初心、忘れるべからず
芸人軍団……、いや、二世代めのソフトボール部員、全員お披露目会
「よーし。それじゃ、全員ノックいくわよー」
友恵がバットを握る。
マネージャーたちが、ホームベース付近に、ボールの入った籠と、ティーバッティング用のネットを用意した。
ソフトボール部の伝統になりつつあるこのノックは、ピッチャーもキャッチャーも内野も外野も関係無く、監督が打ったゴロを捕球し、ネットに向かって送球する。
練習の締めとして、これを全員で行う。
誰か一人がミスをしたり、送球がネットの中に収まらなかったら、最初の一人からやり直し。
いわゆる、連帯責任。
チーム対チームの試合では、みんなで協力して積み上げてきたものが、自分一人のミスによって崩れてしまうかもしれない。そのプレッシャーを感じるための練習だった。
プレッシャーを感じたくない香奈、三年でピッチャーの神田瑠璃らは、二年生と一年生を押しのけて、最初のほうに並ぼうとしたが、三年生たちによって、後方に引きずられていった。
絶対的な決まりがあるわけではないが、ノックを受ける順番は、下級生が最初という暗黙のルールがあった。ノックの序盤でミスをしても、まだ取り返しがきくので、プレッシャーが少ないからだ。
「さぁ、誰からいくのー?」
友恵が聞くと……。
「はい!」
「私!」
「お願いしまぁす!」
「私がいきます!」
「ワタシ! ワタシですっ!」
「私に決まってるでしょ!」
一年生の六人が、一斉に前に進み出た。
またか。
苦笑いをする監督と上級生。
出番に飢えたお笑い芸人のように、前へ前へと歩み出て来る一年生たち。
定位置であるショートから、ずんずんと友恵のほうに寄ってくる。
友恵がゴロを転がすと、犬の群れがボールを追うように、わーっとみんなで走って来る。
押しのけ合い、我先にとグローブを差し出す一年生たちを見て、
「まるで、小学生のサッカーですね……」
二年の清澄美月は、呆れ顔。
小学生のサッカーは、ポジションとかチームワークなどおかまいなしに、とにかくボールがあるところに集まろうとする。それと同じだと彼女は言うわけである。
「まぁまぁ。一年生は、あのくらい活きが良くてちょうどいいよ」
ですよね。キャプテン。
と、やはり二年の天河玲。
「そうだね」
優美は、楽しそうにボールを追いかけている一年生を、ほほえましく見つめていた。
スポーツは、楽しいことばかりじゃないけれど、辛いときや苦しいときに下支えしてくれるのは、やっぱり、楽しいという気持ち。
「これは、ボール遊びなんだよ」
優美は、自分を戒めているようだった。
競技年齢が長くなってくると、ついつい難しく考えてしまい、忘れがちになってしまう初心を、一年生たちは思い出させてくれる。
「それって、来年はあの子たちのめんどうを見なくていいから言えることですよね?」
言葉にため息が混じってしまう陽菜。
いま副キャプテンを務めているからといって、そのままキャプテンに昇格すると決まっているわけではないけれど、順当にいけば、あの連中をまとめないといけないのは、自分になる。
優美がいなくなった後のことを考えると、いまから頭が痛い。
「毎日毎日、同じことをやってるんじゃないわよ!」
誰が声をあげているんだか、誰がノックを受けているんだかわからず、わちゃわちゃとしている一年生たちを、綾瀬心穏が注意した。
今年の一年生の副キャプテンに任命された、世代唯一の常識人である。
「ほら。一列に並びなさい」
「よっしゃ。そんなら私が最初や!」
ようやく一列に並んだ一年生。
その中の岩井久里須が先頭に立とうとすると、
「でしゃばるなー! 後出し関西人ー!」
「ウチらとキャラがかぶっとるんやー!」
笑梨と笑理がヤジを飛ばした。
彼女たちは、同じ関西人として、お互いをライバル視していた。
「二年生は黙っててください! 一年は、前に出て監督さんにアピールせんとアカンのです!」
だが、全員が同じ行動をしてしまえば、それはむしろ無個性。
