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#07 理子の想い



────わたしのこと、好きなの…?


その言葉に、ハルトは動けずにいた。

どうにか目を逸らし、動揺を抑えながら口を開いた。


「は?好きなわけねーだろ…!なんでそう思ったんだよ」


「…拓真くんから聞いたの。」


目を伏せた理子は、あっさりとその名前を口にした。


「あの野郎…」


ハルトは理子に聞こえないくらい小さく呟いて、毒づいた。


「修司との10年分の想いを、忘れさせる自信があるって言ってたって…」


理子は俯いたまま静かに言い、それからゆっくりと顔を上げた。


「ねぇ、本当なの…?」


理子の、今にでも壊れてしまいそうな瞳を見て、ハルトは逃げ場のなさを感じた。


自分の気持ちを伝えるつもりはなかった。

でも、明るみに出てしまった以上、ごまかしてもこじれるだけかもしれない。

それならいっそのこと────


なにより、その瞳に嘘はつけない気がして、ハルトはもう、目を逸らす気にはなれなかった。


「ああ……本当だよ。そう言った。」


ハルトのごまかしのない真っ直ぐな言葉が、理子の胸に静かに響いた。


「好きなんだよ、姉ちゃんのことが。ガキの頃からずっと」


そう────ずっと好きだった。

初めて会った、子供の頃のあの日から。

大人になった今でもずっと────。



理子はゆっくりと目を伏せた。

戸惑いから言葉を失う。

それでもわずかに唇を震わせながら言葉を紡ぐ。


「ハルトの気持ちには応えられない…。私はハルトのお姉ちゃんだから…」


ハルトは大きく溜息をつくと、片手を額に当てうなだれた。


「そう言うと思った。でもお姉ちゃんって言うけど、血は繋がってねーけどな」


そう言って、ハルトはちらりと理子を見る。


「わかってる……」


「そのあとは“ハルトのことは男として見れない“って言うんだろ」


理子は首を小さく横に振った。


「姉弟じゃなきゃよかったのに…そう言おうとした。」


理子は目を伏せたまま力なく笑ったが、ハルトの顔には暗闇に一筋の光が差したような表情が浮かんだ。


「え……それって…どういう意味…」


理子は無言で少し俯いたまま、ハルトと一瞬だけ目を合わせ、すぐに逸らした。


「…ごめん、今夜はもう寝る。」


立ち上がり、そそくさとベッドへ入っていく理子をハルトは目で追った。


「え…姉ちゃん…まだ話終わってねーだろ…」


理子は布団から顔を半分出すと、頬を赤らめながらハルトを睨んだ。


「ハルト、襲わないでよ」


「はぁ!?襲わねーよ!理性くらいあるわ!」


ハルトは呆れたように目を見開いた。


「距離とって寝てよね」


「あったりめーだろ!」


間髪入れずにハルトは答える。


「寝顔にキスもなしだからね」


まだ睨みつつも、理子の胸はわずかに高鳴っていた。


「するわけねーだろ!!」


ハルトの声が、静かな夜の山々にまでこだましたのだった…。





厚いカーテンの合わせ目から、太陽の光が細く差し込んでいた。

薄暗い静かな部屋には、寝返りを打つシーツの擦れる音と、理子の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。

