みんなでやるからたのしい
新たなチームメイト登場
時系列もどって、優美が高校三年生、梅雨に、美空と山登りをしたあとくらいの小話
ギャグ寄り
放課後の学校は、どこか寂しい。
そして、少しだけ怖い。
夕陽がさし込んで、影が長くなっていく廊下。
徐々に人がいなくなっていく教室。
遠ざかっていく学友たちの声。
静まり返る、校舎。
自分の足音だけが響く階段。
思わず優美は、背後を振り返った。
階段の上には、誰もいない。
(あたし、どうしたんだろ……)
冷凍庫に手を突っ込んだような、ひやっとした感覚。
それが、ずっとつきまとっている。
日直の日誌をまとめているときから、ずっとだ。
(なんで、今日に限って、こんなに過敏になっちゃってるのかな……)
優美は、知らず知らずのうちに、早足になっていた。
早く、人がいる場所に逃げ込みたい。
「失礼します」
声をかけて職員室のドアを開け、担任の先生に日誌の確認をお願いする。
「おー。悪いなぁ、練習があるってのに、日直を交代してもらって」
出席番号が、優美のひとつまえの生徒が、体調を崩して早退してしまった。
そのため、優美に日直が回ってきた。
「いえ。平気です」
職員室の時計を見る。
そろそろ、みんなが着替え終わるくらいの時間。
だから、そんなに遅れてはいない。
「よぉ清水。今日の怪談はおもしろかっただろう?」
そこに古典教諭がやって来て、わっはっはと豪快に笑った。
教師っていうよりも、学者とか教授という肩書きが似合いそうな風体の先生で、ありていに言ってしまえば、日本語マニア。
古典文学にとどまらず、純文学もライトノベルも歴史小説もたしなむし、漫才や落語など、芸能の分野にも造詣が深く、たまに授業で落語を披露してくれる。
(そっか。今日の授業で……)
この先生、新境地の開拓だといって、今日の授業終わりに怪談を始めたのだ。
教室のカーテンを閉め、電気を消し、細長い蝋燭に火を灯して雰囲気づくりするという徹底ぶりだった。
内容は、夜、道を歩いてるときに、ふと振り返ったら女の幽霊がいた。
という、ベッタベタもベッタベタな話だったのだが、教室の雰囲気と、先生の語り口の巧みさで、恐怖が何倍にも増幅された。
「先生。凝り性なのはいいですけど、本職をおろそかにしてないでしょうね」
呆れ顔で、担任が言う。
「そこはぬかりありませんよ。なぁ清水?」
「はい。落語をするときは、いつに無くテキパキと授業を進められますので、大丈夫です」
優美は、恐怖を与えられた仕返しに、いたずっぽく言ってやった。
わははは……。
清水も言うようになったなぁ……。
優美は、職員室を後にした。
耳に残っていた先生方の笑い声が、遠くなっていく。
※
優美がグラウンドに到着すると、部員たちは、すでに着替え終わっていて、そろそろ練習を始めようか。というところだった。
友恵もマネージャーたちも、顔をそろえている。
「監督さん。遅れてすみません。すぐに着替えてきます」
優美は友恵に頭を下げた。
「いいわよ。理由は聞いてるし。ランニングから始めてるから、ちゃっちゃと着替えて来ちゃって」
「はい」
優美が目配せをすると、二年で副キャプテンの陽菜が先頭になって、部員たちを整列させた。
三年生も、ちゃんと陽菜の指示に従っている。
頼もしい子だ。
部の将来は安泰じゃのう。
などと、ちょっとだけ年寄り臭い感傷に浸ってしまうのは、三年生という立場になったからだろうか。
ランニングを始めた部員たちを横目に、グラウンドのすぐそばに設置されている部室のドアを開けた。
あたりまえだけれど、誰もいない。
薄暗い部室に、窓から夕陽がさし込んでいる。
やけに静かで、もの寂しい。
ランニングをしている部員たちのかけ声が、すごく遠くから聞こえてくるように感じる。
(ドア、開けっ放しにしておこうかな……)
ふたたび、冷凍庫に手を突っ込んだような、ひやっとした感覚が訪れる。
ドアを閉めて、独りきりになるのが、ちょっと怖い。
だけど、まさか、ドアを開け放ったまま着替えるわけにもいかない。
いきなり男の人がやって来て、着替えているところを見られてしまう。なんていうラブコメみたいな展開が、現実で起こるはずが無いだろうけれど、やはり女子として、最低限の恥じらいは守りぬきたいところ。
恐怖を緩和したいという気持ちを優先するか。
それとも、女子としての恥じらいを優先するか。
優美は、少しだけ迷ってから、結局、部室のドアと鍵を閉めた。
がちゃり。
たしかに、いま、自分で鍵を閉めた。
それなのに、誰か別の人が、外界とつながる扉を閉めて、うす暗い檻の中に閉じ込められてしまったような……。
(バカバカしい)
いい加減、怖がりすぎだ。
優美は、制服の内ボタンに手をかけて外していった。
がたっ……。
「え……?」
音がしたかもしれない。
気のせいだろうか。
振り返る優美。
しかし、そこには誰もいない。
ネズミや虫の類は、女子の天敵。
特に、ゴキ……、幽霊よりも恐ろしい、黒光りの魔物が部室に湧くなんてことがあってはいけない。
だから、各々持ち寄った虫よけやネズミ捕りによって、衛生対策は万全。
それらが部室内にいるはずが無いのだ。
(じゃあ、いまのはいったい……?)
