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#06 ハルトの気持ち ꕤ︎︎後編ꕤ︎︎



「わーっ!すっごーーーい!!」


城山ミチルの声が大自然に響き渡る。

目の前には一面の緑と大きな山々、そしてドーム型の白い大きなテントが6棟立ち並んでいた。


「ん~!気持ちいい~!」


理子は車から降りると大自然の空気を吸い込み、大きく背伸びをした。

太陽の光を受けて、左手の薬指の指輪がキラリと輝いた。


「ねぇねぇ理子さん、写真撮りましょ!」


「いいね~!撮ろ撮ろ!」


ラグジュアリー感満載のグランピング施設と雄大な自然をバックに、女同士、はしゃいだ声が弾けていた。


「おーおー、あんなに喜んじゃって。可愛なぁ」


車から荷物を出しながら拓真が、遠くの女性陣を見て言った。


「ハルトよかったな~、楽しそうな姉ちゃんの顔見れて。俺のおかげだぞ」


胸を張っている拓真の隣で、ハルトは荷物を手に持つ。その手の薬指の指輪が雲の影に隠れた。


「ああ。余計なことしてくれたお前のおかげだよ。ありがとなー」


ハルトが感情をのせずに言うと拓真は不満そうな表情を浮かべた。


「ねぇ。それ褒めてんの?嫌味なの?どっちなの?」


「両方、だよ」


ハルトはそう言って、トランクの扉をバタンと閉めた。





そこはホテルさながらのスタイリッシュな大空間だった。


「わぁー…すごい!」


理子は荷物を床に置いて立ち尽くし、辺りを見回した。


大自然が望める大きな窓。窓の両脇には束ねられたサテン生地のベージュのカーテンが、ゴージャスな雰囲気を醸し出していた。

その窓際には、そこで景色を楽しむのか、小さな丸テーブルと椅子が二脚。

足元を見れば青の絨毯が広がっていた。まるで水辺にいるかのように鮮明な色だった。

そして大きなベッドと、小さなふたり掛けのソファとテーブル。

高級感漂うインテリアが洒落ていた。

天井から垂れる大きな丸いペンダントライトも素敵で、理子は突っ立っているだけで幸せな気持ちで満たされた。


「わぁー!ロマンティックー!」


ミチルが理子の背後で、雰囲気台無しの声を上げた。


「ねー理子さん、見て見て!大きなベッド!ハルトさんと仲良く眠れますね!」


ミチルの無邪気な言葉に、理子は苦笑いを浮かべた。


「そこは別々の方がよかったかな…」


「夫婦なのに何言ってるんですか~!ねぇ、ハルトさん!」


「ああ…うん…まぁ」


ハルトは答えになってない返事をして、頭をかいた。


「ミチルちゃーん、早く俺たちのテント行こうぜ」


拓真が痺れを切らして興奮気味のミチルに声をかけた。


「うん!じゃあ理子さん、ハルトさん、またあとで!」


そう言って足早にテントを出て行った。

嵐が過ぎ去ったあとのような静寂に包まれる。


理子は横目でチラリとベッドを見てからハルトの方を見た。


「……ベッド、ひとつだね」


「ああ…俺、ここで寝るから」


ハルトは素っ気なく言ってソファへ座った。


「えー?いっしょに寝ようよ。昔みたいにさ」


理子がハルトの隣に座って不服そうな顔を見せながらも呑気なことを言う。

ハルトは距離が近い姉にうんざりする。


「はぁ?」


「子供の頃さ、二人で布団の中でゲームしててそのまま寝ちゃったこと何度もあったじゃない。あんた寝相悪くてさー」


理子が楽しそうに笑い出す。


「ガキの頃と今とじゃ、いろいろ違うだろ」


ハルトは顔をそむけた。


「こーんな大きくなったけど、いつまでもかわいい弟よ。何が違うのよ~」


理子がふざけてハルトの髪をグシャグシャッとする。


「何がって…俺は、もうガキじゃねぇよ」


そう言ってハルトは自分の髪に触れる理子の手を振り払うように、理子の手首をぐっと掴んで振り返った。


見つめ合い、時間が止まったように動かない。

手に込められた力強さが、昔のハルトとは違っていた。

ガキじゃないと訴えかける男らしい目も。


先に逸らしたのは理子の方だった。


「そんなこと、わかってるわよ…。」


ハルトの力が一瞬緩んだ隙に、理子はそっと手を引っ込めた。小さく息をついた。


「でもベッド、あんなに大きいんだし、離れて寝ればいいじゃない」


「……わかったよ」


ハルトはそれ以上、何も言わなかった。


────数日前からどことなく変わったハルトの空気感。


街コンの帰りに感情的になって何かを訴えてきたり、突然、「出てけよ」とばかりに部屋探しを促してきたり。


理子はハルトの変化に気づいて、距離を感じていた。


