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#03 カップルパーティー ꕤ︎︎前編ꕤ︎︎



「カップルパーティー?」


初めて聞く言葉に、理子は首を傾げた。


「なんですか、それ?」


「ご自身のご伴侶をお連れになって楽しむホームパーティですのよ。みなさんでお喋りして、食べて飲んでお写真も撮ったりして」


同僚の高槻美幸が、もともとの上品さを滲ませながら得意げに説明した。

彼女はアラフィフとは思えないほど、見た目も中身も若々しい。


「へぇー」


店先で花の手入れをしながら、理子は興味なさそうに返す。


「今度の日曜日、ご伴侶のいらっしゃるご友人たちを招いて我が家で開きますので…理子さんもご主人を連れていらしてほしいわ」


枯れた花びらを摘んでいた理子の手が、そこでピタリと止まる。

固まった表情で美幸の方を振り向いた。


「え…?私も?」


「ええ、ご主人、いらっしゃいますわよね?」


「え、ええ、もちろん、いらっしゃいますけれども…」


少々返事がおかしいのは動揺しているからである。

実は不倫されて今は別居中なんです、なんて

とても言えない。


「あ、でも、休日出勤で留守かも…?」


苦し紛れにそう言うと、美幸は真剣な眼差しになってきっぱりと言った。


「お休みしていただきなさい。妻ファーストできない男なんて、論!外!ですわよ!!」


理子は苦笑し、枯れた葉や花をまた摘み始めた。


「理子さんも行きましょうよ~」


奥からバケツに入った花を抱えた城山ミチル

がやってきた。


「ミチルちゃんも行くの?」


理子は作業をやめて顔を上げた。


「はい!最近かっこいい彼氏ができたので見せびらかしに!」


ふふふ、と冗談めいた笑みを浮かべるミチルは、まだ20歳そこそこ。

ふんわりとした笑顔がいかにも癒し系だ。

髪、服、ネイルとおしゃれに抜かりがない。

かっこいい彼氏ができれば無意味に外を歩き回って自慢したくなるのだろう。


「エリートのイケメンなんですよー!」


目を輝かせながらミチルが言うと、部屋の奥から今度は鈴原真澄が声をあげながらやってくる。


「エリートのイケメン~!?それ、私の好み~!」


「でも彼、ゲイはタイプじゃないですよ」


ミチルはにこにこしながら言葉で刺した。


「あら、随分なこと言うじゃない」


傷ついた、とばかりに真澄は胸に手を当てた。


「マスミンも行くの?」


理子が真澄に目を向けた。

彼―いや、彼女のことを、理子は親しみを込めてマスミンと呼んでいる。


「アタシは行かないわよ。お誘いされたけど…彼氏いないもの」


真澄は自分の短い天然パーマの髪を指先でクルクルといじりながら、拗ねたように唇を尖らせて言った。


美幸がコホンと上品な咳払いをした。


「ちなみに、軽いドレスコードがありますけどカジュアルなパーティーですので」


「ドレスコードって…ドレス?」


理子はいまいちピンと来ない。


「そうねぇ、すこしフォーマルな装いで。男性はスーツ、女性はおしとやかめなワンピースとか」


美幸の言葉にミチルは飛び跳ねた。


「わぁー!こないだ買ったジルのワンピースおろしちゃおうかなー!」


「ミチルさん、派手な露出はお控えになってね」


と、美幸はどこまでも上品にくぎをさした。



スーツ…

理子は自然とハルトを思い出した。


ハルトはスーツがよく似合う。

長身痩躯に艶のある黒髪、そして爽やかな清潔感。それらがスーツというきちんとした装いにぴたりと収まっているのだ。


そうだ、ハルトに夫役を頼んでみようかな?

