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銀閃⑦

 設備区画の無機質な通路に、これまでの剣戟とは明らかに異質な、硬質な駆動音が混ざり始めた。


 小型ドローンが空気を切り裂く高周波の回転音、油圧シリンダーが脈動するように駆動する関節機構の作動音、そして分厚い装甲内部で高回転するモーターが発する低い不気味な地響き――。


 機械オタLv100が全霊を懸けて構築した機械部隊が、死地と化した戦場へ完全展開されたのである。


 空中には六機の円盤型ドローンが、獲物を狙う猛禽のように幾何学的な軌道を描き、床面では四体の小型機械兵が、関節駆動音を鳴らしながら獲物との距離を詰めていく。


 その中央に鎮座するパワードスーツ《最高傑作一号》は、背部スラスターから陽炎のような熱を吐き出し、威圧的な沈黙を保っていた。


「よーしよしよし、全ユニット展開完了なり! さあ、ここからはボクのターンだね!」


 装甲の奥底から、状況にそぐわないほど軽快で陽気な声が通路に響き渡る。


「ログ解析完了! このボス、剣速と移動速度は天元突破してるけど、単発の攻撃力自体は高レベルのプレイヤーと同等に設定されてる。ってことはだ。回避不可能な物量で押し潰して、一発でもクリーンヒットを入れれば計算上は勝てるはずなんだよ!」


 機械オタの導き出した結論は、極めて単純明快であった。しかし、その「単純さ」こそが、搦め手の通じないこの戦場において、唯一にして最大の暴力となり得る。


 機械オタの号令と共に、空中のドローンが一斉に機動を開始した。六機の機体は互いの衝突を完璧に回避しながら、銀髪の剣士を取り囲むように球状の包囲網を形成し、金属製の安定翼を高速回転させる。


