第十五話 憧れと苦い記憶
オーガスパイダーの巣としたエリアはこの近辺。ブラック☆ライターが「偶々この近くで仕事をしていたから駆け付けられた」と話していたのを聞いている。
そしてホワイト☆ドリームの友人は当時学生服を着ていた。つまり昼間は学校にいることだろう。ならば昼間にこの近辺で騒ぎを起こせばブラック☆ライターを誘き寄せることは十分可能である。先に実力不足のホワイト☆ドリームを狙いたかったが背に腹は代えられなかった。
あとは具体的な場所の選定である。オーガスパイダーの巣があった空間を起点としてなるべく学校から離れた場所を選定する必要がある。
ロストとフォックス分かれて一番ふさわしい箇所を調査し始める。
オフィス街の最北端は学校から適度に離れていて尚且つストレスのたまった人間達が非常に多い。或いはそこから少し離れた塾街も淀んだ感情を含んだ学生たちに溢れている。ネガタイドを寄生させればすぐに感情爆発することだろう。ロストはその場所を第一候補とした。
フォックスの方は小さい身体と変化能力を活用してオフィス街から少し離れた南端にある習熟施設を物色する。
己が才能に絶望し意気消沈していたり、夢破れる若者が多い。或いはライバルに嫉妬心を燃やしている者がいる。感情爆発させればヘイト級のアウトサイダーとして戦力になることだろう。
一応他の候補地を見つけるべく、ぐるっと近辺を一周した二人は他に適性地なしと判断して落ち合うことになる。
「オフィス街北端にアウトサイダーになってくれそうな人間が多かったよ」
「こっちの刑務所にも粒が揃ってたぜ」
「よし。じゃあこの二地区を魔法少女討伐地点としよう。――って気がついたらもうこんな時間か」
下調べに時間をかけ過ぎていたのかいつの間に暗くなってきていた。しかも夜が近いから暗くなっているだけではない。雨雲が空を覆い尽くしていたのだ。
瞬く間に豪雨になってしまったため、雨宿り先を見つけたときにはロストの全身がずぶ濡れになってしまった。
「くしゅんっ! 」
「ご主人、近くに銭湯があったはずだ。風邪ひく前に温まった方がいい」
「そうだね」
雨粒に打たれ服が重みを増していく中、ロストたちは戦闘を目指して走った。身体に張り付く着衣の感触を不快で自ずと速足になっていく。
もうすぐ銭湯につくだろうという時、ロストの視界に眼鏡をかけた少女の姿が映った。
道すがら通り雨に打たれて急いで雨宿りしたのだろう。下着が透けて見える程に彼女はずぶ濡れになってしまっていた。降り止まない雨空を不安げに見上げている。勿論彼女の荷物に雨具らしいものは見当らない。
寒さに震えて雨が上がるのを待っているようだ。たまたま視界に入っただけだが孤独の中、寒さに耐える少女の姿にかつての自分を重ねてしまう。
「ご主人?」
気がついたら足を止めていた。そのまま無意識のうちに少女の方へ駆け寄ってしまう。いきなり現れたロストに少女は少し驚いた様子だった。
「女の身体は寒さに弱い。濡れたままでは風邪を引くよ?」
「え? あ、はい。でも雨具もないですし此処で待つしか……」
「近くに銭湯がある。服も洗濯できるから一緒に来ないか?」
「でも、わたし持ち合わせがなくて……」
「そんなのボクが出すよ、こんなところで一人いる方が危険だ」
ロストの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
ちょうど今の彼女のように雨に打たれ一人雨宿りしながら濡れた身体を乾かしていた時、下卑た笑みを携えて近づいてくる男達の姿。今まで助けを求めても誰も手を差し伸べてくれなかったのに、弱って一人でいる時に限って獲物を狙う肉食獣のように迫って来るのだ。
『お嬢ちゃ~ん、今一人~?』
ねっとりとした耳障りな声が今でも鼓膜に焼き付いている。あんな思いは二度と御免だ。まして誰かに経験してほしいわけがない。
嫌な記憶のせいで顔が強張ってしまったが、それが真剣な顔に見えたのだろう。眼鏡の少女はロストの厚意に甘えてついてきてくれた。
銭湯の看板は薄汚れてみすぼらしい外装をしていたが、内装は比較的綺麗だった。町中でオフィス街も近い為かクリーニング施設が併設されている。
脱いだ着物をそのまま洗濯乾燥してくれるサービスがあるらしい。
ロストたちは迷わず洗濯込みのチケットを購入して女湯の暖簾をくぐった。
昔ながらの大衆浴場ということでありふれた狭いものを想像していたロストはいい意味で期待を裏切られた。
通常の大きい風呂だけでなく、幾つかの種類がある。ジェットバス、電気風呂、薬風呂、水風呂、疑似的な温泉は元よりサウナもある。