理子はそんな突拍子も無い考えが浮かんだのだった…。






「カップルパーティー? なんだよそれ?」


仕事から帰ってきたばかりのスーツ姿のハルト。

やはりよく似合っているな、と理子は思った。


「旦那や恋人を連れて楽しむホームパーティみたい。同僚の人に誘われたの。断れなくて。だから行ってみようかなって」


「ふーん」

ハルトはネクタイを緩めながら言ったが―

「…え、姉ちゃん行けんの?」

心配そうに続けた。

「まさか旦那と寄り戻したのかよ?」


「戻さないわよ」


理子は笑ってそう言いながら、フライパンの中の肉を炒めた。


ハルトは安心して小さく息をつく。


「じゃあ、誰連れてくの?新しい彼氏でもできた?」


柱に腕を預け、少し挑発めいた笑みで聞く。

理子は対抗するようににっこり笑い、


「ハルト」と言った。


「は?」


ハルトは眉を寄せるが、口元は思わず笑ってしまう。


理子はハルトに近づき、自然と上目遣いになった目で見上げ、両手を合わせ可愛らしく頼む。


「お願い!夫役、してくれない?」


ハルトは状況を飲み込めず、思わず笑いながら「はぁ?!」と返す。


理子はすかさずハルトに抱きつき、軽くハルトの体を揺さぶった。


「ねぇ、いいでしょー!お姉ちゃんのお願い聞いてよ、夫になってよ、ねぇってばー!」


「おい!姉ちゃんやめろ!わかった、わかったから!」


ハルトは半ば困りながらも、内心ちょっと嬉しそうだった。


「…しょうがねぇなぁ。」


ハルトは頭をかきながらぶっきらぼうに言ったけれど声のトーンは柔らかい。


コンロの前に戻った理子は、また肉を炒めながら目をきらきらさせて嬉しそうに言う。


「ありがとう、ハルト」


そしてコンロの火を確認し、続ける。


「ドレスコードがあるみたいでね、男の人はスーツで行くらしいの。よろしくね、ビジネスマンさん」


からかうように、語尾が少しだけ弾む。


「おう。任せとけ」


短い返事だが、どこか頼もしい。


「で、結婚何年目にする?」


「え?」


唐突な質問に、理子は不思議そうに返す。


「細かいとこ、詰めとこーぜ。ボロが出たら困るだろ」


さすが、仕事ができる男だ。ハルトに抜かりはない。


「あ、そっか。結婚は10年目。みんな10年目って知ってるから。」


「じゃああと、結婚記念日はいつか、どこ住みで、出会いは何で、子供はいるのか」


「結婚記念日は11月22日、隣街に住んでる、子供はいない、出会いは合コン!」


「それから俺と姉ちゃん、5歳差な。俺32の設定。本当の年齢のまま結婚10年目だと…」


「「17歳で結婚!」」

二人の声が重なり、思わず吹き出す。


「たしかに、それだと若すぎて怪しまれそうね」


理子の声に、クスクスッと笑いが混じる。


「だろ?だから細かく詰めるんだよ。本物の夫婦に見えるようにな」


ハルトの目が、ふと真剣になった。


「あ、結婚指輪も買わねーとな」


そう冗談まじりに言ってハルトは、ワイシャツのボタンを外しながら浴室へ向かった。



その後ろ姿を見送りながら、理子の胸の奥がじんわり熱くなる。

本物の夫婦に見えるように───

なんだか一瞬、胸が高鳴った気がした。

そんな自分に理子は自嘲し小さく首を振った。

ハルトは弟。かわいい弟だ。





熱いシャワーが浴槽の床を叩きつける。

綺麗な線を描くハルトの無駄のない引き締まった体に無数の水滴が流れ落ちていく。

濡れた黒髪はいつもより艶を増していた。

目を閉じてシャワーに打たれるハルトの横顔はどことなく色っぽい。


脳裏に蘇るのは、理子の笑顔。

嬉しそうに笑って、当たり前のように自分を頼ってくる。


「…あー…ほんと調子狂うなよなー…」


シャワーを止め、俯いて濡れた髪をくしゃりとかきあげると、ため息混じりにぽつり呟いた。


「夫役、か……」


そう言ってハルトは口の端で小さく笑った。






平日のショッピングモールには穏やかな雰囲気が漂っていた。

吹き抜けになった開放感のある高い天井。大きな窓からは光が差し込み、白を基調とした店内の通路には緑の観葉植物が丁寧に並んでいた。


仕事が休みの理子は、カップルパーティーへ着ていくワンピースをひとりで探しに来ていた。

ショップが立ち並ぶ通りをゆっくり歩く。

どの店から入ろうか迷いながら、ショーウィンドウに飾られたマネキンの美しいワンピースに目を奪われる。


落ち着いたネイビーの色味。

デコルテが綺麗に開いたネックラインには、控えめなパールがあしらわれている。

袖は露出控えめの5分丈で、ウエストマークから上品に膝上まで流れ落ちるほのかなAラインのシルエットがすごく綺麗だった。


