男の子のキモチ・女の子のキモチ
沙耶と沙菊が現役のころの話…、といっても、フォーカスポイントは一年生の陽菜
かなりまえに投稿したエピソードで、優美と陽菜がファミレスで話していた内容を広げたものです
百合っぽい話しか描けない奴と認知されたくないので、たまには、こういうのもね。っていう
美星陽菜。
女子校に通う高校一年生。
ソフトボール部所属。
小柄な体に、でっかいガッツを詰め込んでいる彼女は、負けん気が強い。
先輩相手だろうが、はっきりとものを言える性格を買われ、副キャプテンに抜擢された。
すでに練習試合でも、一番センターを任されることがあり、岡本薫の後釜として、次期、斬り込み隊長の呼び声高い。
そんな陽菜にスポットを当てる際、語らずにはおけない面がある。
それは。
彼女は、部内でただ一人の彼氏持ちということである。
※
「陽菜ってさ。いつから彼とつき合ってるの?」
涼子が聞くと、部室の時間が止まった。
黙っているのは不自然だと思ったのか、すぐにそこかしこで会話が再開されたけれど、あきらからに、さっきよりもトーンが低い。
陽菜と涼子の会話を聞きとれるくらいに、声の大きさを調節している。
「素直に、聞きたいって言えばいいじゃないですか」
陽菜は心境をそのまま吐露した。
すると……。
「えっ!? 聞いていいの!?」
「聞きたい聞きたい!」
「教えてー!」
餌に群がる鯉のように、部員たちが、陽菜の周りに集まって来た。
そんな中でも、沙耶だけはどこ吹く風。
太極拳の老師のように、ゆーっくりと体を動かして、スイングの軌道を確認している。
パンツ一丁で。
いろんな意味で、さすがである。
「はいはい。下がってくださーい。ルールを守らないなら、会見をうちきりますよー」
津波のように陽菜に詰め寄ってくる部員たちを、マネージャーの愛莉が、防波堤となって押しとどめた。
彼女は、陽菜とは中学校時代からのつき合いである。
「はい! はい!」
「はい大崎先輩。質問は手短にお願いしますよ」
先輩のバットの持ちかたのように。と愛莉が言うと、どっと部室が沸いた。
大崎道代は二年生。
しぶとく、確実性のある打撃が持ち味で、その打撃を生み出すために、バットを短く持つ。その反動なのかは知らないが、相対的に話が長かった。
「どっちから告白したのー?」
「はい。ただいまの質問は、彼と海星さん、どちらから告白したか。ということですが、海星さん、いかがでしょうか?」
なんだこれ。
と陽菜はツッコミを入れたくなったが、ここは堪えた。
みんながハイになってしまって、ツッコミ役が不在になってしまうのは、この部では、ままあることだ。
こうなった場合、ツッこんだほうが負けなのである。
「えーと。向こうからです」
おぉー……。
着替えが中途半端な、半裸の女性記者たちから歓声があがった。
そして、次の質問を投げかけるべく、一斉に挙手をする。
「はい。木村先輩。どうぞ」
愛莉は、道代と同じく二年の、木村拓美を指名した。
彼女は、三年の紀子と同じく、複数のポジションを守ることができる、ユーティリティプレイヤー。
普段は縁の下の力持ちで、あまり目立つことが無いのだから、こういうときくらいは優遇されるべきだと愛莉は考えたようだ。
「いつ告白されたの?」
「はい。ただいまの質問は、いつ告白されたか。ということでしたが、海星さん、いかがですか?」
陽菜は愛莉をにらんだ。
(知ってるくせに)
その眼差しが語っていたが、愛莉は無視をした。
この質問に応えたときの、みんなの反応は容易に想像できるので、正直、あまり言いたくは無い。
陽菜は、間を置いて心の準備をすませてから、質問に応えた。
「中学校の、卒業前に告白されました。私は女子校に通うので、必然的に別々の高校になってしまうということで、疎遠になりたくない的なことを言われました」
しぃん……。
静寂の後。
うっきゃぁぁぁぁぁっ!
