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黒甲の剣士②

 通路の中央で、二人の剣士が再び間合いを測っていた。


 互いに踏み込めば刃が届く距離。しかしどちらも不用意には動かない。わずかな足の動き、肩の傾き、呼吸の深さ――そのすべてを読み合うように、二人の視線が静かにぶつかっている。


 装置の奥では解析処理が続いている。


 大型端末の光が一定の間隔で明滅し、そのたびに画面の進行率がわずかに更新されていく。淡い白光は通路を這うケーブルの被覆に反射し、床へ細長い光の筋を落としていた。


 機械の低い駆動音が絶え間なく響いている。


 電子音は小さいが、通路の静けさの中でははっきりと聞こえた。


 その揺れる光の中で、二人の影が長く伸びている。


 影は床を横切り、壁を登り、装置の脚部へと絡みつくように揺れていた。光が明滅するたび、影はわずかに形を変え、まるで別の何かが動いているようにも見える。


 剣士の男は低く構えたまま視線をテラから外さない。


 膝をわずかに落とし、重心は前。いつでも踏み込める姿勢だ。


 呼吸は乱れていない。


 むしろ戦闘を重ねるごとに、男の動きは研ぎ澄まされているように見えた。最初に見せた戸惑いはもう消えている。テラの動き、幻尾の揺らぎ、その癖を、短い戦闘の中で少しずつ掴み始めていた。