背中に感じるぬくもりに目を覚ました理子は、胸を高鳴らせ、身動きが取れずにいた。


すぐ後ろにハルトの気配がある────


その緊張感に、瞬きさえも忘れてしまいそうだった。


「……ん…」


ハルトが小さく身じろいで、ゆっくりと目を開けた。

ぼんやりとした視界の輪郭が少しずつはっきりしていく。

次の瞬間、ハルトは目を見開いた。


理子を、後ろから抱きしめている────


心臓が、どくんと跳ねた。

ふわりと掠める髪の香り。柔らかな感触。

呼吸さえ、忘れてしまいそうになる。


理子はまだ眠っているのだろうか、それともこの状況に気づいているのだろうか、確かめたくて仕方がなかった。


ハルトの、寝息ではない呼吸が理子の首筋を掠め、理子はハルトが目を覚ましたことを確信した。少し身じろいでから、肩越しに小さく振り返った。

様子を伺うように見ていたハルトと目が合った。


「あ……ごめん…寝相、悪くて…」


ハルトは低く呟いて身体を離した。


その時────

ピンポーン!と、朝の静寂を破るようにインターホンが鳴った。






「おはようございまーす!」


ハルトが扉を開けると、ミチルの元気な声が飛んできた。

そこには、仲良く手をつないだミチルと拓真がいた。

ハルトの背後で眠そうな顔で立つ理子を見て、ミチルは口に片手を当てた。


「あ、ごめんなさい、まだ寝てました?」


「寝不足ですか~?先輩」


意味ありげにニンマリと笑い、語尾を弾ませる拓真を、ハルトは睨んだ。

拓真は慌ててそっぽを向いて頭をかいた。


「まだ6時だけど…どうしたの?」


言い終わると同時に、理子は欠伸をした。


「朝のお散歩をしようと思って、誘いに来たんです!自然に囲まれた朝の清々しい空気、気持ちいいですよ!」


「どうする?」とばかりに振り向いたハルトと、理子は顔を見合わせた。


「絶対楽しいですよ~!手をつないで~自然の中歩いて~こうやって二人で写真撮ったりして!」


ミチルの言葉に、拓真がポケットから取り出したスマホを持って腕をのばすと、ふたりは顔を寄せ合いポーズを決めた。「イエーイ」と声を上げている。


理子はふっと笑った。


「わかった!支度するから、向こうで待ってて!」


理子がノリよくミチルに向かってそう言うと、ミチルと拓真が揃って笑顔で小さく手を挙げ、


「はーい!」


と、楽しそうに口を揃えて言った。


ハルトは二人を遮るように、パタン…と静かに扉を閉めた。

静かな空間で、昨夜のことと、さっきのベッドの中でのことを引きづった、気まずい空気が流れ始めた。


立ち尽くすふたり。

理子がふと部屋に向き直り、背を見せた。

沈黙を破ったのはハルトだった。

言葉ではなく、後ろからそっと、理子を抱きしめた────


「…ハルト…?」


理子は驚いて、声も体も固まった。


「ごめん…。もう…我慢できなかった」


理子の首元に顔を埋めて、ハルトは小さく息をついた。


「姉ちゃんのこと…ほんと…好きなんだ…。もう諦めようと思ったけど……やっぱ無理」


昨夜の告白をきっかけに堰を切ったように、想いが溢れ出す。


「俺…重すぎて嫌かもしれないけど…姉ちゃんのあの10年も、忘れさせるから…だから…」


「ごめんね、ハルト……」


理子がハルトの言葉を遮るように、ポツリと呟いた。


「やっぱりあんたの気持ちには応えられないよ…」


顔を見なくてもわかる切なさを帯びた理子の声音は、ハルトの胸を締め付けた。


「…姉、だから?」


理子がコクンと静かに頷いた。


「姉ちゃんの気持ちはどうなんだよ…」


そう言ってハルトは理子から名残惜しげにそっと離れた。


「姉弟じゃなきゃ良かったって、あれ、どういう意味」


小さな背中に問いかける。

理子は目を伏せたまま答えられなかった。


「……俺のこと、意識したことある?」


質問を変えると、理子はまた、コクンと静かに頷いた。


途端、ハルトの胸に小さな光が灯った。

ハルトは思わず口元が緩み、手で覆った。


「じゃ、じゃあ俺のこと──」


「先輩!まだっすか!?」


