変人たちの邂逅
お父さん。
お母さん。
お元気ですか?
久美は変わらずに元気でいます。
こちらは、毎日が新しい発見でいっぱいです。
いままで、狭い視野や価値観の中で生きてきたんだなぁって思い知らされます。
いろんな人がいて、まだまだ戸惑うこともありますが、大学生活は、とても充実しています。
おもいきって上京してきて、本当に良かった。
最後になりましたが、いつも仕送りありがとう。
勉強に役立てられるように、大事につかわせてもらいます。
それでは、また連絡しますね。
※
(やっぱり、都会はすげえべー……)
彼女の右手には、大手パソコンショップの店名が記されているビニール袋。
そして左手には、アニメショップの店名が記されているビニール袋。
私はオタクでぇす!
と大声で叫びながら歩いているようなものだが、この街では恥ずかしがることは無い。
かゆい所に手が届くパソコンの部品を求める者。
品揃え豊富なグッズを買い漁る者。
宇宙のごとく広大な、同人の世界に身をゆだねる者。
そんな人間たちが跋扈しているこの街では、大手を振って、堂々と歩くことができるのだ。
(田舎のほうだと、まだ風当りが強いしね)
インターネットの普及や動画配信サービスによって、オタク文化も理解を得てきたが、完全に市民権を得たとは言い難い。
数少ない仲間と一緒に、共通の趣味という炎で暖をとりながら風雪に耐える。
東北の田舎の高校で、そんな学生時代をすごしてきた久美にとって、この環境はまさに天国であった。
お父さん、お母さん、ありがとう。
独り暮らしを許してくれたおかげで、久美は充実した日々を送っています。
そして仕送りをありがとう。
いろんな勉強に役立てさせてもらいます。
ちらり。
と、親の仕送りで購入した戦利品をビニール袋越しに眺めれば、久美の中に潜む魔物がうずきだした。
(どうしよ……。我慢できないかも……)
久美は周囲を見回し、足早にその辺のファミレスに入店した。
「一人! 禁煙ですっ!」
「は、はいっ。こちらへどうぞ。ご注文がお決まりになりましたら……」
「このボタンを押して呼びますっ!」
「で、では、ごゆっくりどうぞ」
久美の剣幕に圧された店員が、キッチンに戻って行ったのを確認してから、ビニール袋の封を切って、手を突っ込んだ。
その中には、辞書一冊分くらいの厚みがある箱が入っているのだが、取り出すのはまずい。
なので、ビニール袋の中で箱を開けて、説明書だけを抜き取る。
ぺらぺらと冊子をめくって、お目当ての女の子のページを開いた。
いかにも勝ち気そうな、金髪ツインテールの女子高生のイラストが掲載されている。
このわざとらしいツンデレ風味。
自分を敵視しているような、きりりとした釣り目がたまらない。
この子が、これから自分の手によってふにゃふにゃになると考えると、いまから興奮が抑えられない。
(妄想だけで、ご飯三杯は食べられちゃうよぉ……)
おとなしそうな顔をしている久美だが、地元では、久美の脳内は、星のカービ〇よりもピンクだと称えられ、妄想族のボスとして崇められていたのだ。
「あのぉ。お客様……」
「ひゃいっ!?」
妄想にふけっていた久美がはっとすると、そこには、店員が申し訳無さそうな顔で立っていた。
「す、すみませんっ! いま、注文を決めようと思っていたところです!」
「あ。いえ。それはごゆっくり決めていただいて結構です」
「そ、そうですか……」
「こちらのテーブルを移動させていただいてもよろしいでしょうか?」
「テーブル?」
久美が座っていたのは、二人がけのテーブルをくっつけた、四人がけのテーブルだった。
二人組のお客が入店してきたらしいのだが、他に適当な席が空いていないので、テーブルを分けたいとのことだった。
「そういうことでしたら、どうぞ」
「おくつろぎのところ、申し訳ございません」
おくつろぎ。
という言葉にトゲを感じた。
店員さんにはまったく他意は無いのだろうが、想像力が人よりも豊かな久美は、胸を突かれた思いだった。
そりゃ、親の仕送りでエロいゲームを買っていれば、罪悪感を刺激されるのは当然です。
久美は、店員さんを手伝って、テーブルを移動させた。
せめてもの贖罪である。
すみませんすみません。
お店の中で、エロいゲームの説明書を読んですみません。
親の仕送りで、エロいゲームを買ってすみません。
独り暮らしなのをいいことに、気兼ねなくエロいゲームをプレイしてすみません。
(ふぅ。これで良し)
ひととおりの懺悔を終えた久美は、再び金髪ツインテ娘のイラストに目を落とし、妄想の世界へ旅立った。
現代は、ネット通販のシステムも充実しているし、なんなら、配信サービスで「こういうゲーム」を購入することもできる。
でも久美は、頑なに電子書籍を利用せず、生の本を手に取って読むことにこだわるがごとく、実際に店舗におもむいて、「こういうゲーム」を購入することにこだわる。
それが久美の美学であり、哲学。
他人に「こういうゲーム」を購入していることを知られてしまうかもしれない、というリスクを犯しても、このこだわりは捨てられない。
(あ、あれはっ!? 天川さんと佐伯さんっ!)