おまけに隙間時間だったのか人も疎らだった。湯の種類もあるためゆっくり浸かることもできるだろう。
まずは洗い場まで向かおうとしたロストの背後から謎の激突音が背後から聞こえた。
振り返ると頭を押さえた少女がいる。どうやら入口の透明な扉にぶつかったらしい。眼鏡を脱衣所に置いてきたためだろう。
「すみません、近視なもので」
「気を付けて」
足下がおぼつかない少女の手を引いてロストは洗い場まで誘導する。
一応近くのものは見えているようだ。頭をぶつけたのは眼鏡を外したばかりだったのと湯気で視界が悪くなっていたのが原因だったらしい。
それぞれ洗い場に腰を掛けた後は普通にシャワーやシャンプーを手に取れるくらいには問題がなかった。
「改めて助かりました、お姉さん。お礼といってはなんですがお背中お流しします!」
「え、いいよ……髪洗うの時間かかるし」
「でしたら余計に協力させてください!」
お世話になりっ放しは駄目だと思ったのだろう。ロストも少女の押しに敗けて身を委ねることにした。彼女は柔らかく優しい手つきで梳くように泡立てて髪を洗ってくれる。美容院でシャンプーしてもらっている感覚に似ている。
「ボクはいつも適当だからさ……キミ洗うの、上手いね」
「いえいえ。お姉さん髪質いいから。……綺麗な桃色。外国の方ですか?」
「いや。生まれた時は黒だったよ。今の髪色は病気みたいなもんさ」
「あ、すみません! わたしったら余計なこと!」
ネガタイドを操る仕事に従事しているロストは人の悪意を敏感に感じとることができる。だが少女からは悪意は欠片も感じ取れない。純粋に髪を褒めてくれただけなのはよく分かっていた。
「いいよ、今では気に入っているしね」
「ならよかったです。私も髪は長い方だから洗う大変さは共感できますよ。でもお洒落の幅が広がるしバッサリ切れないですよね」
ロストは自身の胸の方まで垂れている横髪を手ですくった。人間社会に溶け込むのに変装の幅が広がるため長い髪が便利なのは確かだ。髪型を変えるだけで印象は随分変わる。それがお洒落ということなら同意するところである。ただロストが長い桃色の髪を維持しているのはもっと別の理由があった。
「ボクはね、この髪を覚えてくれている人がいるかもしれないって期待してずっと切らないでいるんだ。……昔はそれなりに有名だったからね」
「え? 芸能人の方ですか!? 元スポーツマンとか!?」
少女は必死に今までメディアで見た有名人を思い出そうとする。だが心当たりは見つからないようだ。そもそも桃色髪の有名人なら記憶に強く残っていてもおかしくはない。それは当然。覚えている方がおかしいのだから。
ロストは頭を洗ってもらっている間に昔のことを想起した。
皆が頼りにしてくれていたこと。皆が感謝してくれていたこと。皆が愛してくれていたこと。沢山の人から大歓声を浴びたことさえあった。
だが誰もかつてのロストを知る者がいない。存在が消滅してしまったかのよう。だから世界を呪い、忘れ去られたことを知らしめるために自らロストと名乗ったのだ。
頭の泡を洗い流した後、少女は再びロストに問いかける。
「すみません、わたしの知らない分野の人かも。名前とか芸名とか教えてもらえません?」
「……秘密だよ。世代的にキミが覚えてないのは無理もないし」
「えー、お姉さん同い年くらいじゃないですか!」
背中を流してもらっている間も少女はしつこく食い下がったが、ロストは頑なに口を割らなかった。そして彼女が自身の身体を洗っている間、逃げるように湯舟へ向かう。
ちょうど空いている湯を選んで一人落ち着くことにした。
人気がないのを確認して髪留めに化けていたフォックスが主へと声を掛ける。
「珍しいな、ご主人が昔の話をするなんて」
「ちょっと熱にあてられたのかもね。あんな若い子が覚えているわけないのに……」
「ご主人の偉業を誰も覚えてねーなんて、あんまりだ」
「仕方ない。魔法が解けてしまったんだよ」
自分が助けた人間の話は白昼夢か酔っ払いの戯言扱いされることが多かった。それでも実績を示し続ければ人々の記憶に残り感謝されると信じていた。
全てが幻想だと思い知らされたのは〝力を失ったとき〟だ。
誰も自分のことが分からなかった。そればかりか助けを求めた警察署では不法入国者扱いされた。親切を装って近づいてきた男達は皆下心ありきだった。
沢山の人に尽くしてきたのに不遇な扱いを受け続けたロストは怒りに打ち震えた。
当時の憎悪が再燃して心に黒い感情が溢れだしてくる。
「あーやっと見つけました。お姉さん! こっちの湯にいたんですね」
顔をあげると例の少女がいた。湯気と近視のせいで探すのに手間取ったらしい。しかしロストは特徴的な髪色のため虱潰しに探して辿り着けたようだ。