ハルトの言葉を遮るように、拓真の声と扉をドンドン叩く音が重なった。


「うるせーな!今行くよ!!」


ハルトは振り向くとドアに向かって苛立ちをあらわにした。


「ハルト…」


理子が柔らかな表情を浮かべて、ハルトの方を向く。


「支度して、散歩、行こ」


ハルトは聞き損ねた悔しさが燻ったが、1歩前進したことが嬉しくてたまらない。


「おう」


半分ニヤけながら返事をした。






木立に囲まれた遊歩道を、4人はゆっくり歩いていた。

外は雲ひとつなく、朝からよく晴れていた。

鳥のさえずりが耳に心地いい。

都会とは違う澄んだ空気が、理子の寝起きの体にじんわりと浸透していった。


「わぁ、緑がいっぱーい!」


ミチルが辺りを見渡して楽しげに声を弾ませた。


「こういうところでお散歩デートするの、憧れだったんだ~!」


「クマが出たら俺が守ってあげるからね」


拓真が隣で格好つけた低い声で言った。

表情もキリッと決めている。


「えー拓真くん頼もし~い!じゃあ私は逃げちゃおーっと!」


「えー逃げんなよ~。クマに乗って追いかけちゃうぞ、ガオー!」


「キャー!」とはしゃぐミチル達のすぐ後ろを、ハルトと理子は少し距離を空けて静かに歩いていた。


──ハルトの告白が、理子の頭から離れずにいた。


血の繋がりはないけれど、弟として何年も一緒に過ごしてきた。

あの頃のハルトはまだほんの子供で、意識することなんてなかったのに。


ふと、理子はハルトに気づかれないように、ハルトを見た。

その横顔は、静かに凛としていた。


いつの間にか自分よりも背が伸びて、声も低く男らしくなって。頼もしい大人になっていた。

距離が近づくたびに、ほんの少し意識してしまう自分がいる。

抱きしめられたさっきも────。

でも──“弟”という言葉が胸に重くのしかかる。


そのとき────


「あれ~?ハルトさんと理子さん、手繋がないんですか?」


ミチルが振り返って首を傾げた。


「こないだのパーティーではあんなに密着してたのに!」


ハルトも理子も慌てて視線を逸らした。


だが、次の瞬間────


理子の手に、温かいぬくもりが不意に伝わった。


「昨夜、ちょっと痴話喧嘩しちゃってさ。気まずかったんだけど、ミチルちゃんのおかげでこの通り。サンキュ」


ハルトは繋いだ手を軽く持ち上げて見せた。


「キャー!私って愛のキューピットだね、拓真くん!」


「いやいや、ミチルちゃんは天使だよ。なんつってー!」


拓真が調子に乗って下品に笑い出す。


「もうやだぁ、拓真くんてば!」


ミチルは照れてまんざらでもなさそうだった。


そんな光景を横目に小さく笑いながら、理子はふと握られた手を見つめた。


ハルトは指を絡め、ギュッと握っていた。

昨夜の、来世の話をしていた時のように、

“離さない”とでも言うように…


しかし理子は違った。

自分の指と指の間に、ハルトの指を通しているだけで、ギュッと握り返せずにいた。

宙ぶらりんの気持ちが、指先にまで現れる。

もっと、素直になれたら楽なのに────。


「理子?」


ハルトの呼ぶ声に、理子はゆっくり顔を上げた。


「どうかした…?」


ハルトは優しい瞳で、どこか心配そうに聞いた。


ハルトはいつもそうだ──と、理子は気がつく。

自分の些細な変化に気づく。小さなため息でさえ拾う。自分のことを、いつでも見ていてくれる。


理子は静かに微笑んだ。

愛しい恋人を見つめるかのように。

そして────そっと、手を握った。


「ハルト。私のどこが好きなの?」


「は?なんだよ急に…」


ハルトは眉を寄せたが口元は緩んでいる。


「聞きたくて」


するとハルトは目を逸らして、仕方なさそうに口を開く。


「……可愛くて明るくて飾り気なくて素直で…あと、危なっかしくて放っておけないとこか…」


どんどん出てくる嬉しい言葉に、理子は自分で聞いておいて恥ずかしくなったが───


「それと食い意地張ってるとことか…」


理子は一瞬にして眉を寄せた。

ハルトは褒めたつもりだった。


