第十一話 二対二
オーガスパイダーに向かって駆け出す後輩の背中をエールで押したブラック☆ライターはフォックスと対峙する。
既にこちら側も戦闘が始まっている。フォックスは名前の通り狐のような俊敏性で翻弄しながら炎の攻撃を得意としていた。ブラック☆ライターも炎の牽制を魔法の杖で防ぎながら相手の力を分析していく。
どうやら手から炎を構成できるらしいが高火力や大きな炎を作るにはそれなりの時間を要するようだ。相手に大技を作る隙を与えなければ良いと考えたブラック☆ライターは手数でとめどなく攻め続けた。
純粋な力同士でぶつかれば自身が不利と判断したフォックスはそれとなくオーガスパイダーとホワイト☆ドリームが闘う付近へ誘導して揺さぶりをかける。
「いいのか? アレは半人前でお前より弱いだろう? 独りで戦わせたらヘイト級に殺されるぞ?」
「あの子を鍛えたのは俺だ。十分に戦えると判断した。あの子に足りないのは覚悟だけだったんだから」
指摘を受けたフォックスは我が目を疑った。
今までオーガスパイダーに対して防戦一方だったはずのホワイト☆ドリームが善戦し始めたのである。〈バルーンマジック〉で溶解糸を細長い風船に変えてそれをバルーンアートさながらに絞ってオーガスパイダーに巻き付ける。途中で魔法を解除し溶解糸に戻すことで逆にオーガスパイダーを拘束したのである。
「何をしている!? オーガスパイダー! 脱皮で脱出しろ!」
命令通り拘束された体を皮膚ごと脱ぎ捨てることで難を逃れたオーガスパイダーだったが既にホワイト☆ドリームの第二策に嵌っていた。
脱出の為に飛び出した先の地面が急に空気が抜けたように萎んだのである。
予め移動ルートを推察したホワイト☆ドリームが進路の道路を風船化させて絶妙のタイミングで空気を抜いたのだ。足を取られて転倒するオーガスパイダーにホワイト☆ドリームの追撃が続く。
「先程までとは別人……どうなっている!?」
「仲間がいれば俺達は無限に力を発揮できるのさ。魔法少女だからな」
「世迷言を!」
「それよりドリームの方にばかり目移りしてていいのか? 仕掛けは終わったぜ?」
ブラック☆ライターはフォックスを牽制しつつ、彼が眼を反らした僅かな間に自慢の速筆で〈ライトマジック〉を発動させていた。既にいくつもの漢字が虚空に描かれている。
『雨雲』『水泡』『水柱』『渦潮』あらゆる水属性を連想させる漢字が羅列されていた。
気が付いた時にはフォックスの頭上に雨が降り注ぎ始める。
「なんだ、この雨は!? 天気予報は晴れていたぞ! 外れてんじゃねーか!」
彼を追うように雨雲が動くために炎の威力が弱まっている。
それでも攻撃の準備の為五つの火炎弾を生成を試みるフォックス。
だがブラック☆ライターの魔法の杖の先端から放出された墨水の鞭でまとめてかき消されてしまう。
「ぬぉ! オイラの炎が!?」
「雨の中で生成される炎なんて俺の墨でかき消せるぜ。ついでに足下にも注意だ」
後退するフォックスの足下にいきなり渦潮が発生する。足を取られ転倒する彼に水柱が射出された。ものすごい水圧を腹部に受けた彼は豪快に吹き飛ぶ。
「さっき描いていた漢字の通り……遅延魔法としても使いやがるのか!?」
「気づくのが遅すぎたな。トドメだ! 〈イービルブレイカー〉!!」
魔力を収束して放つ必殺技。多くのアウトサイダーを浄化してきた最強の技である。
紫の閃光がフォックスに直撃する瞬間、別方向から同威力の大技を当てられた。
軌道を逸らされた〈イービルブレイカー〉は明後日の方角へ飛んでいく。
フォックスの前には見知らぬ半仮面を被った桃色髪の女が立っていた。別の技をぶつけて攻撃を反らしたのも彼女だろう。黒と赤を基調とした意匠でミニスカートから延びる足は黒いストッキングで包まれている。目元を隠した半仮面のせいで表情は確認できない。
