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銀閃⑤

 テラの足が硬質な金属床を力強く蹴り抜いた瞬間、迅尾によって強化された踏み込みが一気に間合いを詰め、設備区画の通路を満たしていた戦場の空気が鋭く裂けた。


 白色照明に照らされた無機質な金属板の床が、凄まじい速度で視界の下を後方へと流れ去り、網目状に張り巡らされた天井のケーブル束が落とす影が、光の屈折に合わせて歪に伸縮を繰り返す。


 腰の刀が鞘の内で滑る音は、短くも澄んだ乾いた金属音となって閉鎖的な通路へと響き渡り、抜き放たれた白銀の刃は、周囲の人工光を吸い込んでは苛烈なまでの反射を撒き散らした。


 銀髪の剣士は、その暴風のような突入を正面から受けながらも、微塵の動揺すら見せなかった。長剣を保持する右腕をわずか数センチメートル持ち上げただけで、身体の重心を最適解へと移行させ、迎撃のための足場を静かに、かつ確実に固める。


 その一連の動作は徹底して無駄が削ぎ落とされており、テラの踏み込みが完了する瞬間には、すでに致命的な斬撃を最短距離で返せる「静の極致」とも言える姿勢が完成していた。


 直後、通路の静寂を粉砕して、刃同士が真正面から衝突した。


 鼓膜を震わせる鋭い金属音が通路の壁から壁へと乱反射し、激突の接点からは眩い火花が狂ったように弾け飛ぶ。


 骨を軋ませるほどの衝撃が刀身から腕、そして肩へと突き抜けるが、テラは歯を食いしばり体勢を死守した。力で押し切るのではなく、刀身を微妙に寝かせ、滑らせるようにして相手の圧を側方へと受け流す。


 半歩だけ横へ滑り、回避と反撃を兼ねた軌道修正を試みるテラ。


 だが、銀髪の剣士はそれすらも見越していたかのように、流れるような手首の返しだけで長剣の切っ先を追従させ、コンマ数秒の猶予も与えずに次なる殺意を編み出してきた。


 剣士の肩がわずかに沈む。

 無造作に、長剣が横一文字に振られる。


 テラの視界に映ったのは、たった一振りの、あまりに単調な動作であった。

 だが、現実はその認識を無慈悲に裏切る。


 空間が遅れて悲鳴を上げた。一振りに見えた軌跡の背後に、幾重にも重なる「死の線」が走り抜ける。


 テラは本能的な危機感に突き動かされ、反射的に刀を垂直に立てて防御を固めた。鋼と鋼が激突する高周波の音が連続して響き、テラの腕の中で刃が激しく震える。


 視界の端では、火花が二度、三度と時間差を伴って空中に咲いた。さらに遅れて、四度目の重厚な衝撃が腕を痺れさせ、重なり合った鋼の擦れる音が空間の奥へと溶けていく。


 ――《連閃》。


 テラは即座に迅尾で、身体を強引に半歩後退させた。距離にしてわずか数十センチ。


 しかし、その刹那の退避が、不可視の連撃が描く死の圏内からかろうじて身を引くことを可能にした。


 だが、その退避の瞬間を「隙」と断じたかのように、死角から鋭利な槍の穂先が突き出される。


 混戦の中、機会を窺っていたプレイヤーの一人が援護に割り込んだのだ。


 長槍の尖端が一直線に剣士の無防備な脇腹を狙い、閉鎖された通路の直線を貫くように走る。靴底が金属床を叩く重い足音とともに、槍使いの全身の体重が一点へと収束し、圧縮された空気が爆ぜるような鋭い突きが放たれた。


 しかし、銀髪の剣士は背後に迫る脅威に首を振ることすらない。

 ただ、手元にある長剣を、まるで舞うように横へと薙いだ。


 ――《旋閃》。


 流麗な剣の軌道が完璧な円を描き、必殺の勢いで迫っていた槍を軽々と弾き飛ばした。物理的な質量を無視するかのような転化により、槍の穂先はあらぬ方向へと逸れ、槍使いの身体は自らの勢いを制御できずに前方へとよろめく。その絶好の好機を逃さず、今度は後方の支援陣から弓使いが矢を放った。