「はぁ?なにそれ。わたしのどこが食い意地張ってるっていうのよ!」


「はってるだろ!」


ハルトは理子の自覚のなさに呆れ笑った。


「昨日だって肉てんこ盛りにして食ってたし!だいたい俺褒めてんだぞ!」


「はぁ?だったら“おいしそうに食べるところ”って言いなさいよ!食い意地張ってるなんてレディに言うことじゃないでしょ!」


「どこかレディだよ!昨夜なんて口開けて腹かいて寝てたくせに!」


まだまだ終わりそうにない賑やかなふたりを、少し離れたところでミチルと拓真が立ち止まり、振り返って見ていた。


「あれー?理子さんとハルトさん喧嘩してる?」


ミチルが心配そうに言った。


「ん?また痴話喧嘩だろ」


「そっか。喧嘩するほど仲がいいっていうもんね~」


ミチルは、ふふっと柔らかく笑った。


「ねぇ、拓真くん。みんなで写真撮ろうよ」


そう言ってミチルは、理子とハルトのもとへ駆け寄った。

そして、賑やかに言い合いをするふたりの横顔に笑いかけた。


「4人で写真撮りましょ!」


ハルトと理子は顔を見合せ、視線を逸らした。


鮮やかな緑の木立をバックに、4人一列に密着し、笑顔を浮かべる。


「ハイ、チーズ!」


端にいる拓真がスマホを横に持ち、シャッターを切った。


木立の葉が、朝の柔らかい風に吹かれて静かに揺れていた。







朝の太陽の下、その男は必死だった。

グリルの前で、ホットサンドメーカーと対峙している。

分厚い食パンのせいで、蓋がなかなか閉まらない。


「ぐぬぬぬぬぬ…」


必死のあまり声が漏れた。


あと5センチ、あと2センチ…

カチッと、ようやく音が鳴る。


「…よし!」


拓真は小さく呟き、ふぅと息をついた。


「きゃー!拓真くん、かっこい~!」


ミチルが盛大に褒めると、拓真はデレデレした。


その横でハルトもホットサンドメーカーと向き合っていた。

拓真とは違い、扱いにそつがなくどこかスマートだった。

ホットサンドメーカーの横では、卵が4つ割り入れられたフライパンで、目玉焼きを作っている。ついでのように、さりげなくウインナーも転がしていた。


「わぁ、ハルトさん器用ですね~。素敵~!」


ミチルの言葉で、拓真は思わずハルトの手元をチラリと見やる。

対抗意識を燃やすも「ケッ!」と吐き捨てるだけだった。



サラダと目玉焼き、ウインナー、そしてホットサンドがのったワンプレートが、朝のテーブルに並んだ。


三角形にカットされたホットサンドの断面は、チーズがトロッと溢れ、朝から食欲をそそるものだった。


「ん~!拓真くんが作ってくれたサンドイッチ、すっごく焦げてるけどおいしいね!」


ミチルは無邪気に笑った。


「ミチルちゃんに恋焦がれすぎて、サンドイッチも焦がしちゃったんだよ…」


拓真は格好つけて言うも、


「えー、単なる失敗でしょー?」


と、ミチルにくすくす笑われる。


「失敗じゃねーやい!」


拓真の自尊心はズタズタに切り刻まれ涙声になっていた。


「理子は?おいしい?」


ハルトが聞くと、理子はおいしさのあまり何度も頷いた。


「うん、おいしくて幸せ」


モグモグと頬張りながら、口元に手を当てて幸せそうに笑う。

そんな理子を見て、ハルトは嬉しそうに目を細めた。


「あ~あ、もう帰るのか~、もう一泊して行きたいな~」


ミチルが名残惜しそうに言うと、拓真はまたキリッとなる。


「ダメだよ、明日からまた仕事があるからね」


「ノリ悪い拓真くんきらーい」


ミチルがそう言ってプイッと顔を背けると、拓真はいつもの調子に戻った。


「えー怒らないでよ、ミチルちゃーん。じゃ1週間くらい泊まってく?」


「1ヶ月!」


容赦ない言葉が飛んできたのだった。


「冗談はさて置き~。この後どうします?」


ふざけていたミチルが少し真面目な顔になって、理子に視線を向けた。


「うーん?どこか観光は?」


「良いですね!あっ、じゃあここから少し行ったところにある、石の教会に行ってみませんか?」


「石の教会?うん、いいね」


理子はすぐに返事をした。


