第十四話 互いの思惑
出会った頃の昔話を回想し終える頃には怪我をした烏が元気になっていた。傷口が分からない程に回復したのだ。
「カー! カー!」
自らの意志で飛翔できるくらいに回復した烏は礼を告げるように旋回してから山の方へ飛んでいく。
「ご主人、人間っていうのは罪深い生き物だよなぁ」
「うん、悪意と欲望に塗れた生き物だからね。幸せを享受するだけしてその立役者のことは認識すらしていない。散々世話になっておいて助けてほしいときに助けてもくれない」
吐き捨てるように言ったロストからは人間への憎悪が色濃く感じられる。
フォックスはアウトサイダー化してからしばらくの間、密猟者への憎悪があった。恨みつらみは今でも記憶に根深く残っているものの、怒りを常に維持することはできず周りが見えるようになった。ただ主人であるロストはまるで違う。出会った頃から人間への恨み、復讐心が残ったままである。彼女がまだ復讐を遂げていないことにも起因するのだろう。
主の素性を知るフォックスは同情を禁じ得ない。もし自分が人間として生まれ同じ立場におかれていたらそれこそ全てを恨み感情爆発して一般人を巻き込んだ大規模テロ行為に走っていてもおかしくはなかった。実際に動くまでは理性で抑えている彼女に敬意を覚えるくらいだ。そんな主に報いたいフォックスは気炎を上げる。
「ご主人、魔法少女を倒す策を一緒に考えようぜ」
「そうだね、けどその前に場所を変えよう。キミは少し暴れすぎた」
見ると「黒い化け物がいる」という報告を中学生から受けたらしい住民たちが野次馬として集まり始めていた。
急いでオフィス街まで逃れたロストはストラップに再び化けたフォックスの助言を受けてとある喫茶店へと足を踏み入れた。今の時間帯なら人目もなく、ゆっくりできると踏んでの提案だったがどうやら当たりらしく人目は殆どなかった。少し離れたところにイヤホンを嵌めながら勉学に勤しむ女学生やノートパソコンを叩く営業マンらしい男、それから現在眼つきの悪い店員に凄まれている金髪の男しかいない。
「なんだよ、客を追い出そうってのか!?」
「店内で悪質なナンパ行為はお止めください。ご理解いただけないなら御引取ください」
どうやら勉強をしていた女学生にちょっかいを掛けて睨まれたらしい。
諦めの悪い金髪男性の怒りが眼つきの悪い店員に向いたようで指をパキパキと鳴らした。肩をぐりぐりと回して準備運動を整えた彼はやる気満々だ。
「バイト風情があんま調子乗んなよ! オレを怒らせたこと後悔させてやる!」
自分の方が体格が優れていたので勝てると踏んだのだろう。ロストはこういった邪悪な人間を忌み嫌っていたため肘鉄の横槍を入れた。
新しい客の存在など全く警戒していなかった男は、まともに急所の一撃をくらったため泡を吹いて倒れてしまった。その間に店長が呼んだらしい警察に連行されていく。
「すみません、お客様。助かりました」
「別に。邪魔な人間を排除しただけだから」
「左様ですか。只今お水をお持ちしますのでお好きな席へどうぞ」
他の客の目を気にしたロストは目立たない離れた奥の席へ移動する。カウンターからも死角になるその席はフォックスと話していても問題ないだろうと踏んだ。
スマートフォン画面を操作しながらスピーカーモードにしている体を装ってフォックスと対話する。
「それでご主人は何かいい案思いついたか?」
「んー……まったく。あの子達を分断するのが鍵だけど、中々ね」
あーでもないこーでもないと意見を出し合っていると眼つきの悪い店員がやってきて水だけでなく紅茶とケーキをテーブルの上に置いてきた。
「え? まだ頼んでないけれど……?」
「先程助太刀いただいたのでサービスです」
「そう……なら、ありがたくいただき……ます」
置かれたチーズケーキを口に運びながら尚も懸案を続けるロスト。
しかし妙案が思いつくこともなく溜息ばかりが増えていく。
通りがかった例の店員が申し訳なさそうな視線を向けてくる。
「あの、お客様」
「あ、ごめんなさい。店内で通話は迷惑だったかな」
「いえ、他のお客様は帰られましたので大丈夫ですよ」
ふと顔をあげて辺りを見回すと店内にいる客は自分達だけだった。それだけ時間が経っていたのだろう。人がいなくなったため余計にフォックスとの会話音が響いたのかもしれない。詳細までは聞こえていないだろうが店員の方は気になっていたらしい。
「先程から悩んでいらっしゃるみたいですがよろしければ相談に乗りますよ?」