 狩人の弦が鋭く鳴り響く。


 まずは三本、間髪入れずに二本。


 正確な時間差攻撃。放たれた五本の矢は、弾丸のような速度で通路の空間を切り裂き、剣士の急所へと収束していく。


 だが、剣士は足を止めたまま、手首の最小限の返しだけで長剣を動かした。鋼の軌道が空中で幾重にも交差し、迫りくるすべての矢を中途で正確に叩き落とす。


 粉々に砕け散った木片と鉄片が火花とともに散乱し、床に落ちては乾いた音を立てて転がった。


 その刹那、防御から転じる一瞬の空白を突き、テラが再び迅尾を使う。

 筋肉を限界まで活性化させて爆発的な加速を生み出し、視界が加速の果てに引き伸ばされる。銀髪の剣士の姿が瞬時に眼前に迫り、テラは低い姿勢から胴を断つべく、渾身の力を込めた一撃を放った。


 だが、その一撃もまた、冷徹な長剣によって阻まれる。

 刃と刃が正面から噛み合い、再び火花が戦場を彩った。


 金属同士が激しく擦れ合う軋み音が耳を突き、互いの力と力が拮抗する。


 衝撃の渦中で二人の足運びが複雑に交差し、互いに優位なポジションを奪い合うべく、半歩刻みで位置を入れ替えていく。刃の角度がわずかに変わるたびに、金属が悲鳴を上げて軋み、飛び散る火花が二人の顔を明滅させた。


 その膠着を破るべく、周囲のプレイヤーたちが一斉に動き出す。


 大剣使いが唸りを上げる重厚な刃を頭上から振り下ろし、反対側からは槍使いが体勢を立て直して死角を突く。


 さらに後方では魔導士が詠唱を完了させ、床に浮かび上がった魔法陣から、赤熱する火球が通路を滑るように射出された。


 圧倒的な個の武力に対し、数による暴力がようやく連携という形を成し、剣士を包囲網へと追い詰めようとしていた。


 だが、銀髪の剣士の瞳に、焦燥の色は微塵も存在しなかった。

 彼はむしろ、その混沌とした攻撃の流れのすべてを、冷徹に観察していた。


 誰が最初に踏み込み、誰の初動がコンマ数秒遅れているのか。


 どの軌道が重なり、どこに安全な回避空間が生まれるのか。


 そのわずかな時間差と空間の歪みを見極めるように、深い灰色の瞳が戦場のすべてを冷静にスキャンし、最適解を導き出していく。


 次の瞬間、剣士の腕が閃いた。


 振られたのは、やはりたった一振り。


 しかし、もたらされた結果は、先ほどまでの比ではなかった。


 大剣使いの重装甲に深い斜めの斬線が走り、同時に槍使いの肩口から鮮血が噴き出した。さらに驚くべきことに、その後方にいたはずのプレイヤーの腕装甲までもが紙のように裂け、三人のHPゲージが同期するように一気に赤へと染まっていく。


 それは単なる一撃ではない。

 ただ、あまりに速すぎるため、因果が逆転したかのように「結果」だけが先行して現実に刻まれたのだ。


 ――《連閃》。


 絶望的な実力差を前に、戦場の空気が凍りついた。プレイヤーたちの顔には、隠しきれない焦りと恐怖が滲み出している。


 数で圧倒しているはずなのに、一太刀も届かない。


 こちらの攻撃はすべて先読みされ、致命的な反撃だけが精密機械のような正確さで返ってくる。これほどの乱戦にあって、剣士は最初からほとんどその場を動いてさえいないのだ。


 それでも、テラは刀を握る手にさらなる力を込めた。


 荒くなる呼吸を整え、足の位置をミリ単位で調整し、神経を極限まで研ぎ澄ませる。

 視線の先には、依然として底の見えない銀髪の剣士がいる。


 敵の動作に僅かでも混じるはずの癖を、

 無敵に見える斬撃の起点を、

 この絶望的な戦いの流れを変えるための「鍵」を。


 テラの瞳にはまだ、闘志の火が消えずに灯っていた。

 この死闘は、まだ幕を開けたばかりに過ぎないのだから。

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