「わたし、将来のために見学したくて」


そう言い終わるとミチルは拓真にウインクをした。拓真は「うっ……」と言って胸を抑えた。


「そこ、運がいいと中に入れるんですよ」


声を弾ませるミチルの横で、拓真は密かに頭を押さえた。


「将来……教会……結婚……マジか……」


絶望的な表情を浮かべ、小声でそう呟いたのだった……。







車を走らせて40分ほど。

静かな木立の中に、その教会は不思議な存在感を放って佇んでいた。

緩やかな曲線を描く石の建物。

一見、その表情は冷たそうだが、幾重にも重なった石のアーチによって、どこか柔らかい雰囲気を漂わせている。


「わぁ、すごい……」


建物の前まで来た理子が、思わずそうもらした。


「今は挙式やっていないみたいなので、中に入って見学できるみたいです!行ってみましょ!」


ミチルがいつも以上に声を弾ませて理子の手を引っ張った。


「ほら、拓真君とハルトさんも早く!」


少し後ろからこちらに向ってくるふたりに目をやり、手を挙げた。


「ハルト~、教会なんて行きたくねぇよ~」


拓真はそう言って歩きながらハルトの肩にもたれ掛かり心底嫌そうな顔をした。


「あ?なんでだよ」


「なんでだよって、お前なぁっ」


拓真はパッと頭を持ち上げた。


「俺たちくらいの年齢の男たちは、教会とか、将来とか、結婚とか、そういう圧にビビるんだぞ」


「そうか?俺は早く結婚したいけどな」


そう言って無邪気に笑うハルトの横顔を見て、拓真は肩を落とした。


「そうか……おまえは彼女の部屋にゼクシィがあってもドン引かない種類の男か…」


「さっきから何言ってんだよ。好きなんだろ、彼女のこと。だったら責任取れよ」


「なんでお前はそんなに責任感が強くてかっこいいんだよ!なんかムカつくな!」


そう言うと、拓真はハルトの首に腕を回しヘッドロックを仕掛ける。


「おい!やめろって!拓真!!……おい!」


そんなやり取りをしながら、2人はゆっくりと教会へと歩いていった。





中へ入ると、ひんやりとした空気に包み込まれた。

他に見学者は見当たらず、静かだった。

まるで、世界には理子達しかいないような、そんな錯覚に囚われた。

天井アーチの隙間からは太陽の光が柔らかく差し込み、壁や床を照らしている。

石の壁に彩られた緑が鮮やかに輝いていた。


「素敵…」


ミチルがその光景にうっとりしながら呟いた。


「私こんなところで挙式したい……」


その言葉を聞き逃さなかった拓真は、顔を横に小刻みに振り、震えていた…。


ハルトは──祭壇に立つ自分と理子を想像した。


純白のドレスを着て照れくさそうに微笑む理子と、黒のタキシードを着て胸を張る自分を。


大勢の人達が見守る中、永遠の愛を誓い合い、キスをする────


そこまで想像して我に返り、少し前にいた理子の隣に並んだ。


理子はふと、隣にハルトの気配を感じ、ハルトの存在を意識する。


───もし、ハルトと。


そんな想いがよぎって、理子は目を伏せた。

胸の高鳴りも、無視した。


「ねぇ拓真くん!祭壇に立ってみようよ」


ミチルの一声に拓真はぎょっとした。


「え、いや、いいよ、よそうよ。今日は仏滅だし、俺、高所恐怖症だから」


祭壇は、さほど高くない。

ミチルはふざけたことを言う拓真の腕を引っ張り、祭壇へ上がった。


「わぁ、こんな眺めなんだ。素敵~。ね、拓真くん!」


拓真は激しく同意するかのように真顔で小刻みに、今度は縦に何度も首を振っていた…。


「次は理子さんとハルトさん!」


「え?」


ハルトと理子の声が重なった。

ミチルは祭壇から降りると、ハルトと理子の手を引っ張った。


「ほら、ふたりとも、早く早く!」


「えっ、ちょっと、私たちはいいよー!」


理子は抵抗するもののミチルの力に敵わず、あっという間に祭壇に上がらされてしまった。


そこから見えた広がる景色に、理子は息を飲む。

隣には、すこし照れくさそうにしているハルト。


視線が重なり、まるで、本当に────。


「本当に愛を誓い合う2人みたい!素敵!絵になりますね!」