「離れたくないだって!」
「ずっと一緒にいったいだって!」
「ああもう! うらやましいわねー!」
半狂乱状態になる半裸の女子高生たち。
こうなることが想像できたから、ドライな言葉を選んだのに、妄想力豊かな乙女たちの餌としては、充分すぎるようだった。
黄色い声をあげながら、甘い妄想が止まらない。
もはやお祭り騒ぎだった。
「なんの騒ぎ……?」
そこに沙菊がやって来た。
眉根を寄せて、人さし指で、眼鏡の位置を直す。
すると、山火事が一瞬で鎮火するように騒ぎが収まった。
友達と集まって悪ノリをしていたところに、お母さんがやって来たかのようである。
沙菊が、
「沙耶。せめて服を着なさい」
とひと声かければ、さしもの沙耶も、
「へいへい」
熱が入っていた、スイングの確認をすぐにやめる。
ソフトボール部のクール担当、宗谷沙菊。
監督よりも威厳があるのではないかと噂される女。
「陽菜。允くん、もう来てるわよ」
「あっ。すみません」
あとはシャツにリボンを撒くだけだった陽菜は、慌ててピンク色の紐リボンをシャツに巻き付けた。
陽菜が部室を出ると、
「うちの子たちは、はね返りばっかりだから。私もつい、ほっといても大丈夫だって油断しちゃうのよねー。だから、こうやって迎えに来てもらえると安心だわー」
「そ、そう言っていただけると……」
友恵が、陽菜の彼氏である允に、一方的に喋りかけていた。
左手を頬に添え、右手をぱたぱたと振りながらまくしたてる様は、まるで近所のおばちゃんのようだった。
允は、右手を後頭部に当てて、えへっ、えへっとしきりに恐縮している。
友恵は、そんな允のことがやけに気に入っているようで、いつも、陽菜が着替え終わるまでの間、積極的に彼に絡んでくる。
これを愛莉は、
「娘は結婚に乗り気じゃないけど、彼氏と親が仲良くなっちゃって、結局、結婚することになっちゃう。っていうパターンに似てるよね」
と表現している。
冗談じゃない。
高校生のつき合いなんて、おままごとみたいなもの。
だからそのうち、どっちかが飽きて自然消滅するに違い無い。
陽菜は、本気でそう考えていた。
ていうか、そう言って允とつき合うように勧めたのは愛莉なのに、いったいなにを言っているのだろう。
「監督さん。お先に失礼します」
陽菜は、ぴちっと挨拶をした。
「はい。おつかれさま。気をつけて……、って言っても、允くんがいれば安心ね」
なぜだ?
なぜ、うちの彼氏の評価はこんなにも高い?
陽菜にはまったく理解できなかった。
校門を出るとき、允は、
「守衛さん。失礼します」
と、守衛所に詰めている壮年の男性に声をかけた。
守衛さんは、フレンドリーな笑みを允に返してきた。
ここは女子校なのだ。本来、男子高校生が入って来ることができない、乙女の園なのだ。
塀は他の学校よりもはるかに高いし、校内への侵入経路は正門と裏門のみ。
門には立派な守衛所が設けられていて、女子高生をどうこうしてやろうという不埒者が入って来ないように、プロの警備員たちが目を光らせている。
しかし允は、堂々と校内に入って来ることができた。
友恵が学校にかけ合って保証人となり、彼が入校許可証を所持していることもあるのだが、信じられないことに、ほとんど顔パスである。
顔つきも挙動も優男という言葉がぴったり……、というか、ナヨナヨしていて女の子っぽい。
だから、女性にとって、まったくの無害であると認知されている。
果たしてそれは、男性として喜ばしいことなのか。
(監督さんは、男の人は、優しいのが一番。なんて言うけど……)
そんなもんかねぇ。
なんせ、允が陽菜にとっての唯一の恋愛サンプルなのだから、善し悪しがわからない。
二人は、校舎を後にして、駅に向かった。
歩いて、約20分の道のりである。
校門前にはバス停があるけれど、陽菜は徒歩を選んでいる。
少しでも長い時間、彼ピと一緒にいたいからぁ(はぁと)。
というわけじゃ無いけれど、允は、わざわざ回り道をして、毎日迎えに来てくれるので、その気持ちには応えてあげないととは思う。さすがに、そのくらいの情はある。
「あ、あのさ……」
「なに?」
「手、つないでいい?」
「允」
「は、はいっ」
陽菜は、允の前に回り込んで、じろっとにらんだ。
