表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/79

銀閃④

 テラは通路の端で足を止め、その戦闘を見ていた。


 ギアヘイヴンの設備区画に広がる金属製の通路は、普段は保守用ドローンや自動搬送機構が行き交うだけの静かな場所だ。天井には無数のケーブル束が張り巡らされ、その隙間に設置された照明が淡い白光を落としている。光は均一ではなく、ケーブルや補強フレームの影によって細かく分断され、床の金属板に冷たい反射を作っていた。


 壁際には点検用の端末がいくつも並び、低く唸る機械音が通路の奥から微かに響いてくる。油と金属の混ざった匂いが漂い、空気にはかすかなオゾンの気配が残っていた。


 本来ならば、ここは戦うための場所ではない。


 だが今、その場所は完全に戦場と化していた。


 金属床を蹴る足音。

 刃が空気を裂く音。

 遠くで弾けるスキルエフェクトの光。


 それらが混ざり合い、設備区画の静寂を完全に塗り替えている。


 通路の中央では、十人ほどのプレイヤーが散開しながら一人の剣士を取り囲んでいた。


 盾役が前方に立ち、厚い盾を構えながらじりじりと距離を詰める。左右には槍使いと大剣使いが広がり、挟み込むように位置を取っている。さらにその後方には弓使いと魔導士が距離を保ち、いつでも支援攻撃を放てる体勢で構えていた。