理子は、自分の想いとミチルの言葉が重なったことにハッとして、ミチルの方を見た。

ミチルは祭壇から少し離れたところで、小さく拍手をしていた。


ハルトは隣に立つ理子を見ていた。

何やら驚いている様子だが、さっき思い描いた光景と重なってしまう。


いつか、本当にそうなれたら────。


ふと、また理子と目が合った。

だがすぐに理子は、ハルトから視線を逸らした。


「……もう、下りよう?私達には、関係ないし…」


夫婦の会話としてそう言ったのか、わからない。

だが、理子のその言葉は、ハルトの胸に容赦なく刺さった。

ハルトは、成就しない恋を突きつけられるような言葉として、受け取ってしまった。


背を向けて下りる理子の後を追うように、ハルトは目を伏せて下りた。

心に刺さった棘が、抜けないまま───。





外からの灯りと廊下の灯りだけが頼りの、薄暗い寝室に理子はいた。

ドアのすぐ横にあるチェストの上に置かれた小さなボックスに指輪を戻すと、理子はふっと笑みを浮かべた。


ハルトと過ごした日々が、静かに思い出される。


短い時間で、いろいろなことがあった。

思い出すと思わず笑みがこぼれてしまうことがたくさん。

ハルトのおかげで、傷心した心はいつのまにか癒えていた。ここへ来て良かった。

だけどもう────。



コンコンと、ハルトが開き放たれているドアをノックした。


「俺も指輪、戻しに来た」


「うん……」


そう言って理子が手のひらを広げると、ハルトは理子の手にそっと指輪を置いた。

理子はそれを少し眺めてから丁寧にボックスに戻した。


「いろいろ楽しかった…」


理子がポツリと呟いた。


「ああ、ダブルデート?……まぁ、楽しかったよな。」


理子は小さく首を横に振った。


「そうじゃなくて……」


そう言って理子はハルトと向き合う。


「ここへ来て、ハルトと過ごして、助けてもらって、守ってもらえて…楽しかった。それに……」


理子はそこで一呼吸置いて目を伏せた。

ハルトは理子から目が離せずにいた。


「ハルトの気持ちも嬉しかった」


顔を上げた理子の、切なさが溢れ出る笑顔とその言葉に、ハルトは理子を訝しそうに見つめた。


「姉ちゃん……?」


「私……明日、ここ、出ていくね」


理子は静かに、言い切った。


「……は?」


ハルトはそれだけ漏らして息を飲んだ。


「俺が部屋探せって言ったから?……あれはもういいんだ……ここにいて欲しい」


ハルトは感情が抑えきれず、思わず強く理子を抱きしめた────。


「ごめん……出ていかないで…」


低い声を震わせ、腕に力が入る。

ハルトは少し体を離し、理子の顔に自分の顔を近づけた。

唇が触れそうになった、その瞬間───

理子は顔を背けた。


「…ハルト、言ったでしょ?あんたの気持ちには応えられないって」


理子は顔を背けたまま、茶化すように笑った。

だがどこか、胸が締め付けられるような口調だった。

そしてゆっくり顔を上げた。

その顔はハルトを睨んでいた。


「今キスしようとしたでしょ。罰金3万円払って」


理子は手のひらを差し出す。

ハルトは視線を逸らし苦笑した。


「からかうなよ……」


「あんたがキスなんてしようとするからでしょ」


「好きなんだからしたくなるの、当然だろ!」


思いがけず、その言葉に理子は黙った。

ハルトは気まずそうに頭をかいた。


「……いや、でも、姉ちゃんを好きって気持ち我慢するから。ここにいて欲しい」


理子は小さく息をついた。


「……出ていく理由はね、私が出ていきたいから。ハルトのそういう気持ち知ってて、一緒にはいられない」


ハルトは唇を噛んだ。言葉が見つからない。

理子は精一杯の笑顔を浮かべた。


「バイバイ、ハルト」


押し寄せる悲しみにこらえきれず、理子の声は少し涙声になった。

理子が、寝室のドアを静かにパタンと閉める。

この気持ちを、断ち切るかのように───。



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