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新たな大陸への手がかり

 数日が経過した。


 ギアヘイヴンの設備区画は、突貫作業による仮復旧をようやく終えていた。


 かつての激戦で破壊された施設やパイプラインの多くは、継ぎ接ぎだらけながらも最低限の機能を取り戻している。


 壁面にこびり付いていた凄惨な焼け焦げ跡は無機質な研磨機で削り取られ、火花を散らして断線していた極太のケーブルも、無骨なジョイントで繋ぎ直されていた。


 しかし、補強材で無理やり塞がれたままの隔壁や、今なお「構造不安定」として電子ロックが施された封鎖区画が至る所に点在している。


 それらは、あの日の戦闘がいかに異常な規模であったかを物語る、消えない傷跡として刻まれていた。


 通路を行き交うプレイヤーたちの雰囲気にも、隠しきれない変化が生じている。


 あの絶望的な戦いを経て、誰もが自分たちの立ち位置と、この世界の「深度」を無意識に測り直していた。重苦しい静寂の間隙を縫うように、ヒソヒソとした低い声が各所で反響する。


「……なあ、結局あれは何だったんだよ。運営のイベントか?」


「知るわけねぇだろ。公式のアナウンスもねぇ。……ただのボスか?」


「いや、ボスにしては挙動がおかしすぎただろ。予備動作も予兆範囲もなかった」


「ああ、攻撃自体が視認できなかった。瞬きした瞬間、隣にいた前衛が一人消えてたんだぞ」


「物理法則を無視してたよな。大盾で完璧に受けたはずのやつも、一瞬で盾ごと割られて、跡形もなくなってたし」


「最後の範囲攻撃……あれもやばかった。十分な距離を取ったはずなのに、一瞬で巻き込まれた」


「それだけじゃない。壁の裏に隠れて射線を切ってたやつまで消えてたって噂だ」


「……もう、ゲームの理屈が通じねぇよ。意味が分からん」


 プレイヤーたちがどれほど言葉を重ねても、納得のいく結論は出ない。


 ただ一つ、彼らの間に共通して芽生えたのは、あれが既存のゲームバランスや攻略知識の外側に位置する「理解不能な存在」であったという冷ややかな認識だけだった。


 やがて、答えの出ない問いに疲れたのか、話題は報酬の分配や次の狩場へと流れていく。


 テラはそれらの雑音を背中で聞き流しながら、人混みを避けるようにして無機質な通路を通り抜けた。


 その時だった。


 半透明の視界の端に、鮮やかなシステム通知が走る。


 《アクセス権限:更新》

 《追加解放:核心エリア》

 表示は極めて短く、無機質だ。


 そこには詳細な説明も、権限が与えられた理由も記述されていない。


 だが、テラにとってはそれで十分だった。


 彼は一度だけシステムウィンドウをスワイプして閉じ、歩調を緩めることなく進路を変更した。


 躊躇はない。道が開かれたのなら、そこへ向かう。ただそれだけのことだ。


 核心エリアへと続く通路は、それまでの区画とは明確に一線を画していた。


 メンテナンス用のハッチや露出した配線といった「余計な機構」は徹底的に排除され、ただ必要な機能だけが内包された静謐な空間。


 壁面には見たこともないほど高密度の回路パターンが青白い光を帯びて走り、足元の床材も、光を吸収する特殊な高純度合金へと変化している。


 耳を澄ませても、機械特有の駆動音はほとんど聞こえない。ただ、神経が研ぎ澄まされるような、真空に近い静寂が支配している。


 都市の心臓部。


 そう呼ぶにふさわしい、神聖さすら漂う領域だった。


 テラがその重厚な隔壁の先へ一歩踏み込んだ、その直後。


「……やっぱり、お前かよ」


 背後の闇から、聞き覚えのある乾いた声が落ちてきた。


 テラが静かに振り返ると、そこには『機械オタLv100』が立っていた。


 彼が装備している重装甲《最高傑作一号》は、先の戦闘での損傷を完全に修復されていた。


 それどころか、装甲の継ぎ目やスラスターの配置が見直され、以前よりもさらに戦闘精度が向上しているように見受けられる。


「そっちこそ、早いな」


 テラは短く言葉を返した。


 数日ぶりの再会ではあったが、再会の挨拶も、戦況の報告も必要なかった。死線を共にした者特有の、言葉を介さない距離感がそこには横たわっていた。


 機械オタは、首の関節を鳴らすように軽く肩を回した。


「……正直なところさ」


 彼はわずかに視線を落とし、自嘲気味に息を吐き出す。


「あの化け物を見て、心の底から思い知らされたわ。……このままじゃ、絶対に無理だってな」