てっきり、街コンで露出した服装をしていたのが原因かと思っていたが…。

もっと何か、他に原因がありそうだった。






「わ~!このお肉、テンションあがるー!」


グリル横に置かれた上質そうな肉を見てミチルが興奮気味に声を上げた。


豪華な厚切りの牛ステーキ、牛カルビやロースまで並び、その隣にはワイルドさを漂わす骨付きのスペアリブ、太めのソーセージも揃っていた。


「海鮮もすげーな!」


ミチルの隣で拓真も興奮気味に声を上げた。

殻付きのエビに大きなホタテ、串刺しイカが顔を揃えている。

パプリカやズッキーニの野菜も彩っており、準備は万端だった。


「やっぱ宿泊料高いだけあるわ…」


拓真が感心したように言った。


「ねぇ、先輩。最高じゃないっすか?」


拓真は、グリル前に立って火加減を見ているハルトに声をかけた。

いつかのカップルパーティーで格付けされた先輩と後輩の設定を忘れていなかった。


「おお。火も落ち着いてきたからもうそろそろ焼くかー」


落ち着いた口調で言ったハルトの様子は、以前の偽夫婦を演じた時とはどこか違った。

理子はテーブルに皿を並べながらそんな小さな違和感を感じ、首を傾げた。



青空の下、鉄板に肉をのせたジュウッという熱い音が大きく広がった。


「キャー!いい音~!」


ミチルが歓声をわかす。まるでアイドルのステージに送る言葉のようだった。


「うっわ、この肉マジうまい!」


ミチルの隣で拓磨は缶ビールを片手に骨付きのスペアリブにかじりついていた。


「先輩、どんどん焼いちゃってください!」


拓真がグリルに立つハルトの背に言葉を投げるとハルトは缶ビールをひと口仰いだ。


「わ!このお肉も最高!」


そう言って厚切りステーキを頬張る理子の皿にはいくつもの肉が盛られていた。


「理子さんそんなにたくさんお皿に取って、欲張りすぎですよー」


ミチルが楽しそうに笑う。


「えーだってどれもおいしそうだから」


理子の恥ずかしそうに笑う声を背後で聞いたハルトは、チラりと理子を見てふっと笑った。


「ほら、理子。野菜も食えよ」


「え?」


背後からハルトに名前で呼ばれ、理子は思わず振り返った。

ハルトが理子を見ながら野菜の盛った皿を差し出していた。


「あ、うん。ありがとう…」


受け取ると、ハルトはまたグリルに向き直った。


「わぁ。理子さんとハルトさん、なんかいいですね。自然体で」


今の光景を見ていたミチルがすかさず言った。


「わたしも拓真くんと早くそうなりたいな~」


拓真は絵に書いたように鼻の下を伸ばした。


「でも10年も一緒にいるってすごいですよね」


ミチルは肉を頬張る理子に話しかけていたが、焼きあがった肉をテーブルに運んできたハルトに視線を移した。


「10年て、どんなかんじですか?」


理子もハルトに視線をやった。

きっとなにか、優しい言葉を言ってくれるに違いない──そう思った。


「……べつに、普通だよ」


ハルトの態度が素っ気ない。


「この先…何があるかわからないしな」


呟くように言ってグリルに戻って行った。


頭上から降った冷たい言葉が、理子の心の奥底に沈んでいく。


「えー…そうなんですね。理子さんはどうです?」


「え?あ…まぁ、私も普通かな~。」


ミチルの視線に我に返った理子は平静を装った。

笑顔を浮かべるもどこかぎこちなかった。


「10年なんてあっという間で、意外と薄っぺらかったりするしね」


強がってしまった。

10年の重みは誰よりも自分がわかっている。


「理子さん」


ミチルが小声になり、前かがみで理子に顔を寄せた。理子もつられて身を寄せる。


「ハルトさん、どうしたんですか?こないだのパーティーの時と雰囲気違いません?」


理子は肩越しにハルトの様子を伺うように小さく振り返った。


後ろから見えたその横顔は、あの時のパーティの時の顔とは違って、この状況を楽しんでいないように見えた。


理子は向き直ると、ミチルに「わからない」と言うように首を傾げた。





────やっぱり、何かがおかしい。


理子はトイレを済ませ、手を洗いながらそう確信した。


この先、何があるかわからないしな───。


ずいぶん後ろ向きな言葉だった。

パーティーの時は、もっと優しくてロマンチストだったはずなのに。


ついでに蘇るのは街コンの帰りのハルトの言葉。


俺の気持ちも知らないで────。


ハルトの気持ち…

考えても、やっぱりわからない。



バタン!という扉が閉まる音がしてそちらの方に目をやると、拓真が大量の缶ビールや缶チュウハイを冷蔵庫から出して抱えていた。


