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銀閃⑧

設備区画の無機質な通路に、鋼と鋼が噛み合う耳障りな金属音が幾重にも重なり、絶望的な死の旋律を奏で始めていた。戦場は激しさを増し、空気は焦げた配線と火花の臭いで満ち溢れている。


 ――《瞬閃》。


 銀髪の剣士の足元で、刹那、淡い閃光が奔り、床の金属板を深々と抉り取った。


その瞬間、剣士の姿が戦場の中心から文字通り消失する。


網膜に残ったのは、空間そのものを物理的に歪ませた、ほんの一瞬だけの光の残像のみ。


次の瞬間、剣士の気配は機械部隊の中央に現出した。


六機のドローンが完璧な円陣を形成し、飽和攻撃の射撃体勢を整えていた空域、その死角となる真下へ滑り込むように着地した剣士は、衣擦れの音すら立てることなく、ただ静かに長剣の切っ先を天井へと向けた。

 ――《連閃》。


放たれたのは、ただ一度の振る舞い。しかし、その一振りの軌跡の中には、人間の動体視力を遥かに超越した、不可視の斬撃が完璧な密度で折り重なっていた。


 空間に走った幾筋もの斬線が、まるで目に見えない刃の壁となって周囲を蹂躙した。次の瞬間、空中で連携を維持していたはずの六機のドローンが一斉に爆ぜた。


装甲は紙のように引き裂かれ、火花を散らす内部回路が雪崩のようにこぼれ落ちる。回転翼をばらばらに砕かれた機体は、姿勢制御の術を完全に失い、墜落の重い音を立てて金属床へと叩きつけられ、無残なスクラップの山へと成り果てた。


だが、剣士の殺意がそこで止まることはない。


彼の身体はすでに次の移動へと移行しており、床を滑るように流麗な足捌きで、四体の小型機械兵の側面へと食い込む。


長剣が短く、鋭く振るわれるたびに、機械兵の強固な装甲の関節部が的確に抉られ、火花を散らしながら悲鳴のような駆動音を上げた。


さらに回転の遠心力を利用した刃が、もう一体の胴体を容赦なく両断し、内部の複雑な機構が剥き出しになったまま、その残骸が重厚な金属床へと崩れ落ちていった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? 俺の部隊! 俺の精鋭部隊が、こんな一瞬でゴミクズみたいに……!?」


 《最高傑作一号》の内部から、機械オタLv100の悲鳴に近い叫びが響き渡る。


怒りと焦燥に駆られたパワードスーツが背部スラスターを全開にし、その重厚な巨体を強引な加速で銀髪の剣士の懐へと飛び込ませた。右腕の装甲がガチャリと音を立てて展開し、そこから現れた大型の機械拳が、一直線に剣士の頭上へと振り下ろされる。


しかし、剣士の反応は氷のように冷徹なままであり、わずかに持ち上げられた長剣が、その剛腕の衝撃をいとも簡単に受け止めた。


――《連閃》。


 再び振るわれた刃が、火花を散らしながら機械拳の装甲に幾筋もの斬線を同時に刻み込む。


鋼鉄の表面は紙のように削れ、切断寸前の深い傷が何本も連なって刻まれ、勢いに乗っていた最高傑作一号の巨体が、その一撃の重みに押されて大きく弾かれた。


「なぬ!? ちょっと待って、これ普通の剣じゃない……! 物理装甲の分子構造にまで干渉するような斬撃なんて聞いてないぞ!」


 機械オタが裏返った声を上げたその隙を、鋭い影が切り裂く。テラだった。脚部に妖力を奔流のように流し込み、爆発的な加速を生み出す。


 ――《迅尾》。

 床を蹴り抜いた衝撃で通路が震え、テラの身体は戦場の混沌を切り裂く矢となって剣士の側面へと滑り込む。白光を反射する刀が、低く鋭い軌道を描いて剣士の急所を狙った。


しかし、剣士の長剣は鏡のようにその斬撃を即座に迎撃する。


刃同士が激突して火花が飛び散り、鼓膜を裂くような金属音が狭い通路に反響した。


テラはその衝撃を殺すことなく、刃を滑らせるようにして手首を返し、執拗に次の斬撃を重ねていく。


剣士の懐へ深く踏み込み、密度の高い刃の連鎖で空間を封じ込めようと試みるが、剣士は一切の後退を許さない。


最小限の動きで迎撃し、テラの猛攻を全て弾き返していく。踏み込みも回避も必要としない、ただ刃の角度を数ミリ調整するだけの処理。


それは、すべての攻撃が完全に読み切られているという絶望的な証明であった。


 しかし幻尾で視覚認識の歪みが戦場を覆う。


剣士の瞳に映るテラの位置が半歩の誤差を生じさせ、残像と実体が重なるその揺らぎの瞬間、テラの刀が防御の綻びへと滑り込む。


鋭い斬撃が剣士の肩装甲を掠め、火花が散った。浅い傷だが、確かに通った。


「おおお!? 今当たった! いけるぞ!」


 機械オタの歓声が上がる。


しかし、銀髪の剣士の灰色の瞳が、静かにテラを捉えた。その眼差しを受けた瞬間、テラは背筋が凍るような戦慄を覚えた。剣士が長剣をわずかに下げ、構えを根本から変えたのだ。


戦場の空気が重く沈み、まるで大気が剣士の周囲で凝固するような圧力を放つ。


 ――《瞬閃》。


 視界が歪み、銀の軌跡が戦場を横切った。反応する術も持たぬプレイヤーの一人が、次の瞬間には光の粒子となって崩れ去り、さらには背後にいた魔導士の姿までもが、断末魔すら上げずに霧散していた。


「……ちょっと待って」


 機械オタの声が、冷や汗混じりに低く沈む。


装甲のモニターが映し出すのは、無惨に破壊されたドローン、横転する機械兵、そして次々と光となって消えていく仲間たちの姿。


 この閉鎖された空間において、死神は着実にその獲物を削り取っていた。戦いというよりも、これは一方的な選別作業だった。


逃げ場のない通路で、剣士の刃が届かぬ場所は存在しない。機械オタが展開した精鋭部隊も、数で圧倒していたはずのプレイヤーの連携も、その圧倒的な剣技の前では無力な戯言に過ぎなかった。


それでも戦場の中央で、銀髪の剣士は呼吸一つ乱すことなく、静寂の中に佇んでいる。機械オタは、震える声を絞り出した。


「……これ、ただのボスじゃない。レイドボスじゃねぇか……」


 誰一人として、その言葉を否定する者はいない。


剣士は再び静かに長剣を構え直し、その眼差しには未だ底知れぬ余裕が宿っていた。


この狂気的な死闘は、ようやく本番の幕を開けたに過ぎない。テラは唇を噛み締め、刀を握り直す。


先ほどの掠った傷が、剣士の背後に残した一条の白い軌跡として、唯一の希望の火種のように輝いていた。

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