優美は急いでジャンパースカートの制服を脱ぎ捨て、シャツ一枚になった。
シャツのボタンを外そうとするけれど、手が震えて上手くいかない。
がたがたっ!
「!!!!????」
さっきよりも、明確に音が聞こえた。
気のせいじゃない。
(ど、ど、どっ……。どうしたら……)
振り返るべきなのだろうか。
それとも、知らないふりをするべきなのだろうか。
優美は硬直した。
だけど、優美の背後で蠢いていたそれは、優美の逡巡なんて考慮してくれなかった。
そろ……、そろ……、と、背後から忍び寄り。
ぽん。
と、肩に手をかけた。
「………っ!!!!」
想像を絶する恐怖が我が身を襲ったとき、ざっくりと、声をあげる派とあげない派に分類される。
優美は声をあげない派だった。
声もたてず、音もたてず、
すぐに鍵を開けてドアを開け放った。
こんなに慌てたことも、こんなに素早く動いた経験も、記憶になかった。
優美は仲間たちのもとに向かって疾走した。シャツ一枚だけで。
約二年半に渡って鍛えてきたおみ足を、惜しげも無く見せつけながら、走りに走った。
ランニングを終えて準備運動をしていた部員たちは、我らがキャプテンの美脚に釘づけになった。
「かかかかっ、監督さんっ!」
「うぇっ!? なに!? なんなの!?」
優美も狼狽していたが、友恵も狼狽した。
生まれてこのかた、下半身を露出させた女子高生に抱き着かれた経験なんて無いからだ。
「キャプテン! どうしたんですか!?」
心配した陽菜が駆け寄ってきた。
「出た出たっ、出たんだってば!」
「出たって……、なにがですか?」
友恵の背中に抱き着き、ぷるぷると震えながら、優美は部室のほうを指さした。
陽菜と友恵がそちらを見れば。
それは、小走りに駆けてきて、友恵の前で帽子をとった。
「監督さん。着替え、終わりました……」
ぼそぼそっと、くぐもった声で、友恵に報告する。
「うん。じゃあ、ちょっと待ってあげて」
友恵は、優美の頭に手を置いた。
「なにがあったか、だいたいわかったわ」
友恵はぷるぷると震えて、やがて大口を開けて笑った。
あはははは……。
優美が、あんなに大慌てするなんて、めずらしいものを見たわー……。
友恵の笑い声が、いつまでも優美の耳に残っていた。
※
「優美。ごめんね……。机の下に、シャーペンが落ちてるのが見えたから……」
「いいよもう。あたしの早とちりだったんだから」
優美と並走してランニングをしているのは、守口香奈。
優美の同級生だ。
丸顔で目がぱっちりしている、かわいらしい女の子。
試合では、三番バッターを任される彼女は、「ガッツ」の愛称で親しまれた、元プロ野球選手の、小笠原道大選手を髣髴とさせる、豪快なフルスイングが持ち味だった。
ところがどっこい。
そんなプレースタイルとは正反対に、性格はネガティブそのもの。
運動部とは思えないほど声は小さいし、肝っ玉はさらに小さい。
「こないだ、美空とデートしたんだって……?」
ストレッチを始めた二人。
優美の背中を押しながら、香奈がぼそぼそと耳元でつぶやく。
背後霊のようだった。
「デートなんて、たいしてものじゃないよ」
「でも、二人で出かけたっ……」
心無しか、優美の背中を押す力が強くなった気がした。
香奈は、声が小さくて性格がネガティブなだけで、俗に言うコミュ障ではなかった。
人並みに他人とかかわろうとするし、自分の意見を、ちゃんと言葉に変換できる。
「美空、ちょっと元気が無かったんだよ……」
さらに、大事な人の様子を良く観察しているし、気遣いもできる。
「え。そうなの?」
