第十六話 必殺技
一方、既に接敵していたブラック☆ライターは敵の多さに辟易していた。
どうやら敵は今までで一番多い三人もいるらしい。この場を自分が選んで正解だったと胸を撫で下ろしたブラック☆ライターは冷静に状況を分析する。
まずネガタイドによって感情爆発してしまった元人間と思われるアウトサイダーが一体。顔面がモザイク状になっている巨女の外見をしている。身体の方は動く立体パズルのようになっており、かなり太めの体系になったり反対のガリガリ体系に変化したりと一貫性がなかった。
「普通ノ男ガイナイ! 年収六百万! 高身長、高学歴! アタシヲリードシテクレル男ォォォ!! ソレサエ満タサナイ男ニイキル価値ナシィ!!」
アウトサイダーの結界内にいる逃げ遅れた人々の中には小奇麗にお洒落をした適齢期の男女の姿があった。婚活会場の参加者が今回ネガタイドを植え付けられた犠牲者だろう。
本来は自分の希望通りの男性と結婚できずに焦りはじめているありふれた婚活女性だったのが薬物投与でヘイト級として感情爆発してしまっている。最早うまくいかないこと全てが男性への殺人衝動に変貌して暴走しているのだ。
その傍らには司令塔になっている二人の男達がいた。一人は全身が真っ黒で顔さえ判別できない影人間。もう一人はサイボーグじみた機械人間だった。
「お前達、《アンビバレンス》だな!?」
「来たな! 魔法少女ブラック☆ライター! いかにも《アンビバレンス》よ!」
「聞いて驚け! 俺達は幹部クラスだ! キサマの活躍も今日まで! さぁ行け! ミサンドリアン! 魔法少女もお前が殺すべき敵だぜ!!」
「アタシニ反抗スル奴ハ名誉男性ダァァアア!!」
ミサンドリアンと呼ばれた女性型のアウトサイダーは雄たけびをあげながら接近してくる。腕を振りながら大股で走って来る巨女は恐怖だった。時にモザイクが晴れて鬼気迫る老婆の顔が現れたり、化粧の崩れたボロボロの顔が現れたりする。
「純情な乙女心を弄びやがって」
ブラック☆ライターは虚空に『雷』と素早く記述し、〈ライトマジック〉を発動させる。
文字は雷電へと変化し襲ってきたミサンドリアンに直撃した。
激しい雷に通電される衝撃に耐えきれず悶え苦しむ。
「ギャァアアア!」
「悪いが正気に戻すために多少の痛みは覚悟してもらうぜ」
そのまま筆状の魔法の杖先端から垂らす墨汁の鞭でミサンドリアンを打ち付ける。
打撃のはずが鞭で打たれた敵は首と身体が真っ二つに分かれてしまう。
一瞬勢い余って殺ってしまったかと焦るブラック☆ライターだったが鞭の威力で寸断された訳ではないらしい。ミサンドリアンは自らの意思で分裂したのだ。
「男ォォ……男ォ……何故アタシヲ選バナカッタァ」
パズル状に姿を変える胴体の部分は腹部から唇が生えてひたすらに恨み節を呟いている。姿を自在に可変させる能力があるようで細く蛇のように這いずり回ったり、太い体格に変化してブラック☆ライターの鞭を弾くほど耐久力をあげることもできるらしい。
「野蛮デ下劣ナ雄共ォ!! 其レニ組スル雌共モ皆死ネェェ!!」
分かり易く殺意を口にするのは顔面部分は髪の毛が手足となって歩行し、口からの攻撃を得意とするようだ。毒ガスや溶解液を吐いてくる。
「《アンビバレンス》幹部は二人。成程、初めからアウトサイダーも二体だったってことか」
悪臭の毒ガスは何とか交わすことが出来たものの、逃げ遅れた人が流れ弾を受けて「臭い」と悶絶してしまった。命を奪う程の威力ではないが直撃すればかなりキツいようだ。
これ以上暴れられては適わんと対峙する覚悟を決めたブラック☆ライターは虚空に『風』と書いて悪臭を吹き飛ばす。
――直後、胴体からの奇襲を受けたブラック☆ライターに隙が出来てしまった。
そこを逃さず顔面アウトサイダーが大量の唾を飛ばしてくる。致死性はないものの粘着質の唾液に絡めとられたブラック☆ライターは身動きがとれなくなった。
「クソッ! ベタベタして気持ち悪ぃ……」
透明なローションを全身に浴びて嫌な顔をする魔法少女はとても扇情的で淫らな姿になってしまった。ぴっちりと衣服が肌に張り付いて体の線が丸見えだ。《アンビバレンス》幹部の男達は鼻息を荒くしガッツポーズをとって興奮していた。反対に顔面のアウトサイダーは怒りに目を吊り上げる。
「破廉恥デ性的! 御前ノヨウナ屑女ガ女ヲ性的搾取スル世界ヲ作ッタノヨォ!」
「てめぇがやったんだろうが!!」
自分の攻撃の結果なのに理不尽過ぎて思わず突っ込んでしまった。
だが不利なことには変わりない。現に幹部の男達は勝誇った態度を示している。
「憐れだな魔法少女! これからはエロい……ゴホン! 厳しい拷問の始まりだ!」