「あ、理子さん。楽しんでますか?」


理子に気づいた拓真が、愛想笑いを浮かべると理子もニコッと笑った。


「うん。ありがとね、こんな素敵なところ予約してくれて。」


「いやいや。思いっきり楽しみましょうね」


拓真は少し照れている。

理子はふと、拓真に歩み寄った。


「ねぇ、拓真くん。ハルトの気持ち…知ってる?」


そう言って、どこか試すように拓真の顔を覗き込んだ。


「え?ハルトの気持ち?…知ってますけど」


数日前ハルトと休憩室で話した話を、拓真は自然と思い出した。


「どう思う?」


理子は拓真を真っ直ぐ見つめ、柔らかい口調ながらも核心に迫った。


「え?そりゃあ応援したくなりますよ!」


「応援?」


理子は小さく首を傾げた。


「だって、好きな気持ちは止められないっす。相手がたとえ、血の繋がらない姉ちゃんだとしても」


思わず、耳を疑った。

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「………え?」


理子からかろうじて出た言葉だった。


動揺と困惑が、静かな水面に落ちた水滴のように、心にじわっと広がっていく。


「ハルトが…わたしを好き?冗談でしょ?」


理子はぎこちない笑みを浮かべて聞いた。


「……え?あれ?知らなかったんすか?!だってあいつ、このまえ、姉ちゃんに告ったって言ってて…」


拓真は慌てふためく。


「10年分の思いを忘れさせる自信ある、とか…あ、それは理子さんには言ってないのか?あれ、俺、余計なこと言ってる?」


───10年分の想い。

その言葉に、理子は覚えがあった。

理子は片手を口元に当て動けなくなった。


「あ、でも……もう諦めるとも言ってましたけど」


────諦める。


その言葉は理子の耳に届いたが、頭と心では理解できずにいた。

反応しない理子を見て、拓真は慌てて口を開いた。


「あ、あのっ。俺がバラしたって言わないでください!じゃっ!」


拓真は早口にそう言って、足早に逃げていった。



シン…と静まり返ったテントの中。

外の賑やかな声が、かすかに聞こえてくる。

理子はまだ、立ち尽くしたままだった。


────俺の気持ちも知らないで。なんで姉ちゃんは気づかないんだよ。


ハルトの声が、何度も耳の奥でよみがえった。


過保護すぎる優しさにも、距離を感じたことにも、理由があった。

全てが、繋がっていく。


「姉ちゃん?」


背後からのその声に、理子の心臓が飛び跳ねた。

肩をビクッと揺らし、振り向いた。

振り向いた先に、ハルトがいた。


「なかなか戻ってこないから様子見に来た。どうした?そんな顔して」


理子は一瞬、ハルトと目を合わせ、すぐに逸らして俯いた。


「……なんでもない」


そう言って、複雑に入り交じった気持ちを抑えながら逃げるようにハルトの横を通り過ぎた…。






いつの間にか空はオレンジ色に染まり、ウッドデッキに映し出される影は伸びていた。


ハルトたちはデッキチェアに座り、ひとしきり楽しんだバーベキューの余韻に浸っていた。


「あーうまかった~。牛一頭分食べたかもな」


拓真が満足そうに腹をさすると、隣でミチルがふざけるように笑った。


「拓真くん、牛になっちゃうね。あ、角生えてきたよ!」


「ンモォ~!」


拓真は立てた人差し指を頭に当てて、牛の真似をした。

そんなふざけたやり取りを、ハルトは横目で見てから隣に座る理子に視線を移した。


理子は俯いてぼんやりしていた。

夕日に照らされたその横顔は儚く、どこか遠くへ行ってしまいそうなそんな気さえした。


「理子?なにか考え事?」


ハルトの声に、理子はハッと顔を上げた。


「あ……うん…なんでもない」


ハルトの顔がまともに見られず、理子は思わず顔を逸らした。

ハルトは理子のその態度に、何かあったなと瞬時に悟り小さく息をついた。


「理子──」


「よーし、じゃあ、飲み直そうぜ!」


ハルトが何か言いかけたところで、拓真が大きな声を上げて立ち上がった。

クーラーボックスから冷えた酒を出し、それぞれに渡していく。


ミチルは陽気に笑って。

拓真は豪快に空に向かって。

ハルトは理子を見やって。

理子は遠くを見つめて────乾杯をした。




気が付けば、辺りは薄暗くなっていた。

オレンジ色から群青色の空へ移ろっている。

スタッフによって灯された焚き火が、ウッドデッキの向こうでゆらゆらと燃えていた。


「なんかいいな~、こういうの。大人の青春ってかんじ」


頬を少し赤くしたミチルが、焚き火を眺めながら楽しそうに笑う。