「魔法しょ……いえ、ちょっとゲームの攻略に悩んでいるだけです。厄介な敵が二人いてね、急に現れるし、パワーアップするしで大変なんだ。一人ずつなら倒せそうなのだけれど……どう分断すればいいか分からないし」
「何のゲームか分かりませんが敵はとんだチートキャラなのですね」
魔法少女など一般人にとっては都市伝説でしかないためゲームという便利な言葉で誤魔化した。実際悩みの内容としては嘘をついていないのだ。話を聞いた眼つきの悪い店員は少し考えるそぶりを見せる。やや間を置いてから何か閃いたようで彼は少し口角をあげた。
「どこに現れるか分からないならこちらから誘導してみるのはどうでしょう?」
「う~ん、それは考えたけど、二人一緒に現れればリンチされて終わりだし」
「二人が同時に現れるならやり直すしかありませんが、最初の一人が登場してからタイムラグがあるなら一人目を誘導しつつ姿を隠せばいいのです。二人目は消えた仲間を探しているでしょうから離れた反対方向に別動隊を置けばそちらに向かうでしょう」
「て、天才か!?」
確かにこの方法を用いればオーガスパイダーの時でも分断できていただろう。目から鱗とはこのことだった。姿を隠す能力やテレポートする能力をもつアウトサイダーがいれば十分に実行可能だ。目の上のたん瘤だった魔法少女を各個撃破できる可能性がでてきた。
「ありがとう! 店員さん! 視野が広がったよ!」
「お役に立てたのなら良かったです」
「何かお礼がしたい! いやさせてほしい!」
「――でしたら当店の品をご注文いただけますでしょうか?」
メニュー表を見たロストとフォックスはそれぞれベーコンエッグとサンドイッチを注文した。フォックスの方はストラップに擬態しているため店員の目を盗んで顔だけ本物に戻り、届いた品を食べ尽くした。
店員の立場からすれば二人前の食事を一人の少女が短時間で平らげているようにしか映らない為、認識阻害の魔法があっても記憶に記憶に残った。
「店員さん、他に何か悩みはない? ボクの気が治まらないんだ!」
「うーん、お客様にご相談することは――」
「隠さないで! 悩みのない人間なんていない! ボクは仕事柄人の悩みを見つけることが多いんだ!」
「カウンセラーの方ですか? なら、少し相談してみようかな」
ロストの押しの強さに気圧された彼は少しずつ悩みを打ち明け出した。
彼の悩んでいることは主に人間関係だった。最近同じサークルに加入した後輩の指導をしてきたらしいが何か葛藤しているとのことだった。
相談に乗りたいがメンバーの私生活に踏み込まないことがルールとなっているため遠まきから見守ることしかできない自分を恥じているらしかった。
「古参のOBには相談したんですけど相手を詮索するなの一点張りなんで……けど俺、後輩の力になりたいんですよ」
「えらいっ! キミはなんという人間の鏡なのだろうか!」
ロストはいたく感動していた。組織の偉い人から言われたことを思案せずに順守するだけの者が多い中、彼は新人のために心を砕いている。よく見守っている。こんな素晴らしい人格者ばかりだったならロストも世界に絶望することはなかっただろう。なんとしても彼の力になってやりたいという想いが沸き上がってきた。
「そんな俺、褒められるようなことは何もないですよ……。後輩が何に悩んでいるかさえ分かってないんですから……」
「店員さんは後輩からの信用は得ているのだろう?」
眼つきの悪い店員の脳裏に性悪白兎の姿がフラッシュバックした。
「ええ、OBよりは信頼されてると自負してます」
「じゃあ話は簡単。信用している店員さんに打ち明けられない内容で後輩君は悩んでいるんだ。露見することでキミを失望させるか混乱させるような秘密を抱えている」
「俺に打ち明けられない内容?」
「嫌われるのを承知で追及するか。相手が話してくれるまでは知らぬふりで待つか。何れにしろ相手の秘密を知った時、それがどんな内容でも受け止める覚悟を持つことが重要だよ」
何事も話してみるものだ。少なくともOBに相談するよりは身のある結果を得られた店員は心なしか晴れやかな表情になっていた。
「ありがとうございます。何かモヤモヤがすっきりしました」
「これで貸し借りはなしだよ。あと会計をお願いする」
勘定を済ませたロストは眼つきの悪い店員と固い握手を交わして退店する。
互いに悩みの解決に一歩前進したのだ。気分がいいに決まっている。
店を出た彼女は早速、次の魔法少女対戦を想定して現場を下見することに決めた。