「面目ねぇご主人」
仮面の女に向かって謝罪するフォックスは炎と共に黒い狐の姿になって彼女の肩に乗る。
新手の登場にブラック☆ライターは固唾を呑んだ。
今までストレス級やヘイト級を相手に戦闘経験を積んできた。フォックス相手でも難なく戦えていた魔法少女が初めて戦慄を覚える。それほどまでに半仮面の女の気迫がすさまじかった。今までの敵とは格が違うと本能的に分かってしまう。
「随分とウチの子を苛めてくれたようだね」
「先にちょっかいかけてきたのはそっちだろう」
「まぁそうなのだけど……魔法少女も精霊も嫌いだし、しょうがないよ」
悪意と敵意を隠そうともせず半仮面の女はそう言った。
披露しているフォックスを労わるようにひと撫でした彼女は虚空に穴を開く。人一人通れるほどのワームホールだ。
「この子の治療をしないといけないし、今日は挨拶だけ。再会まで腕を磨いておくことだね」
「待て! 誰なんだお前は!?」
「そうだね、自己紹介くらいはしておこうか。ボクは《アンビバレンス》のロスト」
「ロスト……?」
「《アンビバレンス》は滅びたはずぴょん! 出鱈目言うなぴょん!」
キャロットが威勢よく噛みついく。
そんな白兎を見下す視線で睨むロストは吐き捨てるように言った。
「《アンビバレンス》は滅びてなどいない。隠れて力を蓄えていたのだ。全てがお前の想定通りだと思うな、キャロット!」
「ハッ! ご主人はお前達より強いぜ、恐れおののくことだ!」
捨て台詞を吐いて穴の中へと消えていくロストたち。
彼女達を追いかけることはできなかった。戦闘で疲労していたのが大きな要因であるが万全でも挑めなかっただろう。それ程までに強い魔力を感じたのだ。
一先ず莉奈の無事を喜ぶ暇もなかった。これからはただネガタイドやアウトサイダーを倒していればいいわけではなくなったのである。
情報を知るのは〈アンビバレンス〉という悪の組織を認知していたキャロットから聞きだすしかない。莉奈を安全な場所へ運んだ魔法少女達は仲間の小動物を追求することにした。
魔法少女達の前に現れた《アンビバレンス》を名乗る者達。ブラック☆ライターら現代の魔法少女は知らない存在だった。真実を知るのは自分達を魔法少女にした精霊だけである。
「キャロット、一体どういうこった?」
「《アンビバレンス》なんて組織、聞いてませんよ!?」
「滅んだと思っていたし言う必要はないと判断したぴょん」
悪びれる態度もなくキャロットは言い切った。こういった精霊らしくない性格であることは分かり切ったことだ。未伝達のことを追求しても煙に巻かれるだけだろう。そこで魔法少女達は話の切り口を変えてみた。
「そもそも《アンビバレンス》ってなんなんだ?」
「〝ネガタイドの力を悪用する者達〟ということになるぴょん」
人智を超えた力を得ようと自らの意思でネガタイドを寄生された者、その力で世界秩序の改変を目論む者たちが集まった組織、それが《アンビバレンス》とのことだった。
当初は裏世界で成り上がったり、私的金儲けに尽力したりするだけだったが、強力な統率者が現れたことで表の世界にまで干渉するようになり魔法少女も無視できなくなった。
「長い激闘の果てに殲滅したはずぴょん」
「だがフォックスやロストは《アンビバレンス》を名乗ってたぜ?」
「あんな連中知らないぴょん。きっと隠れてた末端の残党に拾われた奴らぴょん。イキッって《アンビバレンス》を名乗ってるだけぴょん」
キャロットの言葉全てを信用できるわけではないが、倒したはずだというのは本心から思っているようだ。ロストもまた「隠れて力を磨いていた」と話していた。少なくともキャロットは本当に認知していなかったのだろう。
「あのロストってヤツ、お前のこと知ってるみたいだったが?」
「面識あるんですか? キャロットさん?」