 軍人の剣。


 経験の積み重ねで磨かれた、実戦の動きだった。


「その術も慣れてきた」


 男が静かに言う。


 声は低く、抑えられているが、その言葉には確かな手応えが滲んでいた。


 同時に、男の剣先がわずかに動く。


 ほんの数センチ。


 しかしその動きは次の行動へと繋がる予兆だった。


 次の瞬間、男が踏み込む。


 床を蹴る鋭い音が通路に響いた。


 その踏み込みは速く、そして重い。前方へ一気に体重を乗せた加速だった。


 長剣が斜めに振り下ろされる。


 鋼の軌道が照明を反射し、細長い光の線となって空間を裂いた。


 一直線の斬撃がテラへ迫る。


 速度、重さ、そして角度。すべてが無駄なく組み合わされた一撃だった。


 テラは幻狐歩で軌道をずらした。


 半歩分だけ位置がずれた像が男の視界に映る。実際の身体はその像とはわずかに異なる位置へ滑り込んでいた。


 それを見越したかのように途中で軌道を変えテラの体を掠めた。


 勢いをそのまま殺さず、身体を回転させる。


 肩から腰へ、そして腕へと連動する動き。


 次の瞬間、横薙ぎの一撃が放たれた。


 軍剣・断線。


 低い軌道の斬撃が床近くを薙ぎ払う。


 刃は水平に走り、まるで地面そのものを切り裂くかのような勢いで迫ってきた。足を刈り取ることを目的とした、実戦的な斬撃だった。


 テラは迅尾で後方へ跳ぶ。


 身体が軽く弾かれる。


 地面との接触を最小限に抑えた高速移動。空気を裂くように後方へ距離を取る。


 刃はわずかに届かない。


 だが、その瞬間だった。


 弦が鳴る。


 乾いた弾音が通路の奥から響いた。


 通路の奥に控えていた弩兵が矢を放ったのだ。


 弩の機構が解放され、矢が一直線に飛び出す。


 幻尾の影響で照準はわずかにずれている。


 視界の像が揺らぎ、狙いは完全ではない。


 だが、完全に外れてはいない。


 矢は回避直後の軌道へ重なるように放たれていた。


 後退することを予測した射撃。


 逃げ場はほとんどなかった。


 テラは咄嗟に刃を動かし、矢の軌道へ滑り込ませた。


 次の瞬間刀が矢を弾き激しい金属音が通路に響く。


 弩の矢は重い。


 高速で放たれたそれを弾いた反動が、腕を通して身体へ伝わる。


 腕に伝わった反動で体勢が崩れる。


 その隙を男は見逃さなかった。


「捉えた」


 低い声。それと同時に踏み込み。


 剣が閃く、鋭い突きが一直線に胸元へ迫った。


 軍剣・鉄牙突。


 無駄のない軌道だった。


 腕の振りも、身体の揺れもほとんどない。ただ最短距離で刃を突き出す純粋な刺突。


 剣速が速く回避の余地がほとんどない。


 テラは身体をひねる。


 肩を引き、腰を回し、致命点をずらす。


 完全には避けきれない。


 剣がテラの体を裂いた。


 布と装備が切れる感触。


 鋭い痛みが走り熱を帯びた感覚が皮膚を走り抜けた。


 テラは迅尾で後方へ退避する。


 距離を取る。


 だが間髪入れず次の剣撃が迫る。


 男は間合いを逃さない。


 前進の勢いをそのまま攻撃へ変えてくる。


 鋭い衝撃が肩へ走った。


 刃が触れ、装備がきしむ。


 そのまま剣が振り下ろされる。


 重量の乗った斬撃だった。


 装甲の質量と体重を利用した、純粋な圧力。


 テラは刃でそれを受け火花が散った。


 激しい衝撃が腕を震わせる。


 刃越しに重さが伝わる。


 男はそのまま押し込んでくる。


 力任せではない。


 体重、装備、踏み込み――すべてを使った圧力だった。


 装甲の重量と体重を乗せ、刃を押し下げる。


 体勢ごと崩そうとしていた。


 真正面から圧力をかけ、相手を押し潰す戦い方。


 個人の技量だけではなく、装備と体格を利用した合理的な戦闘法だった。


 このまま押し込まれれば、防御ごと叩き割られる。


 力では分が悪い。


 テラは歯を食いしばる。


 腕が軋む。


 その瞬間、視線がわずかに床へ落ちた。


 ケーブル。


 装置へ繋がる太い電力ライン。


 床の上を蛇のように這うそれが、二人の足元を横切っている。


 足を止めれば、それでいい。


 ほんの一瞬でも。


 狐火縫い。


 細い炎が床を走った。


 狐火は揺らぎながら滑るように進む。


 床材の隙間を縫い、ケーブルの影を越え、一直線に伸びる。


 剣士の足元へ絡みつく。


「……っ!」


 男の踏み込みが止まる。


 炎は強力な拘束ではない。


 だが足元を焼く熱と違和感が、踏み込みの力を一瞬だけ鈍らせた。


 重心がわずかに崩れる。


 ほんの一瞬の遅れ。


 しかし戦闘では、それで十分だった。


 そのわずかな隙を、テラは逃さない。


 迅尾により身体が弾かれるように前へ出る。


 床を蹴る音が鋭く響く。


 幻尾の残像が揺れる。


 男の視界に半歩ずれた像が重なった。


 実体と残像。


 二つの動きが重なり、位置の判断を鈍らせる。


 判断が一瞬遅れる。


 その隙にテラは懐へ潜り込んだ。


 刃が閃く。


 至近距離の斬撃。


 しかし男は即座に反応する。


 剣を引き戻す。


 身体を捻り、防御の構えを取った。


 剣と刃が擦れ、火花が散る。


 激しい衝撃が通路に響く。


 しかし体勢は崩れている。


 狐火縫いによって踏み込みが遅れた、ほんの一瞬の隙。


 それが致命的だった。


 テラは迅尾でさらに踏み込む。


 距離を完全に詰める。


 刃が斜めに走った。


 男の装甲の継ぎ目へ突き込まれる。


 そこへ正確に刃が入る。


 衝撃が走り、男の身体がわずかに揺れた。


 それでも男は倒れない。


 歯を食いしばりながら剣を振り上げる。


「……まだだ」


 低く唸る。


 声には痛みが混じっている。


 だが意志は折れていない。


 最後の一撃だった。


 男は足元の炎を踏み抜きながら踏み込み、長剣を振り上げる。


 軍剣・三連斬。


 一撃目、鋭い斬撃が走る。


 二撃目、すぐさま次の斬撃。


 そして三撃目、男の全体重を乗せた斬撃が振り下ろされた。


 テラは一撃目を紙一重でよけそのまま二撃目を受け流すそして迅尾を使い三撃目をよける。


 剣士の最後の力を込めた一撃は空を切った。


 テラは踏み込み斬撃の内側へ潜り込む。


 刹那の瞬間、刃が走る。


 装甲の継ぎ目を正確に裂く一撃だった。


 男の身体が止まる。


 動きが途切れる。


 長剣が手から滑り落ちた。


 金属音を立てて床へ転がる。


 剣士はその場に膝をつく。


 装甲が床に触れ、鈍い音が響く。


 呼吸が荒い。


 それでも視線はまだ鋭かった。


「……見事だ」


 低い声が漏れる。


 わずかに口元が歪む。


 それは敗北の悔しさではなく、どこか納得したような表情だった。


 男の身体がゆっくりと崩れる。


 支えを失った装甲が傾き、そのまま床へ倒れ込んだ。


 重い音が通路に響く。


 通路に静寂が戻った。


 戦闘の気配は消え、残ったのは機械の駆動音だけ。


 装置の光だけが脈動している。


 端末表示が更新される。


 解析進行率52%


 テラは静かに息を吐いた。


 胸の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりと抜けていく。


 戦闘は終わった。


 だが解析装置は、まだ止まっていない。

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