輩。わたしを安心させるために変身解かずに介抱してくれたのですね」
「それもあるけどちょっと今物理的に変身解除できなかったから丁度良かったんだ。それよりドリーム、お前に聞きたいことがあるんだけど……」
質問の内容は聞かなくとも分かる。ホワイト☆ドリームの正体のことだろう。生粋の魔法少女は絶滅したというのが通説だった。精霊であるキャロットがそう断言したのだ。そして女の子の魔法少女がいなくなったから男の魔法少女をつくる羽目になっている。
実際男でありながら魔法少女にされたブラック☆ライターとしては納得できないことの方が多いはずである。少し躊躇っていた光だが温泉に誘ってくれたお姉さんの激励を思い出して真実を話す覚悟を決めた。
「わたし、白浜光って言います。女子高生です」
「ああ、それは見れば分かる。けど女の子の魔法少女は絶滅したって聞いたぞ?」
「わたしには適性があったそうです。二十年ぶりくらいだってキャロットが言ってました」
ホワイト☆ドリームとして出会ったときから彼女は夢見がちで魔法少女への憧れが誰よりもあった。適性があってもおかしくはない。絶滅する前は彼女のような少女が魔法少女へと変身していたのだろう。
「――水臭いじゃないか。異性だって明かしてくれたらもう少し配慮できたんだけど。同性だと思って無礼講になっちまったが」
「キャロットに口止めされていたんですよ。正体が女子って分かれば関係に亀裂が生じるって。過去の魔法少女はそれで関係が拗れて解散したグループがあったって」
硯は杞憂だとは笑い飛ばせなかった。実際、ネットゲームでも相手が本物の女性プレイヤーだと知った途端露骨な下心を見せる者は多い。破滅した実例があるならばキャロットが口止めするのも当然だと納得する。
何より申し訳なさそうに首を垂れる彼女を責めるつもりにはなれなかった。
「いや、まぁ互いの素性を探り合わないのがルールだったし、俺の方が勝手に男の子だって思ってたわけだから光ちゃんが気にすることないよ」
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。こんなに簡単に受け止めてくださるならもっと早くカミングアウトしたかったです」
相棒であり先輩でもある魔法少女に正体を隠していた後ろめたさから解放された光はとても朗らかに笑った。吸い込まれそうな笑顔である。
女の子に微笑みかけられた経験が殆どないブラック☆ライターは直視出来なかった。誤魔化すように変身を解除する。先程まで余熱が残っていた魔法の杖は冷たくなっていたため本人の股間に戻っていき、シルエットが男性のそれへと戻っていく。
「ドリームは正体を明かしてくれたのに俺だけ秘密なのはフェアじゃないな。フリーターやってる黒川硯だ。……オッサンで悪いね」
「あっ、喫茶店の店員さん!」
「ん? そっか、今思い出した。そういえば前に来てくれたことあったね、ハハハ」
硯の方は最近友人と来ていた女子高生客の片割れが白浜光だと遅れて悟った。喫茶店には日々様々な人々が来訪する上にジロジロ客の顔を見るのも失礼である。加えて後輩の性別を知った動揺もあったので言われるまで忘れていた。
対して光の方は眼つきの悪い店員だったため記憶に残っていたのだ。
「目元とか女の子の時の面影ありますね」
「面影って言うかこっちがホントの俺なんだけど……」
互いに素顔を晒すのは初めてであるものの、ずっと同じ魔法少女として戦ってきたため打ち解けるのに時間はかからなかった。隠し事をしていた光は胸のつっかえがとれたようになり、後輩の感情の機微に感づきつつも踏み込めなかった硯は得心して肩の荷が降りたのである。
「実は親切にしていただいた方に助言を受けてわたしの正体は近々話す予定だったんです」
「そっか。俺もキミが悩んでたのは分かってたんだけどさ、踏み込むか迷ってた。あるお客さんから背中押されたから近いうちに腹割って話そうかと思ってたんだ」
