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銀閃⑥

 設備区画の通路を支配していた空気は、もはや単なる緊張を超え、物理的な質量を伴うほどの戦場の熱を帯びていた。


 無機質な金属床を激しく叩くブーツの足音、硬質な鋼同士が激突して生じる甲高い衝突音、そして後方から放たれる遠距離スキルが空気を焼いて弾ける光――。


 それら喧騒の濁流が、本来この施設を包んでいたはずの静寂を無慈悲に塗り潰し、閉鎖的な空間を戦慄の坩堝へと変えていた。


 天井を這う巨大なケーブル束の影は、激しい戦闘の振動を受けて生き物のように微かに揺れ、頭上の白色照明が放つ無機質な光が、床の金属板に冷たく鋭い反射を幾重にも落としている。


 その混沌の最中心で、テラは銀髪の剣士と至近距離での死闘を繰り広げていた。


 刃同士が互いの存在を否定するように擦れ合い、火花と共に放たれる鋭利な金属音が、通路の壁面に反響して鼓膜を震わせる。両者の足運びは、一見すれば最小限の動きに留まっている。


 しかし、その極限まで削ぎ落とされた移動の合間に、致死の刃の軌道が幾度も、幾重にも交差していた。


 コンマ数秒の踏み込み、ミリ単位の受け流し、そして呼吸一つ分に満たない間合いの奪い合い。


 そのすべてが、脳が知覚するよりも速い脊髄反射的な判断の連続によって辛うじて成立していた。


 だが、戦況は依然としてテラたちにとって絶望的なまでに厳しい。


 これほどの激戦を繰り広げながら、銀髪の剣士は肩で息をすることすらなく、その呼吸は凪いだ海のように静かであった。


 それどころか、彼はテラの猛攻を捌きながら、同時に周囲から殺到する他のプレイヤーたちの攻撃をも冷徹に処理し、戦場全体の動向を完璧に掌握している様子すらあった。


 後方の狩人から放たれた数本の矢が、空気を切り裂く音を立てて剣士の急所へ収束する。


 間髪入れず、魔導士が練り上げた巨大な火球が、通路を埋め尽くさんばかりの勢いで迫る。


 さらにその側面に生じた隙を逃さず、重装備の大剣使いが全力の振り下ろしを見舞った。


 常人であれば一歩も動けぬほどの同時波状攻撃。だが、剣士は眉一つ動かさない。


 流れるような動作で、長剣が一度だけ横に振られる。


 視覚的には、ただそれだけに見えた。


 しかしその直後、まるで時間の流れが遅滞したかのように、空間の奥底で遅れて無数の斬線が走り抜けた。


 空を飛んでいた矢は中途で細かく粉砕されて鉄屑へと変わり、大剣使いの渾身の一撃は物理法則を無視したかのような力で弾き返される。


 さらには、直接射程に入っていないはずの背後のプレイヤーまでが、不可視の斬撃に装甲を裂かれ、苦悶の声を漏らした。


 ――《連閃》。


 また一人、防ぎきれなかったプレイヤーのHPゲージが大きく削り取られる。


 完璧だったはずの包囲陣形が、その一撃の余波でわずかに、だが確実に崩れた。


 その刹那、テラは好機を見出し、肉体の限界を無視して踏み込む。


 テラの身体は迅尾により物理的な慣性を置き去りにして前方へと滑った。


 刀の軌道は鋭く低く走り、剣士の無防備な胴を断ち切らんと必殺の斬撃が放たれる。


 だが、そこには既に待ち構えていたかのように長剣が横たわっていた。


 刃同士が正面から衝突し、周囲の暗がりを白く染めるほどの火花が散った。


 腕を伝う痺れるような衝撃。


 しかし、テラは止まらない。衝突の反動を逆に利用し、刀身を滑らせるようにして軌道を滑らかに変える。


 一撃で終わらせるのではなく、連撃によって剣士の自由な動きを封じ込めるべく、至近距離での泥沼の間合いへと無理やり引きずり込んでいく。


 その執念が生んだ一瞬の隙を突き、一人の槍使いが果敢に踏み込んだ。


 長槍による最大出力の刺突。


 一直線に伸びる鋭い穂先が、剣士の無防備な背後を捉え、その心臓を貫かんと走る。

 誰もが「届いた」と確信した、その時だった。


 銀髪の剣士の足元で、粒子状の光が爆ぜるように弾けた。


 ――《瞬閃》。


 次の瞬間、そこにいたはずの剣士の残像を置き去りにして、彼の姿が空間から消え去る。


 全力で放たれた槍は、手応えなく空を突き抜けた。


 そして――。

 一筋の銀色の軌跡が、横合いから電光石火の如く走り抜ける。

 槍使いの身体が大きく揺らいだ。


 数値を表示していたHPゲージは一瞬にして消失し、実体を失った肉体は青白い光の粒子となって霧散し、通路の空気の中へと溶けて消えた。


 仲間が塵に還る光景に誰もが息を呑んだ、まさにその時であった。


 頭上――天井に敷設された複雑な配管レールの上で、何かが不自然に動いた。

