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魚骨の破片

謎解き作ってたんですけどその過程で満月だと星見えなくね?って思ったので満月の夜じゃなくて新月の夜に変更させていただきました。申し訳ないです。

天から光のすべてが、残酷なほどに剥ぎ取られていた。


 かつて満月が冷たく照らしたはずのヒスティ港は今、底の知れない、粘りつくような漆黒の深淵に沈み込んでいる。


新月。月がその慈悲なき白銀の貌を完全に隠し、世界から輪郭と距離感を奪い去る「無」の夜だ。


 視界は数メートル先すら定かではなく、海面は鏡にすらなれず、ただ漆黒の重油のようにどろりと停滞し、時折「ゴボリ」と、何かが底で身悶えするような不吉な音を響かせていた。


ポーチの中で、三日間沈黙を守っていたはずの【魚骨の破片】が、突如として内側から爆発せんばかりの激動を始めた。


 それは単なる振動ではない。


テラの太腿を麻痺させ、神経を直接針で刺すような凄まじい「冷気」の脈動だ。


その冷たさは、まるで血管の中に凍てついた海水を直接流し込まれたような錯覚を呼び起こし、テラのHPバーをわずかに、だが確実に削り取っていく。


「……ッ、いよいよ、というわけか」


テラが苦悶に満ちた呻きを漏らした瞬間、静寂を切り裂いて一艘の小舟が滑り込んできた。


 波を一切立てず、水の抵抗さえ無効化したかのようなその動きは、物理演算の枠を超えた「異象」そのものだった。舟の上に立っていたのは、あの一晩目の老人ではない。


 顔を深いフードの陰に完全に隠し、背中には使い込まれて黒ずんだ、重厚な真鍮製の天体望遠鏡を背負った、長身の「船乗り」だ。その輪郭は周囲の闇よりもなお深く、まるで空間に穿たれた人の形の「穴」のように見えた。


テラがその圧倒的な威圧感に圧され、一歩も動けずにいたその時。


 船乗りの喉の奥から、数多の亡霊が同時に耳元で囁きかけるような、複数の音階が混じり合った不快な掠れ声が響き渡った。


「……観測の時は来た。天を仰げ、地を這う鴉よ。闇に目を凝らし、光の記憶をすべて捨て去るがいい。汝が信じる空は、すでに死に絶えているのだから」


船乗りはゆっくりと、関節が一つ多いのではないかと疑うほどに長い、骨張った指を夜空へと向けた。


 そこには、現実世界の星図を嘲笑い、踏みにじるかのような、ハイフォリア特有の「歪んだ星域」が広がっていた。


指標となるべき月がない今、星々は不規則な配置で明滅し、どの点と点を結べば星座を成すのか、その法則性すらも闇の中に隠蔽されている。


「『背信の隠者』が、その汚れた片腕を深淵の泥に差し出す刻。……それこそが、潜るべき唯一の嘘、唯一の扉となる」


船乗りは、呪術的な韻律を帯びた、聞く者の三半規管を狂わせるような声で、核心となる「暗号」を詠唱し始めた。


「南の海を越えよ。黒潮が、生と死を分かつ二つの糸へと裂ける場所まで。

 

 『首を失くした女神』が、その胸元に『偽りの紅玉』を飾る刻を待て。

 女神の涙が海を焼き、東へ伸びる影が『存在せぬ三つ目の島』の先端を指し示すとき。

 

 其処に、石を投ぜよ。

 波が一度、冷酷な拒絶を返し。

 波が二度、甘美な招きを返す。

 

 だが、三度目の波が返るのを決して待つな。

 水が息を止め、海に穿たれた円が沈むその瞬間に、自らの肉を深淵へと捧げよ。


……ただし、忘れるな。

 真なる門は、星図にも神話にも記されぬ『語られざる十二番目の孤独』が、独り海を覗き込んだ場所にのみ現れる」


船乗りの声が止むと同時に、テラのポーチの中で狂ったように震えていた【魚骨の破片】が、ふっと全ての熱と生命を失い、ただの乾いた、砕けやすい骨へと戻った。


 それと同時に、小舟は闇の中に溶けるというよりは、最初から存在しなかったかのように唐突に消失し、後にはどろりと重い漆黒の海と、鼓膜が痛くなるほどの絶望的な静寂だけが取り残された。


テラは、自身の視界の端でスクロールし続ける録音ログを見つめながら、背筋に走る戦慄を隠せなかった。


 『首を失くした女神』? 『偽りの紅玉』?


 ハイフォリアの公的な神話体系をいくら脳内で検索しても、そのような名称は一つもヒットしない。


それどころか、新月の闇に閉ざされた今の空を見渡しても、紅く光る星などどこにも存在しないのだ。


「……フェイク、なんてレベルじゃない。これは『歴史そのもの』が隠蔽されているのか?」


この暗号は、目の前に広がっている星図をどれほど精密に観測したところで、絶対に正解には辿り着けないように設計されている。


「存在せぬ三つ目の島」というあからさまな矛盾は、この港が現実の物理法則だけでなく、ゲーム内の地理的定石さえも裏切っていることを示唆していた。


そして、最後に付け加えられた「十二番目の孤独」という言葉。


 黄道十二星座、あるいは十二神といった一般的な「十二」の概念を、あえて「独り」という言葉で否定するその意図。


 テラは、闇の中で一人、ログを見つめながら立ち尽くした。


この詩の裏側に隠された、コンマ数秒の誤差も許さないであろう物理アクションのタイミング。


そして、存在しない星座を「逆算」で見つけ出すという途方もない工程。


「……これをここで考えていても、一歩も進まないな。……いや、進ませる気がないのか、この運営は」


テラは、闇の中で乾いた笑いを漏らした。


 これは、現地のリソースだけで解くことを想定していないのかもしれない。


現実の天文学的な配置やそれに関連する神話などと、このゲームが船乗りの発言をを対比させ、その「差分」から、語られていない真実を炙り出す必要がある。


彼は無造作にメニューを開き、ログアウトのアイコンを叩いた。


 一切の光を拒絶する新月の闇が、ゆっくりと、しかし確実に彼の視界から遠ざかっていく。


 次に目を開けるとき、彼は「戦場」をモニターの前へと移すことになる。

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