「これかわいい…」


そう呟くと、理子は店内に足を踏み入れた。



──その遠い背後で。


カシャッ、と小さくシャッターが切られたことに、理子は気づかなかった。







パソコンに向かい、軽やかにキーボードを叩いて資料内容を打ち込みながらハルトは考えていた。


本当は、呑気にカップルパーティーなんて参加している場合じゃないことくらい、わかっている。


理子につきまとい盗撮をしてSNSに写真をあげている謎のアカウント、おそらくは修司なのだか、それを突きとめなければ。


でも──

この数日、張り詰めた状況が続いていた。

だからこそカップルパーティーというイベントは息抜きができていいのかもしれない。


姉の夫役になれるのだから。


ふと、顔がゆるみそうになる。

ハルトはそれを誤魔化すように、さりげなく口元を手で隠した。


──だが。

すぐに表情が戻る。


ハルトはデスクに肘をつき、キーボードを叩いていた長い指先を口元に当てると、考え込むように視線を落とした。


修司の目的はなんなのだろうか。

ただの嫌がらせなのだろうが、悪質だ。


その時───。


「三浦先輩。何か考え事ですか?」


その声にハルトは顔を上げる。

デスクの横に立っていたのは後輩の女性社員、橘はるみだった。


柔らかくも凛とした顔立ちに、肩まである黒髪は内巻きに巻かれていた。

手には数枚の資料を持っている。


「ああ、まぁ、ちょっとな」


ハルトは口元から手を下ろし、軽く笑って答えた。


「これ、頼まれていた資料、まとめました」


「ありがとう。目、通しておくよ」


資料を受け取りながら、ハルトは軽く目を通す。


「……橘、こういうまとめ方うまいな」


不意に褒められて、はるみは少し驚いた顔をした。


「え、あ……ありがとうございます」


「次も期待してるわ」


ハルトは爽やかな笑顔でさらりと言う。


まるで殺し文句のようなその一言に、はるみは一瞬ぽーっとしてしまったが、意を決して口を開く。


「あの…!」


「ん?」


ハルトが顔を上げる。


「三浦さん…お休みの日ってなにされていますか…?」


「休みの日?」


ハルトはすこしだけ首を傾げた。


「特に決まってないけど…仕事の整理したり家で本読んだり掃除したり…」


「あ…そうなんですね」


女の気配が感じられないハルトの日常に、はるみの顔がほんのすこし明るくなる。


「でも今度の日曜は大事な予定があるけどな」


「え?なんですか?」


はるみな思わず聞き返した。


「ちょっとしたパーティ」


ハルトはどこか楽しそうに笑ってさらっと答え、


「ま、頼まれてだけどな」


と付け足した。

意味ありげな言い方に、はるみは少し困惑したような顔をした。


そのとき──


「橘!」


奥から上司に呼ばれる。


「あ、はい。失礼します」


はるみはハルトにぺこりと頭を下げ、足早にその場を離れていった。


静かになったデスクで、ハルトは椅子の背もたれに寄りかかり、ふぅと小さく息をつく。

おもむろにポケットからスマホを取り出し、例のアカウントのSNSを開いた。


その瞬間。


「……は?」


眉をひそめ低い声が漏れる。


画面には、ついさっき投稿されたばかりの写真。

写っているのは、ひとりの女性と思われる後ろ姿。


緩く巻かれた黒い髪。体のラインが綺麗に出た白のニットにインディゴのスリムなデニム。

見覚えのある華奢な後ろ姿だけで、理子だと分かった。



ハルトはすぐに立ち上がり、スマホを手にしたままデスクを離れた。

胸の奥がざわつき始める。


オフィスの廊下に出ると、理子に電話をかけた。


長いコール音が続く。


出ろよ───


ハルトは、知らず知らずのうちに唇を噛んでいた。すると──


「もしもし?」


理子の呑気な声が聞こえ、ハルトは胸を撫で下ろした。


「あ、姉ちゃん? 今どこ?」


ハルトは、できるだけ平静を装って聞いた。


「隣街のショッピングモールだけど?なんで?」


「あ…いや……ひとり?」


「うん、ひとりよ?」


理子は訝しそうに答える。


「あのさ、今日どんな服装?」


「え?…白のニットにデニムだけど…どうしたの、ハルト。なんか変よ?」


不審がる理子をよそにハルトは緊迫する。


あの写真と一致する――

やはりあの写真の人物は理子だ。


謎のアカウントの男が理子の後をつけて少し離れた場所から盗撮し、それを無断で投稿している。

腹ただしい。なにより不気味でもある。


とはいえ──

付け回された事はあっても、直接危害を加えられているわけではない。

放置していいものか?

