はちみつよりも、あまいもの
めぐって、くりかえしての続きです
優美もだけど、作者も陽菜がお気に入り
パンケーキの上に、はちみつがたっぷりとかかっている。
ケーキの表面全体が、はちみつで覆われてしまうほどだった。
(すごく甘そう)
見ためからして、子どもウケが良さそうなスィーツだ。
優美は普段、スイーツの類は口にしない。
嫌いじゃないけれど、自分から群がることも無い。親が買ってきてくれたら食べる程度だ。
せっかくの機会なので、とびきり甘そうなデザートを頼んだのだが、想像以上にはちみつの量が多かった。
優美と陽菜は、まだファミレスで駄弁っていた。
ひさしぶりに会った、仲の良い先輩と後輩。となれば、話が途切れどころを失うのは、自然なことなわけで。
「教えてほしいことがあるんだけど、いい?」
「はい」
陽菜が、冬季限定の、サツマイモクリームのロールケーキを、フォークで崩しているときだった。
優美は、話題を変えた。
「でも、私が優美先輩に教えられることなんて、ありますか?」
陽菜からしたら、優美は完ぺきな女性に見える。
ソフトボールの技術は言うにおよばず、キャプテンとしての統率力もあり、後輩のめんどう見も良い。
勉強に集中するようになってからは、学年で上位の成績を記録している。容姿も、高校生離れした、大人びた美人。
そんな優美が、なんの教えを請いたいと言うのだろう。
陽菜は、まっすぐに優美を見つめ、質問を待った。
口を開いた優美は、そのまま固まって、せっかく開いた口を閉じる。視線を、右に左にと移動させたかと思ったら、また口を開いては閉じる。
「言いにくいことなんですか?」
「わ、わかんない……」
優美は、恥ずかしそうに視線を落とした。
「遠慮しないでくださいよ。私と優美先輩の仲じゃないですか」
それに今日は、ご飯からデザートまで、すっかりごちそうになってしまった。陽菜のほうからお返しできるものがあるのなら、返してあげたい。
「じゃ、じゃ、じゃあ……」
「はい。どうぞ」
優美は。
すーっ、ふーっ、と、ゆっくりと大きく息を吸って、吐いて。
「やっ、やっぱりやめた」
両手で顔をおおった。
ずるっと体を滑らせる陽菜。
「どうしたんですか。煮えきらないなんて、先輩らしく無いですね。優柔不断なところとか、きょどきょどしてるところとか、うちの彼氏みたいですよ」
「あ。それ」
「どれですか?」
「だから、その……、充くんのことなんだけど……」
「はぁ、うちの彼氏が、なにか?」
陽菜の彼氏である充と優美に、なんぞかかわりでもあったっけな。
記憶を探ってみても、二人が、ちょっとした挨拶を交わしているシーンしか浮かんでこない。
しかし、それは陽菜が知らないだけで、二人は、もっと深い仲だったのかもしれない。
「まさかあいつ、優美先輩に浮気を……?」
陽菜の顔から表情が消える。
ずずず……、と怒りのオーラが背中からにじみ出てきて、鬼の頭の形を作ったのを、優美はたしかに見た。
「違う違う違う。そうじゃないよ。異性とつき合うって、どんな感じなのか教えてほしかっただけ」
ひと息に、早口で言う。
自分がまごついているせいで、陽菜にいらない詮索をさせてしまった。
こないだ、将来とか結婚なんかについて考えたので、気になっていたのだ。
でも、いざ聞こうとしたら、
(これってもしかして、恋バナってやつなんじゃ……)
と意識してしまって、恥ずかしくなったのだ。
それになんか、大学進学を決めた途端に恋愛事に興味を持つなんて、浮ついてるみたいでイヤだったし、陽菜に浮ついてると思われるのもイヤだった。
「へぇ、優美先輩も、そういう話に興味があったんですね」
案の定、陽菜は意外そうにしていた。
「気になったくらいで、興味っていうレベルじゃないんだけど」
どうも言い訳がましい。
優美が、上手く会話をつなげることができずにいると、
「いいですよ。なんでも聞いてください」
陽菜はすっぱりと言う。
「いいの?」
「はい。言えないことは、こっちから言いますし」
陽菜は、彼氏とのことを聞かれる機会が多いので、慣れていた。
「女子校ですからね。みんな、気になるんでしょうね」
達観した表情で、ロールケーキにフォークを突き立てる。
優美たちの高校では、陽菜みたいに、男性とおつき合いをしている人もいたけれど、それは希少な存在であった。
なにせ女子校。校外でバイトでもしなければ、男性との接点が無いのである。
陽菜の場合、中学校の同級生から、中学卒業まえに告白されて、つき合ってみることになった。
と、ここまでは優美も知っていた。
だが、学生さんのおつき合いとは、具体的に、どんなことをするのだろう。
「てっ、手とか、つなぐの?」
興奮気味に、優美は質問する。
(ああっ……、いきなり、踏み込んだ質問をしちゃったかな?)
