雨のち……
5年くらい前に書いたやつ
微百合
時系列は、優美、3年生6月ごろ
めずらしく季節に合ったタイムリーな話
元マリみて信者としては、梅雨と百合は切っても切り離せないものです
「おつかれさまでした!」
「おつかれさまでしたー!」
キャプテンの優美の号令に続き、部員たちが唱和して、練習が締められる。
旧校舎の廊下に、ソフトボール部員たちの、そろった声が響いた。
「この後どうするー?」
「ちょっとだけバットを振ってから帰るー」
「智花。ブルペン入りたいんだけど、予定ある?」
「ティーバッティングつき合ってくれる人いるー?」
帰りに寄り道してカラオケに行こうとか、そんなノリで、あたりまえに自主練習へと向かって行く女子高生たち。
実に健全な乙女である。
そんな部員たちを最後方から見守りながら、窓に外に目をやったのは、清水優美。
旧校舎を囲む森に、しとしとと雨が降り注いでいる。
このところ、ずっとこんな天気だ。
ちょっと晴れ間が見えるときもあって、今日こそはグラウンドで練習ができるかもと期待させておきながら、結局、雨が降る。
ザーッとおもいっきり降ってくれれば、ここまで気持ちがどんよりすることは無いのに……。
雨は、降ったり止んだりを繰り返して、グラウンドの土を濡らす。
こうなると、旧校舎の階段を上り下りして足腰を鍛えるくらいしか、やることが無くなってしまう。
グラウンドには、親たちが、廃校になった小学校からかき集めてきたテントを利用して作ってくれた、簡易の屋内練習場があるけれど、広さと高さが限られているので、そこで行える練習も限られる。
(あーあ。ちょっと憂鬱かも……)
優美は、霧のような雨を、うらめしく見つめていた。
「優美ちゃん。みんな行っちゃいましたよ?」
「あ。ゴメン美空」
いつの間にか、立ち止まってしまっていたようだ。
同学年の東風美空に声をかけられて、優美は歩き出した。
美空は、ガチもののお嬢様で、言動や立ち振る舞いが、とても上品だった。
それでいて、ソフトボールの腕前も確かで、沙耶が引退した後、チームの四番バッターを任されている。
さらに、このチームにあっては貴重な巨乳枠だった。
部員が横一列に並ぶと、美空の胸だけが、ぼん! と前に突き出るので、顔を見なくても、彼女がどこにいるか、すぐに知ることができる。
「こう雨続きじゃ、ピッチャーの方々の悔しがる顔を見ることができませんねー」
そんな彼女は、打たれたピッチャーが悔しがっている顔を観察することに悦びを覚える、サディストだった。
こう雨が続いたのでは、実戦を想定したバッティング練習ができない。ではなく、ピッチャーが悔しがる顔を見ることができない。という言葉を選ぶところに、その一端が垣間見える。
「優美ちゃんは、この後、どうされますか?」
「あー……。うん。いや……」
優美は、今日の空模様のような、すっきりしない返事をした。
「なにか、考えごとですか?」
冴えない優美を心配して、美空が聞いてきた。
でも、
「んー……。考えごと……。あるような、無いような……」
やっぱり優美の返事はすっきりしない。
普段はしっかりしている優美だけど、いまは同級生の美空と二人だけということで、気が緩んでいた。
それに美空は、ふわーっとしていて天然っぽいけれど、周囲のことを良く観察している。
キャプテンとか副キャプテンとかいう役職とは、別の視点でチームを見ているので、優美は、美空に意見を求めたり、相談をもちかけることがある。
「ああ。そういうとき、ありますよね」
美空は、右手でグーを作って口元に当て、くすくすと上品に笑った。
(お。かわいい)
優美は素直に思った。
ちょっと猫をかぶったような仕草だけど、美空がやると、とても自然だ。
「優美ちゃん。良かったら、ちょっとつき合っていただけませんか?」
「なにするの?」
素振りかティーバッティングか、それとも意見交換か。
なんにしても、ぼーっとして時間を潰すよりは、よっぽどいい。
「デート。しましょう?」
「なるほど。デートね」
デート、デート……。
えっと。
それは、どんな練習メニューだったっけ。
などと考えてしまうあたり、優美の脳は梅雨の湿気にやられて、カビていたのかもしれない。
「えっ!? デート!?」
「はい」
美空が弾むような声色で言いながら腕を絡める。
柔らかい胸が、優美の二の腕にふにっと当たる。
「いいところ。知ってるんです」
美空が艶っぽい視線を向けてくると、優美は頬を赤らめた。
※
「美空……。ちょ、ちょっと待って……」
「もうバテたんですか? だらしないですよ」
「だ、だって……。キッツ……」
「ああもう。そんなに息を切らして……。しかたないですね」
美空は東屋を指さして、
「あそこで、ちょっと休憩しましょう」
優実の手を引き、屋根の中に入った。
ベンチに座った優美は、傘を杖のようにして体をあずけた。
「なんであたしたち、山登りをしてるの?」
美空に連れられた先は、街の郊外にある山だった。
山といっても斜面はなだらかで、子どもからお年寄りまで安心して歩くことでき、ご近所では有名な散歩コースとなっている。
しかし、さっきまで階段を上ったり下ったりしていたので、脚には、かなりの疲労が溜まっている。
しかも、スカート丈をいじれない、ワンピースタイプの制服なので、スカートに泥が付着しないように気をつけて歩いていれば、さらに足に負担がかかる。
それなのに、美空はケロッとしている。
普段から、両胸に錘をつけているぶん、優美たちよりも足腰が鍛えられているのだろうか。