同じ湯船に浸かるなり彼女はほっと息を吐く。
「何か嫌なことでもあったのですか? 凄い顔してますよ?」
「ねぇ、……例えばキミが誰かの為に頑張ったとしてその善行が報われなかったらどう思う? 誰も自分のことを覚えてなくて気づいてくれなくなったとしたら……」
「奇遇ですね。わたしも似たようなことで悩んでいます」
少女は浴場の天井を仰いぎ見る。かつての憎悪から零れた弱音だったが共感を得たことでロストは少女の言葉に興味が湧いた。
「わたし、今ちょっと身分を偽らないといけないアルバイトについてまして。それは納得してやってるんですけど……一番大切な人にも本当の自分を見せられないでいるんです」
「……身分を偽らないといけない? 変わった仕事だね」
「ええ。人助けみたいな仕事なので遣り甲斐はあるのですが……秘匿事項が多いのです。お世話になった先輩にも嘘をついてるのが心苦しくて」
少女は本当に思い悩んでいるようだった。仕事のルールを優先するか。自分の気持ちを大事にするかで葛藤している。ただ同じような局面で私事を犠牲に業務を遂行した結果何も残らなかったロストとしては彼女にかける言葉が決まっていた。
「……ずっと嘘の仮面を被っているとそっちが本当になっちゃうんだ。だから本当のことを打ち明けられる内に、その大切な人には話しておいた方がいいよ」
「――っ!? ありがとうございます! なんだかすっきりしました。ホントは誰かに背中を押してほしかったのだと思います」
少女は晴れやかな顔になっていた。自分の進路がハッキリして安堵したのだろう。
それから彼女に手を引かれてサウナや露天を梯子にする。ゆっくり浸かったのはいつぶりだろうかとぼんやり考えていると少女がふと呟く。
「お姉さん、こんなに優しいのに恩を仇で返されたんですよね? わたし許せません!」
「ありがと。でもキミが怒ることじゃないよ。ボク自身でケジメをつけるつもり」
「自分の言いたいことを主張するのはやっぱり大事ですよね!」
少女もまさか一緒に風呂に入っている相手が悪の秘密組織・女幹部とは気づかないだろう。これからネガタイドを使ってテロまがいの活動をしようとしているとは夢にも思わないだろう。それでも二人の会話は絶妙に噛み合っていた。
「ただ少し悩んでいてね。恩知らず共にボクの怒りを思い知らせる具体的な方法が思いつかないんだ」
「う~ん、お姉さんはその筋では有名な人だったのですよね?――それなら昔活躍したシチュエーションを再現するっていうのはどうでしょう? きっと思い出してくれますよ!」
「なるほど。それはいいかもしれない」
かつて忌避した行為を自ら進んで行うことを避けてきた。心のどこかでブレーキを踏んでしまっていた。だが中途半端な活動では実を結ばないのは今までの経験から明らかだった。《アンビバレンス》は悪の秘密結社。ならばとことん悪に染まってやろうとロストは冷たい覚悟を決める。
――とその時、遠くの方に二つ魔力の気配を感じ取った。
町の中心と別方向に一つずつ。アウトサイダーが二体。勿論自分が仕組んだものではない。自然発生したものでもないほど人工的な強さを感じる。
考えられるのは《アンビバレンス》の誰かが先走ったということだろう。髪留めに化けたフォックスが他人の目を気にしながら小さく耳打ちしてくる。
「ご主人、どうする?」
「何もしない。まだ準備が整ってないしね」
ゆっくりと風呂を満喫することにしたロスト。ただ一緒にいた少女は切羽詰まった様子で湯舟から上がってしまう。
「ごめんなさい。急用を思い出しました。お先失礼します!」
「え? あ、うん。滑らないようにね」
言った傍からこけそうになっていたが少女は脱衣所の方へと速足で戻っていく。
ちょうどクリーニングに出していた服も乾いたようだ。
トレードマークの眼鏡をかけて銭湯を出たころには雨が上がっていた。
だがやはりアウトサイダーの気配がひしひしと感じ取れる。これ以上、好き勝手なことはさせないと心に強い炎が宿る。
「メンタルアップ!」
光に包まれた眼鏡の少女は白い髪の魔法少女へと姿を変えていく。
変身完了まで時間はそうかからなかった。だが二体のアウトサイダーが同時に出現している状況でどちらに向かうか決めあぐねていた。
ちょうどそこにキャロットが駆けてくる。
「此処から離れた方にはブラック☆ライターが向かったぴょん! ホワイト☆ドリームは逆方向の敵をぶっ殺してほしいぴょん! 人が大勢襲われてるぴょん!」
「分かった!」
もう単騎で戦うことに不安はない。ホワイト☆ドリームは平穏をとり戻すベく現場へと急行した。