森の木の一本一本に、いちいち固有名詞を付けたりはしないからである。
現に、二年、三年の中には、一年生の見分けがついていない者もいた。
「それじゃあ、お先にいきますよぉっ!」
友恵がゴロを転がす。
「とぉりゃぁっ!」
桃は、不必要に大きな声を発しながらゴロを捕球して、
「そぉいっ!」
不必要に力を込めてボールをぶん投げた。
友恵にボールの受け渡しをしていたマネージャーが、悲鳴をあげて、ボールを避けた。
吉川桃は、身体能力は一年生離れしているのだが、まだそれをコントロールしきれていない。
「次―」
「ハイ! ワタシです! モモさんは力が入りすぎなんです。ゴロはまず、ダキュウの下に視線を入れ、また、ソウキュウのこともアタマに入れ、どうダキュウにあぷろーちをかけていくか考えながら……、アッ……」
ぽろり。
鳳ジルは、カタコトの日本語でべらべらと喋りながらノックを受けようとして、打球をこぼした。
ハーフの彼女は、才能もあるし、ソフトボールのことをよく勉強している努力家なのだが、頭にある言葉を口から出さないと気が済まない性格なのが玉に暇。
「ジルはごちゃごちゃ考えすぎなのよ! ゴロっていうのは、バーッと走って、バチっと捕って、シュパーっと投げれば……、あっ……」
南野朱夏。
吉川桃と鳳ジルを、足して二で割らなければ、彼女のような人間になる。
頭にある言葉が、まだ形になりきっていなのに口から出そうとするため、だいたいの言葉が意味をなさない。
「谷矢―。左でやれー」
「なんですかなんですか! 上級生だからって、下級生に無茶振りしてもいいと思ってるんですか!?」
「左でいけー」
「やってやろうじゃないですか!」
上級生たちの挑発に乗ったのは、谷矢志帆子。
ただただ芸人気質。
でも、複数のポジションを守れるうえに、常に元気で、チームの雰囲気を明るくしてくれる。
利き腕は右。
だから当然、グローブは左手にはめているのだが、志帆子は左利きのように、右手にグローブをはめなおしてノックを受けようとして、当然、失敗した。
「まるでネタ見せ番組だわ」
友恵が、忍び笑いをすると、彼女の周りにいたマネージャーたちも笑った。
このチーム、なには無くとも、おもしろさだけなら他のチームの追随を許さない。
「お願いしますっ!」
彼女は、転がってくるゴロをしっかりとさばき、ピシッとネットの中に送球を収めた。
たったそれだけの動作。
なのに、チームの全員が笑う。
ゴロをさばくときには唇をとがらせ、送球のときにはおもいきり眉を寄せてシワを作り、鼻息が聞こえてきそうなくらいに気張る。
そんな顔芸を披露した荒川貴子。
ひたむきに、一生懸命にプレーしているだけなのに、なぜか笑いがとれる女。
「はい。ようやく一人成功―。二年三年が暇してるわよー」
友恵が言えば、また一年生たちが前に出て来る。
「あんな我が強い子たち、どうやって引っぱっていけばいいのか、わかりませんよ……」
大きな声を張り上げながらボールを追いかける一年生たち。
陽菜が不安を漏らし、心穏も同意する。
「簡単だよ」
優美は、不敵に笑った。
ノックは二年生へと移っていった。
ここで打球の質が変わる。
トップスピンが加わっていたり、左右どちらかに動かないと、捕れない打球が飛んで来る。
ちょっとだけ大人になった二年生は、責任感が芽生えてきて、怖いもの知らずの一年生とは違い、ミスの怖さや重みを知り始めた。
そのため、ミスをしないように、できるだけ確実に打球を処理したいという気持ちがプレーとして現れてしまう。
「ほらほら。もっと一年生の積極性を見習いなさい」
すかさず友恵が、消極的になるなと激を飛ばす。
一人、また一人と、なんとかバトンをつないで、次はいよいよ三年生へ。
友恵とのつき合いが長い彼女たちとは、駆け引きとなる。
友恵の癖を読んで、打球の方向をあらかじめ予測してくるからだ。
だから友恵も、自分の癖をマネージャーたちに分析させて、三年生たちの裏をかこうとする。