 通路という狭い地形の中で、可能な限り間隔を取りながら形成された包囲。


 一見すれば、連携を意識した理想的な陣形だった。


 前衛が足止めし、横から重い一撃を差し込み、後方から遠距離攻撃で圧力をかける。


 数で押し潰す。


 多人数戦の基本だ。


 だが――


 その数的優位は、ほとんど意味を成していないように見えた。


 銀髪の剣士は通路の中央に立ち、長剣を片手に持ったまま静かに周囲を見渡している。


 焦りはない。


 呼吸の乱れもない。


 肩の上下もわずかで、戦闘の最中にあるとは思えないほど身体の力が抜けている。


 ただ、戦場の全体を観察しているだけだった。


 まるで、自分の周囲に展開されている攻撃の流れを、すべて把握しているかのように。


 あの動きは変わっていない。


 テラは通路の端から、その姿を注意深く見つめる。


 視線は冷静だった。


 ただ観察する。


 動きの癖。

 踏み込みのタイミング。

 攻撃を選ぶ瞬間。


 むしろ人数が増えたことで、男の戦闘はさらに効率的になっているようにも見えた。


 複数の敵の動きを同時に把握し、最も近い相手ではなく、最も隙の大きい相手へ最短距離で刃を届けている。


 誰が一瞬遅れるのか。


 誰の攻撃が他と噛み合わないのか。


 そのわずかな乱れを見逃さない。


 視線の動きは最小限。


 足運びもわずか。


 だが、その小さな動作の一つ一つが戦場の流れを変えていた。


 まるで盤上の駒を動かすように、戦場そのものを操っている。


 プレイヤーの一人が踏み込む。


 槍を構えた戦士だった。


 彼は低く姿勢を落とし、金属床を強く蹴る。靴底が金属板を叩く鈍い衝撃音が通路に響き、踏み込みの勢いで身体が前へ滑る。


 長い槍の柄が一直線に伸びる。


 突き。


 鋭い穂先が空気を裂き、一直線に銀髪の剣士の胸元へ迫った。


 槍の突きは速い。


 一直線の加速は、通路という直線空間では特に威力を発揮する。


 だが。


 その瞬間だった。


 男の足元で、淡い光が短く弾けた。


 床の金属板に光が反射し、わずかな閃光が通路の影を揺らす。


 ――《瞬閃》。


 光が消えるよりも早く、男の姿が視界から消える。


 槍の穂先は何も捉えない。


 突きはそのまま空を貫き、勢いのまま前へ突き抜けた。


 遅れて、空気を裂く音だけが通路に残る。


 次の瞬間。


 銀の軌跡が横から走った。


 長剣が一閃する。


 刃は迷いなく振り抜かれ、槍使いの防御の外側から身体を捉える。


 槍使いの身体がわずかに揺れ、そのまま膝から崩れ落ちた。


 プレイヤーのHPゲージが一瞬で消える。


 身体が光の粒子となり、空中へ弾けた。


 粒子は空気の中へ散り、やがて光を失って消えていく。


「くそっ……!」


 後方にいた狩人が声を上げる。


 彼は即座に弓を引き、三本の矢を連続して番える。弦が鋭く鳴り、矢が時間差で放たれた。


 一本目。


 二本目。


 三本目。


 矢は通路の空間を一直線に切り裂きながら迫る。


 だが男は動かない。


 ただ長剣をわずかに持ち上げただけだった。


 次の瞬間。


 刃が高速で振るわれる。


 ――《連閃》。


 それは、人間を超越した技術の結晶だった。実際には何太刀もの斬撃が超高速で放たれているはずなのに、人間の動体視力ではそれらを個別に捉えることができず、ただの一振りの残像として統合されてしまう。あまりの速さに刃の軌道が重なり合い、最後の一太刀だけが「現実の事象」として視界に残留するのだ


 一瞬のうちに三度の斬撃が走り、迫る矢をすべて叩き落とす。


 矢は空中で砕け、木片と鉄片が細かく散った。破片が金属床に当たり、小さな音を立てて跳ねる。


 しかし、その勢いは止まらない。


 剣はそのまま横へ流れる。


 銀の軌跡が弧を描いた。


 ――《旋閃》。


 長剣が円を描く。


 回転する斬撃が通路の空間を薙ぎ払った。


 空気が震える。


 前衛に立っていたプレイヤー達が慌てて後退する。


 だが一人だけ反応が遅れた。


 盾を構えた戦士だった。


 剣の軌道が防御の隙間を抜け、胸元を斬り裂く。


 光の粒子が弾けた。


 また一人、戦場から消える。


 テラはその様子を通路の端から静かに見ていた。


 あの動きは変わっていない。


 いや、むしろ、洗練されている。


 人数が増えたことで攻撃の方向が増え、普通ならば対処は難しくなるはずだ。


 だが男は、それを利用している。


 敵の攻撃が重ならない瞬間。


 攻撃の軌道が交差しない位置。


 そのわずかな隙間を見極め、最も短い動きだけで全てを処理している。


 複数の敵の動きを同時に把握し、最短の軌道で攻撃を叩き込む。


 完全に――戦場を支配している。


 残っているプレイヤーは十人ほど。


 だが、その表情には明らかな焦りが浮かんでいた。


 誰も決定打を入れられない。


 攻撃は当たらない。


 反撃だけが返ってくる。


 剣士はほとんど動いていないのに、確実にプレイヤーが減っていく。


 気づけば、人数だけが減っていた。


 テラはゆっくりと歩き出した。


 戦場へ向かって。


 金属の床を踏む足音が静かに響く。


 その音は小さい。


 だが戦闘の合間に生まれた一瞬の静寂の中では、はっきりと聞こえた。


 その音に気づいたのか、銀髪の剣士の視線がわずかに動く。


 灰色の瞳がこちらへ向いた。


 ほんの一瞬。


 視線が交差する。


 テラは歩みを止めない。


 男も何も言わない。


 ただ静かに長剣を持ち上げ、わずかに構えを変える。


 その動きは小さい。


 だが、それだけで戦場の空気が変わった。


 前衛のプレイヤーが息を呑む。


 その瞬間、一人が声を上げた。


「おい、増援だ!」


 テラは足を止めない。


 脚へ力を流し込む。


 身体が軽くなる。


 床を蹴った瞬間、景色が流れた。


 通路の空気を切り裂きながら、テラの身体が一気に戦場へ踏み込む。


 同時に剣を引き抜く。


 鋼が鞘から滑り出し、白い照明を受けて鋭い光を反射した。


 敗北は一度。


 あの瞬間、何もできずに終わった。


 だが――


 戦いは、まだ終わっていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