「言ったじゃないですか。デートだって」
いちおう、この山は手軽なデートスポットとしても利用されてはいる。
木々に囲まれた静かな環境の中、ベンチに座って見上げる星空は、なかなか雰囲気があるみたいだ。
「もしかして、展望所まで行く気……?」
「はい」
嫌な予感は的中した。
美空は、あたりまえじゃないですかと笑ったが、展望所は、さらに山を登り、中腹の林道を抜けた先にある。
優実たちの足で、あと15分……、いや、疲労具合を考慮すれば、30分はかかるかもしれない。
苦労して歩いた先に、綺麗な景色が待っているならともかく、
(この天気だもんね)
あいかわらず空を覆っている雲からは、細かい雨が降り注いでいる。
こんなんじゃ、絶景なんて望むべくも無い。
といって、
「さぁ、そろそろ行きましょう!」
と意気軒昂なチームメイトを置いて帰れるほど、優美は冷徹にはなれない。
優美が腰を上げようとすると、美空が手を差し出してきた。
「あ、ありがと……」
優美がその手をとると、美空は、指を絡めて握った。
(ああそっか。デートって言ってたっけ)
女子高生二人、人気の無い山道を、手をつないで歩く。
そんな状況を、デートだからのひと言で納得してしまうあたり、やはり優美の脳は、梅雨の湿気にやられてカビていた。
林道に入った。
辺りには、白い靄が立ち込めている。
周囲の景色が見えにくい。
違う世界に迷い込んだみたいで、薄気味悪かった。
「優美ちゃんは……」
「うん」
「見ていて、ちょっと怖いです」
「怖い?」
たしかに、愛嬌を振り撒くタイプではないけれど、他人を拒絶するタイプでも無い。現に、こうして美空につき合っているし、求められれば手も握る。
「たぶん、いま、優美ちゃんが思っている怖いとは違います」
「え……」
美空は的確に優美の思考を読み取っていた。
思っていることが顔に出にくいタイプだと自負している優美は、面食らった。
もしかして、表情が変わりにくいと、自分で勝手に思い込んでいただけなのだろうか。
「優美ちゃんは、あまり表情を変えないじゃないですか」
と思っていたら違った。
周囲から見ても、優美は表情の起伏が少ないようだ。
「沙耶先輩とは反対に」
美空が付け加える。
「そうだね」
優美は応えた。
沙耶は、考えていることがモロに顔に出る。
それが彼女の愛嬌でもあるのだけど、どこか危なっかしい。
だからいつしか、優美は沙耶とは反対に、表情を変化させないようになっていた。
練習中はもちろん、試合中は特にだ。ガッツポーズなんてもっての他。勝負は最後までわからないし、なにより、相手に失礼だ。
「でもそれって、優美ちゃんの本質じゃないですよね?」
その言葉に、美空の手を握っている優美の右手が揺れた。動揺が、モロに美空に伝わってしまった。
「ごめんなさい。怖がらせるつもりで言ったんじゃないですよ」
「怖がってなんか……!」
ばさっ……。
二人の傘が林道に落ちた。
「み、美空……?」
優美の身体は、美空に包まれていた。
二人の身長差は、頭ひとつぶん美空のほうが高い。
だから、美空が優美を抱いてやれば、優美の顔は、美空の胸元に当たる計算になる。
むぎゅっ。
と、美空は優美の背中に手を回して抱擁をした。
ちょうど雨が止んだらしく、雨粒は落ちてこない。
だけど、木々の枝に溜まっていた水滴が、ときおり頭に垂れてくる。
「ちょ、ちょっと……」
優美は、美空の抱擁を拒否することも、受け入れることもできずに戸惑っていた。
「優美ちゃん?」
不意に、耳元でささやかれる。
甘い声というよりも、安心する声。
子どものころに聞いた、お母さんが優しく語りかけてくるような声色だった。
「な、なに?」
「私、晴れ女なんですよ」
「は?」
美空は優美から離れて、傘を拾った。
「ここぞ。っていう日に雨が降ったことが無いんです」
脈絡も無く始まった話は、唐突に完結した。
得意顔をしている美空の後に続いて林道を抜けると……、
「わぁっ」
優美は子どものような声をあげた。
遠くの空が晴れ渡り、夕空が顔を見せている。
徐々に雲が去って行けば、夕陽が姿を現して、街を照らしていく。
家々の屋根や、木々の枝に残っていた水滴がイルミネーションのようにまたたいている。
展望所に設けられている柵に手をついて、優美と美空は、晴れ渡っていく空を眺めていた。
「沙耶先輩は、独りで百点をとっちゃうじゃないですか」
美空が口を開いた。
優美は、なにも言わずに次の言葉を待った。
「でも、優美ちゃんは、独りで百点をとることはできません」
なぜだろう。
「それなのに、独りで抱えちゃうの、どうかと思います」
自分を否定されているはずなのに、すんなり受け入れることができる。
「ありがとう」
なんで、なにに対してお礼を言っているのか、優美自身、わからなかった。
でもきっと、お礼を言うのが正しいと思った。
「優美ちゃん」
「うん」
「私も、独りで百点をとることができないんですよ」
優美は、ちょっとだけ考えてから、
「うん。知ってる」
嬉しそうに笑った。
どちらからともなく手を差し出して、握手を交わした。
さっき手をつないでいたときよりも、心を通じているような気がした。
お互いの肩に顔を乗せてハグを交わし、ぽんぽんと背中を叩き合う。
さっき美空に抱かれたときよりも、勇気をもらうことができた。
私たちは、独りで百点をとることができないから。
だから、協力してそこを目指そう。
そうして辿り着いた場所は、きっと、今日、ここから見た空よりも美しいはずだ。