正体が露見したのは戦いによる偶然の産物だったが、互いに心が決まっていたために大きな問題は起きなかった。二人は名も知れない桃色髪の少女に心の内で感謝する。今度会ったら改めて礼を言おうと決意を改めた。
二人が同一人物に思いを馳せている間に一匹の白兎が部屋に入ってくる。
「丸く収まったみたいでよかったぴょん」
「キャロット! お前がそもそも口止めしなけりゃややこしいことになってなかったぞ!」
「そうです! 秘密にする方がわたしの心理状態に悪影響を及ぼしてましたよ!?」
「結果良ければ全て良し。細かいことは気にするなぴょん」
相変わらず煙に巻くつもりのようだ。実際に実害があったということなら強くは詰れないだろう。ただ彼への信用が地の底に落ちたのは事実だ。ホワイト☆ドリームの性別の件は不問にするしかなくとももう一件については無視することができなかった。
「キャロット、お前隠し事多すぎないか? ドリームの件もそうだが魔法の杖が破損したら二度と男に戻れないなんて初めて知ったぞ」
「え!? そうなんですか!?」
元から女子の光も当然初耳だったようだ。
キャロットは冷や汗を垂らしながら弁明を始める。
「心の強さを魔法の杖にしている女の子はリスクなしだぴょん。メンタルが回復したら魔法の杖も元通りだぴょん」
「それじゃあ男の魔法少女の方もステッキが折れてもいずれ男に戻れるのか……?」
「――現段階では不可能だぴょん」
やはりロストの言っていたことは真実だったらしい。魔法の杖が壊れそうなときに根源的な恐怖を感じたことや、大技を撃とうとしてオーバーヒートしていたステッキが冷却されるまで変身が解除できなかったことなど真実だと裏付ける疑惑が沢山あったため意外ではなかった。
「野郎の逸物から作った魔法の杖は女の子の魔法の杖より頑丈ぴょん。簡単に折れることはないぴょん。硯は自分のムスコに自信ないぴょん?」
「そういうことじゃねーよ! 大体簡単に折れないつっても前例があるから男に戻れないって分かってるんじゃないのか!?」
光は男性がどのように変身するか把握していなかったので真実を知って湯気が出る程真っ赤になってしまった。現役女子高生には刺激が強すぎたらしい。ただ男性魔法少女のリスクの方は聞き流せないことなので硯に加勢する形で小動物を視線で射抜いた。
痛いトコロを突かれたキャロットは押し黙る。退路はしっかりと断たれた上ガッシリと掴まれてしまっている。ギチギチと締め上げる硯の迫真の形相から本気で怒っていることが感じ取れた。保身には頭が回るキャロットは適当にお茶を濁すのは逆効果だと悟りようやく重い口を開いた。
「昔に一人いたぴょん。魔法少女・チェリー☆ブロッサム」
「あれ? そのチェリーという奴は前に死んだって言ってなかったっけ?」
「正確には行方不明ぴょん。魔法の杖破損の痕跡としばらくこの町に留まっていた足跡があったぴょんが……消息が途絶えたぴょん。だから公式では殉職扱いぴょん」
「わたし、知ってます! 花を操る魔法を得意としていた魔法少女ですよね!」
光は活き活きとした表情で饒舌に語り始めた。
曰く、ブラック☆ライター達より一世代前の魔法少女であり、花弁の盾や鶴の鞭、葉の刃などを駆使して戦うオールラウンダーとも称された魔法少女であったという。
彼女が活躍していた時代は既に魔法少女の数は減っていたが、それでも一人で二つの町のアウトサイダーを駆逐していくほどの強さを秘めていた。一世を風靡したスター魔法少女だったらしい。
「私が中学に上がる前くらいの時分に有名でしたね。当時はまとめサイトとか観てました」
「ホントに魔法少女の知識量凄いな。認識阻害魔法が効いているし世間では都市伝説としか残らないだろ?」
