第十七話 暴かれた真相
次の瞬間、全く別方向からコンプレックス級アウトサイダーが狙撃を受けた。
赤い閃光に穿たれたことで大きな損傷を受けたためか融合体は分離して元のミサンドリアンと幹部二名に分離してそれぞれが膝をつく。
自分が奥義を放つよりも先に敵が倒れたことに驚いたブラック☆ライターは魔力の集中が途切れてしまった。それと呼応するように魔法の杖の回転は止まり持ち主の手の方へと戻っていく。
「熱! こんなに発熱してたのか」
握った魔法の杖は熱した鉄板のようになっている。身体能力が上がった魔法少女の身体だとまだ耐えられるが通常状態ではあり得ない程の熱量だ。もし奥義を放っていたら魔法の杖が破損していてもおかしくはなかった。
「いや、それより誰がアイツらを攻撃したんだ? ドリームか?」
狙撃ポイントを目で辿ってみると空に仮面の女幹部・ロストが浮遊している。
翳した手から赤い稲妻が迸っていた。どうやら彼女が味方のはずのアウトサイダーを撃ったらしい。彼女はそのまま彼らからネガタイドの元となるエネルギーを吸収していく。
「俺達の力が……」「この裏切り……もの」
「人の企画書盗み見といて何を言ってるんだ? それにボクが手を出さずともキミ達は負けていたよ。今のは魔法の杖が壊れることを厭わずに放つ魔法少女の必殺技だ」
力を吸い尽くされた幹部たちは小太りな眼鏡の男性とやせこけた青年へと変貌する。それがネガタイドの力を失った本来の姿なのだろう。アウトサイダーにされていた婚活女性二人も元の三十代女性に戻る。彼らは暴れた反動のためか気を失って倒れた。
状況を呑み込めていないブラック☆ライターがロストに目を向ける。
「何故、俺を助けた……?」
「彼らにお灸を据えたかったっていうのと、一度くらいは警告してあげようと思ってね。魔法の杖を大事にした方がいい」
「……? どういう意味だ?」
「言葉通りだ。その様子じゃ契約した精霊から何も聞いていないみたいだね」
訝しむ魔法少女に仮面の女は大きく息を吸って言葉の続きを紡ぐ。
「――魔法の杖が折れたら二度と男には戻れなくなるよ」
予想外の言葉にブラック☆ライターは絶句してしまう。そもそも男の子魔法少女の存在についてロストが知っていることが意外だった。しかしそれ以上に無視できないことを彼女は言った。魔法少女の変身が解けて二度と変身が出来なくなるとか魔法を使えなくなるとか、そういったリスクは覚悟の上だったがまさか男の姿に戻れなくなるとは思わなかった。
「意外かな? 心の強さが魔法の杖に変わる生粋の魔法少女と違って元が男の魔法少女は男の象徴が魔法の杖になる。折れたら〝男を失う〟のは自然な道理だよ。生粋の魔法少女が絶滅して男が代役していることも知っている」
「なんで知って――っていうか壊れたら男に戻れないとか……そんな、嘘だろ!?」
「キミだって大技を使おうとした瞬間、感じたはずだ。男を失う根源的恐怖を」
言われてブラック☆ライターは思い出した。股間にボクサーキックを喰らって玉を潰されるのに似た悍ましい感覚があったのだ。ロストが止めてくれなかったら間違いなく魔法の杖は破損し、男を失っていたことだろうことは本能で理解できた。
「仮にその話を信じるとして! 何故俺を助けた!? あのまま魔法の杖が壊れた方がお前にとって都合が良かっただろ!?」
「……流石に無知なまま何もかも失うのは敵とはいえ可哀想だと思ったからさ。それに真実を話せばキミを味方に引き入れられるかもしれないしね」
「ハッ! 魔法少女を悪の組織へ引き抜きかよ」
「精霊は人間を利用しているだけだ。大事なことをいつも話さない。おかげでキミは男を失うところだったんだ。どうせ《アンビバレンス》のことも何も話してなかっただろう?」
図星である。キャロットはのらりくらりと躱して情報を制限している。こちらから問い詰めない限り口を割ろうともしなかった。彼が信用できないという一点に関しては同意するところだ。しかし他は許容できない。
「精霊は信用できなくてもお前ら悪の組織と戦う力を与えてくれたのは本当のことだ」
「ふーん、正義感に目覚めちゃったか。まぁ精霊は利用しやすい人間を見つけるのには長けているだろうね。けど人々のために戦うのもやめた方がいい」
「は? 意味が分からん」
「では聞くけどキミには恋人がいるか? 仕事で出世しているか?」
「何だよいきなり、素性の詮索か!? 教えねーぞ!?」
