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8/20

はちみつよりも、あまいもの

めぐって、くりかえしての続きです

優美もだけど、作者も陽菜がお気に入り

 パンケーキの上に、はちみつがたっぷりとかかっている。

 ケーキの表面全体が、はちみつで覆われてしまうほどだった。

(すごく甘そう)

 見ためからして、子どもウケが良さそうなスィーツだ。

 優美は普段、スイーツの類は口にしない。

 嫌いじゃないけれど、自分から群がることも無い。親が買ってきてくれたら食べる程度だ。

 せっかくの機会なので、とびきり甘そうなデザートを頼んだのだが、想像以上にはちみつの量が多かった。

 優美と陽菜は、まだファミレスで駄弁っていた。

 ひさしぶりに会った、仲の良い先輩と後輩。となれば、話が途切れどころを失うのは、自然なことなわけで。

「教えてほしいことがあるんだけど、いい?」

「はい」

 陽菜が、冬季限定の、サツマイモクリームのロールケーキを、フォークで崩しているときだった。

 優美は、話題を変えた。

「でも、私が優美先輩に教えられることなんて、ありますか?」

 陽菜からしたら、優美は完ぺきな女性に見える。

 ソフトボールの技術は言うにおよばず、キャプテンとしての統率力もあり、後輩のめんどう見も良い。

 勉強に集中するようになってからは、学年で上位の成績を記録している。容姿も、高校生離れした、大人びた美人。

 そんな優美が、なんの教えを請いたいと言うのだろう。

 陽菜は、まっすぐに優美を見つめ、質問を待った。

 口を開いた優美は、そのまま固まって、せっかく開いた口を閉じる。視線を、右に左にと移動させたかと思ったら、また口を開いては閉じる。

「言いにくいことなんですか?」

「わ、わかんない……」 

 優美は、恥ずかしそうに視線を落とした。

「遠慮しないでくださいよ。私と優美先輩の仲じゃないですか」

 それに今日は、ご飯からデザートまで、すっかりごちそうになってしまった。陽菜のほうからお返しできるものがあるのなら、返してあげたい。

「じゃ、じゃ、じゃあ……」

「はい。どうぞ」

 優美は。

 すーっ、ふーっ、と、ゆっくりと大きく息を吸って、吐いて。

「やっ、やっぱりやめた」

 両手で顔をおおった。

 ずるっと体を滑らせる陽菜。

「どうしたんですか。煮えきらないなんて、先輩らしく無いですね。優柔不断なところとか、きょどきょどしてるところとか、うちの彼氏みたいですよ」

「あ。それ」

「どれですか?」

「だから、その……、充くんのことなんだけど……」

「はぁ、うちの彼氏が、なにか?」

 陽菜の彼氏である充と優美に、なんぞかかわりでもあったっけな。

 記憶を探ってみても、二人が、ちょっとした挨拶を交わしているシーンしか浮かんでこない。

 しかし、それは陽菜が知らないだけで、二人は、もっと深い仲だったのかもしれない。

「まさかあいつ、優美先輩に浮気を……?」

 陽菜の顔から表情が消える。

 ずずず……、と怒りのオーラが背中からにじみ出てきて、鬼の頭の形を作ったのを、優美はたしかに見た。

「違う違う違う。そうじゃないよ。異性とつき合うって、どんな感じなのか教えてほしかっただけ」

 ひと息に、早口で言う。

 自分がまごついているせいで、陽菜にいらない詮索をさせてしまった。

 こないだ、将来とか結婚なんかについて考えたので、気になっていたのだ。

 でも、いざ聞こうとしたら、

(これってもしかして、恋バナってやつなんじゃ……)

 と意識してしまって、恥ずかしくなったのだ。

 それになんか、大学進学を決めた途端に恋愛事に興味を持つなんて、浮ついてるみたいでイヤだったし、陽菜に浮ついてると思われるのもイヤだった。

「へぇ、優美先輩も、そういう話に興味があったんですね」

 案の定、陽菜は意外そうにしていた。

「気になったくらいで、興味っていうレベルじゃないんだけど」

 どうも言い訳がましい。

 優美が、上手く会話をつなげることができずにいると、

「いいですよ。なんでも聞いてください」

 陽菜はすっぱりと言う。

「いいの?」

「はい。言えないことは、こっちから言いますし」

 陽菜は、彼氏とのことを聞かれる機会が多いので、慣れていた。

「女子校ですからね。みんな、気になるんでしょうね」

 達観した表情で、ロールケーキにフォークを突き立てる。

 優美たちの高校では、陽菜みたいに、男性とおつき合いをしている人もいたけれど、それは希少な存在であった。

 なにせ女子校。校外でバイトでもしなければ、男性との接点が無いのである。

 陽菜の場合、中学校の同級生から、中学卒業まえに告白されて、つき合ってみることになった。

 と、ここまでは優美も知っていた。

 だが、学生さんのおつき合いとは、具体的に、どんなことをするのだろう。

「てっ、手とか、つなぐの?」

 興奮気味に、優美は質問する。

(ああっ……、いきなり、踏み込んだ質問をしちゃったかな?)