「ねっ、拓真くんもそう思うでしょ?」


拓真に顔を向けると、拓真はすでに寝ていて「ぐぉ~!」という大きなイビキで返事をした…。


「ちょっとー。起きてよ拓真くん!サイテ~」


理子はクスッと笑い、ひと呼吸置いて深く息を吸い込んだ。

すると夜の空気は澄んでいて、すっと頭が冴えていく。酔いが逃げてしまった。


「大丈夫?」


ハルトが理子の様子を気にして声をかけた。

ほんの些細な行動でも、どうしても気になってしまう。

もう気にかけないと決めたのに────

気付かないふりをしてきた気持ちが、少しづつ溢れそうになっていた。


「……もう1本、飲もうかな~」


理子は答えずに立ち上がり、クーラーボックスからビールを1缶取り出した。


「えー、理子さん、まだ飲むんですかー?」


「姉──…理子、飲みすぎ」


ハルトは少し酔いかけの口で、危うくいつもの呼び方を口にしかけたが、ミチルの手前言い直した。


理子は二人の言葉を無視して、缶のタブに指をかけた。

プシュッと小気味いい音が静かな夜に響いた。


「えっ、わぁ、綺麗な星空!」


ミチルがふと空を見上げて言葉をもらした。

ハルトと理子も、つられるように空を見上げた。


焚き火の明かりで気づかなかったが、空はもうすっかり暗い。

キラキラと輝く星が、夜の空に散りばめられていた。


その光景に魅了され、しばらく眺めていると──

ミチルが口を開いた。


「おふたりは生まれ変わってもまたいっしょになりたいですか?」


唐突な質問に、一瞬、沈黙が流れた。

焚き火のパチパチと鳴る音がやけに響いていた。


「…なりたいなー。」


そう答えたのはハルトだった。

理子は思わずハルトを見た。

その横顔は、昼間の時と違って見えた。


「いっしょになって、この手を離さない」


ハルトは理子の手をとった。

指を絡め、ギュッと握る。


「え~、素敵!」


ミチルは星空そっちのけでハルトにうっとりした。


「……でも、私が離しちゃうかもしれないけどね。」


理子は笑って言い、手を離した。

ハルトは一瞬、言葉を失ったように理子を見た。


「えー?なんで離しちゃうんですか?ハルトさんすごくロマンティックで素敵なのに!」


理子は小さく息をついて立ち上がると、空を見上げた。


「だって、ハルトの愛情って重たいんだもん。わたしは生まれ変わったら、もっと普通の愛情をくれる人といっしょになりたい」


理子が子供みたいに少しだけ拗ねたように言うと、ミチルが口を挟んだ。


「えー?ハルトさん可哀想じゃないですかー。」


ハルトは黙って視線を落とし、行き場のなくした手を片手で握り込んだ。


「あー…なんか飲みすぎて酔っぱらっちゃった」


理子は片手を頬に当てて、わざとふらつきながら笑った。


「ごめんね、ハルト!期待に応えられなくて」


理子は明るく言ってハルトの髪をぐしゃっとした。

その言葉はまるで、答えのようだった。


「じゃ、また明日ね」


理子はすっと笑顔を消してそう言うと、テントへ帰って行った。


「ねぇ拓真くん起きてよーもうお開きだよー」


「ぐぅ~!」


ミチルが揺すり起こしてもいびきを立てながら気持ちよさそうに寝ている拓磨の横で、ハルトは深く考え込んでいた。

そして────立ち上がった。





理子は大きなベットの端に座っていた。

ハルトに握られた手に残る温もりを確かめるように、胸の上に両手を重る。

胸の鼓動が、重ねられた手にわずかに響いた。

飲みすぎたアルコールのせいにしたかった。


ガチャッとドアの開く音がした。

振り向くと────ハルトだった。


「姉ちゃん、どうしたの」


「べつにどうもしない…なんでもないよ」


無理に笑って顔を背けた。


「今日はそればっかだな…」


ハルトは理子の頑なさに呆れ笑って、ベッドの端に腰を下ろした。


端と端に座るふたり。

その離れた距離は、今のふたりの心の距離のようだった。

重い空気が、じわりと膨らんでいく。


「姉ちゃん。何かあるなら言ってくれよ。なんでもないようには見えない」


理子は俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「……ハルトの気持ち、知っちゃった」


ハルトはハッと理子を見た。


理子はゆっくり顔を上げ、作り笑いを浮かべてハルトを見る。


「わたしのこと、好きなの…?」


重なる視線。

ハルトは、動けなくなった。



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