第十三話 フォックスとの出会い
「もっと仲間や守るべき一般人から野次を飛ばされるとか疑心暗鬼になる環境を整えた方がよさそうだね……できなくはないけれど準備が必要そうだ」
「ご主人の発想のがえぐいな」
「あとはあの子達をどう分断するかだけど……」
複数のアウトサイダーを離れた箇所で発生させれば役割分担のために魔法少女達は別れるかもしれない。だがあの二人が同じ学校の同級生とか四六時中一緒にいる関係の場合、二人で協力して着実に一体ずつアウトサイダーを撃破していく可能性がある。アウトサイダーの数を増やしたところで結果は同じだろう。
メモ用紙にまとめているとフォックスが心配そうな視線を向けてくる。
「ご主人、あまり無茶するな。そもそもアウトサイダーの発生にはこちらも多量の力を使う」
「ああ。感情爆発させるには魔力を使うからね。ノーリスクならもっとアウトサイダーを量産させられるんだけどな……」
何度頭を捻っても妙案が出てこなかった。オーガスパイダー戦の時にはブラック☆ライターがすぐに駆け付けてきたのだ。何らかの連絡手段があると見た方がいいだろう。
「う~ん、ちょっと休憩。息抜きに出かけようか。引きこもっても名案は思いつかないし」
「そうそう、身体が資本だ」
ロストは半仮面を外して懐に仕舞う。紅い瞳の大きい愛らしい女子高生の容貌が露になった。顔を隠しているのが勿体ないくらいの美貌である。フォックスは悪目立ちしないように黒狐のストラップに化けて彼女の携帯電話にぶら下がる。これで二人が会話していても通話だと認識されるだろう。
一般人への擬態を終えた組織の拠点を後にして町中に繰り出す。
彼女達が出かけたのを確認した《アンビバレンス》幹部の一部は秘密裏に部屋に侵入していく。そして書きかけだった企画書を盗み見てほくそ笑んだ。
「悪く思うなよ、ロスト……人生は早い者勝ちだぜ?」
「今こそ俺達古参幹部がボスに実績を示すときだ!」
「おう! あんな素性の知れない女より俺達のが有能だってことをボスに見せよう」
彼らは《アンビバレンス》復興期から頭領と過ごしていたが、いきなり現れた謎の仮面女に最高幹部のポジションを奪われて心中穏やかではなかったのだ。頭領から評価され何かと便宜を計って貰えている彼女を妬ましく思っていた。挙句が独断専行だった。
計画途上の企画書を盗み見られていることを知らないロストは気晴らしに町を練り歩いていた。悪目立ちを避けるために仮面を外したがすれ違う人達は皆ロストの方へと視線を送ってくる。瞳と髪色を差し引いても目を引く。道行く人が無視できないレベルの美人であるため仕方のないことだったが、秘密組織の幹部としては足跡を残す行為は避けたかった。
「なんだか視線が気になる。ちょっと認識阻害強化するよ」
「それがいいと思うぜ」
魔法少女達がやっている容姿や恰好の認識を歪める魔法を使用したことでロストへの注目はなくなった。皆、その辺にいる地味な女子高生程度にしか思わないだろう。
歩を進める彼女が公園に差し掛かったとき、少年達のはしゃぐ声が聞こえてきた。中学生くらいだろう。呑気に鬼ごっこでもしているのかと何気なく目を向けたとき、ロストは驚愕した。怪我をして上手く飛べない烏を標的にゴム鉄砲やパチンコで狙って遊んでいる。
「おっ! 足に当たった! ニ十点~!」
「じゃあ俺は頭に当てて百点狙うぜ!」
「死んだら焼き鳥にでもして食うか?」
「やめとけ塵漁ってる鳥だぞ。殺したらホームレスのおっさんに投げつけてやろう!」
なんと無慈悲で残酷なことだろう。幼稚なため罪深いことを認識していない。食べるためでもなく遊ぶために野生の生き物を苛め殺そうとしている。
憤りを隠せないロストは声をあげて駆け寄っていく。
「コラー! 鳥をいじめるな!」
「やべっ!」
一瞬怯んだように見えた男子中学生達は注意してきたのが女子高生っぽい少女だったことで調子づいてしまう。
「ンだよ! 俺達の遊びにケチつけんなよ!」
「どうせ不幸を呼ぶ汚ねぇ鳥なんだ」
凄んでくる少年達は中学生とは思えない程体格がいい。一昔前は小学生時代のあどけなさが残る子が多かったが、体つきがガッシリして声変わりを終えている彼らは高校生といっても差し支えなかった。対峙すると体格差が明らかである。
「文句あんなら鳥の代わりに姉ちゃんが俺達と遊んでくれんのか?」
認識阻害があっても若い女であることくらいは判断可能だ。性に目覚めた年頃の彼らは烏よりも余程飢えた猛獣と呼ぶにふさわしかった。
「ご主人に触るなクズ共が! ガルルルル!!」
ストラップの状態から黒い巨大な狐に化けて威嚇するフォックス。
いきなり現れた見たことのない猛獣に咆哮された少年達は腰を抜かし、或いは失禁した。動ける友人たちが彼らを介抱するように連れ出して一目散に逃げていく。