「クックック、やはり一人で我々の相手は務まらなかったようだな!」
「……おめでたい奴らだな。俺が正面から戦いを挑むと思ってたのか?」
魔法少女の負け惜しみではない。ブラック☆ライターは彼らに接敵する前にいくつかの保険を仕掛けていたのだ。描いた漢字を現実化させる〈ライトマジック〉。有効範囲や制限時間はあるものの多少の〝書き溜め〟はすることができる。
時限式で予め結界中に仕掛けておいた〈ライトマジック〉が一気に作動する。
『滝』の文字から浄水を浴びたブラック☆ライターは唾液の拘束を洗い流して逃れた。
さらに彼らの背後、『光矢』の文字から奇襲を受けた《アンビバレンス》幹部たちは慌てふためいた。
「おのれ、予め罠を仕掛けるとは卑怯な!」
「それでも正義のヒーローか! 暗黙の了解ってもんがあんだろ!」
「知らんな。この分だとドリームが心配だ。一気に片付けさせてもらうぜ」
ブラック☆ライターは対アウトサイダー用の必殺技〈イービル・ブレイカー〉の準備をする。もう少し弱らせてからとどめの一撃として放つべきだろうが、他の戦線に向かった後輩が心配で逸る気持ちを抑えられなかったのだ。
放たれる紫電の閃光を前に《アンビバレンス》幹部たちは最後のあがきを見せる。
二人は拳と拳をぶつけあうなり、黒い霧を発生させ二体のアウトサイダーごと巻き込んだのである。〈イービル・ブレイカー〉は黒い霧を掃うだけで終息してしまった。
そして晴れた霧の中から現れたのは合成獣ともういうべき歪なアウトサイダーだった。
最初のミサンドリアン状態を黒く変色させて機械化したような姿である。
「「括目してみよ! 我ら幹部級にのみ許された秘術! 〈融合〉!!」」
「融合だと!?」
「「そうとも。爆発的に力を増すことができる!! 我らはヘイト級ではなくコンプレックス級に進化したのだ!!」」
口先だけではなかった。膂力も速度も最初の頃とは段違いだ。壁を作ろうにも執筆が間に合わず魔法の杖で受け流すしかない。捌く力にステッキが軋むほどだ。防戦一方では戦いを終わらせることができない。だが攻勢に出る機会を見つけられない。
「オラオラ、さっきまでの威勢はどうした!?」
「所詮、魔法を使う隙さえ与えなければ魔法少女などおそるるに足りん!!」
悪の組織幹部らしく魔法少女の戦い方を熟知している。〈ライトマジック〉を使う隙がなければ決定打を与えられない。対してアウトサイダー側は四馬力で応酬してくる。
胴体から削岩用や手術用にもなる無数の刃物を生やして切り裂く物理攻撃は殺意満点だ。さらに口からは音波による衝撃波を放ってくる。
敢えて攻撃を受けて吹き飛ばされるという自身の負傷も厭わない強引な手段で距離を取ろうとしても影から影を伝って瞬間移動してくるために再び距離を詰められてしまう。
「くっ! 漢字を書く時間がねー!」
魔法の杖は頑丈であるがいつまでも攻撃を受け続ければ耐久値が落ちるのは必至。先程から衝突のたびに聞こえてる異音もブラック☆ライターを焦らせるに十分だった。限界を迎えて魔法の杖が破損したとき、一体どうなるかまで説明を受けていないがまともに魔法が使えなくなることは想像に難くない。ただ鞭による攻撃はコンプレックス級には全く通じない。〈イービル・ブレイカー〉だと多少傷をつけられるものの決定打にはならない。〈ライトマジック〉なしで高火力の魔法攻撃で仕留めるしかないのだ。
「あの手しかないか……」
魔法少女になって経験を積み、一人前認定されたときにキャロットから奥の手を教えてもらったことがあった。
『魔法少女にはどんな強敵でもブッコロス奥義があるぴょん。でも一度しか使えない』
『なんで?』
『使用したら最後、魔法の杖が技に耐えきれず破損するからぴょん』
魔法の杖の破損が魔法少女の力を失うことを指すなら迷うところである。ただこのまま防戦一方でも魔法の杖が破壊されてしまう可能性が高い。考えている時間もなかった。
ブラック☆ライターは〈イービル・ブレイカー〉を連射し始める。
「「ぬお! 手数で押し切るつもりか!」
やはり仕留めるには火力が足りない。魔力切れか魔法の杖破壊が先か、どちらにしろ魔法少女の敗北にしかならない。
――ならばと覚悟を決めて魔法の杖をクルクルと回転させて魔力を込めていく。やがてそれはブラック☆ライターが手離しても自動で螺旋を描き始めていた。
「なにか大技を撃つのだろうがそうはさせるか!!」
アウトサイダーの口から毒霧を纏った衝撃波が放たれる。
正面から一撃は受けた魔法の杖は破損するどころかその攻撃をも吸収して一気に発熱していく。凄まじい魔力量がステッキに蓄積されているのを両陣営が悟った。