 重厚な金属同士が激しく擦れ合う音。

 そして、空気を引き裂く小型スラスターの短く鋭い噴射音。

 次の瞬間、重量感のある人影が天井から一直線に落下してきた。


 背部ユニットに搭載されたスラスターが青白い炎を逆噴射し、凄まじい落下速度を強引に減速させる。


 重い衝撃波と共に、重厚な金属装甲の脚部が通路の床を激しく踏み抜いた。


 そこに立っていたのは、人間一人が収まるサイズに設計された、武骨な人型機械装甲であった。


 全身を覆うのは、鈍い光沢を放つ黒鉄色の特殊合金装甲。


 関節部には油圧式と思われる複雑な駆動機構が剥き出しで組み込まれ、背部ユニットには格納式のスラスターと、多目的な作業用機械アームが折り畳まれている。


 肩部の厚い装甲には、いくつもの小型ハッチが規則正しく並び、その重厚さを際立たせていた。


 そして何より目を引くのは、胸部中央の装甲に深く、誇らしげに刻まれた金色の文字。

 ――《最高傑作一号》。


 その重厚な装甲の内部から、場の空気を根底から覆すような、妙に元気で場違いな声が通路いっぱいに響き渡った。

「機械オタ、満を持しての参上なりー!!」


 呆気にとられたプレイヤーたちの視線が、一斉にその「鉄塊」へと集中する。

 機械装甲の太い腕が、勝利を確信したかのように大きく掲げられた。


「いやー、このボスがめちゃくちゃ強いって聞いて飛んできたんだけどさー! 我が機械技術の結晶、その性能を試すにはこれ以上ない最高の実験場じゃん!」


 装甲の無機質な指先が、静かに佇む銀髪の剣士を不遜に指し示した。

「さあ行くぞ最高傑作一号! 我が浪漫の全てを叩き込む、メカニカル・アタック開始だぁぁぁ!!」


 パワードスーツが凄まじい駆動音を響かせて踏み込む。

 背部のスラスターが咆哮を上げながら短く爆ぜ、数トンの質量を持つ金属の身体が、一気に前方へと超加速した。


 空気抵抗を切り裂き、鋼鉄の拳が銀髪の剣士の頭部へと叩きつけられる。


 だが。


 剣士は依然として、凪のように動じない。


 手元の長剣が、羽毛を持ち上げるかのような軽やかさでわずかに上方へと持ち上がる。


 ――《瞬閃》。


 次の瞬間、剣士の姿が再びブレ、鋭い斬撃が機械装甲の表面を掠めた。


 激しい火花が通路を焼き、頑強な黒鉄の装甲に深い断絶の線が刻まれる。


 必殺の突撃を逸らされた機械装甲の巨体が、慣性に耐えきれず半歩よろめいた。


 直後、装甲の内側から、先ほどとは一転して狼狽した声が響く。


「なぬ!?」

 それは、シリアスな戦場には似つかわしくないほど、間抜けで大きな叫びだった。

「いきなり切られた!? ちょっと待ってこれ、マジで洒落にならないくらい強いやつじゃん!」


 しかし、そのコミカルな声とは裏腹に、パワードスーツの背部装甲がガチャリと音を立てて展開を開始した。


 装甲の内部で何らかの機構が高速回転し、肩部のハッチが次々と機械的な音を立てて開放される。


 次の瞬間。

 そこから複数の小型ドローンが、カタパルトから弾き出されるように射出された。


 円盤型の精密機械が六機、ハチのような羽音を立てながら空中で幾何学的な陣形を展開する。


 さらに足元のハッチからは、自律行動型の小型機械兵たちが床へ着地。

 重厚な関節駆動音を鳴らしながら、即座に戦闘モードへと移行し、複数の銃口を敵へと向けた。


「よーし! これぞ我が真骨頂、機械部隊展開完了!」

 自称「機械オタLv100」の勝ち誇ったような声が通路に響く。

「これより、楽しい楽しい『一人パーティー』の時間だぁぁぁ!!」


 六機のドローンが一斉に加速し、空中から立体的な射線を形成する。


 小型機械兵たちが地面を削りながら、自爆も辞さない勢いで突撃を開始する。


 そしてその背後から、パワードスーツが再びスラスターを噴かして踏み込んだ。


 戦場の構図は、一瞬にして劇的な変化を遂げた。


 統制を取り戻そうとするプレイヤーたち。

 縦横無尽に空間を埋め尽くす機械部隊。

 そして、その混沌の隙間を縫って刀を振るう、テラ。


 その全てが、一つの巨大な奔流となって、銀髪の剣士を完全包囲すべく殺到する。


 だが。

 剣士はただ静かに、揺るぎない構えで長剣を眼前に掲げたままであった。

 深い灰色の瞳が、押し寄せる鋼鉄と殺意の波を見渡す。

 その視線には、依然として焦りも、恐怖も、あるいは高揚すらも存在しない。


 彼はただ。

 次に放つべき斬撃の軌道を、淡々と、そして確実に計算し続けていた。

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