入店してきた客を確認すると、慌てて説明書をビニール袋の中に戻した。
隣のテーブルに座ったのは、同じ大学に通う、天川沙耶と佐伯夏恋だったのである。
向こうは久美に気づいていないようだが、久美は、しっかりと二人を覚えていた。
まずは天川沙耶。
上下ジャージ、素足にサンダルという姿で大学に通ってくる風変りな学生。
しかも、顔立ちは異常に整っていて、もしかしてハーフなのではと思えるほどの美形。
それなのに上下ジャージ。
ちょっと探せば、おしゃれなスポーツジャージだってあるはずなのに、寝るときに着るような、ゆったりしたパーカー付きのジャージだ。
そして素足にサンダル。
縁側の下に常備してあるようなつっかけだ。せめてクロックスを履くという選択肢は無かったのだろうか?
(休みの日もその恰好なんだ……)
久美は、感動すら覚えた。
偏見かもしれないが、オタクという人種は、趣味以外のことに興味を持たない人が多い。
自分が好きなものだけに情熱を傾けたいからだ。
そうだとしても、久美でも、人目を気にしてナチュラルメイクをしてきたし、服もちゃんと選んできた。
それなのにあの天川沙耶という人は、まるで自分の家の中にいるがごとく、まったく周囲を気にしてない。
ある意味では、とんでもない才能なのかもしれない。
「いやー。暑い暑い」
天川さんは、渡されたおしぼりを広げると、なんのためらいも無く、顔に当ててごしごしと拭いた。
(お、お父さん……?)
久美は、地元のオヤジさんを思い出した。
天川さんの仕草は、オッサンのそれだったからである。
「やめなさいよ。恥ずかしい」
と注意をしているのは佐伯夏恋。
久美のストライクゾーンのどまん中。二本のリボンで髪を結び、頭の左右に二本の尻尾を作る、ツインテール娘である。
小さな顔にきりっとした瞳。
テーブルに肘をついて手の甲にあごをのせ、対面に座っている天川さんを呆れ顔で見つめているその表情は、大人っぽくて、どこか憂いを感じさせる。
現実の世界で、ここまでツインテールが似合う女の子は、そうそうお目にかかれないだろう。
アイドルグループに混じっても違和感が無いと思えるほど、彼女は美少女だった。
ただし、誰がコーディネートしたのか知らないが、そのファッションセンスは絶望的。
まず、ブタさんのイラストが描いてある、ピンクとオレンジの中間っぽい色をしているTシャツ。
サングラスをかけたブタさんは、サーフボードに乗っていた。
NEWWAVEのロゴが入っていることから、サーフィンをしているブタを描いたものなのだろうが、ブタさんが乗っているのは波ではなく炎だった。
そしてその炎の下には、GOTOHELLのロゴ。
すごくバランスのとれたダサさだった。
使い込んだ作業着のような、くすんだえんじ色のパンツを、必要があるのかファッションのつもりなのかサスペンダーで吊り上げ、おまけとばかりに、おばちゃんが着ていそうな紫色のセーターを腰に巻いていた。
ただただダサかった。
ある意味では、とんでも無い才能なのかもしれない。
あそこまで、自分に似合わない服を選べるのだから。
(とりあえず、なにか食べてさっさと帰ろう)
あちらの二人は、完全に自分たちだけの世界を創っているようだ。
美男美女がデートをしているようにも見えるが、いかんせん、首から下が地獄すぎる。視点を下げた瞬間、まさにGOTOHELL。
妄想経験値が高い久美でも、あの二人で甘い想像をするのは至難の業だった。
どうしても、服が目に入り、なぜブタさんのTシャツなのか、なぜジャージなのかと疑問を覚えてしまって、妄想に集中できない。やはりあの二人、とてつもない才能の持ち主なのかもしれない。
久美はココアを飲みながら、パンケーキを頬張った。
隣の席の二人は、仲睦まじくおしゃべりに興じている。
二人が注文したコーヒーフロートは、生クリームが溶けてコーヒーと混ざり合っている。
泥水を吸った雪って、あんな色だったなぁと、久美は郷里に思いを馳せた。
他人様の会話を耳に入れては失礼だと思い、天川さんと佐伯さんの言葉を聞き流すようにしていたのだが……。
「誰のせいだと思ってんの?」
佐伯さんが不機嫌そうに声を荒くしたので、つい耳が反応してしまった。
「あんなすごいものを見せられたら、他の奴で燃えなくなっちゃっても、しかたないでしょ!?」
「!?」
久美は、危うくココアを噴き出すところだった。
(え? え? え? ど、どういう会話? すごいモノって……。たしか、天川さんって女の人のはず……。でも、男の人って考えるとつじつまが合うよね? 格好もアレだし、沙耶って名前も、男の人でもそんなに不自然じゃないし。な、なにより……。すごいモノって……)
久美のピンク色の脳内が活発化してきたとき、
「ちょっと便所」
天川さんが、お手洗いに立った。
「あ、あの……」
久美は思わず、一人残された佐伯さんに声をかけていた。
