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黒甲の剣士①

通路の空気が、わずかに張り詰めていた。


 黒い解析装置が通路の奥で静かに脈動している。都市管理端末へと接続された太いケーブルには淡い光が絶え間なく流れ続けており、その光が床や壁の金属表面に反射して、通路全体をわずかに青白く染めていた。内部で処理が進んでいることは視覚的にも明らかで、端末表示は一定の間隔で更新されるたびに微かな電子音を鳴らし、解析進行率の数字が一つずつ増えていく。


 都市システムの深部へと触れる処理が、確実に進んでいた。


 装置を守る帝国兵は二人。


 後方で弩を構える兵士と、その前に立つ黒い鎧を身に纏う剣士だった。弩兵は装置の側面に寄り、通路の中央へ向けて武器を構えながら視線を絶えず動かしている。一方で剣士の男は、護衛というより壁のように通路の中央へ立ち、装置へ近づく者を遮断する位置を取っていた。


 剣士の男はゆっくりと長剣を持ち上げながら、通路の中央で足を止めたテラを静かに見据えている。構えは決して大きくない。だが重心は低く、両足の間隔も無駄なく整えられており、わずかな動きでも即座に踏み込める姿勢が作られていた。


 軍人の構えだった。


 テラは距離を保ったまま男を観察する。


 通路の照明がわずかに揺らぎ、装置の光が剣の刃へ反射して淡い線を描いた。


 幻尾の影響で視覚認識にはまだわずかな揺らぎが生じているはずだった。本来なら相手の視界では像が半歩ほどずれて映り、正確な位置把握が難しくなる。しかし目の前の男の視線は完全には外れておらず、像のズレがあるにもかかわらず、足運びや間合いの感覚で位置を補正しているように見えた。


 ただの兵士ではない。


 テラは自然と呼吸を整える。


 男が低く呟く。


「なるほど」


 剣先がわずかに動いた。


 その動きは小さいが、刃の角度がわずかに変わっただけで踏み込みの準備が整うような、計算された動きだった。


「姿を隠す術ではない」


 男はゆっくりと息を吐きながら続ける。


「視覚の認識をずらしているだけだな」


 その言葉と同時に、男の足が床を蹴った。


 踏み込みは鋭く、重装甲の兵士とは思えない速度で距離が詰まる。床を蹴る音が一拍遅れて耳に届くほどで、長剣が横へ振り抜かれた瞬間にはすでに刃の軌道が目の前へ迫っていた。


 剣の軌道が通路の空気を切り裂く。


 斬撃は速い。


 しかも重い。


 装甲の重量を乗せた軍用の剣だった。単なる腕力ではなく、体重移動と装備重量を計算に入れた戦場の剣であることが一目で分かる。


 テラはすぐに反応する。


 足へ妖力を流し込み、迅尾を発動させることで身体を横へ滑らせるように移動させ、刃の軌道からわずかに外れる位置へ退いた。瞬間的な加速によって身体が半歩分横へ弾かれ、長剣の軌道が目前を通過する。


 剣風が胸元をかすめ、装甲の表面を浅く削った。


 金属が擦れる音が短く響く。


 だが男の剣はそこで終わらない。


 振り抜いた長剣がすぐに返される。手首の返しと体重移動を利用した連続斬撃で、刃の軌道がほとんど途切れないまま次の攻撃へ繋がっていく。


 二撃目。


 斜めから鋭く振り下ろされる。


 テラは幻狐歩を使う。足裏に妖力を流しながら移動軌道をわずかに歪ませる歩法で身体の位置を半歩だけずらし、相手の予測から外れる形で斬撃を回避した。


 剣が空を裂く。


 剣の切っ先が通路の照明を反射しながら、テラの肩先すれすれを通過した。


 しかし男はすぐに距離を詰めた。


 重心が沈む。


 踏み込みの予備動作がほとんど見えない。


 次の瞬間、三撃目の斬撃が横から走る。


 軍剣・三連斬。


 軍隊剣術特有の連続攻撃だった。速度と重量を組み合わせた三段の斬撃で、回避しても体勢を崩した瞬間に次の刃が届く構造になっている。


 テラは剣を合わせる。


 鋼が衝突し、甲高い音が通路に響いた。


 衝撃が腕へ伝わる。


 男の力は重い。


 単純な剣士の腕力ではない。装甲と体重を利用した、戦場の剣だった。


 男の口元がわずかに歪む。


「速いな」


 低い声だった。


「だが見えないわけではない」


 その言葉と同時に剣が突き出される。


 軍剣・鉄牙突。


 鋭い踏み込みと同時に放たれる突きだった。剣先が一直線に胸元へ迫り、空気が細く裂ける音が耳に届く。


 テラは即座に反応する。


 迅尾により身体が横へ弾かれるように動く。突きは胸元をわずかに外れて通過し、背後の壁へ鋭く突き刺さった。


 石材と金属がぶつかる鈍い音が通路に響く。


 だが男はそのまま踏み込む。


 突きを引き抜きながら刃を返し、横薙ぎの斬撃へ繋げてくる。


 戦闘の流れが途切れない。


 完全に軍隊剣術の動きだった。


 テラは距離を取り直す。


 その瞬間、後方の弩兵が弦を引いた。


 鋭い音と共に矢が放たれる。


 一直線の射撃だった。


 しかし幻尾の影響で狙いがわずかに狂う。矢はテラの肩の横を通過し、壁へ深く突き刺さった。


 その隙を、剣士は逃さない。


 床を強く蹴り、距離を詰める。


 次の瞬間、長剣が鋭く振り下ろされた。


 テラは刃を合わせる。


 剣が衝突し、火花が散る。


 衝撃が腕へ走る。


 剣士は押し込んでくる。角度と体重を利用してテラの刃を押し下げ、そのまま身体を回転させながら斬撃を繋げてきた。


 軍剣・断線。


 横へ払うような斬撃が通路の空間を薙ぎ払う。


 刃の軌道が床近くまで伸び、空気が大きく震えた。


 テラは迅尾を使って後方へ跳ぶ。


 身体が一瞬で距離を取り、刃が目前を通過する。


 空気が揺れ、装置の光がわずかに乱れた。


 距離が開く。


 通路の奥で端末表示が更新される。


 解析進行率49%。


 数字が変わる電子音が小さく鳴った。


 テラは一瞬だけ装置を見る。


 戦闘が長引けば、この数字は確実に増えていく。


 男は剣を軽く振った。


「速さと術を組み合わせた戦い方か」


 視線がわずかに細くなる。


「面白い」


 男は再び剣を構えた。


 姿勢が先ほどより低い。


 踏み込みの準備だった。


 この男はただの護衛ではない。


 帝国の精鋭剣士。


 その実力が、ようやく本気で牙を剥き始めていた。

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