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エンドロールのその後で

このエピソードからは、自分2次創作的な番外編になります

 瞳が開く。

 なんの負荷も感じずに、自然に。

 快適な寝起きだった。

「あー……」

 でも優美は、なぜが気だるげな表情だった。

 目覚まし時計の代わりに、枕もとに置いているスマホに手を伸ばした。

 寝返りを打って半身になり、時刻を確認する。

「今日も、やっちゃったか」

 現在時刻、朝の5時前であった。

 ちなみに、目覚ましのアラームが鳴るように設定している時間は、午前7時である。

 夏休みのまっただ中なので、7時どころか、9時10時まで寝ていてもかまわないというのに、こんな早朝に目を覚ましてしまう。ここのところ、毎日。

 しみ込んだ習慣というのは、なかなか修正できない。

 なまじっか、すっきり目が開いてしまうので、二度寝という気分にもなれないし、どうにかして朝食までの時間を潰すしかない。

「散歩、行くか」

 目覚まし時計が鳴る直前に目を覚まし、アラームを解除して、散歩に出かける。もはやそれが、優美の夏休みのモーニングルーティーンになりつつあった。

 部屋着のショートパンツからジャージに履き替え、運動用のスウェットに袖を通す。

 あんまり素肌をさらして独り歩きをすると、父が心配してしまうので、長袖だ。

 過保護な気もするけれど、優美はこんなにかわいいんだからと連呼されてしまえば、親バカに免じて従うしかないだろう。

 それにどうせ、長袖だろうが半袖だろうがノースリーブだろうが、散歩をすれば汗をかいて、シャワーを浴びることになるから、どのみち変わりは無い。

 護身用に、バットを持ち歩こうかとも思うけれど、それは自重。

 なんか未練がましい気がしてイヤだからだ。

 部活をしていたころに愛用していたキャップをかぶった。

 かすかに、制汗剤の匂いがする。部活に勤しんでいたころの、残り香だ。

 連れ歩くなら、これくらいの未練がちょうどいい。

 家の中は静かだった。

 優美が起き出すのを見計らって、お米が炊きあがったことを告げてくる、炊飯器のタイマーの音も、いまは聞こえない。

 この二年半、優美につき合って早起きしてくれた炊飯機は、台所で、まだ眠りについていた。

 炊きたてのお米を、自分でお弁当箱に詰めることも。

 おにぎりを握って、母お手製の漬けものと、おにぎりを頬張りながら朝練に向かうことも、もう……。

 冷蔵庫を開けてみる。

 夏休みの前まで、いや、ついこないだまでは、ここに、母が夜のうちに作り置きしておいてくれた、お弁当のおかずがあった。

 だけど、いまは無い。

 そこにあるのは、ゆうべのおかずの余りものと、未調理の食材。あと、牛乳とペットボトル飲料だけ。

 それが優美の喪失感を煽ってくる。

 冷蔵庫を閉じて、背伸びをした。

「行くか」

 ランニングシューズを履く。

 音を立てないように、玄関のドアを開け閉めするのは、部活にうち込んでいたころと同じなのに……。






                      ※





 マンションの裏手、四車線の道路を挟んだ向かい側に公園がある。

 それなりに大きな公園で、小さな丘の上に、やっぱり小さな神社があった。

 祭りなどのイベントは行われないけれど、由緒ある神社らしく、ちゃんと神主さんもいる。

 彩花あやかが言うには、異世界につながっているとか、神隠しに遭うとか、ベタな怪談話もあるみたいだけど、優美はそういうサブカルチャー的な話にはうとかった。

 歩行者用の信号が青になったのを確認して、横断歩道を渡る。

「異世界ねぇ……」

 人気ひとけが少ないのをいいことに、独り言を言った。

「あの大会以上の異世界なんて、無いでしょ」

 猛者たちが集う夏の大会は、現実離れしたドラマの連続だった。

 そんな猛者たちのおかげで、優美は、自分が持っている以上のパフォーマンスを発揮することができた。

「たのしかったなぁ」

 最後の夏の大会は終わった。

 もう、朝練に向かうために早起きする必要も失って。

 こういう空白の時間を、ソフトボールの練習に充てる必要も失った。

 でも体には、あのころの熱が残ってしまっている。

 過去の恋愛にすがるように、思い出に浸ってしまう。

 ソフトボール一筋。誰かとつき合ったことも無いのに、失恋したみたいな虚無感を優美は味わっていた。

 きっとしばらくは、こんなふうなんだろうなと、あきらめていた。

 あれだけの熱量をかたむけていたものが、抜け落ちてしまったのだから、ちょっとくらいのめめしさは大目に見よう。

「……?」

 公園に入ると、違和感を覚えた。

(なんか、静かすぎる?)

 早朝だから、静寂に包まれるのはあたりまえだ。優美の家の中がそうだったように。

 公園を見渡す。

 早起きしたご老人が散歩をしていたり、優美みたいに運動服を着た人がランニングをしていたり、ここ最近、毎日見ている景色と変わりないはず。

 だけど、なにかもの足りない。

 いつもその時間に決まってやって来る誰かが、今日は来ない。みたいな。

 三十段くらいの階段を上って、振り返る。

 街を一望、というわけにはいかないけれど、公園を見回すには充分だ。

(そうか。ひぐらしの声だ)

 朝、5時前に起きると、カナカナと鳴く、ひぐらしの声を聞くことができた。

 今日は、その声が聞かれないのだ。

 優美は階段に腰かけた。

「そうだよね。もう、八月も終わりだもんね」

 夏の終わりと共に、セミの声も無くなっていく。

 去年までだったら、気にも留めなかった。

 夏が終われば秋がくる。それだけのことだった。

 でも今年は……。

「今年の秋は、どんなふうになるのかな」

 想像できない。

 とりあえず、夏の大会が終わったいま、優美は受験生になったので、部活に割いていたリソースを、勉強に割かないといけない。

 部活は、引退した。

 そしてもう、ソフトボールは続けない。

 続けることは、できない。

 わかってしまったから。

 あの瞬間を越えるシーンには、二度と出会うことが無い。

 あのチームを越えるチームにめぐり会うことは、二度と無い。

(やっぱり、最高の恋愛だったんだなぁ)

 ソフトボールが好きで、あのチームとチームメイトたちが好きだった。

 遠くから、ミンミンゼミの声が聴こえると、心もとない安心感が湧いてきた。

 まだかろうじて、夏は続いていた。

 でも、もうじき、夏が往ってしまう。

 夏休みが終わる。

 そうなったら優美は、本当に部活を引退するのだ。




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