 機体下部から複数の小型砲口が滑らかにせり出し、電磁的なチャージ音を響かせた。


「全方位一斉射、いっけぇぇぇ!!」


 次の瞬間、無数の光弾が豪雨のように放たれた。青白い光線が通路の閉鎖空間を幾重にも横切り、全ての射線が銀髪の剣士の座標へと一点に集中する。


 だが、剣士は動かない。その灰色の瞳は、迫りくる死の雨をただ静かに見つめていた。長剣がわずかに持ち上がり、その切っ先が空中に細い弧を描く。


 ――《連閃》。

 放たれたのは、たった一振りの横凪ぎ。


 しかし、直後に空間そのものが断裂したかのような錯覚を覚えるほどの斬撃の奔流が吹き荒れた。


 着弾するはずだった光弾の数々が、剣士に届く直前で不自然に霧散し、あるいはあらぬ方向へと弾け飛ぶ。それは飛来物を叩き落としたのではない。


 あまりに速すぎる刃の軌跡が、光弾を構成する魔力の結合そのものを物理的に斬り裂き、射線という概念を無効化したのだ。


 しかし、機械オタの真骨頂はここからだった。


 光弾の残光が消えぬうちに、床を滑るように四体の小型機械兵が突撃を敢行する。


 装甲化された腕部から、高周波振動を起こす内蔵刃が飛び出し、剣士の足首や膝といった急所を四方から同時に強襲した。


 さらにはその外周から、生き残っていたプレイヤーたちが捨て身の波状攻撃を重ねる。


 槍の刺突、大剣の断ち下ろし、そして魔導士たちの魔法投射。戦場はもはや一対多ではなく、一対軍勢の様相を呈していた。


 この喧騒の隙間に、テラは全ての神経を集中させていた。


 ――《迅尾》。


 テラは戦場の混沌を一気に踏み越え、剣士の懐へと弾丸のように滑り込む。鞘から引き抜かれた刀が白光を浴び、その鋭利な刃が剣士の胴を断つべく最速の軌道を描いた。


 だが、その刃が届く直前、剣士の足元で淡い白銀の粒子が弾けた。


 ――《瞬閃》。


 まるで最初からそこに存在していなかったかのように、剣士の姿がかき消える。テラの全力の斬撃は空虚な大気を切り裂き、手応えのない感触だけが腕に跳ね返ってきた。


「後ろ……!」


 テラが叫ぶよりも速く、背後で長剣が冷徹な死の円環を描いた。


 ――《旋閃》。


 全周囲を一気に薙ぎ払う回転斬撃。その一撃により、突撃していた小型機械兵の一体が文字通り真っ二つに両断された。


 火花と共に露出した精密な内部機構が、悲鳴を上げるような駆動音を立てながら金属床へ崩れ落ちていく。


「うおおおい!? ちょっと待て、それ一台作るのにどれだけの素材と金が必要だと思ってるんだよ!?」


 機械オタが悲鳴に近い抗議の声を上げるが、その動作に淀みはない。《最高傑作一号》の背部スラスターが蒼白い炎を噴き上げ、重量級の巨体を前へと押し出す。


 右腕の装甲がガチャリと音を立ててパージされ、そこから現れたのは、幾何学的な模様が刻まれた六角柱状の浮遊砲身だった。


「浪漫不足の剣士さんには、これをお見舞いしてあげるよ! マジック・キャノン《五大元素の審判エレメンタル・ジャッジ》、発射用意!!」


 機械の腕が剣士を指し示した瞬間、砲口から七色の魔力収束体が溢れ出し、物理法則を歪めるほどの高密度な魔弾が放たれた。


 それは単なる光弾ではなく、熱、冷気、電撃を複雑に絡み合わせた多重属性の魔力塊である。


 剣士の長剣がその魔力塊を受け止めるが、流石の剣士もその凄まじい質量と属性の余波に足を止めざるを得ない。


 着弾と同時に、通路全体が落雷に打たれたかのような衝撃に激しく震える。


 テラはその千載一遇の好機を逃さなかった。


 今回は迅尾と幻尾の両方を発動する。剣士の視界には、実体とはわずかにズレた不確かなテラの虚像が投影され、その回避不可能な視覚的誤差を突き、本物の刃が滑り込むように剣士の防御の隙間を縫う。


 鋭い音が響く。剣士は辛うじて長剣の腹でその一撃を弾き返したが、その表情には微かな、だが確実な「対応の遅れ」が生じ始めていた。


 機械部隊の絶え間ない攪乱射撃、プレイヤーたちの死に物狂いの包囲、そしてテラの攻撃。


 攻撃の密度は飽和状態に達し、どれほど無敵に見えた銀髪の剣士といえど、その完璧な処理能力にわずかな綻びが見え始めていた。


 剣士の足が、生まれて初めて後退を余儀なくされる。わずか半歩。


 しかし、その象徴的な半歩が、戦場の空気を一変させた。


「押してる……! みんな、いけるぞ!」


 テラの言葉に呼応するように、戦場の圧力が一点に集中していく。


 しかし、その時だった。


 銀髪の剣士の灰色の瞳が、感情を排したまま、ゆっくりと、しかし確実に戦場全体を俯瞰するように見渡した。


 プレイヤー、崩壊しつつある機械部隊、そして目の前のテラ。


 それら全ての脅威を改めて再定義するかのように。


 剣士は長剣を、今まで見たこともないほど低い位置で構え直した。


 深く重心を落とし、全身の筋肉が発射を待つ鋼のバネのように凝縮される。


 その静謐な佇まいは、これまでの受動的な迎撃姿勢とは根本的に異なり、周囲の温度さえも奪い去るような底冷えする殺気を放っていた。


「……あれ?」


 少しだけトーンが下がる。


「なんか、嫌な感じするんだが?」


 次の瞬間。


 銀髪の剣士の足元で、光が走った。


 ――《瞬閃》。


 景色が一瞬だけ歪む。


 そして。


 斬撃が、機械部隊の中心へ落ちた。

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