少年達がいなくなったことを確認したロストは苛められた烏の方に近寄っていく。可哀想に長時間いたぶられていたためか非常に怯えていた。
もう羽ばたく力さえ残っていない烏を持ちあげるとベンチに連れ出して魔法で治癒を施すロスト。それまで羽毛が剥がれて痛々しい断裂した肉が見えていた箇所がだんだんと繋がれていく。
「思い出すな。ご主人がオイラを助けてくれたときのこと」
治療される烏にフォックスは自分のことを重ねていた。
――数年前。
フォックスは密猟者の罠にかかった。生まれてから何度も毛皮をとるために仲間が殺されていた。人間への憎悪を隠しきれないでいた。
彼は殺された仲間の死体を囮に誘うという残酷な罠にかかってしまったのだ。
漆黒で漆のような毛並みを持つ突然変異種の『黒狐』を密猟者は狙っていたのである。
「警戒心が強いがやっとかかったな! やっぱ仲間の死体を使ったのは正解だったぜ」
鉄格子越しに威嚇するも人間は動じない。ただの商品としか見ていないからだ。
大人しくするために牢獄ごと蹴飛ばされたフォックスは意気消沈していた。檻の中で人間への憎悪が残るばかり。
密猟者達は宴会を開いて盛り上がっていた。彼らを睨み威嚇することしかできない己の無力を呪うことしかできない。
この怨嗟は彼らが寝静まった後も消えることはない。そんな折、自分が囚われた檻に近づく者がいた。桃色の髪をした半仮面の女である。
人間の区別がつかない黒狐は彼女も密猟者の仲間だと誤解して激しく威嚇する。だが彼女は先程密猟者に傷つけられた箇所を不思議な力で癒してくれる。
落ち着いて彼女の足下をよく見ると、捕獲されていた他の野生動物たちが解放されていたのだ。
「可哀想な狐さん、とりわけ心の力が強いキミに選択肢をあげよう」
半仮面の女は右手に『扉を解く鍵』を、左手に透明な何かを掲げる。鍵はなんとなく理解できた黒狐だったが左手に持つ何かは全く理解できなかった。匂いもなければ色もない。しかし気配だけは察知できる得体のしれないものだ。
「一つは右手の鍵を選び野生に帰る。但しまた欲深い人間に捕まる危険がある。もう一つは人間を超える力を手にして人間に復讐する。但しキミは狐として元の生活に戻ることは二度とできない。さぁどっちを選ぶ?」
人間の言葉など分からない獣だったが、不思議と彼女の言っていることは理解できた。
黒狐は鍵ではなく左手の何かに向かって吠えて見せる。
静かにほくそ笑んだ彼女は黒狐が囚われた鉄格子越しに透明な何かを透過させた。〝それ〟と接触した瞬間、黒狐の中に電流が迸る感覚があった。
負のエナジーを増幅させて黒狐は巨大なアウトサイダーへと変貌していき、鉄格子を倉庫ごと破壊したのである。
激しい倒壊音と独特の獣臭さに目が覚めた密猟者たちは壊された倉庫を見て戦慄した。捕まえた野生動物たちは皆逃げ出し、ただ一匹の巨大な狐の化け物が自分達を睨んでいたからである。
「な、なんだ!? この化け物は!?」
「猟銃で撃ち殺せ!」
「ダメだ! 鉛玉が全然効かねぇ!」
アウトサイダーに通常兵器は一切効果がない。あれほど恐れていた人間の猟銃が今は玩具にしか見えなくなっていた黒狐は密猟者達に襲い掛かった。仲間達がやられたことと同じように罠で足を怪我させた男の足首は噛み千切ってやり、皮をはいでいた男は爪で皮膚をひっくり返すような抉り方をした。因果応報といえる命の奪い方をした。
食い殺さなかったのは同業者に対する警告として死体を残しておきたかったためである。今後この森で同じことをすればコイツらと同じ運命になるぞというメッセージだ。
一連の出来事は北海道密猟者怪死事件として世間に認知されることになる。
「やはりネガタイドは人間以外の生き物に対しても有効だったか。ありがとう、狐さん。精霊への対抗策として有益な情報を得られたよ」
「こちらこそ、礼を言うぜ。おかげで仲間達の無念を晴らすことができた」
巨大化した黒狐は子犬程の大きさに縮んでペコリと頭を下げる。
これには半仮面の女も大きく目を見開いた。
「驚いた。言葉が分かるのもだけど、感情爆発しても人格を保っているのか。それだけ人間への憎悪が大きかったということかな……興味深い」
「難しいことは知らねーが、力をくれたアンタに服従しよう。ご主人の名前を教えてくれるか?」
「ボクか? 名はロスト。《アンビバレンス》のロストだ。キミは?」
「名前なんかねーよ。俺はただの狐だ。狐たちの代表さ」
「じゃあキミのことはフォックスと呼ぼう。ボクの手足として動いてくれる?」
「ああ。どの道、行き場所もねーからな。よろしく頼むぜ、ご主人」
こうしてロストとフォックスの主従関係は始まった。
天涯孤独のロストは一人に任務にあたることが多かったが、フォックスのサポートができたことで実績が瞬く間に上昇していき、見事幹部クラスに昇格したのである。