彼女よりも背が高い允だが、蛇ににらまれた蛙のように硬直した。
「予防線張ってから手をつなごうとするの、やめてって言ってるでしょ」
つなぎたきゃ、ノーモーションでつなげばいいじゃない。
つき合いたての、初心なカップルじゃあるまいし。
と陽菜は言うが、
「だ、だって。たまに怒るときがあるし……」
允くんは頑張って反論した。
「そ、れ、は。電車の中とか、人が多い場所だから。TPO。オッケー?」
時と、場所と、場合をわきまえてください。
そしてもっと、陽菜の気持ちになって考えてください。
「うぅん……。難しいなぁ。勉強不足でごめんね」
いや、勉強したからどうにかなる問題なのだろうか。
允の童貞ムーブは、たぶん天然ものだ。
これは、一生かかっても治ることは無いだろう。
(一生……。ねぇ……)
いまさっき、この関係は、いずれ自然消滅するだろうと自分で考えておいて、一生なんていう単語が出てきてしまうこの矛盾。
どこかで、この頼りの無い男と別れがたいと感じている陽菜がいる。
体とか、頭とか、脳とか……、見える部分、言葉にできる部分じゃなくて、もっと違う場所にいる自分が、允を求めている。
「あーあ。恋愛ってめんどくさい」
「それ、いま言う!?」
「言わせる男が悪い」
陽菜が、ふんっと鼻を鳴らすと、允はぐっと奥歯を噛んだ。
「じゃあ、言わせないようにしてみせようか?」
「ふぅん。どうやっ……、ちょっ!?」
陽菜が允のほうを向くよりも早く、允は陽菜の肩を抱いた。
正門からは、それほど離れていない。
遠くから、ソフトボール部員たちの笑い声が聞こえてくる。
「ほ、本気……!?」
允は無言で顔を近づけてくる。
暗くなってきたとはいえ、道行く車がライトで二人の姿を照らしてしまう。
一歩、また一歩と下がっているうちに、陽菜は塀に追い詰められた。
どくん。
どくんっ。
恥ずかしすぎて、心臓が飛び出そう。
足のつま先から頭のてっぺんまで熱い。
自分の唇から、甘い吐息が漏れているのが自分でもわかる。
陽菜は、覚悟を決めて目をつむった。
が。
いつまで経っても、唇同士が触れ合った感触が訪れない。
それどころか。
「ごめん。カッとなっちゃって……」
允は、肩から手を離す始末。
陽菜は、足のつま先から頭のてっぺんまで体が熱くなるのを感じた。
もちろん、さっきとはまるで性質が違う。
「このっ、バカあッ!」
心の底から湧き出てきた感情である。
陽菜は、ひさしぶりに誰かに対して本気で怒った。
「ご、ごめん。今度からは気をつけるから……」
「そうじゃないでしょ!?」
「な、なにが?」
「もういい!」
陽菜は早足で歩き出した。
「陽菜ちゃん。待ってよ」
追いかけて来る允。
なんで。
なんでうちの彼氏は、こうも情けない。
バイトの人が配っているティッシュを、かたっぱしから受け取ってしまうし。
怪しい宗教勧誘のビラを断れず、結局、陽菜が断るハメになるし。
迷子になっている子どもの親を探しているうちに、一日が潰れてしまったこともあるし……。
(ああもう! あーもぉっ!)
陽菜はぴたっと歩みを止めた。
「陽菜ちゃん?」
すっと允に手を差し出す。
首をかしげる允。
「手」
「手?」
「つなぐんでしょ?」
「あっ。うん」
ぎこちなく陽菜の手をとる允。
いったい、何回手をつないだら慣れるんだろう?
(でもなぁ……)
もしも允が女性慣れしたら、その允を、自分は好きでいられるだろうか。
答えは、自信を持ってノー。
ときどき、女の子じゃないかと思うくらいにナヨナヨしているうちの彼氏だけど、たぶん自分は、そんなこの人が好きなんだ。
もっとしゃきっとしてほしいという欲求。
でも、彼にはそのままでいてほしいという願望。
ひどい矛盾。
解決することの無い矛盾。
それを抱えながら、まったく異質の生き物とつき合っていかないといけない。
(あーあ。恋愛ってめんどくさい)
陽菜は、その愚痴を隠してあげた。
ちょっとだけ男らしいところを見せてくれた、頼り無いうちの彼氏に免じて。
ちなみに、陽菜と充くんをモデルにして、別の世界線で、そこをさらに広げた長編を、すでに温めております
どこでどうやって公表するかは、まだ未定ですが