「あんな陰気な仮面女知らないぴょん。けど僕の存在は《アンビバレンス》にとって邪魔だったから連中は誰でも僕のことは知ってるぴょん」
唾棄するキャロットは精霊らしさの欠片もない。ただ面識がないというのは事実らしい。
キャロットは兎の身体で煙草まで吸い始めた。昔解決した問題が再び表面化したことでストレスが隠しきれないらしい。
「その《アンビバレンス》って強いのか?」
「魔法少女が何人も殉職するくらいには強かったぴょんねー。ま、アイツらに敗けた魔法少女が根性なしだったという見方もできるぴょん」
「相変わらずだな、お前……」
キャロットの口の悪さはいつも通りだ。ただ彼の人物評は辛辣ながら正しくもある。
実際に魔法少女と戦争していたときの《アンビバレンス》は相当強かったのだろう。もしかしたら殉職した魔法少女の多くは彼らとの戦争が死因かもしれない。そうだとしたら現在魔法少女が殆どいなくなったのも説明がつく。キャロットは《アンビバレンス》を滅ぼしたと話していたが実際のところは相打ちだった可能性があった。
「でもそんな危険な人達のグループがまたできたのなら大変じゃないですか! わたし達魔法少女は二人しかいないんですよ!?」
「ヤベー奴はブッ殺したはずぴょん。今の《アンビバレンス》は残りカスだと思うぴょん。けど油断は禁物ぴょんねー……僕も採用活動をもっと頑張るぴょん! 業界経験のある即戦力がいればいいぴょん」
言うなりキャロットは窓から飛び出すなり走っていってしまった。
「ダメな人事そのものじゃねーか。即戦力なんているわけねーだろ」
二人目の魔法少女・ホワイト☆ドリームも最初はかなり素人だった。そもそも魔法少女の適性というのがかなり希少なのだ。男性から人材募集をしなければならない程に。ホワイト☆ドリーム以上の才覚のある人物がいるなら即刻スカウトしていただろう。キャロットの採用活動を当てにするわけにもいかなかった。
廃墟の一室に取り残された二人はこれからの行動について話し合うことにする。
「……ドリーム、友達の具合はどうだ?」
「大丈夫そうでした。折角友達を助けられて自信がついてきたのに……ヘイト級以上の敵が現れるなんて……」
一難去ってまた一難。今後はより戦いが激化していくことだろう。今回はなんとか対応できたが次も無事という保証はなかった。
「なぁドリーム。キャロットは素性を探るなって言ったけどさ、やっぱりお互いの素性は明かしとかねーか? 単騎で襲われたらすぐに助けを求められるように」
「そ、そうですね」
承諾しかけたホワイト☆ドリームの脳裏にキャロットの忠告が反復する。
絶対に自分の性別を明かしてはならない、カミングアウトすればこれまで築いてきた関係が壊れてしまうというものだ。もし拒絶されたらと考えてしまうだけで胸が張り裂けそうになる。二人のチームワークが乱れれば巨悪に立ち向かうこともできなくなるだろう。
あらゆる不安が心を蝕み、喉まで出かかった言葉が引っ込んでいく。
「あの、やっぱり……わたしは……」
「そっか。考えてみたら見知らぬオッサンに住所明かすようなもんだもんな。男子学生でも警戒するよなぁ、無理言ってごめん」
「すみません、先輩を信用してないわけじゃないんです! ホントは明かしたいんですけど! ……なんというか幻滅させたくないっていうか、その……今はごめんなさい」
ブラック☆ライターもまさか相手が本物の女の子だとは思っていなかったが、何か事情があることを察してそれ以上追求しなかった。折衷案としてSNSアカウントを新規作成して連絡先を交換するという方針で同意することとなる。
そうして互いに別れの挨拶を交わして帰路につくホワイト☆ドリームは変身を解除した。
「一般の人はともかく、背中を預ける仲間にさえ正体を隠し続けなければいけないなんて……魔法少女、思ってたより辛いな」
少女の小さな弱音は夜風にかき消された。