内向的な性格の久美は、積極的に他人に声をかけるタイプでは無いのだが、好奇心が抑えられに話しかけてしまったのだ。
「あら? あなたはたしか……」
「道野です。道野久美」
「ああ。そうだったわね。たまに大学で見かけるわよね」
「は、はいっ」
「なにか用事かしら?」
余裕があって、優雅さすら感じさせる佐伯さんの挙動。
なんでこんな人が、こんな服を着ているのだろう。
湧き上がってくる疑問を抑えながら、
「あのっ。不躾で失礼ですけど……。そのっ……。さ、佐伯さんにとって、天川さんってどんな人なんですかっ!?」
いまするべき質問だけをぶつけた。
佐伯さんは、目を細めて店の天井を見上げた。
もの思いに耽る美少女。
アニメかドラマのワンシーンを切り取ったような光景が、久美の目の前で繰り広げられている。
ただし、首から上だけを見ればの話だが。
「あいつはね……」
「はいっ」
「あいつは、私の初めてを奪った奴なのよ」
「!!!!」
アニメであれば、久美の頭からは、蒸気機関車のように煙が噴き出たことだろう。
久美の興奮は最高潮に達した。
「あのあのっ。や、やっぱり、痛かった……、ですか?」
「そりゃね。痛かったわよ」
と、ここでお断り。
もうお気づきのとおり、二人の会話には食い違いがあります。
しかし、この場ではなにが食い違っているのかを申し上げることができません。悪しからずご了承ください。
では、再び久美と夏恋のすれ違いをお楽しみください。
「で、でも、受け入れたんですよね?」
「しかたないわよ。いつかはそういうときが来るでしょうし」
「そうですよね……。でもやっぱり、自分が選んだ人だから受け入れられたんですよね?」
「選んだっていうか、いつの間にか、そうなっていたっていうか……」
「運命ってことですね……。素敵です……」
「そんなたいしたものじゃないわよ」
両手を組んで、ほわーっと甘い世界に想いを馳せる久美に、大人びた笑みを返す佐伯さん。
(大人だ……。服のセンスはダメダメだけど)
久美は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「それであの……。盗み聞きしちゃったみたいで恥ずかしいんですけど、すごいモノを見てしまったせいで、天川さん以外の人で燃えなくなったって……」
「あら。聞いてたの? 恥ずかしがることなんてないわ。くだらない話よ」
「そ、それでもっ、佐伯さんが良ければ、聞かせてもらえませんか?」
「いいけど……。でも、言葉にするのは難しいのよね。なんかこう、自分の意志とは関係なく、アイツにぜんぶ持っていかれちゃって。心も体も奪われるって、ああいうことを言うのかしらね……」
(す、すごい……。やっぱり大人だ……)
服のセンスは、どうしようも無いけれど。
「こういう話、誰かにしたのは初めてだわ。聞いてくれてありがとう」
「いえっ! こちらこそ初対面なのに、立ち入ったことを聞いてしまって、すみませんでした」
二人の会話がひと区切りしたところで、
「あ~、すっきりした」
いま話題の天川沙耶が席に戻って来た。
(ききききき来たっ! 佐伯さんの初めてを奪った、すごいモノを持っている天川さんだっ!)
どかっと席についた天川さんは、
「夏恋。ハンカチ貸して」
河童のようにしっとりと濡れている手のひらを佐伯さんに向けた。
「ハンカチくらい持ち歩きなさいよ。もう大学生よ?」
「そう思うんだけど、いつも忘れちゃって」
「もう。しかたないわね……」
久美には、ちょっとだらしない彼氏に面倒を焼く彼女にしか見えていなかった。
佐伯さんがハンカチを渡すと、天川さんは口を半開きにし、鼻をひくひくさせて、
「ぶえっきゅしょい!」
豪快にくしゃみをした。
店の奥に座っている人までが、何事かとこちらを見ている。
「ちょっと! 人のハンカチをマスク代わりにしないでよ!」
「ゴメンゴメン。エアコンにやられちゃった」
「まったくもう」
佐伯さんは、奪うように天川さんからハンカチをとりあげた。
(ふぇ~。男の人の唾が付いてるのに、平気なんだぁ)
つき合いが長くなれば、平気になっていくのだろうか。
信頼している人だから、平気なのだろうか。
ゲームの中の恋愛には無い、生の恋愛事情がそこにあった。
(やっぱり、都会はすごいべー……)
パンケーキを完食した久美は、改めて実感した。
「それじゃ佐伯さん。お先に」
「ええ。良かったら、また声をかけてね」
ごく自然なウインクを返してくる佐伯さん。
本当にアイドルのようだった。
首から上だけを見ればの話だけれど。
久美は、佐伯さんに会釈をして店を出た。
見上げれば、都会の狭い夏空が広がっている。
でもこの大都会は、自分の視野や価値観のほうが、よっぽど狭いのだと教えてくれる。
人生は、日々が勉強なのだなと久美は思った。
なお、この日。
目当てのツインテ娘を攻略した久美は、脳内で夏恋に変換して楽しむという、最低な行為を犯した。