 気を悪くさせてしまったのではと心配になって、陽菜を見る。

 なぜか、苦々しい顔になった。

「つなぎますよ。つなぐんですけど……」

「どうしたの?」

「あいつ、手をつなぐときに、いちいち私に許可を求めてくるんですよ。手、つないでもいい? って」

「それは、充くんらしいね」

 竹を割ったような性格をしている陽菜は、回りくどいことが嫌いなのだ。

 それなのに、彼氏ときたら、陽菜の機嫌をうかがってからでないと、手をつなぐことすらままならない。それが陽菜をイライラさせるのである。

「あ、じゃあ、あの、その、キ……、とかは、まだ……?」

「優美先輩、さっきから、充みたいな挙動するの、やめてください」

「だ、だって、そういう話に、参加してこなかったし」

「優美先輩は、本当にソフトボール一筋でしたからね」

 だから、部内で恋バナみたいな話になっても、優美は遠くで見守っていただけだった。そのために、手をつなぐとか、キスとか、恋愛にまつわる単語を発することに、耐性が無いのである。

 しかし、こんなに精神が摩耗するものだとは思わなかった。

(ケーキでも食べて、いったん落ち着こう)

 優美は、パンケーキにナイフを伸ばした。

「しますよ。キス」

 すると陽菜が、衝撃の自白をした。

 驚きのあまりに、手に力が入りすぎて、優美はいおもいっきりパンケーキにナイフをぶっ刺した。

 なんと平然に言ってのけるのだろう。

 小柄で童顔。かわいい妹みたいな存在だった陽菜が、とんでも無く大人の女性に見えた。

 ロックな楽曲のドラムみたいに、優美の心臓が、激しいビートをきざむ。

「他の人に聞かれたら、はぐらかすことにしてるんですけど、優美先輩ですからね」

 なんとかわいいことを言ってくれるのだろう。

(でも、知りたくなかったような気もする……。ああでも、もっと聞きたいような気もするし……、あたしは、どうしたら……)

 心中、複雑な優美は、とりあえず、パンケーキにぶっ刺さったままになっているナイフを引き抜いた。

「それが充ったら、不思議なんですよ。手をつなぐのは、私の許可が無いとできないくせに、キスはそんなことが無くてですね……」

 陽菜は、優美の胸中などおかまいなしで、続けた。

「私が、してほしいなーって思ってると、してくれるんですよ。あれで意外と、女心がわかってるのかもしれません。それに、けっこうまえの話なんですけど、下校途中に、学校の近くの路上で、いきなりキスされそうになったことがあるんですよ。びっくりしたんですけど、ドキドキもして……、優美先輩。大丈夫ですか?」

「ごめん……。処理しきれない……」

 若干の涙声で、ギブアップ宣言。

 優美の脳は、陽菜が話してくれたことの半分も理解できないまま、オーバーヒートしてしまった。

 まさかの展開であった。

 陽菜の、彼氏に対するサバサバした態度とか、彼氏の煮えきらない様子から、二人は、ラブコメの漫画とかライトノベルみたいに、両想いのくせに、くっつきもせず離れもせず的な、甘酸っぱい関係なのだと、優美は想像していたのだ。

(陽菜、やることやってるんだね……)

 しかして現実は、けっこう生々しかった。

 ていうか、彼氏の浮気を疑って怒ったときから気づいていたが、陽菜、普通に彼氏のこと好きじゃん。いまのだって、ただののろけ話じゃん。

(他人ののろけ話を聞くのって、こんなに恥ずかしいんだ)

 優美は右手をぱたぱたと振って、顔に風を送った。

「すみません。私も、初めてのおつき合いなので、これが普通だと思って、ついぺらぺら話してしまいました」

 後輩に気を遣われた。

 どうしてだろう。なんか自分がみじめに感じた。

「あたしのほうから聞いたんだから、大丈夫だよ」

 虚勢を張る。

「最初にしたのって、いつなの?」

 意地も張って、恋バナを続ける。

 震える手でパンケーキを切り、震える左手を右手で支えながらフォークで刺して、パンケーキを口に運んだ。

「つき合うって返事をした、その日です」

「!?」

 はちみつの味なんて、しやしなかった。

 むせそうになるのを我慢して、水を飲んだ。パンケーキよりも、無味の水のほうが美味しいと感じたのは、喉がかわいていたからだ。

「は、早くない?」

 陽菜はもっと、身持ちが固いものだと思っていたのに。

「どうなんでしょう。したいからしちゃいましたけど、早かったんでしょうか?」

「したいって、思うものなんだ……」

「それは、私が甘えっ子だからかもしれませんね」

「そっか。だからか」

 陽菜は甘えたいから、好きな人に対して、直接的なつながりを求める。

 やっと優美の脳でも理解できる話になった。

 胸を撫でおろしていたが。

「優美先輩だって、すぐ恋人ができますよ」

 おっとっと?

 後輩。いま、あたしのことを見下したか?

 なんか、イヤ~な気分になった。

(悪気は、無いんだろうなぁ)

 でも、学校のテストで学年一位だった人が、二位だった自分に、やぁ、君もすごいじゃないかと声をかけてきたら、素直にその言葉を受け入れることができるだろうか。ほとんどの人間は聖人じゃないんだから、邪推のひとつだってするだろう。

「恋人、ね」

 ピンとこない。

 男性とのおつき合いとか、興味はあっても、自分もそうしたいとは思わないのだ。

「優美先輩は、私と違って、一人で抱えて、一人で解決できちゃいますからね。支えてくれる人が必要だと思わないのかもしれませんね」

「そうかも」

 キャプテンを務めているときは、孤独を感じることもあったし、さみしいとも思ったけれど、それもひっくるめて抱えていた。それが優美のあたりまえになっていた。

 精神的に危ういところまでいったけど、なんとかなったし、優美はこれからも、そんなふうに生きていくのだろう。

「でも、優美先輩の恋バナ、聞いてみたいですね」

「あたしは、まだいいよ」

 大学に受かったら、まずはのんびり生活したい。

 だから、恋愛絡みの甘い話は、遠くに置いておきたい。

 優美は、パンケーキを食べた。

 とろとろのはちみつ。

 いまのところは、このくらいの子どもっぽい甘さが、優美にはちょうどいいと思うのだった。



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