だが、何かあってからでは遅い場合もある。


ハルトが顎に手を当て、思案していると──


「ねぇ、それよりハルト!」


理子の声が弾んで、無邪気に笑っているのが電話越しに伝わってきた。


「カップルパーティーに着ていくワンピースを探しに来たんだけどね、いいのがあって買っちゃった~!」


理子は楽しげに報告する。

自分との温度差に目眩がしたが、その様子を聞いて、ハルトは少しだけ安堵した。

どうやら理子は、モール内で自分の写真を撮る不審者の存在に、気づいていないようだ。


「ハルト、聞いてる?ネイビーのAラインワンピースでね、」


理子の嬉しそうな声。


「……いや、姉ちゃん…」


ハルトの声音が、思わず重くなる。


「パールもついてて~!」


「……だから、姉ちゃん」


さらに低く、重くなる声。


「ハルトのスーツと合いそうなの!」


あまりに危機感のない姉に、ハルトは密かにため息をついた。


「姉ちゃん、くれぐれも明るいうちに気をつけて帰れよ」


ハルトが心配して言うと、理子は不思議そうに首を傾げた。


「え?うん。大丈夫よ、わたしにはハルトがついてるから!」


あのストーキング事件の一件ですっかり頼りきられている。内心ハルトは嬉しくもあり、目を細めてふっと笑みをこぼす。


しかし──


「あんた、助けに来なかったらマッサージ一時間の刑だからね!」


姉の権力乱用を使って脅す理子の言葉にすこし震えたのだった…



通話を切ると、ハルトはまた顎に当て視線を落とす。


また助けに行くべきか?


いや───投稿されているのは離れた場所から撮られた写真ばかりだ。

接触する気があるならもっと近づいているはず。


ストーキングされた時も、あとをつけ回すだけ付け回して、理子が避難したら引き返した。


恐怖や不気味さを植え付けているだけなのか‥

少なくとも、今は「近づくつもり」はないのかもしれない──


「……早くケリつけねーとな。」


ハルトの目がいちだんと鋭くなった。





ハルトとの電話が終わると、理子はふっと笑ってスマホをバッグにしまう。


数日前に起きたストーキング事件を心配して仕事中にも関わらず電話をくれたのだろうか?