気を悪くさせてしまったのではと心配になって、陽菜を見る。
なぜか、苦々しい顔になった。
「つなぎますよ。つなぐんですけど……」
「どうしたの?」
「あいつ、手をつなぐときに、いちいち私に許可を求めてくるんですよ。手、つないでもいい? って」
「それは、充くんらしいね」
竹を割ったような性格をしている陽菜は、回りくどいことが嫌いなのだ。
それなのに、彼氏ときたら、陽菜の機嫌をうかがってからでないと、手をつなぐことすらままならない。それが陽菜をイライラさせるのである。
「あ、じゃあ、あの、その、キ……、とかは、まだ……?」
「優美先輩、さっきから、充みたいな挙動するの、やめてください」
「だ、だって、そういう話に、参加してこなかったし」
「優美先輩は、本当にソフトボール一筋でしたからね」
だから、部内で恋バナみたいな話になっても、優美は遠くで見守っていただけだった。そのために、手をつなぐとか、キスとか、恋愛にまつわる単語を発することに、耐性が無いのである。
しかし、こんなに精神が摩耗するものだとは思わなかった。
(ケーキでも食べて、いったん落ち着こう)
優美は、パンケーキにナイフを伸ばした。
「しますよ。キス」
すると陽菜が、衝撃の自白をした。
驚きのあまりに、手に力が入りすぎて、優美はいおもいっきりパンケーキにナイフをぶっ刺した。
なんと平然に言ってのけるのだろう。
小柄で童顔。かわいい妹みたいな存在だった陽菜が、とんでも無く大人の女性に見えた。
ロックな楽曲のドラムみたいに、優美の心臓が、激しいビートをきざむ。
「他の人に聞かれたら、はぐらかすことにしてるんですけど、優美先輩ですからね」
なんとかわいいことを言ってくれるのだろう。
(でも、知りたくなかったような気もする……。ああでも、もっと聞きたいような気もするし……、あたしは、どうしたら……)
心中、複雑な優美は、とりあえず、パンケーキにぶっ刺さったままになっているナイフを引き抜いた。
「それが充ったら、不思議なんですよ。手をつなぐのは、私の許可が無いとできないくせに、キスはそんなことが無くてですね……」
陽菜は、優美の胸中などおかまいなしで、続けた。
「私が、してほしいなーって思ってると、してくれるんですよ。あれで意外と、女心がわかってるのかもしれません。それに、けっこうまえの話なんですけど、下校途中に、学校の近くの路上で、いきなりキスされそうになったことがあるんですよ。びっくりしたんですけど、ドキドキもして……、優美先輩。大丈夫ですか?」
「ごめん……。処理しきれない……」
若干の涙声で、ギブアップ宣言。
優美の脳は、陽菜が話してくれたことの半分も理解できないまま、オーバーヒートしてしまった。
まさかの展開であった。
陽菜の、彼氏に対するサバサバした態度とか、彼氏の煮えきらない様子から、二人は、ラブコメの漫画とかライトノベルみたいに、両想いのくせに、くっつきもせず離れもせず的な、甘酸っぱい関係なのだと、優美は想像していたのだ。
(陽菜、やることやってるんだね……)
しかして現実は、けっこう生々しかった。
ていうか、彼氏の浮気を疑って怒ったときから気づいていたが、陽菜、普通に彼氏のこと好きじゃん。いまのだって、ただののろけ話じゃん。
(他人ののろけ話を聞くのって、こんなに恥ずかしいんだ)
優美は右手をぱたぱたと振って、顔に風を送った。
「すみません。私も、初めてのおつき合いなので、これが普通だと思って、ついぺらぺら話してしまいました」
後輩に気を遣われた。
どうしてだろう。なんか自分がみじめに感じた。
「あたしのほうから聞いたんだから、大丈夫だよ」
虚勢を張る。
「最初にしたのって、いつなの?」
意地も張って、恋バナを続ける。
震える手でパンケーキを切り、震える左手を右手で支えながらフォークで刺して、パンケーキを口に運んだ。
「つき合うって返事をした、その日です」
「!?」
はちみつの味なんて、しやしなかった。
むせそうになるのを我慢して、水を飲んだ。パンケーキよりも、無味の水のほうが美味しいと感じたのは、喉がかわいていたからだ。
「は、早くない?」
陽菜はもっと、身持ちが固いものだと思っていたのに。
「どうなんでしょう。したいからしちゃいましたけど、早かったんでしょうか?」
「したいって、思うものなんだ……」
「それは、私が甘えっ子だからかもしれませんね」
「そっか。だからか」
陽菜は甘えたいから、好きな人に対して、直接的なつながりを求める。
やっと優美の脳でも理解できる話になった。
胸を撫でおろしていたが。
「優美先輩だって、すぐ恋人ができますよ」
おっとっと?
後輩。いま、あたしのことを見下したか?
なんか、イヤ~な気分になった。
(悪気は、無いんだろうなぁ)
でも、学校のテストで学年一位だった人が、二位だった自分に、やぁ、君もすごいじゃないかと声をかけてきたら、素直にその言葉を受け入れることができるだろうか。ほとんどの人間は聖人じゃないんだから、邪推のひとつだってするだろう。
「恋人、ね」
ピンとこない。
男性とのおつき合いとか、興味はあっても、自分もそうしたいとは思わないのだ。
「優美先輩は、私と違って、一人で抱えて、一人で解決できちゃいますからね。支えてくれる人が必要だと思わないのかもしれませんね」
「そうかも」
キャプテンを務めているときは、孤独を感じることもあったし、さみしいとも思ったけれど、それもひっくるめて抱えていた。それが優美のあたりまえになっていた。
精神的に危ういところまでいったけど、なんとかなったし、優美はこれからも、そんなふうに生きていくのだろう。
「でも、優美先輩の恋バナ、聞いてみたいですね」
「あたしは、まだいいよ」
大学に受かったら、まずはのんびり生活したい。
だから、恋愛絡みの甘い話は、遠くに置いておきたい。
優美は、パンケーキを食べた。
とろとろのはちみつ。
いまのところは、このくらいの子どもっぽい甘さが、優美にはちょうどいいと思うのだった。