「認識阻害があっても漠然と覚えている魔法少女ファンはいるんですよ。一時期は歴代最強の魔法少女って言われるくらいモテ囃されていましたから。でも私が中学生の頃くらいにいきなり消息を絶ってしまったんですよね」
「それは仕方ないぴょん。その時、チェリーの魔法の杖が破損したんだぴょん」
ただでさえ魔法少女が少なくなっていた状態でのオーバーワークだった。度重なる戦闘で魔力も癒えていなかったためかチェリー☆ブロッサムの魔法の杖がアウトサイダー討伐と引き換えに壊れてしまったのだ。
「何とかしてあげたかったけれど、ボクの前の身体もほぼ同じタイミングで敵に壊されちゃったぴょん。【精神世界】で療養して戻ってきたらチェリーは消えちゃったぴょん」
「えー! そのまま行方知らずですか!? 探さなかったのですか!?」
「魔法の杖が壊れたら魔法少女としての力を使えなくなるぴょん。魔力も不安定になって存在そのものが感知しにくくなるぴょん。八方手を尽くしたぴょん」
どうやら嘘ではないらしい。ただ四六時中ずっと探す時間はなかった。魔法少女がいなくなってもアウトサイダーはなくならない。治安維持を優先すべく引退した魔法少女を勧誘したり、新しい魔法少女をスカウトしたりと多忙だったのだ。そして手掛かりの欠片も見つけられないキャロットは殉職したものだと諦めてしまった。
「もしあの子が生きてるなら折れた魔法の杖の再生手段を研究できたかもしれないぴょん。……そういえば硯は誰から魔法の杖のコトを聞いたぴょん?」
「《アンビバレンス》のロストって仮面女だ。……待てよ、魔法の杖が折れたら男に戻れなくなるのが秘匿情報ならそれを知ってるアイツは元魔法少女……なのか?」
全員の頭に一人の魔法少女の名前が浮かんだ。他に候補はいないだろう。ロストの正体は――チェリー☆ブロッサム。魔法の杖が折れて行方知れずとなった悲劇のヒーローである。
「でも……これまで正義の味方として戦っていた魔法少女が敵に寝返るでしょうか?」
「帰る場所も味方も魔法も失くしたところで拐れたなら乗ってしまうだろう」
男の姿に戻れなかったなら帰る場所を失ってしまったのと同義である。おまけに魔法の力も碌に使えないとなれば自分を守る術さえない。
信頼していた精霊は身体を失って【精神世界】に帰ってしまった。世界に絶望して道を踏み外すことになっても不思議ではない。
「キャロットはチェリーと契約してたんだろ? ロストに面影とか感じないのか?」
「認識阻害が効いてて分からなかったぴょん。当時とは魔力の性質も違ってるだろうし」
「あのロストって人がチェリー本人だったなら魔法少女の力を失くして弱体化してるはずじゃないです? 全然強かったですよ?」
「恐らくネガタイドの力ぴょん。彼女もまたアウトサイダーと化しているぴょん」
元魔法少女のアウトサイダー。それはもうストレス級・ヘイト級、コンプレックス級などとカテゴライズできるレベルではないだろう。間違いなく今までの敵で最も強い。
正面から戦えば分が悪いのは明らかである。まして魔法の杖のデメリットを知ってしまった今は全力で戦えない。折れたら男に戻れないのだ。神経質になりすぎて隙が生まれてしまいそうだ。
しかし望みがないわけではない。ロストは善の心を捨ててはいない。配下のフォックスを助けるために間に入ったことから仲間を大切にする気持ちは強く残っている。
先程の戦いでブラック☆ライターを庇ったのは魔法の杖が折れて自身と同じ不幸を背負うことを忌避したためだと考えられる。少なくとも感情移入する程度の心はあるのだ。
「そろそろ店を閉めるよー」
紅葉の呼び声で時間の経過を認識した硯達は後日に相談を持ちこしてお開きとなる。随分と話しこんでしまったようだ。
可愛がっていた後輩の正体が女の子だったこと、魔法の杖の秘密。様々な新情報の濁流に呑まれた硯は一度一人で頭を整理したかったので渡りに船だったのだ。