あくまで警戒を解かないブラック☆ライター。少しでも漏らしてしまったらその情報から正体を看破されて身内を人質に取られる危険があるためだ。
だが頗る警戒心を剥き出しにする魔法少女をロストは笑い飛ばした。
「別にキミのことを探ってるわけじゃないよ。質問を変えようか。今までキミの人生は充実していたかな?」
今一度振り返ってみると黒川硯の人生は幸福だったとはいえない。定職につけず、恋人もいない。休日に遊ぶ友人も皆無である。ただアルバイトで日常を消化していくだけだ。だからこそ魔法少女という特別な存在になった自分に意味があるのだと使命感に燃えていた。
「その顔じゃあ日常生活はあまり充実していないらしい」
「――だったらなんだってんだ! 魔法少女なら苦しむ人を助けるもんだ!」
「ご立派だね。でもキミの成果は残らない。認識阻害の魔法のせいで皆はキミの顔を殆ど覚えていない。魔法少女が必死に助けてもそれはただの都市伝説になってしまう」
彼女の指摘は的を射ていた。魔法少女として活動を始めてアウトサイダーから人を助けた瞬間は感謝されるが、ことが終われば誰かに改めてお礼を言われることはない。
そもそもブラック☆ライターの正体が成人男性であることも知らないのだ。地位も名誉も財産も貰えず黒川硯のキャリアを積めず、ただブラック☆ライターの名前だけが都市伝説の魔法少女として界隈で少し知られるだけにすぎない。
「キミの功績は歴史にも残らず履歴書にもかけない。時の経過で風化していくだけだ。魔法少女はお金にならないんだよ。正義の為に戦うより自分の為に戦うべきだ」
「いや、俺は……」
「精霊なんて人間を体の良い労働力としか見ていないよ。やりがい搾取を続けている。だからキミのような充実していない男を甘い言葉で勧誘する。キミは今まで頑張ってきただろう? 多少自分の為に力を使っても罰は当たらない。さぁ共に行こう」
手を差し伸べてくるロスト。彼女の言葉全てが真実とは限らないだろう。ただ魔法の杖が折れた時のリスクを教えて助けてくれたのは事実である。少なくとも嘘つきのキャロットよりは信用に値するかもしれなかった。
何より「自分の為に力を使ってもいい」という言葉は耳障りが良かった。
「さぁ、迷うことはない。この手を取るんだ」
「ダメです! 先輩!」
――刹那、純白の閃光がロストとブラック☆ライターの狭間を突き抜けた。
瞬く光が曇った心を照らすのに十分だった。
「これは〈ネガティブ・バスター〉!? ドリームか!?」
「はい! 先輩、助けに来ました!」
魔法の杖を構える白い魔法少女が凛々しく宣言する。彼女の衣装は強敵との戦闘後を思わせる程ボロボロで薄汚れている。それでも闘志は未だ消えずに瞳は真剣そのものだった。《アンビバレンス》の強敵を単騎撃破してきただけでなくその足で救援に駆けつけてくれたのだ。弟子の輝かしい成長ぶりに陰鬱な気分は一気に吹き飛んだ。
「悪いな、ロスト。この子の前で無様は晒せない」
「残念だね。それじゃあ次に会ったときは敵同士だ。大事な魔法の杖も折らせてもらうよ」
宣言するなりロストはまた虚空の闇の中へと消えていった。
救援に行く予定が逆に助けられるとは思っていなかったブラック☆ライターは素直にホワイト☆ドリームを称賛する。
「助かったぜ、ドリーム。成長したな」
「ふふ、わたしも一人前ですか……ら……」
立ち眩みした彼女はその場で倒れそうになっていたため慌てて肩を抱いた。改めて見る彼女は深く傷つき満身創痍の状態らしいことが一目で分かる。ずっと空元気を絞っていたのだろう。
「大丈夫か!? 何があった!?」
「へへへ、すみません。……戦ったアウトサイダーが幹部さんと融合して魔力を吸い取る能力を使ってきたんです。なんとか倒せたのですが……魔力が、もう……限界だったみたい」
振り絞るように呟いたホワイト☆ドリームはついに体力の限界を迎えて失神してしまう。――と同時に魔法少女としての姿が維持できなくなり変身が解けてしまった。
いきなり三つ編みお下げで眼鏡をかけた女子高生が失神した状態でブラック☆ライターの腕の中におさまった。当然同性の男子高校生だと思っていたブラック☆ライターは顎が外れんばかりに口を開け目を見開いた。
「女の子……だと!?」
自らの意思で正体を明かそうとした矢先、彼女の意図しない所でブラック☆ライターに素顔を晒してしまったのだ。童貞で女気なしの黒川硯は制服姿の女子高生は刺激が強かった。