理子はそう思うと心配性の弟が可愛く思えた。


でもふと、自分でも心配になって顔が曇る。

さりげなく辺りを見回す。

よかった───不振そうな人物は見当たらない。


そのとき。何気なく視線を向けた近くの店。

ビジネス用品を専門とするその店を見て、理子の顔がまた笑顔になった。






「ただいまー」


ハルトの疲れきった低い声が明るい廊下に響く。

帰ってくるハルトを気にして、玄関に続く廊下の電気をつけておいてくれる理子。

誰か―いや、理子が家で自分の帰りを待っていると思うと、嬉しくなるハルトだった。


今日も電気はついている。

ショッピングモールから無事に帰ったんだな、とそれだけで安心できた。


「おかえりハルト~!」


理子は嬉しそうな笑みを浮かべながら小走りでやってきて靴を脱ぐハルトに駆け寄った。


「ねぇ、ちょっと来て来て」


そう言いながらハルトの腕を引っ張る。


「なんだよ、姉ちゃん、俺疲れてるんだぞ」


そう言いつつもハルトの顔は嬉しそうだった。


ハルトを引っ張ったままキッチンとダイニングを通り過ぎ、リビングのソファにどかっと少々手荒に座らせる。


すると、リビングのテーブルの横に置いてあった紙袋からラッピングされた長細い箱を取り出し―


「はいっ、ハルトにプレゼント」


理子は立ったまま弾んだ口調で言って、両手を添えて差し出した。


ハルトは思いがけないできごとに驚きを隠せず、口元が緩む。


「え…ありがとう。…爆弾?」


ハルトが真剣な顔でふざけて言うと、理子が呆れたように笑う。


「はぁ?違うわよ、開けてみて」


ハルトは包装紙を丁寧に開ける。ここにも几帳面な性格が出ていた。

出てきた箱を開けると、1本のネクタイが品良く収まっていた。


黒地で斜めのストライプ、落ち着いた色合いでどんなスーツにも合いそうなものだった。


「姉ちゃんが選んだの?」


「うん、今度のパーティー用に。」


理子が得意げに言うと、ハルトはふっと笑った。


「センスいいじゃん」


「気に入った?」


「おう」


照れくさそうに頷いて、それから───


「じゃあ俺からも…」


ハルトは、カバンの中から小さな小箱を取り出し、理子に差し出した。


「え……?」


理子は予想していなかった展開に驚いて、おずおずと両手で受け取った。

そんな姿を見てハルトは小さく笑う。


「心配すんな、爆弾じゃねーよ」


それは、真っ白の正方形の形をした小さなボックス。


「もしかしてこれ…」


開けてみると、指輪だった───

上品なデザインのリングがふたつ、箱の中に縦に並んでいる。


「偽装夫婦の結婚指輪。安モンでわりーけど」


ハルトは照れ隠しに視線を逸らして髪をかきあげた。

理子は吹き出すように笑った。


「ハルト最高!本当に買ってくれたんだ」


「ああ、10年経っても変わらない愛情を見せつけたくて」


そう言ってハルトはすこし得意げに笑い、


「なーんてな」


と冗談っぽく付け加えた。


──10年経っても変わらない愛情。


その言葉がやけに理子の胸に響いた。

箱の中のリングをじっと見つめる。


修司は結婚3年目で結婚指輪をしなくなった。

ちょっと外すだけじゃない。どこへ行くにもしなくなってしまった。

結婚指輪は愛情を量る道具ではないけれど、指輪をしていない指を見て、愛の重さを測ってしまう自分がいた。

ハルトの少し重たいくらいの気持ちのほうが、理子には心地よく感じてしまった。


「…姉ちゃん?デザイン、気に入らなかった?」


ハルトの声で理子は我に返り、余計なことを考えてしまったことを悟られないよう笑った。


「あ、ううん、違うの。可愛いなと思って見とれちゃった。つけてみるね。」


理子がボックスを一旦テーブルへ置き、指輪を手に取り薬指に付けてみる……

すると───


「………ハルト、ちいさい」


理子の冷めた声音が頭上から落ちてきた。


「は!?」


声を上げて理子の手元を見ると、もう少しというところで指輪は指に収まっていなかった…


「姉ちゃん5号じゃねーの?!」


「バカッ!7号よ!5号ってなによ!小さすぎでしょ!」


理子の声が荒ぶった。

姉弟喧嘩のゴングが鳴った。


「バカってなんだよ!」


ハルトもつい大きな声を出し、思わず勢いよく立ち上がった。


「だってバカじゃない!妻になる相手の指輪のサイズわかってないんだから!」


理子は噛み付くように言い返した。


「はぁ!?偽の妻だろ!?」


顔を近づけて言い合う。


「それでも傷つくの!私の指が太いみたいな雰囲気になったじゃない!」


「姉ちゃんは指より神経のほうが太いから安心しろよ!」


「あんたなんて図体だけでっかくて女心わかってない子供よね!もっとキラッとした指輪にしなさいよ、でもジルコニアじゃなくてダイヤのね!」


理子のわがままっぷりにハルトは呆れた。


「なんで俺が姉ちゃんにダイヤの指輪買わなきゃなんねーんだよ!」


ハルトがどかっとソファに座る。


「何よその言い草!お小遣いあげたり参考書買ってあげたり、あんたのこと散々可愛がってあげたじゃない!今こそその恩を‥」


そこまで言うと理子はハルトに近づく。

そして横から首に腕を回し―――


「ダイヤの指輪にして返しなさいよ!!」


ハルトの頭を脇に抱えて締め上げた。


「ちょ‥!おい!姉ちゃん!?」


ハルトは身じろぐ。


「恩返しのスケールでかすぎんだろ!」


「買うの?買わないの?」


理子はいたって冷静だ。


「買うわけねーだろ!!!」


301号室の夜は、今夜も賑やかだった。



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