打つ。
捕る。
投げる。
という単純な動作の水面下で、監督と三年生たちは、読み合いを繰り広げていた。
「最後っ。キャプテン!」
ノックのトリを務めるのは、優美だった。
誰が決めたわけでは無いけれど、いつしか、キャプテンが最後にノックを受けるのが定例になっていた。
「それっ」
友恵がノックを放つ。
「うひゃー……」
陽菜は思わず声に出した。
友恵が、優美を大きく左に揺さぶるようなゴロを転がしたからだ。
優美は、スタート良くダッシュしてその打球を追いかけ。
走りながらキャッチして、勢いを利用して体を回転させながらスローイングをした。
送球は、綺麗にネットのどまん中に当たった。
わぁっ。
歓声があがった。
だけど、優美と友恵の勝負は、まだ終わっていなかった。
「ラスト! もう一球お願いします!」
「そうこなくっちゃ」
すでにボールを用意していた友恵は、今度は逆側にゴロを転がす。
「うわっ」
「これは無理でしょ」
と誰もが思った打球を、優美は追いかける。
そこからの映像は、まるでスローモーションだった。
逆シングルで、ボールをキャッチ。
ふわっと優美の体が宙に浮く。
帽子が舞う。
ジャンプをしながら空中でスローイング。
ボールが、小さな放物線を描く。
難しい態勢からの送球なのに、まっすぐにネットに向かって行く。
ぱさり。
優美が着地するのとほぼ同時に、ボールがネットを揺らした。
マネージャーたちと、練習を見学していた女生徒たちから、きゃーっと黄色い声があがった。
無駄なく美しく、そして魅せるプレーであった。
優美に見惚れている女の子たちをよそに、優美はすまし顔で帽子を拾う。
「気をつけっ! 監督さんに、礼っ!」
優美が号令をかけると、一拍だけ間があったものの、
「ありがとうございました!」
部員たちは、少しの乱れも無く、友恵に挨拶をした。
「はい。おつかれさま。各自、練習をしてもいいけれど、下校時間は守るように」
「はいっ! おつかれさまでした!」
友恵が軽くひと声かけて、全体練習は終了となる。
すると、即座に一年生たちが優美のところに集まってきて、どうしたらあんなプレーができるのかと、アドバイスを求めていた。
「難しいプレーをしようとする必要は無いんだよ。まずは基礎動作の精度を高めるのが大事だから、毎日、キャッチボールのときから目的意識を持って……」
うんうん。
と、静かに優美の話に聞き入る一年生たち。
「簡単。ですか……?」
「簡単。なんだってさ……」
心穏と陽菜は、それを呆然と眺めていた。
一年生連中は、さっき、わちゃわちゃと大騒ぎをしていたときとはまるで別人。
優美は、あのワンプレーだけで、一年生たちを手懐けてしまったのだ。
「簡単。って言えるようになりたいですね」
「そうだね」
心穏と陽菜は、うん、とうなずき合うと、友恵のところに向かった。
「監督さん」
「んー?」
「もうちょっと、ノックをお願いしたいんですけど……」
その申し出に、にやーっと嬉しそうに笑う友恵。
「私の特守は厳しいわよー?」
「はい! お願いします!」
グラウンドに駆けていく陽菜と心穏を、一年生たちが追いかけて来る。
「私たちもお願いしますー」
「コラッ! 私たちが先にお願いしたのよ!」
我先にと競い合って、ノックを受ける下級生。
優美はそれを一瞥すると、グラウンドに頭を下げて、ひと足先に部室に帰って行った。
ちょっとくらいおおげさでも、力が入りすぎていても、消極的になるよりは、積極的なほうが、よっぽどいい。
やらされるよりも、自分からやったほうが、何倍も早く上達するし、何倍も楽しいからだ。
いつもいつも、楽しいと思えることばかりでは無いけれど、辛いときや苦しいとき、下支えしてくれるのは、楽しいという気持ち。
ボールを追いかけるほうも、打ち続けるほうも、とてもキツいけれど、やっぱり、この遊びは楽しい。
彼女たちは、時間ギリギリまでボール遊びを続けたのだった。
筆者自身への戒めでもありますな