 テラは否定も肯定もせず、ただ静かに彼の言葉を待った。


「だから、もっと強くならなきゃいけねぇ。レベルとか、スキルの数値とか、そういう次元の話じゃなくてな」


 独り言のように紡がれる言葉には、確かな熱が宿り始めていた。


「今の俺じゃ、何かが決定的に足りてない。……で、そのためには」


 彼は自身の胸部装甲を、拳でコツンと叩いた。


「こいつを、もっと極限まで仕上げなきゃいけないんだ。俺の《最高傑作一号》は、まだまだ伸びしろがあるはずだ」


 彼は少しだけ口角を上げた。

「出力も制御系も強化の余地はあるし、並列起動させるはずのオートマタだって、まだロクに形にできてねぇからな」


 そして、彼は不意に真剣な眼差しでテラを見据えた。


「エクセリアという人物。……この名が、全ての鍵になるはずなんだよな」


 あえて軽く、探るように投げられた言葉。


 だが、その声の響きには決して退かない決意の芯があった。


 テラの脳裏に、かつて触れた断片的な記録や記憶の断片がわずかに引っかかる。しかし、彼はそれを言葉にして露呈させることはしなかった。


「……その場所の入り口なら、心当たりがあるかもしれない」


 テラが静かに告げると、機械オタの動きがピタリと止まった。


「……マジか? 冗談じゃねぇよな」


「何も触ってないしちゃんと調べたわけでもないがな」


 事実だけを淡々と返す。


 数秒の沈黙が、張り詰めた空気の中で流れた。


「その権利、俺に寄越せ」


 機械オタの回答は即答だった。


 迷いも、遠慮も、微塵も感じられない。


 テラは一瞬だけ思考を巡らせた後、深く頷いた。


「いいだろう。お前に譲る」


 あまりに呆気ない承諾に、今度は機械オタの方が言葉を失い、目を丸くした。


「……いいのかよ。お前にとっても、デカいアドバンテージだろ」


「エクセリアが鍵ってことは俺がやるよりお前がやったほうがメリットあるだろ」


 それは感情を排した、極めて合理的で冷徹な判断だった。


「……タダでとは言わねぇよ」


 機械オタがすぐに表情を引き締め、取引の構えをとる。


 テラはわずかに目を細めた。


「情報を一つ、貰おう」


「……ああ、わかってる。対等な取引だ」


 機械オタは一つ、深く息を吐いてから口を開いた。


「まだ、公式マップにも表示されていない座標がある。エリアとして定義されているのか、ただの空間なのかも判別がつかない場所だ」


 彼は一度言葉を切ると、神妙な面持ちで続けた。


「ハイフォリア大陸の北端、ヒスティ港。……そこへ、新月の夜に向かえ」


 テラは黙ってその情報を記憶に刻む。


「その夜だけ、ボロ船に乗った風変わりな船乗りが一人現れる。そいつがな、妙なことを口走るんだよ。まるで意味をなさない暗号みたいなやつをな」


 少し間を置く。


「おそらく、それが鍵だ。その暗号が、この大陸のどこにも属さない『未知の都市』へと繋がっている」


 テラは短く吐息を漏らした。


「……十分な対価だ。交渉は成立した」


「じゃあ、始めるぞ」


 テラが空間に指を走らせると、淡い燐光とともにシステムウィンドウが展開された。


 《ユニーククエスト:叡智継承》

 《権限譲渡対象:機械オタLv100》

「……おい、これ……」


 譲渡されたデータの内容を読み取ったのか、機械オタの声がかすかに震えた。


「マジかよ……これ、ただの入り口じゃねぇぞ。システムそのものの……」


 驚愕に目を見開く彼を後に、テラはそれ以上何も語らなかった。


 目的は果たされた。やるべきことは、もう終わっている。


「じゃあな」


 一言だけ残し、テラは背を向けて歩き出す。


「おい、待てよ! まだ話が――」


 後ろから呼び止める声が響いたが、テラが足を止めることはなかった。


「情報はもらった。それだけで十分だ」


 規則的な足音が、静かな通路に遠ざかっていく。


 機械オタはその場に立ち尽くし、手の中に残された膨大なデータの重みを感じながら、やがて小さく息を吐いた。


「……全くな。とんでもねぇやつだよ、あいつは」


 呟いた彼の口元には、ライバルへの敬意を含んだ不敵な笑みが浮かんでいた。


 譲渡された新たなクエスト、そして未踏の領域への地図。


 世界の裏側を暴く物語は、静かに、しかし確実に次の段階へと加速し始めていた。

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