「うん……。予選が近くなってから、ナーバスになってたっぽい……」
「そうだったんだ」
「だからね……。元気になってもらえるように、私も、意識して声をかけるようにしてたんだけど……」
そんな声色で励まされたら逆効果じゃないかとツッコみたくなる、呪術の呪文でも唱えるような、小さな声でささやいた香奈は、
「優美と二人で出かけてから、美空、顔つきが明るくなったのよっ……! 私だって、予選が近くなって、気が気がじゃなのにっ……。二人だけでっ……!」
優美の背中に頭を押しつけて、肩をがしっと握り、優美の身体をゆさぶる。
怨霊のようだった。
「いたたっ! ちょっと香奈」
「チャンスで凡退したらどうしよう……。凡退だけならまだいいわ。ゲッツーなんて最悪の結果になったら……。あああっ。一点差で負けている最終回。私が打てば勝てる場面なのに、ゴロを打ってゲッツーで試合終了っ……。私のせいでチームが負ける、そんな想像をしただけで……。ヒィィッ……!」
悪霊に苛まれる患者のように、頭を抱えて空を仰ぐ香奈。
ネガティブ妄想が止まらない。
「おーい。どうしたのー?」
友恵がメガホンを使って声をかけてくる。
「大丈夫ですー。いつものやつですー」
優美が応えると、友恵は、オッケーと手を挙げた。
香奈は、繊細すぎ、かつ、責任感が強かった。
自分が打てなかったらチームが負ける。そんなプレッシャーを背負いたくないからだ。
そのため、チャンスで自分に打席が回ってくるのを死ぬほど嫌うのだが、そんな性格とは裏腹に、香奈のチャンスでの打率はチーム上位。
プレッシャーに負けて自暴自棄になったり、体調を崩したりすることも無い。
ただ、思考がネガティブすぎるだけなのである。
責任を独りで背負おうとするという点においては、優美と似ているかもしれない。
優美は、香奈と交代して背中を押した。
「チームスポーツは、誰のおかげで勝ったとか、誰のせいで負けたってことは、無いよ」
勝ったらみんなのおかげ。
負けたらみんなの責任。
たったそれだけのことだ。
「でも……」
香奈も、優美と同意見だけど、やっぱり印象として、チャンスで打ったり打てなかったり、ピンチの場面でファインプレーをしたりエラーをしたりという記憶が、強く残ってしまう。
他人にも。
そして自分にも。
「香奈とも一緒に出かけてもいいけどさ……」
「ホント!?」
「それって根本的な解決にならないと思うんだよね」
気休めにしかならないよと優美は言った。
「じゃあ。どうしたらいいのよ……?」
香奈は、しゅんとうなだれた。
そんな香奈に、優美は手をさし伸べて、
「練習」
それしかない。と香奈の手をとった。
チームスポーツは。
一試合を通して、自分がいっさいミスをしなくても、他人のミスで負けることがある。
だから、つい他人を責めてしまいたくなるかもしれないけれど。
勝ったらみんなのおかげ。
負けたらみんなの責任。
誰かのおかげで勝った、誰かのせいで負けたなんていうことは、絶対に無い。
「大丈夫。みんな、香奈の仲間だから」
優美は香奈の肩に手を回して、キャッチボールを始めた仲間たちの元に向かった。
勝ったらみんなで喜んで、負けたらみんなで悔しがる。
独りでなにかを背負っていては味わえない感情を味わうことができる。
それが、チームスポーツの良さだと優美は思う。
香奈かわいいなぁ
キャラ立ってるわー
優美も優美で、大丈夫です、いつものやつです、じゃないんよw
ちなみに、高校のときの野球部の監督は、普通に「○○のせいで負けた」とか言う人だったので、退部しました




